2009-10-21

元気って、窮地に出るもんなんだ

あ~っと   一息。 皆が寝静まって、ゆっくり書いています。

主人と娘が学校に行かなくなってから、私はどんどん元気になっている。
何故だろう??元気って、窮地に出るもんなんだと実感
主人は、まだ、はっきりした仕事の落ち着き先が決まっていないせいか、時々不安げな顔になる。知り合いから、色々と仕事先を紹介してもらっているので、私は、ちっとも不安じゃない。一つは、レオンにある もう一つのモンテッソーリ学園、中学校もあり、よさそうだ。イベントの仕事も大きなショッピングモールに企画を出してもらっている。彼の久々のエンターテイメントが見れるかも・・・・・
もの事は、すべて良いほうに向いてるとしか思えない。感謝だ!!!
本人も、自宅にムーブメントの塾を開こうと やっと、その気になっています。ヤッター!

娘は、ホームスクールのパターンに切り替え始め、朝、一日の時間割を私に提出して、上手く こなしている。本をよく読むようになった。
夜は、皆で映画鑑賞、これが、我が家のリラックスタイム。日本の映画も観た。「手紙」「フラ・ガール」「涙そうそう」「それでも ぼくはやってない」など、まだまだ いっぱい
「フラ・ガール」は、主人も私も大泣き、そして、大笑い、なんだか 今の自分らとダブってしまった。邦画は、今まで あまり見なかったが、なんか いいな~。

私は、以前、紹介してもらったカフェ・ソレイユで、お習字クラブを開くことになって、浴衣着て、張り切って今日やってきました。宣伝不足だったので、生徒さんひとりでしたが、きっとこれから増えると思う。自宅でも お習字クラブを始めました。これも まだ一名、来週の月曜からです。家の外にチラシを貼っただけで、反応があるのだから、もっと積極的に宣伝すれば、きっと 人は、集まると思う。お習字だけでなく日本のこと楽しく共有しようと思ってる。
毎週土曜日は、自宅で、瞑想会もやっています。先週は、お医者さんのアメジスタさんが来てくれて、ラコタ族の話もしてくれました。

火曜と木曜日は我が家の皆が忙しい日。
主人は、大学でのムーブメントクラス、娘は、週二日の演劇クラスとバイオリンクラス、私は、スペイン語を受けて、日本語クラスを教える日。時間が入れ違いなので、一緒に食事がとれない。

そうそう、エリちゃんとのハワイアン&阿波踊りコラボ パフォーマンスも、12月にジャズクラブでやることになった。クラブのオーナーが、エリちゃんの大学の先生だったため、エリちゃんが掛け合ってくれた。
先日、二人で打ち合わせしたとき、「ちょっと怖いね、でもやりたいね」と、話した。ハワイアンと民謡を交互にやって最後は、エリちゃんのハワイアンの面白いストーリーの歌で、私がマイムをやろうと大まかなことを決めた。
エリちゃん20歳、私51歳、親子ほど違う年齢だが、何とか稼ぐぞーっという意気込みで、ウキウキ、そして、爽やかな友だ。この出会いに 感謝 感謝!!

そうそう、大きなお祭り「サルバンティーノ」が始まっていて、大駱駝鑑が23日にグアナファト市でやるので、それを見に行きます。楽しみ

結婚記念日

10月11日は、18年目の結婚記念日でした。
お昼に、クラウンやってるお友達が、エコロジカルフェアで、パフォーマンスやるとのことで見に行きました。レオンで最初のエコフェア、まだ、まだ、小規模のフェアでしたが、やることに意義があると、今後に期待してる人の熱意は感じられました。
公園でのフェアには、レストランや、いろんな団体が、露天を出していました。お友達のスポンサーであるレストランのオーナーに紹介してもらいました。元気のいい女性シェフ。赤字だけどパフォーマーや、画家を応援するために企画を続けているそうです。いいコネクションをつけてもらいました。レストランで食事した後、友達も一緒に、マイムのビデオ見ながら、我が家で宴会しました。自宅のスペースを使って、Eムーブメントの教室を開くことになりそうです。・・・・最高の結婚記念日。私と主人がまた一体になったと感じたからです。
お友達が帰った後、娘が、マイムのエクスサイズを興味津々にやっていました。

娘の学校のことは、カナダのホームスクールシステムに切り替えることにしました。6年生は、年末にカナダで試験を受けなくてはいけないので、12月にカルガリーで受けることにしました。今、カルガリーの親戚宅に住所を置き、市から教材を取り寄せる手配を進めています。
学校生活で友達を作れない分、習い事を増やして、何とか友達を作れるようにと思っています。
今週は、少しホリデー気分ですが、徐々に時間割を決めてやっていきます。

ともあれ、穏やか、平和、

今日は、大学で、通訳をやってくれていたエリちゃんが来ました。月曜日に私の家で、ハワイアンダンスクラスを開いたのですが、まだ、生徒が一人しか集まらず、これからどう宣伝するかなど話、昨日行ったレストランに連れて行って、ここで二人で、ハワイアンと阿波踊りのコラボやろうかと話、オーナーにも話し付けて帰ってきました。来年の1月にスケジュールがあくとかで、先になるけど、来週から練習します。うまく行けば、いろんなところでやれると思う。
兎に角、なんかやりたい。楽しいこと!エリちゃんも家族のこと 大学のこと 金銭的なこと 色々大変、だからこそ、バカやんなきゃなってところです。

2009-10-12

なんとも面白い展開!

