2008-12-21

今年を振り返り・・・・

早いもので、今年の春 日本へ帰郷したとき、沢山のお友達と再会でき、元気を頂いて帰ってきましたが、夏には、メキシコに引っ越してきて、暖かい冬を過ごし、もう新しい年を迎えようとしています。

東京では、絵の展覧会もやり、沢山の方に来てもらって、少しホームシックにもなっていた成果、会う方会う方に本当に感謝しました。
お会い出来た方、お会い出来なくても励ましの声をかけていただいた方、本当に有難かった。
そのあと、癒しの目的で、京都の念仏寺愛宕寺へ羅漢さんにも会いに行きました。劣等感や被害者意識で、自分を失いかけていた私に、苔に覆われ、雑草のように立ち並んだ羅漢さんたちが、無邪気に笑って私に語っていました。『仲間になりなよ』と、
そんな彼らを描くことで、多くのものから 無条件に愛されていた自分と、私の周りで、羅漢のように、無邪気に笑い掛けていた人たちに気付き、有難いなと素直に思えました。
そして、来年、1月13日から18日まで代々木上原のギャラリーで、その絵を展示します。
蝶海魚さんの書とイラクの子供たちの絵も一緒に

『無邪気』 書と絵の展覧会 お知らせ
http://www.gallery-uehara.com/japanese/next.html


家族の中で、逸早くスペイン語をマスターしつつある娘 
まだまだ、停滞運 気味の主人、 
元気を取り戻し、絶好調になりつつある、私

知り合いのチンナワンソ和尚様から頂いた このお祈りに、ドキッとしました。

『あなたとご家族が幸せでありますように』
『あなたとご家族の苦しみ悩みがなくなりますように』
『あなたとご家族の願いごとがかないますように』
『あなたとご家族がいつも元気で明るく健康でありますように』
『あなたとご家族にも悟りの光があらわれますように』
『生きとし生きるものが幸せでありますように』 合掌

来年は、家族をテーマに大切にしようと思います。

2008-12-16

年末 泥棒さん

土曜の夜中、4時に 家の前の路上に 駐車していた我が家のバンの車の助手席の窓を 割られてしまいました。車の警報が 鳴っていましたが、始終、誰かの車が鳴っているので、またか、と すぐ確認に行かなかったのですが、家の車でした。この日は、停めてあった車 全部のドアが、こじ開けてあり、他の もう一軒の車の窓も 割られていました。家の庭の中の車庫入れが、少し大変なため、ウィークデイは、いつも路上に止めたりしていましたが、油断したなと、ちと悔しい。
盗まれたものは、旦那のオーデコロンとタバコ。後ろの荷台に置きっぱなしにしていた、キャンプ用のクーラーボックスを 車から出そうとした気配があり、座席の真ん中に箱が移動していました。「とんま」って言えば「とんま」。だって、クーラーボックス 可也 でかいんです。運転席と助手席の間は、絶対、通れないし、窓だって通れないって、一目でわかる。

この時期は、治安のいい レオン市も、昼間でさえ、車の中のものを 3分で盗まれます。
みんな年末は、もの要りで、お金が欲しくなるんでしょうね・・・・

主人のオーデコロン、誰かの クリスマスプレゼントになるといいな・・・・

2008-11-28

ぎっくり

えっ? もう、11月終わり? ぎっくり !
朝、台所で、猫ちゃんが、ゲボして ぎっくり!
それを、雑巾で拭こうと かがんだら ぎっくり!腰が、腰が、またやった!
歩けません・・・・・・前回より回復が早いと思う、すぐ 呼吸法で落ち着かせたし、親戚から頂いた、メキシコのお薬も飲んだし、ああああ、なんだか、畑仕事してる お婆さんみたい。
今日の日本語クラスいけるかな・・・・
行ける行ける・・ガタゴト大揺れバスさえ クリアーすれば・・・


羅漢さんの絵を描いてるけど、今一、これといったものは、少ない。
猫の絵 描いて気晴らししてる。




また、展覧会のお知らせを次回します。
DMをまとめて送れるところを探しています。



旦那のスランプが長かった。
ここのところ よくなりつつある。
カナダで、私が、たーくさん、ネガティブ差し上げた分、いま、そのお釣りが来た。

娘も、学校で言葉の問題に色々ありながら、ここんとこ 頑張ってくれてる。
クラスに女の子が多い分、陰湿なことも多い。
モンテッソーリの名に安心していた私は、このレオンの学校が、理想だけの教育方針で、現実は、金持ちの我がまま息子と娘の集団、先生たちも未熟なことが分かってきた。主人のストレスも 来年の夏まで、持たないと思う。

アート大学に、来年開講するムーブメントクラスの概要を提出した。8名以上集まらなかったら、クラスを開けないとか。
うまく行くといいな・・・行くと思う

2008-11-05

ハロウィーンと死者の日






あれれと言う間に11月になっていた。焦るなあ~~~。絵も描かなきゃなんないし、ムーブメントのプロジェクトの概要も提出しなきゃなんないし、パスポートのご ちゃごちゃもやんなきゃんなあ~、二人展のDMも送んなきゃな~、日本語クラスの授業準備もしなくちゃな~~、やること いっぱいあって幸せです。
で、何からやろうと、決めたのは、とりあえず、掃除、これが長く掛かるんだ。やっぱり、掃除機買おうかな・・・・・メキシコの掃除機を買うときは、先ず、動くかどうか確かめて買うようにと、アドバイスを貰った。あははっ

そうそう、ハロウィーン、今年も規模は小さかったが やりました。娘は、キャットウーマンのお古の衣装を着ました。レオンでは、ハロウィーンは、最近お目見えしてる行事で、日にちが 近い 『死者の日』の方が大きなお祭りです。日本で言う『お盆』でしょうか。
ハロウィーンが終わった翌々日まで、近所の子達がお菓子を貰いに来てた。

「死者の日」に、祭壇の飾りを見に街へ出かけましたが、市の大きな祭壇を見ることが出来ず、残念がっていたら、次の日、 主人が学校から電話して きて、学校のが まだ 飾ってあるから見においで、と言われて見に行きました。なんと 学校の先生たちみんなのお墓までありました。一応、主人の墓に拝ん できました。あはは げっそり



『死者の日』の関するページ
http://www.mysnco.com/2002-8.html#ADVICE

2008-10-25

不思議続き

ここしばらく、不思議なことが続いてる。
習字のワークショップを先週、無事 終えたばかりだが、その準備をしているときに、習字の練習用にと、知り合いから頂いた、大量の日本の新聞を ちらり読み始めて すぐに 目に入った記事があった。
書家との出会いと その方から貰った、特別な柄の長い筆のこと、そして、最近は、色紙にサインを書くとき『これからだ これからだ』と、一言つけ ている話など、楽しく書いてあった。読み終わって、誰が書いたか、確かめて びっくり、先日 亡くなられた緒方拳さんだった。その前の日に、緒方さんの訃 報の記事にコメントを入れたばかりだったから、尚更、驚いた。新聞の年月日を確認すると、2007年4月、彼は、既にガンと知っていた頃。
『これからだ、これからだ』と言う言葉に、生きることへの強い意志がその裏にあったことに、感動した。そして、その記事との出会いに感謝した。
習字のワークショップが終わり、二三日して、大切に取って置いたその記事の切抜きが、見つからず、悲しんでいたら、たまたま、モナルカ蝶をリサーチして、たどり着いたのが、緒方拳さんのブログだった。 http://ogata-ken.com/framepage-top.html

何億匹の蝶が乱れる。
いま俺はこの世にいるのか、
あの世にいるのか、
そこの途中なのか。
彼岸・・・。

と、彼が綴った本からの言葉と、モナルカ蝶を見てる、緒方拳さんの写真が載っていた
この出会いにも感謝した。


話は戻るが、習字のクラスは、人気があった。二日間で、40人の人が参加してくれた。私も楽しかった。数字の二・十・月、そして、ひらがなは、に じ・はと を紹介した。月のところでは、月が~出た出た~と炭鉱節も歌った。習字の道具の使い方や、字は心を表し、書道と言うアートになっていること、ひ らがなの、「あわの歌」から「いろは」「あいうえお」までの流れなど、空海さんの話も交えて、ちょっと話した。真面目に「今からアートの字をお見せしま す」と言って、へのへのもへじを もったいぶって書いて見せて笑わせた。

私のスペイン語の先生であり、以前、日本語のクラスも受け持っていたMさんが、見学に立ち寄ってくれた。
後日、習字のクラスが楽しかったので、何とか文化センターで習字やら、折り紙やらを通して、カルチャー紹介やりたいなと、相談したら、アート大学でやったら、と言われて、今日、二人で大学に行ってきた。

結果から話すと、2月の15日から6月15日まで、週一回で4時間か、週二回で2時間ずつの何れかで、クラスを持つことになった。学生だけでなく一般公開にした方がいいと言われた。
内容は、カルチャーの紹介ではなく、私たちがやってるムーブメントのクラスとなった。
メキシコは、面白い、肩書きなんてほとんど無視で、こちらの意気込みを買ってくれる。
大してアピールしたわけでもなく自分のやってることや、これからやってみたいことなどを、持ってきた写真と、主人のプロフィールを見せながら、世間話し風に話しただけなのに、とっても気に入られてしまった。11月に指導プランを持って、また細かい話をすることになった。
ちょっと、リサーチの感覚でアポイントも取らずに行った私たちは、帰りの車の中で、びっくり、びっくり~、よかった、よかった、こんなこともあるんだね~。と何度も言って喜んだ。

