2013-11-14

こども日本語クラス



先生:この ひらがなは?
生徒:ya ma
先生:そう、やま do you understand meaning?
生徒:No.....
先生;富士山とか、高尾山とか
生徒:?#‰??
先生:高ーくて、木、わかる?木がいっぱい ......エトセトラ
生徒:mountain?
先生:そうです!絵で描いてみて
生徒:え?ie
先生: paint !

そんなやり取りで、私はゼスチャー付きで、言葉の意味を説明,英語の方が上達してるメキシコ育ちの日本とフィリピンの血をひく9才のお嬢ちゃんは、山、 川、林、森など絵を描いてくれました。そして 次に漢字を見せて、漢字に似せて、それぞれをまた、絵にしてもらいました。そして最後に漢字を教えると、簡単に覚えてくれました。楽しかった。

日本語こどもクラスで作 った絵本


                                                                            わたしは、たまご 
                                                              

父の13回忌に

父の13回忌に日本への渡航費不足のために行けなった。亡くなっても親不孝な娘ですが、命日に父を思い出し、姉にこんなメール送りました。

父からもらった最後の年賀状を今も捨てきれずにいますが、昨日は娘にも見せて「ジジ覚えてる?」と聞いたら、もうあまり記憶に残っていないようでした。この年賀状は毎年もらうものと違って、もう書くのが大変になってきたんだろうなといった感じを受けたのを覚えています。ジジとババそして、子供の顔をうまく書け切れなかったような娘の顔、2001年の初めに笑わかせてくれていたんですね。


JIJI new years card 2.jpg姉からの返事がまたうれしかった。

「信子は優しいね。昔からふんわりと優しさで人を包む。
お父さんも喜んでるよ、きっと」

この言葉は、逆に姉の優しさを感じました。
離れている分、家族の絆って深くなるような気がします。



13回忌をする習慣は、「十三仏信仰」から来ているそうですが、調べたら、十三仏(じゅうさんぶつ)は、十王をもとに日本で考えられた、冥界の審理に関わる13の仏(正確には仏陀と菩薩)である と書いてありました。
十王(じゅうおう)というのは、道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格のことだそうです。

死んでも尚、裁判にかけられるという のは、油断大敵ということですね。
今度、日本語クラスでこの話ししてみよう

この裁判は33回で終了するようです。お父さん大丈夫かな.....







2013-09-16

捨て犬

久しぶりの投稿です。色んな事があったので何から書こうかな。やっぱりワンちゃんのこと。
私の住んでいる酪農地域では、純血種の犬も捨て犬で見かけます。先々週もラブラの血が入った大きな犬が、痩せこけて我が家の庭に居ついていました。迷い犬を2匹も既にペットにしている我が家では、心を鬼にして敷地内から追い出さなければなりませんでした。犬の散歩に「仲間に入れて」と愛らしく付いてくるまだ若い黒いその犬。私が冷たくするのが、わが家の犬には分かるらしく、その犬が私に近づくと威嚇し、私が居ないときには仲良くしてるみたいでした。娘が犬猫病院に問い合わせてくれて、アダプションを世話してくれる施設を教えてもらい、先ずは、市の施設に3日間預けてから、その手続きに入るとかで、レオン市内に住んでいない私たちは、引取りに来てもらえないので私たちでその市の施設に連れて行きました。連れて行くと決まってから少し餌をあげて、ワンちゃんも幸せそうに仰向けに寝たりしていました。施設に連れて行くとそこには、引き取られた捨て犬たちが外の囲いにびっしりと100匹ほど居ました。その犬たちは、処理される犬たちなのです。その脇のゴミの山の上に子猫の死骸がありました。私と娘は、犬を預けた後、車の中で涙が止まりませんでした。私たちが預けた犬は、別棟の檻に入れられ三日後に、予防接種などしてきれいにしてから、アダプションの世話をしてもらうと聞いていましたが、もし誰も引き取り手が居なかったら、あの野良犬たちと同様、処分されるわけです。メキシコは野良犬の問題が深刻です。飼い主がきちんと保護していません。放し飼いであちこちに子供を産み、野良犬を増やしています。飼えなくなった犬も捨てています。しばらく人間止めたくなった重い日が続きました。
今も、我が家の周りには迷い犬が耐えません。目を瞑るしかないのかな・・・・、
この事があってから、犬の餌は部屋の中でやるようにしています。