10月10日
なんとも面白い展開!
主人のクビのお陰で、最高のお友達と出会えた。

昨日土曜日は、娘の最後の学校行事で、娘は、盆踊りを披露。前日クビになった主人は、もちろん参加しない。でも、私と娘は、参加をすることにした。
怒りを抑え私は、主人の事は、子供たちには関係ないと、子供たちの着付けとメイクをを手伝だった。そして、早めに引き上げることを担任の先生とクラスのお母さん方に話しておいた。私が主人の参加しない行事に付き合いたくないことは、皆、分かってくれた。「お母さんの一人は、この学校には問題がある どうにかしなくては、」と涙してくれた。
それと、学校の行事の後、グアナファト市へ、ドライブする予定もあったからだ。
主人が、大学で教えてるムーブメントクラスにクラウンをやってるご夫婦が居るのだが、彼らから、ある公演を見に誘われており、主人は以前から、これにとても行きたがっていて、クビになったお陰で、それが叶えられたというわけ。公演より、彼らの師匠と会って見たい、と言うのが大きいようだ。、

娘のクラスの女の子たちが、娘に別れの歌を歌ってくれて、学校の出口まで来てくれた。迎えに来ていた主人を見つけると、彼に駆け寄ってきて、「学校に戻ってきて」と皆が頼んでいた。『僕にはどうにも出来ないんだ』と皆に告げて、学校を後にした。
車の中で、娘は皆から貰った手紙を読んで、泣いていたが、なんとなく茶番劇を見終わったような感じで、意外と3人とも冷めていた。
沈んでいく豪華客船を飛び降りて、客観的に沈む船を見てる感じだった。

主人の生徒さん夫婦とそのお友達も同乗してのドライブは、楽しかった。
すぐに打ち解けて、いろんな国の大道芸の仲間と一緒に過ごしたあの空気に似ていた。こだわりが無く、屈託のない明るさだ。
そして、案内された劇場は、彼らの師匠の自宅のスペースを少し改造して、作られ、壁一杯にいろんなキャラクターのお面や、絵が掛かったりして、とてもいい雰囲気。そして、そこで出会った人たちは、本当にナチョラルな生き方をしてる人ばかりだった。公演の終わったあと、気分がいいので、グラス二杯のワインで、すっかり酔っ払い。芝居仲間に良く見せた茶目っ気とパッションのおバカな私が飛び出てきた。主人も娘も同じだった。
クラウン師匠も奥さんも息子さん二人も、私たちを家族のように迎えてくれた。
「運命は分からないね。」と無言で主人と目を合わせ、笑みが絶えなかった。

クビ事件は、私たち家族の絆をさらに強め、本来の自分立ちに戻る機会を与えてくれた。

その夜、寝ながら、私は、「怒りを砂に書いておいて良かったな、」と
ペロリと舌を出した。

幸せ一杯で眠れなかった。
たった一日でこんなこと起こるんだなと、可笑しくなった。

主人が、突然、クビに

10月9日
主人が、突然、クビになった。

金持ちのコネ、教育者と権力者との金絡みの繋がりを、今回の事で私たちは、嫌というほど思い知らされた。

主人は、授業の態度の悪い子に、レポートを書いて親に渡した。
この相手が、私立学校モンテッソーリの校長の友で、大金持ち。主人は、そのことは、承知して、レポートを書いたが、その親との面談の場で 主人が、発した一言に相手が激怒した事が、今回の解雇に繋がった。

      「あなたのお子さんは、私を苛立たせる」 

教師が、口にしてはいけないことと校長からも注意を受け、謝罪したにも 拘らず、15日間、授業を監視し、一度でも監視者が、良くないと判断したら解雇にすると申し渡された。その一回目のクラスで、簡単に首と判定されたわけだ。
いいクラスを持てたと安心していた彼は、悔しくてならない様子。

ま。、そんなことで、明日行われるフェスティバルどころではなくなった。
今日、最後の授業を行い、校長が子供たちに嘘八百並べて、主人が辞めることを告げると、みんなが、泣き出したそうだ、娘は、一部始終を詳しく話してくれた。校長が、教室を出た後、主人が、「僕の選択ではないんだよ」と告げると、「エーッ!」っと、声が上がり、「私たちのせいだー」と また泣き出したそうだ。
今回の問題の子も泣いていたらしい。

主人の前にも このパターンが幾度もあり、2年前に、ごっそりといい先生たちが、クビになって、その人たちで他に学校を作ったと話を聞いていた。そのとき、生徒もかなり移動したそうだ。年々生徒数が減って、経営が苦しい学校なのだ。

私としては、ご苦労さん、これからは、あなたの楽しめることやりましょうというところです。