主人も大喜びすると期待して、彼が帰ってきてからそのことを話すと、それほど感動した様子もなく、細かいことを聞いてくる、ムカッと来た私は、意見してしまった。
心配事より、先ずは、今日の第一歩を一緒に喜べないのか!!!!と。
先ずは 石を投げてから、どっちの方向に転がるか見ればいいじゃん、完璧な丸い石ころなら、止まらずに先へ転がっていくはずでしょ、あなたはその完璧な丸い石ころなんだから、それに自信を持ってよ! どうなるか、自分を楽しんでよ!!!!てな事を叫んだ。

経済観念の乏しい私は、勝手なことを言って、現実的な彼を悩ませる。

メキシコに来て、学校の子供たちや組織的なことなど、頭を抱えてる彼は、余裕がない。
金曜の夜は、兎に角、リラックスしたいと言うのが口癖だ。
給料が安いので、不安なのかも、でも仕事があっていいじゃん、感謝だよ。

それよか、アート的な潤いのない生活には耐えられない。
彼と また いい世界が作れると喜んだ私は、ちょいとがっかりでした。

2008-10-12

二つのイベント


10月11日
今日は、娘の学校でイベントがあり、大きなテントの下で、可愛い子供たちの、メキシカンダンスを見てきました。ダンスの後は、ボランティアのお母さんたちのメキシコ料理を ご馳走になりました。豆のシャーベットがおいしかった。

そして、きょう、10月11日は、我が家のイベントの日でもありました。
おめでとう!!!!17年目の結婚記念日でーす。短いような 長いような 17年です。
結婚して 7年間は、新婚そのもの、熱々って感じが続いてたけど、子供が出来てから、私が、偉く 逞しくなってしまって、旦那が小さくなった感じ、今年の17年目を境に、新たに もう一度、男と女を意識してみようと、話し合いしました。
旦那には、もっと小奇麗にすることを要求し、私には?と聞くと、・・・・旦那は、「考え中」と答え、もう寝てしまいました。やっぱり 怖いのかな?私のこと、ははは

記念日を どう過ごすか、家族みんなで考えても、みんな、人任せ的。 特に旦那は!!!
これと言って、ロマンティックな案も、お金もなく、テレビを見て 時間が過ぎていき、イライラ・・・・
妻が 涙して驚く位の企画で、惚れ直させる そんな、どえらいチャンスを、今年も彼は見逃してしまった。

結局、私の意見で、夕食を 家の近くにある日本食レストラン「竹の屋」で、してきました。まぁ、まぁ、おいしかったです。主人が、片言の日本語 で、お店の一人一人に、「コンバンワ、ニホンゴ、シャベリマスカ?」と聞いてましたが、みんな日本語が分からない様子、なんと台湾人でした。

娘に 結婚する前から 娘を 身ごもった辺りまでの写真を見せました。
「ママ、可愛かったんだね、ダディ、この顔マイケルジャクソンみたい」と言うのが 娘の感想。
私は、可愛いさを すべて娘に授けてしまったようです。本当、あの頃は、可愛かったよなぁ~。
旦那が、「今も だろ」と、眉を ぴくぴくさせて、娘の言葉を訂正していました。
やっぱり、怖いんだ、こいつ、私のこと・・・・強くなっちまったもんな~~と、自己反省。

レオン バスツアー



10月10日

きょうは、スペイン語を習っている(まだ一回目ですが、)マリア先生とレオンの市内バスツアーに行ってきまし た。お客は、私たち二人だけで、観光バスといっても町を一周し、少し説明してくれるだけ、観光バス用のバス停で、途中下車して、勝手にその場所を見て回 り、次の観光バスに乗り換えていいと言う気楽さです。最初に15ペソ(150円くらい)払えば 後は乗り換えしてもただです。
メキシコは、カトリックの国ですから 教会が やたら多いのですが、メキシコの中で、レオンだけが 何故か、教会のことを スペイン語で、templo (お寺) と呼ぶそうです。

始めに見学したTemplo Expiatorio (浄化、清めるの意味があるそうです)のお寺、教会は、ステンドグラスが見事な大きな教会でした。地下には、たくさんの銅像と絵が、飾ってあり、昔は、他 の教会と地下道を繋いでいたそうです。今は、バリケードがしてありました。協会に関係した人たちのお墓にもなっていて、壁にたくさんの人の墓石があり、少 し迷路みたいで、神秘的でした。
私が一歳ぐらいまで過ごした五島は、隠れキリシタンの地で、教会がいっぱいあり、大人になって、その教会めぐり旅を一人でしたとき、信者が一つ 一つ石を運んで作った手作りの小さな教会に入ったときと同じように、規模は違いますが、信者の強い信仰心が、その建物から漂って来るのを感じました。

先生のマリアさんは、以前、大阪に住んでいたので日本語がとても上手です。そして、今日、色々お話して驚いてしまいました。
メキシコ人だから、当然クリスチャンですよね。と聞くと、いいえ 仏教徒です。と返事が返ってきたのです。今も、サンフランシスコから、お坊さん を呼んで説教を聞いてるとか、もちろん日本人のお坊さんだとか。メキシコシティからも 週に一回、来てくれる方がいるそうです。レオンの信者さんは少ない ので、お寺が、ここにはないそうです。
彼女は、初めて お経を耳にしたとき、自分の魂の里に帰った気がしたそうです。
私は、なぜ、彼女にスペイン語を習いたいと思ったかと言うと、彼女のゆったりとした人を包み込む空気が、とても 心地よかったからですが、これで、なるほどと納得したのです。
彼女と過ごした2時間は、色んな話が出来て、彼女も私も 幼馴染にでも再会した様に盛り上がりました。この出会いに感謝です。
この人に会えて、ここ、レオンに来た甲斐があったなと 今日は、うれしくなりました

2008-10-09

先週先々週





先週と先々週は、日本語クラスを二週間任せられて、楽しい時間を過ごしました。レベル4なので、みんな日本語を かなり理解できていて やり易かったで す。ついつい、自分が楽しんでしまって、喋りすぎたかも。文法は、外国人向けに作られた指導書があり、これが、なかなかよく出来ていて大いに助かっていま す。季節のことを少し取り入れて、月見などの説明や、俳句を一句紹介したら、松尾芭蕉のファンの子がいて、びっくり。
一昨日は、レベル1と2の授業を 見学がてら受けてきた。スペイン語が飛び交って、ちんぷんかんぷん。やっぱり、わたしには、このクラスは、無理かもな~と実感。
来週は、習字のワークショップを木曜と金曜に、一般公開で やることになってる。きょうは、その準備。
先週の土曜日は、グアナフアト市へ、親戚家族と観光に行き、日曜日も食事会をして、時間を使ってしまったのです。グアナフアト市は、もうすぐ、サ ルバンティーノ際があり、町のあちこちでその準備をしていました。サルバンティーノは、ドンキホーテの作者名から来ていて、大きなお祭りだそうで、各国か ら招待されたあらゆるジャンルのアーティストやその団体が集まります。是非、行きたいのですが、可也の人出で、混乱するとか、先月の爆弾事件のこともあっ て、人ごみは避けるほうがいいと聞き、今回は断念することにしました。日本の人形劇団かわせみ座の名も載っていました。
グアナフアト市は、町全体が世界遺産になっていて、銀の発掘後のトンネルが、現在、地下道となり、車がそこを走っています。レオンから、車で45分位のところなので、今度は、ゆっくり、バスで行って、一人で、ぶらぶらしてみるつもりです。

早々、話は違いますが、先々週は、猫ちゃん騒動もありました。主人がモンテッソーリの学校の近くに捨ててあった怪我した子猫を 放って置けないと連れて帰ってきたのです。口の周りが血だらけで、しかも、すでに固まっていて、息苦しそうにした黒猫ちゃんでした。
家には、既に二匹の子猫がいます、一匹は、姪っ子が拾ってきて家に置いていった猫ちゃんです。3匹も飼えるわけないと、始めは、「何で連れた帰っ てくんのよ~~~」と、ぶう垂れていた私ですが、寝ずに看病してあげて、私では、力不足と病院に連れて行きました。やっぱり、あごの骨が折れていて、三日 入院が必要で、お金も掛かるとの事で、迷い猫を世話してくれる所を教えてもらい、そこへ、即、親戚の姪っ子と連れて行ったのです。
そこは、市営ではなく個人運営している迷い犬猫センターで、ビクトリアさんと言う女性が、立派な家の立ち並ぶ一角で、寄付のみで運営していました。
彼女に どうして、そんなこと始めたか聞くと 周りの立派な家に飼われている犬たちが、引越ししていく主人に 置いてきぼりになって、弱っていくのを、見るに見かねて世話し始めたそうです。
話を聞きながら、中を見学させてもらった後、姪っ子と私は、お金をいくらか寄付をし、猫を置いて帰って来ました。
次の日、どうなったか、恐る恐る電話して聞いたら、「医者にも診せ、なんとかミルクも飲ませられ、今日は、歩くことも出来てる、元気になってるか ら、心配しないで」と言う返事でした。それを聞いて、姪っ子家族や私たち家族みんな、安心し、私の頭に、30匹の犬や猫に囲まれてるビクトリアさんの優し い顔が、浮かんできました。
これからは、拾った猫は、私の下にではなく、ビクトリアさんにしてね、とみんなに宣言しました。