2013-08-19

マイム詠(うた)


体が笑う・体が弾む・体が沈む・体が詠う
体はじっとするのだろうか
試してみる
じっとしたままが辛くなる

心が動く・心がへこむ・心が熱くなる・心が詠う
心は無関心になるのだろうか
試してみる
無関心のままが痛くなる

ならば、なすがままにしてみるか
試してみる
なすがままが 詠いだす

命を喜ぶ鳥のさえずりの如く

真空の中で 心と体が 詠いだす
                  by Nob
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     「子ども と マイム」

小さな子供に「お花が咲くよ」のマイムを教えたとき、
お話しないでやれるかな?どうして おしゃべりしないかわかるかな?
の私の問いに、その子の答えは、「お花はしゃべらないから」

種から芽が出て花になるまでを、そのものになりきって 
その子は、私とその子のママの前で見せてくれました。
その一連は見事な詩でありました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このおはなしを一場面ずつ その子といっしょに立体絵本にしようと作っています。
これがその一番目 

             土の中に、Aちゃん種がねむっています

おやおや、雨がふってきたよ

Aちゃん種は、大きくなりたい、大きくなりたいと
                大きくなっていくよ
Aちゃんは、お花の芽になって 
               大きくなっていくよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これからお話は、木になって,花が咲いてと続きます。
マイムで一度、動いてから、絵本を作って、また次のお話の展開をマイムでやって、
1ページずつ製作、しぜんとしっかり創作意欲が身に付きます。

これ、大人にもいいんですね。

2013-07-28

花になる決断

楽しみにしていたサマーキャンプの話がお流れになりました。人が集まらなかったということです。その代わり、大人対象のワークショップを企画してもらっています。宣伝が間に合うかどうかですが・・・・ポーランド・カナダと違った環境で、いろんな自分を発見、納得、そして進化し、今は落ち着いています。
人は思考1つで、いろんな自分を引き出すことが出来るものだと、今更ながら、面白がっております。私はトラウマと言うものが如何に肉体に記憶されているか、自分を通して観察しています。
マイムの自主練をすることやマラソンすることや気の合う人とおしゃべりすること、これらが、体内に持ち込んだ負のエネルギー記憶の解消に役立つことも理解できました。
「死んだ言葉」「生きた言葉」についても、また学ぶ機会がありました。
思い通りにならない苛立ちを弱い立場の者に機関銃のように撃ち、優位になったつもりでいる。その様な構図が、目の前に現れると、以前の私なら、耐え切れずに目と耳を塞いでいたでしょう。
なぜか今は、私も含め人は、なぜそうしたくなるのか、もう一歩踏み込む余裕があります。立ち止まり、己を深く知ることが怖い人は、切なさや空虚や寂しさをごまかそうと必死です。
愛されていないとどこかで、ひがんでいるのです。ドラマクイーンになりたがるのはなぜでしょう。
人も犬も変わらないなと、思えます。犬が吼えるのは、恐怖が元で、威嚇します。大丈夫と撫でてやれば落ち着きますが、鳴くなと叱るとさらにもっと吼えます。
人間は寂しさに耐えれるように作られていないのかもしれません。逆に考えれば、繋がった生命体なのだと言うことでしょうか。負のエネルギーにも引き込まれやすいし、無視するにもエネルギーを使います。見てみぬ振りが出来ない。自分がその人の中に存在してるそう思えます。正のエネルギーには同化しやすく元気をもらえますが、持続性が弱いです。
人って完璧なのか負完璧なのか不思議な生き物です。感情・思考・体が、独立していくのが分かります。思考を体が記憶し、体が感情を閉じ込める。そんなやり取りもしている面白い生き物です。そんなやり取りから自由になりたがり、格闘している、永遠にそうしてるかのように、繰り返しています。それがプラスとマイナスのエネルギーを持った者の宿命なのでしょうか。

花のように単純ならいいのになと、花のことも知らずに逃げ思考します。

中途半端に付いた知恵の持ち主は、扉探しに我を失います。

花になる決断を実行する積極性は いつ思いつくのでしょうか・・・・・




2013-06-25

マ・マスターだと?

