2009-11-21

「私は、好きでこの環境にいる」

私が読んでるメルマガより

 女と男の「心のヘルス」-癒しの心理学 142号 2006.11.8
http://www.556health.com/archives/2009/11/142.html
http://www.556health.com

◆献身は美徳、の危険

 日本人のメンタリティーの中には、自分を犠牲にして、他人のた
 めに尽くすことを美徳と捉える考え方があります。

 本人がそれで満足しているのであれば、大変立派なことですし、
 他人がとやかく言う筋合いのものではありません。

 それに、十分に幸せになった人は結果的に他人のために尽くすこ
 とが苦でなくなり、周りから見れば他人のために尽くしているよ
 うに見えたりするのです。


 ただ、悩み、苦しんでいる人の中には、この、
 「自分より他人を優先しなければいけない」という道徳観に縛ら
 れていると思えるケースがあるので、今日はこの、

 「自分より他人を優先しなければいけない」という
 心の縛りを解いていただこうという内容を書きます。


◆自分の幸せ度チェック

 あなたは、何らかの労働をしていると思います。幸せに働いてい
 ますか?勤労だけでなく、家事労働も含めて考えてみてください。

 幸せに働いているのであれば、大変結構なことです。

 本当に幸せかどうかは、この質問に答えてみると分かります。

 問:もし、あなたの隣に、財産があったり、とても割のいいビジ
   ネスをしていて、はたから見ると大して働かず楽に暮らして
   いるように見える人がいたとします。

   あなたは、どう感じますか?


 (ちょっと考えてみてください)


 ・

 ・

 ・


 あなたの隣にいる幸せそうな人を見て、気持ちがぐらつかないの
 であれば、あなたは、その労働を「好きで」やっているのですか
 ら、大変結構なことです。

 または、好きとまでは言えなくても、自分の人生を豊かにするた
 めに「覚悟を決めて」やっているのでしょう。

 大いに結構なことですね。それなら、今日の話は不要です。

 さて。

 もしも、幸せそうな人が隣にいて、なにか焦りのような気持ちを
 感じたり、いらいらする気持ちになるとしたら、
 (働かないで楽に暮らしているなんてけしからん!という怒りの
 気持ちの場合も同じです)

 あなたは、自分が望んでいる生活をしていないのです。


◆こんな久美子さんがいたら、何と言いますか?

 ちょっと、たとえ話をしますね。
 これは、あづまの創作であって、実際の話ではありません。


 久美子さんはとても献身的で、周りの人からは「いいひと」と評
 価される、物静かで大人しい女性です。

 最近だんなさんが失業し、その後なかなか仕事が見つからないの
 で久美子さんが働いて一家を支えています。

 体が弱くなってきた実の両親と同居しているので、家事も引き受
 けています。さすがの久美子さんも疲れ気味です。

 母親は昔ながらの強い女性で、若い頃は身を粉にして働いていま
 した。久美子さんもその姿を見て育ちました。

 最近、久美子さんが疲れて休んでいると母親から
 「だらしない」と喝が入りました。


 久美子さんは、何とか両親に認めてもらおうと辛い体に鞭打って
 家事をして、仕事もしています。負けず嫌いですから。

 でも最近、何のために生きているのか分からなくなってしまいま
 した。


 さあ、あなたなら、この久美子さんに
 なんとアドバイスしますか?

◆自分幸せにしているかどうか

 他人を幸せにすることは、とても尊い行為であり、
 そのこと自体は否定すべきものではありません。

 しかし、他人に尽くす一方で、自分が幸せに毎日を生きることを
 ないがしろにしているのであれば、そして特に、幸せな人が隣に
 来たときに何か不快な感情を感じるのであれば、

 自分を幸せにしていないという点で、問題なのです。


 逆境に負けない、めげないことはとても大切なことです、

 ただ、その逆境はちょっと考えて工夫すれば抜け出せるのに、い
 つまでも辛い環境に身をおいているのであれば、

 もう、身も蓋もない言い方ですが、

 好きでそこにいるのです。


 「私は、好きでこの環境にいる」

 自分に向かってこの言葉を言ってみてください。

 心の声が、

 「ああ、そのとおり」

 そんな感じで答えてくれたり、
 何か、体に温かい感じ、穏やかな落ち着いた感じが現れたら、

 あなたは、自分の望む環境を手に入れています。


 「私は、好きでこの仕事をしている」
 「私は、好きで主婦をしている」
 「私は、好きでこの家にいる」

 そう自分に言ってみたときに、
 「いや、○○がもっとこうなったらいいのに・・・」

 見たいな声を感じたら、それがあなたの願いです。

 あきらめるのではなく、それをいかに実現するかを考えることが、
 幸せに、そして感謝しながら生きるうえで大切なことです。


 自分の望むことが叶い、幸せな気持ちで生活していると、
 他人のことも幸せにできるようになるものなのです。

 幸せのおすそ分けです。

 分けるためには、まず自分が幸せを持っている必要があります。


◆幸せでない人が、相手に尽くすと、こうなります。

 自分が不幸なまま、他人に尽くす場合、
 共依存に陥りかねません。

 共依存というのは、ものすごく簡単に言うと、

 依存側が、わがままを言い、アルコール依存になったり暴力を振
 るったりすることで、
 「あんたは、優しくないだろう、どうだ?」
 という言葉や態度でのメッセージを送り、

 自立側が、徹底的に相手の世話を焼きながら相手の自立を妨げ、
 「あなたは、だめな人。すべきことをしていない」
 という言葉や態度でのメッセージを送る、

 という構図です。

 片や「あんたは優しくない」
 片や「あなたは正しくない」

 相手に罪悪感を植え付けて自分の思い通りに相手をコントロール
 しようとするのです。


 暴力やアルコール依存などは本当に極端な例ですが、

 うまくいかないカップルは、大抵共依存的な問題を抱えているも
 のなのです。


◆好きでいるわけじゃない!