2008-09-25

モンテッソーリ学園PTA







昨日は、モンテッソーリ学園のPTAがありました。なんと、夜の8時から10時と言う設定。こちらの人たちの習慣で、長いお昼を休んだ後、仕事を再開したり、遊びに出かけたりします、だから、8時集合も、ごく当たり前です。
スペイン語の分からない私は、クラスの父兄の中で、英語の達者な人の助けを借ります。

メキシコのモンテッソーリは、少し独特です。本来ならば、生徒の中途入学は、幼児教育から段階的に、モンテッソーリ方式を身に付けていくことの妨げになるので、無理なのですが、ここは違います。
その無理なやり方に、やはり、子供たちのばらつきが目立ちます。だから、親が、よく学校の方針を理解して、サポートしなければなりません。
例えば、モンテッソーリは、自由な教育です。これを勘違いして、自由奔放に、我が儘になっている子供たちがいて、私の主人も授業を進行するのに頭を抱えています。特に、大きい子達は、手が付けられないようです。
授業を面白くして、興味を抱かせる。この段階に入る前に、学校は、何をする処なのかを分からせる必要があるようです。そして、自由とは、他人の自由を尊重してこそ、本当の自由であることもです。

「学ぼうとする力は、人間の本能である。」と、校長先生がおっしゃっていました。
生きていく上で、叡智をつけることを知っていれば、より豊かに楽しめる、これは、本能として私たちが、持っているものです。だから、考える。どう やったら旨く行くか。自分との対話を身に付けていく。これは、とても大切だと思う。先生は、親も一緒になって、成長して欲しいといっておられました。

モンテッソーリのクラスは、縦割りで、娘は4年5年6年の子達と一緒です。年上の子は、下の子の面倒を見ます。宿題は、基本的にはないようです が、それぞれ、子供たちが、自分で10項目課題を挙げて、その中から、一つ選び、その日の宿題として 家でリサーチしてくるといったものです。だから、先 生が、答えをチェックするものでもなく、どこまでやってくればいいかなどは、本人しだいです。

PTAで、宿題の評価をどうしているのか、親から、質問が出ました。テストもない学校ですから、当然、点数は、付けないわけです。時々、クラスの みんなの前で、調べたことを発表は するようですが、先生が、宿題は、子供たちが、これから、大学や、世の中に出たとき、これから一生ついて行くもので す。その意味で、宿題を自分に課せる習慣を 今、ここで身に付けることが大切で、内容の評価ではないのです。と答えていました。
それと、家での対処の仕方として、宿題のはかどりを何気なく聞いて、本人のやる気を促せること、決して、強制的に、押し付けない。ゆったりと リラックスした状態で、子供たちが、学べる様に、親が心がけることが大切 とも おっしゃっていました。

子供に つい怒ったときも、「子供は、愛から生まれたもの」 と、心で唱えて見てください。
との校長先生の言葉がありました。

2008-09-21

穏やかな日曜日



穏やかな日曜日です。
昨晩は、親戚の家で、お友達を招いて、楽しいひと時を送りました。
吉本系の陽気なお友達が、場を盛り上げてくれて、すっかり、私も気分良くなって、久しぶりに少し酔っ払ってしまいました。スペイン語と英語で、会話が、全体に統一していませんでしたが、笑いは、耐えませんでした。人のエネルギーって凄いです。

今、主人は、来週に備えての授業の準備、娘は、カナダのお友達とパソコンでおしゃべり、そして、私は、日記、それぞれ、PCに向かっております。
猫ちゃんたちは、屋上のパディオに設置したハンモックにじゃれたり、追いかけごっこでお疲れ気味。

窓から、涼しい風が入り込んで来ました。朝は、子供たちのはしゃぎ声で、賑やかだったのに、今は、お昼時だからか、、シーンと静かになっています。

私も 猫と一緒に お昼寝しようかな・・・・

2008-09-20


 
9月19日
えらーく、ご無沙汰
先週末は、メキシコの独立際で、ロングホリデーがありました。元気な親戚家族と、バンガローを借りて、ビーチで過ごしました。あいにくのお天気で、一日予定を早め帰ってきました。
帰ってきたその日に、行った先の近くで、独立際のセレモニーの最中、爆弾事件があり、ちょっと、びっくり、ビーチまで、5時間と聞いていたのが、結構掛かって、夜中に着き、それでも、海に興奮した娘と、従兄弟の男の子は、私の見守る中、洋服のまま波の中へ・・・

次の日は、バンガローのすぐ隣で、亀の卵を保護し、亀を海に放してあげてる おじさんのところで、赤ちゃん亀さんと対面。亀を貰って帰りたいと騒ぐ子供ら・・・海に返すのを手伝った










二 日目、粗末な電気コンロに、調理に頭を抱えていたので、夕飯をレストランで食べることにした。一階で寝ていた姪っ子のボーイフレンドのギター ケースが盗まれた。彼は、ケースのポケットにパスポートを入れていた。メキシコ人なのにアメリカのパスポートを持っている彼は、しばらく落胆していたが、 すぐに仕様がないと、気を取り戻して、いつものように、メキシコの歌を歌っていた。彼は、娘のサルサダンスの先生でもあります。
後で気付いたのだけれど、姪っ子の財布から、6000円が無くなっていた。

三日目、雨の中、主人は、波乗りに出た。みんなから、「もう若くはないのだから気をつけて!!!」と言われながら・・・・
波乗りと言っても、小さなボード、サーファーみたいに板の上に立つなんてことはない。
地元の人が、雨の日は、サメが出るから気をつけてと言っていたが・・・・・

もっぱら、私は、ご飯を作っていた。だって、主人の姪っ子たちは、料理が苦手、私より・・・
それに、波乗りは、一日で十分だったし、腰も痛かったから・・・・
3家族に、三個のベッド、一家族が それぞれ一個のベッドに寝ていた。
家族3人で一緒に寝るには、娘は、もう大きすぎ、私は、寝返りを打てず、腰を痛めたのだ。

6歳の女の子、8歳の男の子、10歳の私の娘、この3人は、全員、一人っ子、しかも、それぞれ個性的。この週末のプランも、喧嘩の耐えない子供たちが より仲良くなるためにと計画したもの。

年長の我が娘は、少しずつだが、お姉さんになっていってる。

メキシコより



8月23日
すっかりご無沙汰しています。
カナダを、7月4日ごろ出発して、6日掛けてメキシコまで来れたのは、意外でした。
しばらく親戚の家にいましたが、やっと8月に入って、家も決まり、今やっとインターネットも繋がったところです。とりあえず、無事であることをお 伝えして、またゆっくりと書きます。明日、娘と主人が行っているモンテッソーリ学園で、父兄たちのオリエンテーションがあり、そのとき少し主人とマイムを デモストレーションします。今日は遅くなったので また・・・・・




8月28日
グアナファト州立大学の一環で、レオンにある語学のクラスで、日本語クラスをお手伝いすることになった私は、今日、クラス・レベル1(初級)を見学してきた。やっぱり、スペイン語を話せないと難しい。
来月3回ほど レベル4のクラスを頼まれた。これはやるしかない

バスもこなせる様になって、とても自由になった気分。スペイン語を教えてくれる方も見つけた。

今日は、夜中まで掛かって、来年の絵の二人展用DMの原稿を書いていた。
へへへ、昼寝しといたから平気だよ~~

メキシコは、みんな昼寝タイムがある、機能的でいい
主人と娘は、昼寝しない。

やっぱり眠くなった

明日また!

2008-06-02

フェスティバル

先週は、セント・アルバーツで、St. Albert Children's Festival があり、日本語学校からのボランテイアとして、主人と一緒に 折り紙講習会の お手伝いに行った。
日本人のママたちが、中心になって英語で 鶴の折り方と千羽鶴の説明をすることになっていた。
主人が、助っ人に入ってくれて、なんとかうまくいった。本人も楽しんでいた。
千羽鶴の説明の中に、広島で原爆を受けたサダコさんの話をするとき、どうしても 胸が詰まってしまうようだった。
写真
参加者が折ってくれた鶴は、ホールに飾られた
写真
折り紙クラスの 木曜と金曜を担当して、土曜日には、娘も連れて家族三人で、フェスティバルに参加して、久しぶりにステージや野外のパフォーマンスを観て楽しんだ。

写真なんと知り合いの知り合いだったジョンさんのパフォーマンス、観客が自転車をこぐと水圧が上がり、体中から水が吹き出てきて、体も動き出す。水が止まると、エネルギーを失ったように、体も脱力していく。
写真 
時々、くしゃみと一緒に 水が吹き上がり、水しぶきが観客にかかり、子供たちは大喜び


そんな木曜日、私たちが留守中、三男夫婦は、嫁さんの実家へ移動していた。娘への置手紙に、「ギターを残していくから練習しておいてね、今度また、教えてあげるから。」とあった。
三男さんから ギターを教えてもらっていた娘は、少し残念そうでした。

5月28日、腰痛

腰痛めて、良くなったり、悪くなったりの この頃で、一昨日は、38.8度の熱出しちゃいました。
ベッドに横になることに決めて、しっかり回復させ、今日は、少し良くなりました。

昨日、モンテッソーリの学校から、正式に主人の就職が決まったと、姪から連絡を貰いました。
6月10日に、彼だけ、メキシコへ向かい、夏休みに入る前に学校に挨拶に行くことになりました。
彼が、戻ってきたら、引越しです。

これが、最後の引越しになるかも・・・・

早速、荷造り・・・腰また 痛めないように・・・うまくやんないとね!