メキシコのレオンは、最近、夕立が多いです。停電覚悟で書いてます。我が家のワンチャン2匹は犬小屋で丸くなっています.やっほ!散歩行かなくて済む。 お、また 雷。
さて、以前に何度かパーティでバルーンショーとプチマイムをやったことのある知り合いのバレエ学校から、7月中旬からのサマーキャンプでマイムのワークショップをポーランドに行く前に頼まれていました。今そのカリキュラム組んだところ。その知り合いのMさんから「マイム何年習った?」との質問に、10年以上かなと言うと、じゃあもうマスターじゃないですか。と言われ、自分がマ・マスターだと?と考えてもみなかった事実に気づいた。で、そのお話受けました。旦那同様、相手が子供でも、アートのマイムやります。内面のエモーション変化中心です。でも 楽しくね。

カリキュラムのテーマは、花木 虫風くん
これ、名前じゃないです。

花と木と虫が、「人」だったときの記憶を 風さんに思い出させてもらう と言うエチュード
なんか立派でしょ。

テクニックはストップモーション・スローモーション・目覚め、それと 軽い物と重い物というように対象物を正反対に変えながらやる 触れる・摘む・投げる・嗅ぐというアクション

想像力の塊の子供たち きっといい時間が過ごせると思います。

2013-06-23

どこでもアーティスト

ポーランドのマイムワークショップ公演から戻って、ドカーンと中身がひっくりかえった状態でしたが、今、また以前の のたり状態に引きずり戻されつつあります。タイムトリップってこんな感じかも。ポーランドで別人のように堂々とやってのけた自分が不思議だー。
パンフレット見たら、ほかの参加者のアーティストは、みんな凄い経歴。私のページの空白の白さがやたら目立っていた。あんな立派なパンフレット作ってもらえるんだったら、もっと経歴書いときゃよかった。と言うか、これから経歴作ろうと、いい意味で意欲湧いたね。これが今の私なんだと素直に認めたね。

これまで旦那のサポートで満足してた。それがいいと思ってた。でも 違う気がしてきた。旦那にも以前言われたことがある。「僕が上ではない、あなたが下でもない、あなたは同じライン上に立っている、師匠とか弟子の観念は僕にはない。だから あなたが、おやりなさい」こういった意味のこと。日本人の考え方とカナダ人の考え方の違いなのか分からないけど、彼には自分が師匠であるという観念はないのだ。これまで「サポート」なんて自分に言い聞かせて、檻を囲っていたのが、すっと取れた一瞬だった。つまりは、師匠に依頼していたのだ。だから、彼に頑張って欲しいと思っていた・・・私が頑張ればいいことなのに。頑張るという言い方は好きじゃない、そう 楽しめばいいこれがいい。

ポーランドでアーティストのジレンマみたいなのを みんながスピーチし合ったのが最高に面白かった、旦那は何も言わずニコニコそれを楽しんでいた。旦那の師匠は、これまでの自分の格闘を語っていた。「エネルギッシュ」これがこの人を支えている。アーティストってこういったエネルギーを自己生産して楽しんでる生き物かもしれないな。旦那にはそういったものないな。本人もよく言う「僕には情熱がない」。この人は深海の静けさで動いてる人なのだな。そうも思える。すべてを肯定する太陽の様でもある。彼には、すべてを否定する世界には入り込めそうもない。

彼みたいなアーティストは稀だと思う。こだわらない。ちゃんとマイムアーティストなのに、仕事として割り切れる柔軟さがある。いいことか悪いことか分からないが、そのお陰で、家族は路頭に迷わずに済んでる。自分を分かっているんだと思う。自分からソロ作品を作る意欲があまりない。彼は言う、「僕にはソロを作る才能はない」  自分を過大評価しない

あれだけの恵まれた体と、培ったテクニックを持ちながら、なぜそれを生かさないのか。もっと主張しないのか、いつも疑問だ。でも、彼の生き方だから それでいいのだ。

ポーランドを発つ前に、旦那の師匠が見送りに来てくれて しばらくコーヒーを飲みながら話す機会があった。彼の師匠は、「客がひとりでもステージをやらなきゃ、やり続けなきゃ、」と、私が言いたいことすべて彼に語ってくれた。

