私が読んでるメルマガより
女と男の「心のヘルス」-癒しの心理学 142号 2006.11.8
http://www.556health.com/archives/2009/11/142.html
http://www.556health.com
◆献身は美徳、の危険
日本人のメンタリティーの中には、自分を犠牲にして、他人のた
めに尽くすことを美徳と捉える考え方があります。
本人がそれで満足しているのであれば、大変立派なことですし、
他人がとやかく言う筋合いのものではありません。
それに、十分に幸せになった人は結果的に他人のために尽くすこ
とが苦でなくなり、周りから見れば他人のために尽くしているよ
うに見えたりするのです。
ただ、悩み、苦しんでいる人の中には、この、
「自分より他人を優先しなければいけない」という道徳観に縛ら
れていると思えるケースがあるので、今日はこの、
「自分より他人を優先しなければいけない」という
心の縛りを解いていただこうという内容を書きます。
◆自分の幸せ度チェック
あなたは、何らかの労働をしていると思います。幸せに働いてい
ますか?勤労だけでなく、家事労働も含めて考えてみてください。
幸せに働いているのであれば、大変結構なことです。
本当に幸せかどうかは、この質問に答えてみると分かります。
問:もし、あなたの隣に、財産があったり、とても割のいいビジ
ネスをしていて、はたから見ると大して働かず楽に暮らして
いるように見える人がいたとします。
あなたは、どう感じますか?
(ちょっと考えてみてください)
・
・
・
あなたの隣にいる幸せそうな人を見て、気持ちがぐらつかないの
であれば、あなたは、その労働を「好きで」やっているのですか
ら、大変結構なことです。
または、好きとまでは言えなくても、自分の人生を豊かにするた
めに「覚悟を決めて」やっているのでしょう。
大いに結構なことですね。それなら、今日の話は不要です。
さて。
もしも、幸せそうな人が隣にいて、なにか焦りのような気持ちを
感じたり、いらいらする気持ちになるとしたら、
(働かないで楽に暮らしているなんてけしからん!という怒りの
気持ちの場合も同じです)
あなたは、自分が望んでいる生活をしていないのです。
◆こんな久美子さんがいたら、何と言いますか?
ちょっと、たとえ話をしますね。
これは、あづまの創作であって、実際の話ではありません。
久美子さんはとても献身的で、周りの人からは「いいひと」と評
価される、物静かで大人しい女性です。
最近だんなさんが失業し、その後なかなか仕事が見つからないの
で久美子さんが働いて一家を支えています。
体が弱くなってきた実の両親と同居しているので、家事も引き受
けています。さすがの久美子さんも疲れ気味です。
母親は昔ながらの強い女性で、若い頃は身を粉にして働いていま
した。久美子さんもその姿を見て育ちました。
最近、久美子さんが疲れて休んでいると母親から
「だらしない」と喝が入りました。
久美子さんは、何とか両親に認めてもらおうと辛い体に鞭打って
家事をして、仕事もしています。負けず嫌いですから。
でも最近、何のために生きているのか分からなくなってしまいま
した。
さあ、あなたなら、この久美子さんに
なんとアドバイスしますか?
◆自分幸せにしているかどうか
他人を幸せにすることは、とても尊い行為であり、
そのこと自体は否定すべきものではありません。
しかし、他人に尽くす一方で、自分が幸せに毎日を生きることを
ないがしろにしているのであれば、そして特に、幸せな人が隣に
来たときに何か不快な感情を感じるのであれば、
自分を幸せにしていないという点で、問題なのです。
逆境に負けない、めげないことはとても大切なことです、
ただ、その逆境はちょっと考えて工夫すれば抜け出せるのに、い
つまでも辛い環境に身をおいているのであれば、
もう、身も蓋もない言い方ですが、
好きでそこにいるのです。
「私は、好きでこの環境にいる」
自分に向かってこの言葉を言ってみてください。
心の声が、
「ああ、そのとおり」
そんな感じで答えてくれたり、
何か、体に温かい感じ、穏やかな落ち着いた感じが現れたら、
あなたは、自分の望む環境を手に入れています。
「私は、好きでこの仕事をしている」
「私は、好きで主婦をしている」
「私は、好きでこの家にいる」
そう自分に言ってみたときに、
「いや、○○がもっとこうなったらいいのに・・・」
見たいな声を感じたら、それがあなたの願いです。
あきらめるのではなく、それをいかに実現するかを考えることが、
幸せに、そして感謝しながら生きるうえで大切なことです。
自分の望むことが叶い、幸せな気持ちで生活していると、
他人のことも幸せにできるようになるものなのです。
幸せのおすそ分けです。
分けるためには、まず自分が幸せを持っている必要があります。
◆幸せでない人が、相手に尽くすと、こうなります。
自分が不幸なまま、他人に尽くす場合、
共依存に陥りかねません。
共依存というのは、ものすごく簡単に言うと、
依存側が、わがままを言い、アルコール依存になったり暴力を振
るったりすることで、
「あんたは、優しくないだろう、どうだ?」
という言葉や態度でのメッセージを送り、
自立側が、徹底的に相手の世話を焼きながら相手の自立を妨げ、
「あなたは、だめな人。すべきことをしていない」
という言葉や態度でのメッセージを送る、
という構図です。
片や「あんたは優しくない」
片や「あなたは正しくない」
相手に罪悪感を植え付けて自分の思い通りに相手をコントロール
しようとするのです。
暴力やアルコール依存などは本当に極端な例ですが、
うまくいかないカップルは、大抵共依存的な問題を抱えているも
のなのです。
◆好きでいるわけじゃない!
そう、好きでその環境にいるわけじゃないという気持ちになるの
はよく分かります。
しかし、こう自問してみてください。
「私は、この環境にいることで、どんな利益を得ているだろう?」
たとえばそれは、
人生を変えて、未知の世界に飛び込むことへの不安と恐怖を感じ
なくてすむことかもしれませんし、
たとえばそれは、
少なくとも一時的には、自分のパートナーを怒らせて家庭内が
険悪になることかもしれません。
◆私は、それが出来ない
自分には出来ないと思っていることが壁になり、環境を変えるこ
とに不安や恐怖を感じているかもしれません。
そうです。
変化することによる痛みを避けること。
これも含めて考えれば、
「好きで(=自分の意志で)そこにいる」のです。
◆なぜそんな、好きでそこにいると強調するのか?
それは、現在の環境を他人のせいにしている限りそこから抜け出
すことができないからです。
変化を恐れる気持ちや、どうせ自分には出来ないと思う気持ちと
きちんと向かい合わない限り、いつまでも誰かのせいにしながら、
不本意な環境にとどまることになります。
私の場合、不本意な環境をはっきりと認識するための魔法のキー
ワードが「好きでここにいる」でした。
嫌なことを愚痴りたくなるとき、
「好きでここにいる」
・・・・あほらしくなってきませんか?
なんか行動しようかな。
そう思いたくなりますよね。
あなたも、ぜひ、言ってみて下さい。
「私は、好きでここにいる」
0 件のコメント:
コメントを投稿