羅漢さん描いてみた、三男のお嫁さんに、プレゼントした

2008-05-26

イライラの日には・・・

25日夜11時半
イライラ解消にヘッドホンつけて ロックがんがん踊っていました。
人間イライラしてる時は、他人に迷惑を掛けないように、自己管理。
でもやっぱり、誰かにぶつけたくなるのはなぜでしょう・・・・
昼間、娘に当たってしまったので、仲直り、いや、気分転換で、ショッピング。
実は、昨日もショッピングに行った。連ちゃん!!!へへへ

片付け、荷造り、絵の制作 逃げるなよ!!!

26日は、私の母の誕生日。電話で「おめでとう」を伝えました。
母の声は、何で いつも元気で軽やかなのだろう。
そういえば、母が、暗い声を出したこと一回もない気がする。
小さいときに苦労してるのに、ひがみ根性がまったくない人だ。
偉いなあ~~~おかあはん

25日は、昨年の夏、グリーンウッドで、一緒に過ごしたバイオリン奏者、エレンの誕生日だった。これも電話して、久々に会話した。
今年の夏、エドモントンからメキシコまで、一週間掛けてキャンプしながら、車で移動する予定なので、そのとき、エレンの家にも寄らせてもらうことをお願いしたら、大喜びでした。また、彼女のおいしいハーブティが飲めると思うと うれしくなる。
山の中にひっそりと住んでる彼女、今年も会えるなんて、神様からの ご褒美かも!

さて、今夜は、「つるの恩返し」の鶴になり、絵をせっせか描き上げますです。
三男夫婦にプレゼントするのだ。今回 何かと助けてもらったので、へへへ
もうすぐ彼らも、ここから1時間半くらいのゴルフ場近くのキャンプ地へ移動する。
寂しいなあ~~

メキシコ引越し

オーラ!
これしか言えない

メキシコ行きの話が、どんどん煮詰まっております。
旦那だけ、6月の10日過ぎに、仕事の面接のために 先にメキシコへ 行くことになりました。
私たちが、メキシコへ行くのを快くしていない姑は、少し低エネルギーであります。

旦那の仕事は、メキシコにあるモンテッソーリの学校で、英語とアートクラスを外部講師として指導すると言うもの。現地へ行って細かいことを話さないと なんともいえませんが、姪っ子さんが、いろいろと 手を回してくれました。娘もその学校に入れそうです。感謝です。
なんと、私も、同じところではないが 日本語を教えることになるかも ・・・やって やれないことはない!
なるようになるだろうと、余裕です。

旦那が、とっても 生き生きして、以前の彼に戻りつつあります。これが一番うれしい。


とりあえず、気持ちは、メキシコ  オーラ! です。

昨日、長男さんの誕生日でした。
相変わらず キャンピングカーに寝泊りしてる三男さんを囲んで、兄弟とその嫁らで、飲みながら、お兄さんに、お祝いの電話をしました。
「この前は、一緒に沢山話せて楽しかったよ」と、告げた後、少し、旦那が涙ぐんで 私を見ました。この涙の訳を 私も分かって、微笑み返しました。

この家族は、色んな人間模様を織り成して来ました。今やっと、旦那が望んでいた形になりつつあるのでしょう。

そして、暇な小なべの様に、おどけて踊るしかない自分を、なかなか、いいじゃん。と、褒めてみました。

お隣のジェーンから頼まれた 彼女のペットたちの絵のデッサンが出来たので、
昨日、彼女が、訪ねてくれました。
舅と姑は、私を通してジェーンを知ることで、すっかり、彼女を気に入っています。
何年も お隣と近所付き合いしてなかった二人は、訪ねてきたジェーンを大歓迎して 楽しくお話していました。やっぱり、そういう事、望んでたんだ

暇な小なべ

おはようございます!5月18日朝10時です

三男さんの手術も無事終わり、昨日、私と旦那と娘も お見舞いに行った。
なんと、今日強引に退院してくる。
姑と三男嫁の仲は、どんどん良くなっていくようだ。
そして、大喧嘩した三男と舅もだ
「雨降って地固まる」であります。

最近、私の頭に、アイヌのお話、「暇な小なべ」が浮かんでいる。

(時間があったら朗読を聴いてみてください)
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/skayano/fm20071014.htm

小なべを自分とダブらせている

2008-05-15

5月15日

オーラ!
今年の夏、メキシコに行くことになったので、スペイン語の練習ちょっと始めました。
この話は、後ほどすることにして・・・・

今日は、三男さんの手術の日。朝5時に起きて、姑と三男夫婦は、病院へ行った。

舅は、クラリネットの演奏の仕事へ、主人は、お隣のジェーンのご主人の元で アルバイト、
二人とも、朝8時半に出て行った。

Good News 私のパスポート、きのう マニラから Eメールが届き、すべて無事、手続きが終了し、パスポートもこちらへ送ると あった。
やっぱり、ちゃんと届いていたんじゃん!バンザーイ

ジェーンから頼まれていた、愛犬ハーリーと、二匹の猫の絵に 取り掛かろう・・・
きのう、ジェーンから「待ってるよ!」と、催促された。へへへ

ゴミと化しつつあるデスクの細々とした物を、どこに どう仕舞えばいいか、ため息ついてしまう。
この家に来て、いつでも引っ越せるようにと、荷物を ダンボールから開けて出しては 仕舞っていた生活、すっかり、何がどこにあるかごちゃごちゃになっている。 ま、いい訳だけど・・・
片付け下手の 几帳面なA型の私は、やっぱり、きれいにしなきゃと思ってるわけ、
0型の旦那は、これでいいじゃんと、動かないわけ、なんか損してる感じ・・・・

三男の嫁さんは、魔法使いのように、すっきり出来る人だ。何でも、未練無く 処分してしまう。
夫婦揃って きれい好き、我が家と真反対。
主人も私も 最終決断が、なかなか出来ないタイプ。
そう言って、嘆くと 三男の嫁さんが、片手を 「はい」と 挙げて、「私が決めてあげる」と、
立候補してくれた。 お願いしてみようかな・・・魔法使いに

2008-05-14

ほっとした一瞬

5月13日夜11時
お休みの前にもう一回、日記をつけておこう

お昼の2時ごろ、主人の古いお友達が、BC州から夫婦で訪ねてきた。10年ぶりの再会だ。
キャンピングカーで、やってきて、これからカヌー下りをやると言う。
不思議なのは、ご夫婦とも まったくと言っていいほど 変っていなかった。
とても しゃれたジョークを交わし、知的で健康的な夫婦仲、まったく素敵な人たちだ。
ほっとした一瞬でした。

お友達が帰った後、夕方5時から、お隣のジェーンさんからの紹介で、以前もやったことのあるアルバイト、一戸建てマンション集合住宅へ 敷地内の草木の世話に行った。
ジェーンも一緒だった。まだ、そんなに雑草も出ていなかったので、ごみを拾って、枯れ枝を整備してきた。
庭をいじっていたら、アジア系の婦人が家から出てきて、彼女が植えた挿し木の木が、死んでるか生きてるか 私に聞いてきた。
何でも中国の漢方に使う実がなる木らしい。そして私に中国人?と質問してきた。
日本人だと答えると、「おはようございます、こんにちは、おいしいです」 と夫人の口から日本語が、次々と出てきた。
何でも、20年ぐらい前に一週間に一度、日本語を習っていて、そのとき優秀な生徒だったので、先生が特別 もう一つのクラスを受けさせてくれて、週二回習っていたそうだ。
「続ければよかったのに」と 私が言うと、「あなたから習おうかしら」と言ってくれた。
このバイトが 定期的になったら、また、遊びに来ますよ と返した。
彼女の名は、セレナさん、36年前にカナダに来て、今は、63歳でリタイヤメントしてるそうだ。
名前の響き通り、清らかな感じの人だった。
アジア人の穏やかさに触れて、二度目の ほっとした一瞬でした。

夜の8時頃、家に帰ると、みんなは先に 夕食を済ませ、リビングでくつろいでいた。
面白いテレビ番組で、笑いが絶えなかった。三男夫婦も 舅夫婦も、みんな笑っていた。

「三日前の大喧嘩は、無かった事にしようよ」と 笑い消そうとしてるように見えた。

そして、今日は、二回も 舅が姑に 熱いキスをしてるのを キッチンで見かけた

やっぱり反省してるんだね

三度目の、ほっとした一瞬でありました。

2008-05-13

晴天の霹靂 続編

5月13日朝9時10分です
おはようございます!