ニューヨーク時代に、旦那は師匠の劇団公演資金をサポートしていた。日本のアミューズメントパークで、一日3回のショウをしてだ。彼はそのマイムをべースにしたショウで、かなり稼げるようになったのだ。そればかりか、日本のストリートパフォーマンスの水準を上げ、大道芸の観念をアート的な思考に促した一人でもあるのだ。私はそれをずっと傍から見ていたのでよく分かる。これまで出会った多くの世界トップパフォーマーがそうであるように、気負いなく自分の芸をシェアし、サポートし合うゆとりがある。しっかりした技を持ってる人にしかできないことだと思う。

私もそうでいたい。「どこでもアーティスト」でいたい。そうなる、そうなっていく、もう 少しだけそうなってるかも・・・強くなってきた

孤独は寂しさではない 強さに付きものだ 
ときとして、寂しさを避けようと 強さを身に付けずにしてしまう

もったいないな、
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    「寂しい」から、「強い」になる      by ノブ



    独りになり 心のままに体を動かす

動かすはずが、動いてる

    そう委ねたとき、独りが消え 全てとなる

「寂しい」から 「強い」になる

     体は 独りでに奏でている

           心地いい

2013-05-11

やっとのインターネット

久しぶりの、投稿です。インターネットが、ちょぼちょぼの繋がり方で、時間だけを無駄にしてしまうので、家では もうパソコンを開く気させしなくなっていました。今日はスターバックスに かれこれ5時間長居して動画のダウンロードやりながら これ書いています。
隣ではイベントやっていて、長い髪のおじさんが、メキシコのポップソングを熱唱しています。
尾崎 紀世彦に似てるな~、♪ また会う日まで、会えるときまで ♪ .....もう旅立たれましたけどね~。

ばたばたのこの2ヶ月でした。時間差で、親戚がカナダとバハマからやってきて・・・

なんかもういろいろあって忘れちゃいました。

きのうは、母の日みんなでイタリアンレストランで食事して、映画見ました。スタートレック
ダイアログが多すぎて寝てしまいました。英語の許容量を超えると寝ます。

隣が盛り上がり過ぎて、なんだか頭がちんぷんかんぷんです。

ではでは、

2013-03-19

あれこれと春 

腰・背中・腕の三箇所に一気に痛いものが襲って、流石に昨日は痛み止めに頼ってしまった。この所、急に寒くなったりして、重いカバンでのバス通いと、抜刀術朝練で、木刀が長かったせいで無理な姿勢で、剣を抜いていたので、筋を痛めてしまい、コーヒーカップさえも持ちあげられないほどでした。ウォーミングアップの大切さを痛感。あちこち痛いです。

今日は、かなり回復して来ましたが、外出は避けようと やたら慎重です。昨日ちょっと動きすぎたからね。

昨日、40才代の姪っ子が、御友達の家で、ペットの大型犬に襲われて手を14針縫うという出来事が起きました。全治3ヶ月とのこと。ペットと言えどもやはり野生の生き物、いったいその犬は何を察して襲ったのかわかりませんが、犬には襲う理由がちゃんとあったのでしょう。

きのうの事ばかり書いてしまいますが、きのうは、抜刀術のクラスの後、お友達とランチを楽しみ 、夕飯は家族でまたレストランに行きました。祝日だったせいもあって沢山の人でした。全身筋肉痛で、一日中、痛み止めが離せませんでしたが、いい日でした。

良い人と語らい、いいものを食べ、家族とともに一日を終える。こんなシンプルなことが、こんなにも気持ちいいのはなぜでしょう。

少しばかり前に、心に植えていた種 が、芽を出し、伸びようとしています。
この種、一時はもう枯れてしまったと思っていましたが、多くのものから栄養を知らず知らずのうちに吸収していたようです。
「花を咲かせたい」と気持ちよく背伸びしてる芽を感じています。

私の春はこうやって訪れて来ました。








2013-03-11

犬が犬らしく



昨日の日曜日は、朝、公園で抜刀術の先生と稽古して、そのあと、日本語を今教えているカーレンタル会社の方が迎えにいてくれてシラオのホテルまで行 き授業をした。ウィークデーだと忙しすぎて参加できない方が多いとのことで日曜日のクラスを開き、レンタカー会社の方たち中心に設けた。いつも参加してい るホテル側の受付の方たちは、木曜日と金曜日に引き続き参加してくれる。