 そう、好きでその環境にいるわけじゃないという気持ちになるの
 はよく分かります。

 しかし、こう自問してみてください。

 「私は、この環境にいることで、どんな利益を得ているだろう?」


 たとえばそれは、
 人生を変えて、未知の世界に飛び込むことへの不安と恐怖を感じ
 なくてすむことかもしれませんし、

 たとえばそれは、
 少なくとも一時的には、自分のパートナーを怒らせて家庭内が
 険悪になることかもしれません。


◆私は、それが出来ない

 自分には出来ないと思っていることが壁になり、環境を変えるこ
 とに不安や恐怖を感じているかもしれません。

 そうです。

 変化することによる痛みを避けること。
 これも含めて考えれば、
 「好きで(=自分の意志で)そこにいる」のです。


◆なぜそんな、好きでそこにいると強調するのか?

 それは、現在の環境を他人のせいにしている限りそこから抜け出
 すことができないからです。

 変化を恐れる気持ちや、どうせ自分には出来ないと思う気持ちと
 きちんと向かい合わない限り、いつまでも誰かのせいにしながら、
 不本意な環境にとどまることになります。

 私の場合、不本意な環境をはっきりと認識するための魔法のキー
 ワードが「好きでここにいる」でした。

 嫌なことを愚痴りたくなるとき、
 「好きでここにいる」
 ・・・・あほらしくなってきませんか?

 なんか行動しようかな。

 そう思いたくなりますよね。


 あなたも、ぜひ、言ってみて下さい。
 「私は、好きでここにいる」

2009-11-10

久々

こんにちは、ご無沙汰です。
昨日、街中に出かけたら、珍しく頭痛になりまして、今朝から 気分も優れず、ざっと掃除して、またベッドに戻っています。巷じゃインフルで大騒ぎとか、でも、メキシコは、静か。昨日、布団の中で、頭痛と戦っていて、気づいたこと、リラクゼーションの音楽を聞くと 痛みが治まるというのを発見。

さてさて、我が家は、今どんな状態かというと、主人は相変わらず、職探し、話だけで、決定のものが無い、このことは、メキシコに来て 私も痛いほど経験した。メキシコの人は、先にイエスといって引き受けることがある。そして土壇場になって、駄目だったということが多い。気をつけて、話に乗らないと気落ちしてしまう。

娘は、ホームスクールでは、やはり、友達も作れないので、近くの公立学校に通うことにし、学校に問い合わせ中。そこの学校は、授業が午前と午後の部に分かれていて、午前の部の8時から12時半のクラスを希望してる。そうすれば、ホームスクールと両立できるから。

私は、面白い話がチョコチョコ、今度の木曜は、知り合いの大学で、高校生向けに「日本の日」と題してイベントをすることになり、習字と日本の文化紹介を私がやることになった。「おてもやん」とか、得意の「阿波踊り」披露してみる。ちょっとした小遣い稼ぎだ。それと、別口で、大きな絵(まだ何を描くか決まってないけど)、と 友達のお店に小物として置く、虎の絵を頼まれた。あと、テレビの新作、子供向け番組『空手道』の小道具(掛け軸とか、絵巻とか)の書き物の話が来た。これはまだ、決定していない。予算しだいだそうだ。その番組のライターさんが知り合いで、私を悪役で出演させたいとか言っていたが、多分無理、スペイン語だめだしね。ま、そうなったら楽しいけどね。とにかく、日本人というだけで得してる私だ。感謝 感謝

先日の日曜は公園で、瞑想とムーブメントクラスをやった。このクラスは、忍術やってる仲間たち、実におもしろい。一回目のクラスの後、リーダーが、細かい音まで、耳に入ってくるようになって驚いたとかいっていた。前のクラスでも、生徒さんの中に、いろんなことが起きていたのを思い出す。ひとりは、大学の授業中に、教授の体半分に オーラが見えて、教授が机の上のコップを持って、机に戻した後、そのオーラが、コップにも写っていたとか。
私もそんな体験してみたい

実は、精神的に、落ち着かないのが本音。ヴィバッサナー瞑想法の本を読み返して また また、目からウロコ。表面だけ自己陶酔的に修行してるように見せて、根底の心の癖に本気で取り組んでいないことを反省させられた。毎日の生活で気づいていくことなのに、言い訳に走ってしまう。カナダでの いろんなことの怒りがまだ心にあった。旦那に 怒りの直球を投げてしまったのです。ま、自分で繕っていくしかないね・・・・

2009-11-04

大駱駝鑑を見に行った

10月25日(日)






サルバンティーノのお祭りに日本から大駱駝鑑がやってきた