何があっても朝は来るもんだ

きのうの リビングでの仮面劇を 地下で様子を伺って、見ていた私です。


      ’青天の霹靂’ 続編

三男と舅がぶつかり合った次の朝、夫婦で何もなかったように、朝食を食べに来て、もちろん舅ともテーブルを囲んで、会話していた。
思ったより、早く解決するものだと思いつつ、その日の夕飯には、彼らは姿を見せなかった。姑は『私には、何も出来ない』と、力を落とし、舅も気まずそう。
暗い夕飯を終えて、娘を寝かせた後、主人が先に行ってる、三男のキャンピングカーへ私も顔を出しに行った。
「ハーイ」と明るく迎える三男、何か飲むかい?の質問に、「強い お酒がいい、今日は酔っ払いたい気分だから」と、笑って返した。

三男の話をまとめると、舅との問題は、彼が十代の頃からのものらしい。
主人も舅とは、挨拶するとき抱き合わず、握手だけだ。なんだか冷たいなと思っていた。
ま、これは、根が深そうで私は見てるだけだ。でも、今日の夕食での 二人の、様子を伝えてみた。
舅は、三男が現れないことを気にしていたし、姑も悲しそうで、お葬式みたいな雰囲気だった。と話した。
「明日も来ないの?」と聞いてみた。
三男は「このごたごたは、僕が、舅のところへ行って、明るく会話し始めれば、一時間も掛からず 元に戻せる。でも、後 二日間、彼らには、考える時間を 僕は与えたい」
そして、舅が、三男を はじめ兄弟三人を いままで事あるごとに、蔑んでいた事を語った。
舅と姑の間の 夫婦間の不仲が全ての問題であることも話した。
これは、私を含め、全員が暗黙に分かっていることだった。

過去は過去で、これからが問題なわけだが、本人等の関係と態度や考え方が、変らない限りは、うまく行くはずがない。

私は、キャンピングカーを後にし、この三男さんも なんだか凄いな、と思えた。
80才越してる、人たちに、わざわざ お仕置きすることもないではないかと・・・・ふ~む。

そして、きのうの 夕飯に 二人は姿を見せ、リビングで、くつろいで、舅とも笑いを交わして帰った。

それで、私は、地下で、その仮面劇を観覧していたわけです。

このごたごたの後、その前まで明るかった姑夫婦は、以前の いい合いの姿を見せ始め、そのイライラを、私たちに向けている。
でも、前と違うのは、それをうまく受け止められるようになってることだ。
自分を含め、完璧な人はいないのだから・・・

しかし、一度下がった、エネルギーのトーンは、なかなか また、上げるのは難しい。

青天の霹靂

ここのところ、畑の手入れやら、木の伐採など、農家育ちの三男の嫁さん中心に、みんなで働いて、すっかり、80才を過ぎた舅も機嫌を良くしていた。
去年、我を張って、息子の手伝いを拒否したばかりに、野菜が不出来だったので、今年は、素直にみんなに手伝って貰う気になったのだろう。
舅は、主人が18歳のとき、姑と結婚した継父だ。
だからか、息子に弱いところを見せるのがいやらしい。

ケローナから来た長男は、悪い足を引きずりながら、畑に腐葉土を撒くのを手伝っていた。
心臓にぺースメーカーを付けてる三男は、腕を組んで、ニコニコしながら、畑のみんなに、もっぱらアドバイス。
次男である私の旦那は、マニラに郵送したはずの私のパスポートが、まだ、着いていないことが発覚し、郵便局やら、マニラのカナダ大使館との連絡にあたふた。
とりあえず、私のパスポートは、マニラまでは郵送されてることが、解明。
しばらく大使館からの連絡を待つことになった。
いざとなったら、パスポートのコピーがあるので、紛失届けをすれば15日で、パスポートは、作ってもらえる。

そんなこんなで、夕飯も賑やかで、夕飯の後、私のお気に入りCD’好色人種’の曲を 掛けて、リビングが六本木のクラブ化。みんなでダンス。やはりこっちの人は、みんなノリがいい。

長男がケローナに戻り、私たち家族は、娘の合唱団のコンサートへ出掛けた その夜。
この楽しかった一族の絵は、また、過去のものとなった。

我々が、コンサートから帰ってくると、みんなの様子が変だった。姑は、三男の部屋で泣きじゃくり、それを、嫁さんがなだめていて、舅はおどおど、 すぐに地下に姿を消して、いつものクラリネットの練習を始め、三男は、いつものスマイルを向けながら、感情を押さえ込んでる様子、そして、敷地に停めて あった、彼のキャンピングカーに行ってしまった。
いったい何があったのだろう・・・・・

落ち着いた姑と主人がリビングで、深刻に話し始め、私は、三男の嫁さんに 『何か、見損なったかしら、私たち』と、聞いてみた。
外に出て、彼女から話を聞いてみると、三男が舅とやりやったらしく、「出てけ」と言われて、今日から、キャンピングカーに寝泊りすることにしたそうだ。手術が15日に控えてるので、とりあえずは、そうするらしい。

青天の霹靂 !                                      
                           つづく



私に出来ること・・・・
娘と一緒に、地下でクラリネットの練習をしている舅の所へ行き 
熱い おやすみなさいの ハグを することだけでした。
舅の顔は、赤く、まだ、小刻みに震えてるように見えた。
言い争いで、興奮したその後を隠しきれない様子だった。

2008-05-07

人と共に 美しく良くなる

3日(土)は、娘が入ってるエドモントン市合唱団で、主人と一緒に、ワークショップをやった。身体と音がテーマだ。対象は、娘のクラスの小学2年から5年生の子達だった。
軽く準備体操を あの手この手でやって、サイレントが、如何に大切かという事と、頭を風船と想像して、肩から下をリラックスさせて歩くことやら、 横になって、目を閉じさせて トライアングルや、レインスティックやら銅鑼やらと色んな音を それぞれ聞かせた後、その都度、その音を体で表現したらどう なるかやらせてみた。
最後に3人組みに分けて、架空の楽器を鳴らして、音のない演奏会を それぞれが みんなの前でやった。とっても面白かった。

家に戻ると、姑たちもアリゾナから戻っていて、みんなで、バイソン バーガーの支度に掛かっていた。バイソンは、バッファローの肉で、隣のジェーンからの頂き物。
可也、盛り上がっていて、笑いが耐えない。みんなよく喋り、姪の家族の5歳になる小さな女の子を中心に、賑やかだで、楽しい一日だった。

次の日の日曜は、一週間早めた母の日で、母と名のつく私も 一切 台所に立ってはいけないという、なんだか落ちつかない日。
朝ごはんは、三男のレシピで作ったホットケーキを 私の旦那が、ホットプレートで焼く係り、
夕飯は、サーモンバーベキューを、長男を中心にみんなが立ち回った。
「あれはどこだっけ?」の質問に 答えやすいように台所の近くで、私は待機していた。

娘と5歳の姪の子は、庭で、インデアンの家のようなもの作ったり、隣のジェーンの家に行って木の下で、遊んだりしていた。
その日の夜に賑やかな姪っ子の家族は、カルガリーに帰っていった。

5日(月)の朝、学校のある娘は、眠そうな顔をして、ぎりぎりに出て行った。
みんなは、ゆっくり それぞれ起きて、リビング、キッチン、外のパディオと、小分かれしてのディスカッション。今日もみんな笑っていた。
この家で、こんなに沢山の笑い声が響いたのは、久しぶりだと思う。

さてさて、問題は、この夜であった。
これまで、日記にはあまり 書かなかったが、姑は、可也、口調の強い人で、初対面だと、その威圧感で嫌がる人も多い。内面は、弱い人で本人は、人 が傷ついてることを感じ取れないタイプだ。決して悪い人ではない。根性は悪くない。しかし、これまで、可也のトラブルを起こしてきた。その横柄な態度と、 口調で。

私は、親戚一同から、最後のチャレンジャーとして、気に留めてもらっている。『果たして、この子は、大丈夫だろうか・・・』だから、みんなが集 まったこの二三日の間、姑が、口癖で、『これは 誰がやったか』と 些細なことを質問すると、姑のお気に入りの姪っ子 か、姑と張り合える三男の嫁が、私 をかばって、名乗りを上げてくれる。これは、一つのゲームになって、楽しんでいた。しかし、姑は、彼女らが、かばえない私のミスを、一つの面白話として、 みんなに聞かせたのだ。その場に私は居なかったが、家の中で、うろついていたのは、姑もみんなも分かっていて、私に聞こえる大きな声であったから、きっ と、嫌味じゃなかったと思うのだけれど、みんなの笑いの種にされて、私の中に、少し残っていた、落ち込み病が芽を出して、悔しくって涙が流れた。
笑って、「何言ってんのよ、お母さん、あなただって、やってたじゃん!」と、返せない自分の暗いアジアの血が、悲しかった。というより、低次元 のことで、怒ってる自分が情けなかった。兎に角、部屋でぐずっていた。娘と主人が、伺ってきて、ありゃりゃ、と言う感じで、姑に言ったらといってくれたり したけど、そんな大げさなこと まだ 出来んワイ。と、断った。二人が部屋から出て行ったあと、姑が部屋をノックした。

「私が、何かしたかしら」
思ってもいないお言葉
『はい、洗濯機のことで、みんなに私の失敗を笑われて、落ち込んでいます』
と、冷静に答えられた。
姑は、「ごめんね、悪気はなかったの、許してね、私は、愛してるのよ」と、涙した。
つられた私も、「みんなみたいに笑って言い返せなくて、ごめんなさい。私も愛してますよ、お母さん」これまた、涙。
二人でしっかと抱き合った。
頭の中で、一週間くらいは、もつかしら・・・なんて、よぎったりもした。

姑と、私は、ドラマが好きだ。これは共通していそう。

キッチンに、腫れた目を隠しながら、戻ったら、三男夫婦が、キッチンの戸棚の中にしまって、何十年も使わずにいる食器やら、紙袋やらを『これは、 要るのか、お母さん。捨てちゃえ捨てちゃえ』と、ゲームのようにやっていた。聞かれるたびに、姑は、『それは、何年の何時に何処で どうしたものだ』と説 明しながらも、彼らの速さに追いつかず、半分笑いこけていた。
この家は、可也のスペースを、粗大ごみが場所をとっている。特に地下は、すごい!