家に帰ったら、お隣さんのバーベキューに誘われ参加。賑やかな一日  ・・・   だが、

夕方、いつも家の近くにやって来るかわいいワンちゃんが、ぐったりしてるのを発見。飼い主はとなり村の人で、それが分かっていたから、食べ物をあげないようにして、お家におかえりと促していたのだが、首輪ももう外されて、弱っていた。
その姿を見て、なぜか、涙が止まらず、飼い主に捨てられてしまっていたと知っていたら餌を上げたのにと後悔。でも「惨めな死」ということに対しての悲しみの涙が異常に込みあげて、なんとも不思議だった。

翌朝、少し元気になったワンちゃんを見てホッとし、ニュースをネットで見て、そうか、昨日は日本では3月11日、あの日だったからかと納得。体は覚えていた。

あ の日のことから、私も自分なりに乗り越えたものがある 。今年はしっかり二本足で立つことが出来た。そう実感できる。大きく変わったのは、死を意識して、意図的に死を意識しない生き方になったことだ。死という 現実を当たり前として大袈裟に意識しないというのが近いかもしれない。

お腹いっぱいに食べて、芝生に寝転がる

犬が犬らしくしていると 嬉しい

今日、私が日本画を教えてる生徒で、3人の大きな息子さんを持つママに、犬の話をしたら、長男さんが メキシコシティで捨て犬、迷い犬を世話して、今では80匹もいるという話をしてくれた。

私も一匹ぐらい平気だ。そう思えた。

昨日の涙は、もう晴れた

犬が犬らしく、猫が猫らしく、
・・・だから、人が人らしくなる

そう思いませんか?

 

2013-03-08

お嬢

娘が成長するのは当たり前だが、こんなにも きれいなるんだと今日は旦那と驚き。親バカしました。
お友達の15歳の誕生会、メキシコでは一世一代のパーティをする慣わしで、招待された者もドレスアップをしてし出掛けるのですが、今夜、娘はそのパーティに行くというので、一昨日から着ていく服を探しておりました。体調が悪かった私は、旦那に買い物のお供を任せたので、二人が帰ってきて買ってきたものを見せてもらったら、
ボディコンドレスとハイヒールでした。

夜9時くらいから朝までのパーティなので、夜のお出かけ、その姿は、「ホント銀座で働けるわ」と言いたいくらいお嬢でした。六本木の方がいいのかな?
いや~、参ります。母親でこうですから、男親はもう、でれれ~~~です。

娘が支度してる間、カメラ持って追っかけやってましたら、「Facebookに載せるなよ」と、見透かされてしまいました。へへへ

この一枚なら、ブログに載せてええかいな~、コート来ちゃって、ボディコンドレス見れませんが・・・


病み上がりの私、やー少し私も綺麗にするかな~、と反省
綺麗なものは、いいですね。

部屋も綺麗にしてくれると嬉しいのだが・・・・

2013-03-05

無縁空間の恋しくなる瞬

無縁空間の恋しくなる瞬が 襲う

鏡に映し、未だ翼はあるだろうかと 不安になる
いつか 飛んだ、いつか また飛ぶ、その翼
ときどき、消えてしまったのではと 不安になる

もともとないものだよ、と言い聞かせても 鏡に向かう 瞬がある
いっそのこと、飛んでいってしまおうか、と 縁に言う

鏡の前のお前よ、無縁空間に飛ぶには まだ早い

鏡に映るお前が消えた時、お前は、飛んだと知るだろう 

それまで翼を鍛えておけよ


作;カヤノノ

2013-03-01

いい意味で、歳を感じておりますです

今、朝の6時半、今日は娘の弁当作んなくていいことになった。学校で小旅行があるからだ、娘は行かない予定だったが、クラスメイトのお父さんが、先日亡くなって、みんなで その子を励ます旅行に代わったため参加することにしたらしい。今年の夏には、各高校へみんなバラバラとなるからか、やたらと友達と出かけることが多くなっている娘。きっと大人になってもインターネットを通して交流を続けるのだろう。インターネットを通しての国際的な付き合いは、娘たちの時代はごく普通なことなのかもしれないが、携帯電話もない頃の学生時代を送った私には、時代の差を痛感させられる。