次の朝、起きたら、実家の母と廻ったお遍路で、宿泊先のお寺の住職さんが、朝のお努めのとき、話してくれたことを思い出した。

『供養』とは、亡くなった方をお参りするだけではないのですよ、その字のように、「人と共に美しく良くなる」 つまりは、今生きているご自分自身が、人と共に 幸せで良くなれば、ご先祖様も、喜ばれるわけです。今日はそんなことも念頭に置かれてお参りなさってください。

少なくとも、この二三日のこの家には、美しく良くなる空気が見えている。

2008-05-01

16年ぶり

おはよう!昨日また雪がちらりと降り、雨になった朝です。
昨夜、主人のお兄さんが、ケローナから、飛行機で、10時に着き、主人と弟さんが迎えに行った。一週間の滞在予定だ。
弟さんの危篤事件から、何かみんな忘れたものを思い出したように、この家に集まっている。
兄弟3人が、この家に一緒になるのは、なんと16年ぶり、私と旦那が出会った年に、カナダに遊びに来たとき、親戚一同が集まったが、あれ以来だ。
あの後、親戚同士の裁判沙汰のトラブルが起き、家族も二手に分かれてしまった。
私たちは、日本に居たので、中立派でどちらにもコンタクトを取っている。

昨晩は、遅くまで兄弟で酒を交わしていた。話題は、なぜか、健康食のことだった。弟さんは、今週木曜か金曜に手術を受ける、お兄さんは、交通事故 の後遺症に30年も悩まされ片足を引きずって内臓も調子が悪い。が、二人とも大食かなのだ。体調をひどく壊し始めてから、二人とも食に気を使っているが、 私から見るとやっぱり、よく食べる。
食べることが好きなんだと思う。私も主人も、あまり食べることには、興味がない。だから、太らないのかも・・・・

食べることの好きな人に、マクロビオティックのような食事は、生きる気力を失せさせるようで、気が引ける。健康な体より健康な精神を保つことが大事だ。

お兄さんのアイディアで、一週間早い母の日のお祝いを 今度の日曜日にすることになった。
姑たちは車で、今、アリゾナからこちらに向かってる途中、金曜の夜に着く予定。
80才になる姑は、きっと このサプライズに感激するだろう・・・

部屋の割り振りの結果、兄弟三人は、それぞれ以前の自分の部屋に寝泊りすることになった。これもなんだか、いい感じ。
私と娘は、もと、主人の部屋で3人一緒に寝たが、主人の夜中の咳込みに、寝不足。

今日、弟さんが親戚のところに置きっぱなしになっている、大きなキャンピングカーを旦那が運転して、ここへ持ってくる。今週また カルガリーからやって来る姪の家族が、そこに寝泊りする予定だが、私も泊まってみたいと立候補。

人が集まることは、大好きだ。

私の理想像、「人の集まるところの ぺんぺん草でいたい」

想いは、叶うね

2008-04-29

里帰りのときの写真/二人展・お遍路・・・

写真 写真

東京の青山で、無事終了した『二人展』、そのときのギャラリーです。
もっとお客さんとも写真とっておけばよかった。
和尚さんの講話の様子も写真に撮り逃してしまった。

写真 写真

篠栗山でのお遍路の様子

写真
お遍路したとき、宿泊先のお寺で撮った娘と私と母の足
親子三代の足、『ミイラ化していく様子みたいだ』と笑った

2008-04-24

見つめなおし



エドモントンは、大雪で、また25センチ積もっています。
庭を走り回っていたウサギの家族が、どうしてるか心配!

さてさて、都会の勢いをぶら下げて、カナダに戻った私は、しばらく、主人とぶつかりながらも、我を通し、毎日、徹夜で、引越し先を探していた。何が何でものこの家を出る覚悟。
もし この家から、引越しが無理なら、どこかお部屋を借りて、ギャラリーみたいなこと始めてみようか、なんて思ったり、兎に角、姑たちが帰ってくるまでに何とか方向を決めておこうと、奮闘していました。

そんな中、主人の弟さんが、マイアミの病院へ緊急入院したと、彼の奥さんの妹さんから電話で知らされました。
弟さんは、心臓の病の持ち主で、医者に生きてるのが不思議と言われながらも、バハマの近くの島で、昨年の秋ぐらいから、B&Bホテルをやっていました。
スキューバダイビングやったり、元気そうでしたが、とうとう来たかと、覚悟を決めて 主人も私も心構えをしていました。
幸いにも 弟さんは、緊急事態から脱して、エドモントンの病院に移ることになり、この家に、とりあえず、移動することになりました。明日の夜には、着くようです。

そんな出来事で、住まい探しの勢いもなくなって、昨日の朝、ふと、主人の言う通り、娘の学校の切りがいい7月に入ってから、引越しを考えた方がいいかも。
しっかり、姑たちと話し合ってからでも 遅くはないか。
などとと、とり憑かれたモノから、解放された感じで、よし、そのことは、お預けにしようと決めたのです。
そうしたら、その日の昼に、マイアミの病院にいる弟さんと電話で話すことが出来、こんな事聞かされました。

「グランマー(姑)は、あなた達と一緒に暮らすことをありがたく思ってるようだよ、特に、あなたには、ただ、傍に居てもらえるだけで、幸せだといっていたよ」

意外!そんなこと想像もしてなかった。私を必要としてくれてたなんて、何だか、申し訳なくなって、そして うれしくて、涙した。
姑たちが戻ってきたら話し合って、これから どうするか決めようと思う。

こんな展開をきっと、私の母は、喜ぶだろう・・・
里帰りした時、別れ際に『あっちのお母さんに優しくしてね』と言われたことを思い出した。
主人に そのことを話したとき、『君のお母さんは、僕の母を知らないから そう言える』と答えていた。はははは・・・

私は、自分がそうだから よく分かるが、頭の中で、こんな人になりたいと分かっていても、そう簡単にすぐ理想は実現できない、誰かの支えがあっ て、やっと近づけてる、それもかなりの時間をかけて・・・今回の里帰りで、会っていただいた沢山のお友達に、思いやりを頂いて、すっかり、パニックもなく なり、自分の意志も強くなり、相手の距離も見えるようになった。薬も必要なくなった。家族をはじめ、みんなから支えてもらってる自分が、幸せ者だ。心か ら、感謝してやまない。そんなすてきな思いやりを持つ機会のない人が 世の中には居る。そのことも分かった。
もう一度、姑たちを、見つめなおしてみよう

2008-03-12

もうじきは~るですねえムード

もうじきは~るですねえムード
この時期になるとこの歌が 頭の中で流れる。日本へ行く日が近づいて、準備もしなくてはと思いつつ、のんびりムード。先週から来客が続いて、家の 中が賑やかだ。お隣のローンとも時々一緒に散歩している。二人で雪解けから顔を出す草花に元気をもらっている。彼も心の準備が出来てきたのか穏やかだ。

先週、日系人センターのイベントに、娘とバスでお出かけした。ここに来て初めてバスに乗った。家からタウンセンターのバス乗り場までは、お隣のジェーンの車に乗せてもらえた。(買い物のついでに)
一回乗り継ぎをして、バスマップを見ながら 少しハラハラして、楽しんだ。こちらのバス停には名前が付いていない。アナウンスもない。だから、目 的地の近くのストリートとアヴェニューの番地をチェックしていないと 降りそびれてしまう。日本に帰って、娘と京都に羅漢さんを見に行く旅をするが、きっ ともっと楽しいだろうなとそのとき思った。

日系人センターで、日本人学校の元教師の方の息子さんが、カナダ自衛隊として派遣されてたアフガニスタンで、先日亡くなられた話を聞いた。なんでも帰還寸前に、病気になった友達の任務を代行中に地雷に当たっての死だったそうだ。ご家族の心中を想像すると切なくなる。
このこともあって、「うったちも何かせんばね!」の言葉が浮かんだ。そして、次回の個展の構想を決めた。

「うったちも何かせんばね!」…長崎弁で「私たちも何かしなきゃね!」という意味。
この言葉をキャッチフレーズに イラク支援ネットワーク長崎支部がある
http://www.jim-net.net/nagasaki/nagasaki.html
この大元の支援グループ「イラク支援ネットワークJIM-NET」http://www.jim-net.net/contents.html
そこで、イラクの子どもたちが描いた絵のパネルを貸し出していて、その収益を寄付する活動をしている。http://www.jim-net.net/volunteer/picture_exhibit.html

これなら出来そう、きっと他の協力者を募ることも可能な気がする

また一つ、目標が出来た。

2008-02-19

Birthday

気が付いたら2月19日(カナダタイム)誕生日です
奇跡的に長く生きてます

生かして貰ってると言ったほうがいいのかな
オギャーと生まれて 自家中毒を繰り返し 何度も病院に担ぎ込まれ
小学校に上がるまで病院に行く回数が多い子でした
その成果 注射は怖くなくなりました
学校から帰ったら 兎に角 外で遊べといわれ
体力付けることが 第一でした
だから、勉強しませんでした
これはとってもよかった
川で カエル釣りやら、木のぼりで お転婆になった私です
かわらの屋根でよく昼寝してました
大人になって ビルの中にいると 息苦しくなってしまうようになりました
これもよかった
人に迷惑と心配ばかり かけてきた私です
これもよかった
今は、人の傷みに 敏感になりました
優しさだけが 取り柄だと自覚して 余計な意地は 張らなくなりました
誰かの助けが無くては 生きていけない事を 思い出したからです
これはよかった
独りで 生きてるんじゃないことに 気付いた私です

お誕生日おめでとう 私

2008-02-05

返ってきたパソコンと娘

やっと、パソコン返してもらった。テレビのDVDプレイヤーの調子悪くなって、
私のP.C.で、ずーっと旦那が映画見ていた。
お休みの日は、そんな訳で、ネットいじれなかった。

娘が友達のお泊まり付き 誕生会へ 土曜日に出かけたが、ホームシックで、
夜お迎えに行った。 行く前から、「どうも 私はホームシックになるみたい」と 
本人言っていたので、その時の気分で、いいよと いってありました。

でも なんでホームシックになるんだろうと聞いた所、「私がいないと、
ママとダディがポップコーン食べて、映画楽しんでるの悔しいの」と、返ってきた。
なるほど、以前、一度だけ、娘がお泊りしたとき そんなことやってました。
子供と一緒じゃ見れない映画楽しんでました。

いつも大人と行動を一緒にして来た彼女は、出来事を見逃すことがいやなんですね。
彼女が 言葉を喋り始めた頃、まだ いけるかもと知り合いのパントマイムの講演に
連れて行ったとき、ステージの上の知り合いに話しかけてしまい、劇場を、抜け出した
のですが、最後まで観たいから 中に戻ると大騒ぎしたのを想い出します。
3年前にも、ベビーシッターが見つからず、彼女には、つまらない舞踏の公演と
分かっていて連れて行ったときも、最後まで観ると、もぞもぞしながら我慢していました。
今からじゃ 少し遅いけど、大人の世界があること教えていくかな。

2008-02-01

ブラ

朝、旅行会社HIS バンクーバー支店に電話、東京までのディスカウント航空券が、今月締め切りだったので、問い合わせた。ちと遅かった。
でも、アジアンラインの方がもっと安かったから、そっちにしようと決心。でも、問題。
やっぱり、家族3人では、2週間ぽっちの帰郷に出費するには、高額すぎると、旦那が渋り始めた。
今の我が家の家計では、贅沢であります。これ、認めるけど、やっぱ帰るぞ。と、私は強気。

それで、娘に、辛い決断を迫ってしまった。
「ダディと、カナダに残るか、ママと一緒に日本に行くかどっちがいい?」これって、なんか離婚する夫婦が子供にどっち取るか、聞いてるみたい。
勿論、彼女の返事は、「どっちも いや」。
どこに行くにも家族3人一緒ってことが多かったから、無理も無い。
現在、稼ぎのない私には、旦那に「3人でいいじゃん」なんて言えない。
でも、私は、行くぞ、といつもに無く強気。

夕方、娘のベストフレンドの誕生日会が、土曜日にあるためプレゼントを買いに行った。3人で。
娘が旦那に聞こえないように、小声で『私のブラも買ってね』と、私に言う。
最近、『ママ、私の胸が成長してるよ』と、嬉しそうに言ってくる。
いくら よく見ても、変化してない気がするんだけれど、本人は、カップのあるブラが必要と真剣だ。
クラスの女の子たちには、既に、胸がふっくらしてきて、ブラを付けてる子がいる。
どうも、憧れているらしい。

プレゼントを買った後、何とか理由をつけて、二人で、ファンシーな店に入った、でも、
旦那が何買うんだと 聞きながら後を追って入ってきた。
『ブラがいるんだって』と、教えてやり、店内を探していたら、旦那が、ギャル店員さんに「Brassiereブラジャーはどこ?」と、聞いた。
ギャル店員は「??」ブラジャーが分からないらしい。私が『ブラ』と言うと、「あぁ」と頷いて、案内してくれた。
ブラジャーって言葉は もう存在しないのか?と 驚く旦那。

ブラのコーナーと、他のアクセサリーのコーナーの品が、10品だと$10と聞き、3人でワイワイ、娘のブラとアクセサリーを選んで帰った。
家に帰って、娘が旦那に、胸は、片方一個ずつ成長するのだと、さっき買ったばかりのマグネットピアスを、へそに付けながら語っていた。

2008-01-26

サッカーとテレビとおまけ

きのう、週一で行っている日本語学校で、娘のクラス(3名しかいないんだけど)と、私を含めた父兄3名で、サッカーをした。授業の、一環らしい。
グループ名をつける事を話し合っての おまけみたいなことだった。
久しぶりに、必死に走った。下半身は、やはり、着実に年を越していた。
子供相手だからと 気を抜かなかった我々、「オジオバーズ 」チームでしたが、同点引き分けでした。
またやりたい

今日は、風邪気味の娘から貰ったのか、昨夜、具合が悪くなって、今朝まで本調子でなかった。
サッカーのせい?いやいや、サッカーやる前から、身震いしてたからな・・・・
でも今は、元気。食べ過ぎかも・・・・

CTV(カナダテレビ)で、ONE X ONE の祭典の様子を見た。
http://www.onexonecampaign.com/media.php?mode=photos&galleryID=12

2006’の祭典の様子 ビデオ
http://www.onexonecampaign.com/media.php?mode=videos

トップモデルの綺麗な女性が、タイの、あの津波で、椰子の木にしがみついていて、助けられ、その後、支援活動をやっているとか、色んな方が紹介されていた。
カナダのトロントの会場だった。最後にモザイクカナダらしい 色んな人種の人たちが 一緒に歌って踊っていた。歌やダンスはやっぱりいいな
中でも Fred and Bonnie Cappuccino ご夫妻が印象的だった。彼らのこと書いた記事を見つけたので載せておきます
uuworld.org : dedicating their lives to children


おまけです;ネットで見つけた記事
【サモア】家族のかたち - Ameba News [アメーバニュース]

2008-01-24

ローンさんのレイキセッション

ただいまぁー、今、霊気セッションから帰ってきました。
今回は、急遽、私のアポイントメントをローンさんに誕生日プレゼントとして譲ったので、私は、付き添い。
主人が仕事休めなかったので、ジェーンにドライブを頼んで、3人で出かけた。
マリアンが1時間のセッションを、30分延ばして、丁寧にやってくれた。
ローンは、気分すっきりして、帰りの車の中で「I feel good 」と鼻唄。
きのう、可也 落込んでいたらしいが、セッションで、色々話をして、気分がよくなったらしい。

セッションが終わるまで、ジェーンと、リビングで、一杯話した。なにやら、ジェーンは、人のエネルギーが見えると告白。やっぱりな、と納得。ロー ンのネガティブなときは、そのエネルギーをまともに受けて、立ち直れなくなるらしい。特に冬場は、外の自然のエネルギーを吸収しにくいため、夫に、ポジ ティブのエネルギーを、貰うそうだ。ちなみに私のエネルギーは、乱れても、ジェーンとしっくり合う いいエネルギーらしい。これは うれしい。
彼女には、とても助けられているので、これで、ローンさんの、気分が よくなってジェーンにネガティブを与えないようになれば、 私も少し恩返しが出来て嬉しい。

得意のマッサージを本格的にやろうと思っていたこともあって、ローンにマッサージの練習代になってもらい、マリアンに教わったやり方で 指圧マッサージを 明日から試してみる。
その代わり、ローンは、私に英語を教えてくれることになった。
永住権ビザが、まだ取れていなくて、無料の市の英語補修校に行けない私には、ラッキーな話だ。彼は、以前子供に英語教えたりしたことがあるそうだ。バスやタクシーの運転手もした事があるとかで、道もよく知っている。

マリアンが言った、黄色が、彼にいい影響をするので、ブランケットとかに黄色を使うといいとのこと。少し気分が ふさぎ気味のときは、オレンジにするといいそうだ。彼女は、カラーセラピストの免許も持っている。

ローンが、近々、市からの補助金が入るから、また、セッションを受けに行くと言った。
ちょっとした勇気が 実を結んだようで嬉しい

POEM

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと、神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして、富を求めたのに
賢明であるようにと、貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならないようにと
失敗を授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
いのちを授かった

求めたものは1つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは
すべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されたのだ

~ニューヨーク州立病院の病室の壁に書
き残された詩~



この詩を日本に紹介したのは、作家; 神渡良平さん
 http://www008.upp.so-net.ne.jp/kami/


この詩を載せてる二つのブログ紹介
 Dr.SNOOPY MIYAZAKI & BLUEZZY 
http://homepage.mac.com/dr.snoopy/Menu9.html

「神の慮り - うみねっとの部屋 - 楽天ブログ(Blog)






  