さて、今週から 始まった。週三日の会社向け日本語クラスは、思ってたほどより良い感じ。みんな英語が大丈夫からかも知れない。ホテルと提携してるレンタルカーの会社なので、やたら敬語を初級から教えている。乱暴だけど すぐに使えることからでないとクラスの意味が無い。昨日はクラスにお雛様を持っていった。日本の文化も少しずつ披露している。切り込み雛人形セットで作った我が娘への雛人形、今は、ホテルのカウンターにちょこんと座ってる。日本からのお客様を和ませてくれると嬉しいのだが。

 今日は抜刀術の稽古の日、家で一生懸命練習したものが、スッテプや構え方が間違っていて、前回のクラスで、少しパニクってしまった。語学もそうだが、このパニクくる症状は何なんでしょう。だいぶ回復してた筈なんですが、グループレッスンの時は少し恥ずかしい。ま、これも私と認めて労りながらやるしかない。どんまいどんまい。
色んな意味で、体も心も調整時期に入ってきたなぁ・・・

2013-02-19

55

誕生日、いくつになっても、おめでとうと言われると嬉しいもんだなあ~。ありがたいね・・・・何年振りでしょうか、旦那が予告してないのに覚えててくれてました。朝一番に「おめでとう」の言葉と、夕方 ケーキを買って帰ってきてくれました。娘がきちんと私の好みを伝えてくれていて、フルーツいっぱいのクリームのないケーキでした。今までで一番嬉しい誕生日です。半分食べちゃったけどこれがそのケーキ。
写真だとちっちゃいけど 大きんだよ~!
プレゼントは刀を買ってくれることに・・・・
抜刀術にハマっている私が一番いま欲しいものなのです。やったぜ!
今オーダー中。

さて、55のこの数字、こんなに生かしてもらった私の年輪の数です。
ここから Uターンして、周りを生かしながら、元の自分に帰ろう
お帰りなさい私ってところでしょうか・・・・生き直すって言ったほうがいいのかな~

ラストチャンスを貰ったのだから、有意義に使わないとな

何かになりたいとも思わない
このままでいいとも思わない
何のためにとも思わない
気に止まることを無視せずに
ニコリとサラリとこなします
何の理由も付けずにです
淋しさも、惨めさも、 憤りも、悲しみも、怒りも
たくさん教えて頂いた歳になりました
だから、「そうなんだよね」と、心が勝手に言うのです
相手が誰であろうがです
こういうことが愛情だというのも、今だから飲み込めます
「そうなんだよね」が言えるから、「分かってよ」は もう使いません
だって、分かってる ちゃんと分かってる人はいる
それが長く生きたことで知った大切なことでした

2013年2月19日 55回も生きた 信子







2013-02-04

節分 鬼を食う?

メキシコでの節分、ちょっとピンと来ないな・・・
土曜日の日本語クラスで、節分の説明を簡単にしたものの、この節分よく調べるとこんな意味が・・・


一般的には、豆まきは年男(その年の干支を持つ生まれの人)、または、一家の主人が煎った大豆をまき、家族は自分の歳の数だけ豆を食べるとその年は、病気にならず長生きすると言われています。さて、ここで何故、豆をまくのでしょうか?
陰陽五行、十干十二支という考え方が大きく関わってきます。
「鬼門」ってご存知でしょうか?風水や家相などの東洋占星術でよく使われる言葉で北東にあたる方位が鬼門とされています。
では、なぜ北東の方位が鬼門なのでしょうか?
いろいろな説があるのですが、昔の中国の道教の影響があると言われており、冥府の神として信仰されていた「秦山府君」が住むと言われていた山が北東にあっ たことから、冥府→北東→鬼門といわれています。鬼門の方角は十二支では、丑と寅の方角(うしとら)に当り、鬼の姿はこの牛の角をもち、トラのパンツを身 に付けています。ここで、丑というのは12月を、寅は1月を指します。ちょうど12月から1月にかけての季節の節目に「鬼門」があるのです。鬼門は鬼の出 入りする方角でこの邪気を祓うことにより、春が無事に迎えられると考えられていました。ここで陰陽五行の法則の登場です。
五行とは、自然の道理を木、火、土、金、水の五元素の事を表しており、この「金」というのが、硬いとか、厄病という意味があり、鬼の象徴で鬼が金棒を持っ ているのもこの「金」の象徴です。この「金」の作用をなくすのが、五行でいう「火」に当ります。大豆というのは、とても硬いという事で、「金」に当りま す。イコール鬼です。これを火で煎る(火が金を溶かすという火剋金の作用)と同時に、豆まきで外や内にこの大豆がばらまかれて結局、人間が食べてしまうこ とにより、鬼を退治することになります。また、豆をまく事により、五行の「木」を助けるという事で、「春の木を助ける」から「春を呼ぶ行事」でもありま す。 http://www.iimiyazaki.com/season/setubun/main.html より


人間が鬼を食っちゃうってとこでしょうか・・・すごいです

昨年までは、自分の中に居る鬼が元気すぎて参っちゃいましたが、今年は、まだ冬眠してるようで、心が穏やかです。このままずっと寝かせて置けないものかな・・・。
寝てる間に鬼食っちゃおう!モグモグ


2013-01-16

「マヤの音 新時代」

これは、日本経済新聞1月14日32面、文化欄からの転載です:

「マヤの音 新時代」
(伝統音楽薫るフュージョン、先住民の村から発信)
渡辺りえ

 昨年の12月22日。 古代マヤ暦で「終末の日」とされていると
世界中で大騒ぎになったが、それはちょっと違う。 古い時代
と新しい時代の間に存在する分岐点にあたるのが昨年12月だった
のだ。

*幼い日の出会い発端*
 メキシコの最南端・チアパス州にはまだ多くのマヤの子孫が
住んでいる。私がマヤ先住民族の村、シナカンタンに住んで
6年が経った。 標高2000メートル以上で、1万人ほどが暮らす。
ギタリストである夫のダミアン・マルティネス、熊本出身の
オカリナ兼トロンボーン奏者の西居かおりさんとともにマヤ
伝来の音楽をもとにしたフュージョンを演奏している。
 私とメキシコの縁は同国を拠点とするバイオリニストの
黒沼ユリ子先生との出会いにさかのぼる。4歳でバイオリンを
習い始め、翌年、当時暮らしていた山口の市民オーケストラに
先生がソリストとして来られた時に花束を渡す役に選ばれた。
 1985年、14歳の時に黒沼先生が指導する日墨合同コンサート
に参加した。日本の子どもたちと12人のメキシコの子どもたちが
八ヶ岳で合宿して各地で演奏会を開いた。 メキシコの子たちの
テクニックは未熟なのに心底音楽を楽しんでいる。どんな秘密が
あるんだろう。 気になって高校3年生の時にはメキシコ市に
留学した。

*教会の演奏、自然に涙*
 米国の大学で音楽を学び、故郷・徳島の大学院で教育を学ぶ。
黒沼先生に呼ばれ、音楽学校「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」
で5年間、バイオリンを指導してきた。
 初めてシナカンタンを訪れたのはそのころ。 2001年12月、
友人たちとメキシコ南部の観光地サンクリストバルを旅行中、
足を延ばしたのだ。 村を歩いているとき、偶然に教会から
流れてきた音楽に吸い寄せられるように足を踏み入れた。
 ハーブとバイオリン、ギターの編成。呪文のように続く音楽は
心に深く浸透し、知らず知らずのうちに背負っていた重荷から
解放されたような気分だった。 気付いたら私は涙を流していた。
それはマヤの伝統音楽師たちが奏でていた音楽だった。
500年以上
前、スペイン人たちが欧州から持ち込んだ音楽が土着の音楽に
溶け込み、保存されてきたものだ。
 07年に再び友人たちと尋ねた時、またもや教会でこの音楽を
聴くことができた。強烈に魅力を感じた私は演奏後、音楽師たちの
後をつけた。彼らがたどりついたのは仔細の住居。「私たちも
音楽をやっている、話を聞きたい」と訴えたら、招じいれてくれた。
 「ポッシュ」と呼ぶマヤの聖なるお酒を飲んでいるうちにお手洗い
に行きたくなってしまい、辞去した。 公衆トイレなどない村で
うろうろして行き当たったのが、現在の夫ダミアンの家だった。
音楽の話や雑談で意気投合。立ち去りがたくて、彼と結婚して
シナカンタンに住むことに決めた。 急な決心に日本の両親は
「宗教に洗脳でもされたのではないか」と心配したらしい。

*少数者の文化訴え*
 ダミアンは、1996年に兄弟たちと専従民族音楽グループ「サク・
ツェブル」を結成し、マヤ系のツォツィル語で歌い始めた。
グループ名は「白い稲妻」の意。マイノリティーとして時に
差別の対象になるマヤの文化を訴えようと、神話や精霊、霊魂
など独特のテーマが歌われる。伝統音楽の人たちは演奏前、お酒
「ポッシュ」を口に含んで楽器に吹きかける。音楽は神事に
結びついているのだ。
 昨年、プエブラというアステカ文明ゆかりの地で演奏した時は
途中でシャーマンの男性がステージに上がってダミアンの足に
口づけた。生半可な気持ちで取り組んではいけない、と意を新たに
した瞬間だった。私たちの音楽を母国でも聴いてもらおうと5日、
西居さんの故郷の熊本でコンサートを開いたばかり。29日には
都留文科大学、2月1日にも早稲田大学で演奏する予定だ。
(わたなべ・りえ=バイオリニスト)

2013-01-08

年明け事件

年明けの3日、私の留守中に、事件が起きた。

「ハル(犬)が車に跳ねられた.今から病院へ連れて行く」と主人が泣きながら連絡してきた。病院へ出先から私も直行。傷は肩のあたりの皮膚が剥がれていて、中の神経がちょっと損傷,幸運にも動脈が切れていなかった。中と外を縫ってもらい,傷口が綺麗になって一安心。どうも車にぶつかった様子はなく自分で道路で 転んだのではないかとお医者さんに言われ、また一安心。驚いたのは旦那が涙したことだ。この犬は、主人の猛反対を無視して、私と娘が犬の無垢な瞳に居た堪 れなくなり拾った犬だ。何かあると、「あの時に僕は反対した」が口癖だったが,彼なりに愛情が芽生えていたのかも。今,ハルは家の中で,家族の愛情を独り占めして,幸せそうだ。
       迷惑なのは二匹の猫たち、不機嫌です。

2013-01-02

お年賀''2013''



お年賀
我が家らしく ダラダラの「三が日」。年明けは、敷地内の三軒のお宅は、みんな お留守、元旦は、ハイウェイ走る車もなく シーンとしておりました。おまけに、どっぷり雨で「雪やこんこん、あられやこんこん」までは 行かない、ちょいとした寒さ。ザァブ~イです。年末29日に、珍しく家族でサンパンチョへ日帰り旅行をと 車を走らせたら、レオン市内に入り掛かった所で、オイル漏れ、立ち往生、やっと連絡のついた知り合いの修理屋さんに来てもらい、彼のすごいすごい お手製みたいな風通しの良いトラックで、我が家まで送ってもらいました。車はエンジンを買い換えることとなり・・・と、我が家らしい新年を迎えております。今年は’’何もしない’’がテーマで、旦那の生き方に見習います。これ結構奥が深いんですが・・・・
何はともあれ、2013年にエンジン掛けて進みます。新しいエンジンで生まれ変わる愛車くんみたいにね。皆様にとって、カラフルでウキウキした年となりますように・・・

New Year Greetings;
My family has spent the first three days of a new year, and that was lazy.
We had a very quiet first day of this year. There was no car on the highway and all our neighbors were out. The weather is chilly, but not cold like a snow day.
We had a day trip to ‘San Pancho’ on the 29th of last year, but we couldn’t make it.
We stuck at entrance of Leon city because the car was leaking oil. Finally, we were able to contact our 'Car repair shop'. And the shop man drove us to the house. His tractor vehicle is like his homemade wow wow ---.
We have to buy a new engine  !!!!

This New Year is perfect for us!! hahaha

My New Year's Resolutions is ‘I don't do anything’.
……it is quite deep meaning ….


Anyway, I start my engine like our lovely car.

May 2013 be a happy, a colorful, cheerful and great year for everybody.