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

                AUTHOR UNKNOWN
==This creed is hung on a wall at a waiting room of Institute
 of Rehabilitation Medicine, 400 East 34th Street NYC.USA.==

From
BLUEZZY & Dr.Snoopy MIYAZAKI http://homepage.mac.com/dr.snoopy/English/Menu62.html

長くなった日記

きのうは、お隣に行ってお茶をした。実は、あることに気付いて、どうしても、お隣に間借りしてるローンさんと話したかったからだ。
彼は、末期癌と7年間の糖尿病に侵されていて、夏過ぎに 初めて会ったときから、私が気に掛かっていた人だ。でも、英語 上手く 話せないことや ら、おせっかいかも、とか、色んな事考えて、当たり触らず過ごしていた。そして、うみねっとさんの日記を読んで、何か すっと なぞが解けたように、ある ことに気が付いた。(私にも影が出来ること)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=685848662&owner_id=7548865&comment_count=7
それから、老齢の黒猫を思い出した。

近所の家にいる老齢の黒猫と会った時、よろよろした足で、私の体に よじ登ろうとするので、しゃがんであげたら、肩まで登ってから、ひざの上で丸くなった時のこと。
その時、自然と黒猫に こう語りかけていた
「大丈夫だよ。死ぬのはみんな怖いんだよ。わたしの牛猫が、迎えに来てくれるから、怖くないよ」と、
今思えば、何で そんなこと話掛けたか 覚えていないけど、その黒猫が、もうじき 死ぬのを怖がってると思ってしまった。その後、2週間して、その黒猫が、亡くなったこと聞いたとき、あの時、膝に抱いて上げれてよかったなぁ。と思ったのでした。
こんなことは、ペットを飼ってる方なら 動物たちと語りかけたり、思いを受け止めたり返したりは、自然にやってるはず。

私は、この黒猫と同じように、こちらにシグナルを送っている人間たちを、これまで、随分無視してきた気がします。
自分のことで精一杯だから、
私でなく、専門家がやればいいことだから、
余計なおせっかいだから、
面倒くさいし係わり合いになるのが怖いから、
時間がないから
一杯 理由をつけて、逃げていました。
でも、気になっているんですね、何も出来ない自分が。

それで、はっと目が覚めたんです、そんなの特別な事じゃないってことに、大げさな事やろうなんて思わずに、自分に出来る範囲で、折角の出会いに繋がってみる事は、自分だけでなく、次に繋がる人の為にもなるって事。

ローンさんが、薬の副作用と、癌が広範囲に広まった、痛みで、金銭的なこともあって、苛立ち、自閉気味になり、『自分のことなんか どうでもいい んだ』と、最近、彼がこぼしてると、友達である家主のジェーンから聞いたとき、欝だったときの自分と照らし合わせて、(彼の方が、数倍もシリアスな状況だ けど) 孤独感や、やりきれなさを想像できた私は、、何とかできないかな、ジェーンのためにもと、気に掛かっていながら、一ヶ月を過ぎようとしていまし た。
前回のレイキセッションのとき 先生に相談したら、手を取ってあげて、話を聞いてあげることが私に出来ることの一つとアドバイスを貰っていながら、なかなか勇気が出なかった。

黒猫のときと同じように やればいいことに気付いた

人間が、こんなに忙しくなかった頃は、みんな 人と人同士で やってたこと、
私には、一杯今時間がある、だからやれる、怖くなんかない。

あれやこれやの思いを、ジェーンに、伝えて、『ローンがよければ、お茶したい』と、電話した。

きのう、そのお茶に行くと、ローンが、機嫌よく迎えてくれた。彼の趣味のプラモデルやら、写真やら 自作の机などを見せてくれて、血糖値を計る キットを持っていたので、私のも計ってもらって、インシュリンの注射のやり方やら、すい臓が機能していないので、足とお腹かに水が溜まってるの見せてくれ たり、病気の説明をしてくれた。
ローンは、何だか、そういった話を嫌がるどころか、ちょっとうれしそうに話してくれた。私も将来ためになるかもと興味心身でした。
ローンは、ヘビースモーカーで、大食家で、甘いもの大好き、お酒のみ。癌になって当然というタイプ。精神世界やら、宗教は、全く興味なし。だからか、死が怖みたい。

クリスマスに貰った、ベジタリアンの料理の本を持っていって、お砂糖を余り使わないお菓子を紹介したり、ローンの沈んでいた頃、自分も欝で、篭って泣いてヒステリックになっていたと打ち明けると、可也ビックリしていた。また、『誰が?』と言われた。
それから、我々のような繊細な人間は、そうなるんだよ、とジェーンは、違うと からかって、笑った。もうすぐ、行ってしまうかもしれない人の前で、死について話すこともした、それも自然に。
死は、我々の一部だからねって。

長くなった日記です、きっと誰も読まないな・・・・おやすみ エドモントンは、夜中の1時20分だ~~~

2008-01-21

Nice!

http://www008.upp.so-net.ne.jp/kami/image/070728_album.gif

お月様 拝んだ後の お話


夫婦喧嘩しました。 ぷっくっくな顔 夕飯に作っていた グレービーソースの作り方で。

娘を 寝かしつけるとき、娘がそっと、ノートを見せてくれました。写真がそれです

Dear Mom & Dad
I love you, both of you,
Your the best Mom and Dad ever or in the world.

と書いてあり、私の顔を見ながら、ノートに また、付け足しました。

               family ハート


ちょっと、反省して、窓の外から、一緒に お月さんでも見ようと カーテン開けたら、
外は、明るくて、月夜の光が、雪に反射して、木々たちを 青く色付けていました。

娘の、「お話し 聞かせて?」の催促に、喧嘩の後で、今一、気分が乗らず、
渋っていましたが、月明かりが、少し、その気にさせてくれました。

<今夜のママ即興 お話し>

ティティという女の子はね、動物たちと お話できる子なんだけど、その日は、誰かの悲しい声が聞こえてね、ティティは、だれが、悲しいのか 森の中へ探しに出かけたのね。
最初に出会ったのは・・・何の動物にする?(と聞くと)

イノシシ!(娘が言う)

OK、イノシシさんに、ティティは、聞いたの。悲しい声が聞こえたけど、あなたなの?
すると イノシシさんは、『そいつァ、僕じゃないな。』と、駆けて去っていったのね
その次に、出会ったのは、?

ライオン!(と娘)

そう、ライオンに聞いてみたの。悲しい声は、あなたかしら?
ライオンは、『悲しくて、泣いてはいないが、お腹がすいて、泣いてるよ。ガオー!』
ティティは、逃げ出して野原に出ました。
次に会ったのは?

ゾウさん(と娘)

ゾウさんに、ティティは、聞いてみたの
ゾウさんは、『そいつは、きっと、あっちの方で泣いてる 狼じゃないかな』

ネズミにして!(娘が言う)

OK!ネズミにするね、
『そいつは、きっとあっちで泣いてるネズミじゃないかな』
ティティは、ネズミさんのところへ行って、訪ねました。
悲しい声が聞こえたけど あなたなの?
ネズミは、答えました。『はい そうです。私です。でもどうして、私の声が聞こえたの?』

私はね、あなたたちの声が聞ける女の子なの 遠くにいても聞こえるの だから、誰が泣いてるのか探しにきたの。どうして悲しいの?
ネズミは、にっこりして言いました。「誰かが 私の悲しみを知っていてくれてたなんて、
うれしいな。もう悲しくなくなった。どうして、泣いたか忘れてしまったわ」

ティティも一緒になって喜びました。すると、ネズミが 『あっ 思い出した。どうして、悲しかったか。ほら、あそこに一本の木が見えるでしょ、あの木がね 泣いていたから、それで悲しかったの』

ティティとネズミは、その木の下まで行ってみました。そして、大きな木に、尋ねました。
木さん、何で泣いてるの?
木は、答えました。「雨が、雨が降らないからさ、だから、泣いているんだよ。 雨が降らないと ここの動物たちや草や花が、生きていけないだろ。それが悲しくて 泣いているんだ」

ティティは、しっかり、木を抱きしめて、「きっと大丈夫、私も一緒に祈ってみるわ」
そして、可愛い、涙を流しました。

次の日、不思議なことが起きました。雨が降ったのです。
それも、今までにない すごい どしゃ降りの雨でした。
ティティのママたちは、このどしゃ降りの雨に困った様子でしたが、
ティティは、嬉しくてたまりませんでした。
                                 おしまい

2008-01-18

mixi日記

日本のお友達と コンタクトを取るために入った mixiの日記を、このブログに自動移転させたは いいが、タイトルが表示されないので、日記が止まったままに なってる様子に気付いた。
色々やってみたけど やっぱりだめです。何方か分かる人いませんか~~~~!

このBlogger結構 やりやすくて 気に入ってるのに、こんな所に落とし穴が~~~

面倒くさいけどmixiとBloggerの 二通りでやるかな

そんな こんなで 過ぎてしまった一日

2008-01-17

フィードバック

朝、20分寝坊、つい みんなを急かせてしまう、口調も乱暴になる。そこに、姑からの電話、何でこんなときに!挨拶そこそこに主人へ、バトンタッチ。みんなが出かけてから、自己反省。姑に、初めてのEメールを書く。これって無謀です。私の英語修正してくれる、助っ人が居ない!でも何とか書いてみた。いつかそうやって、交流しようと思っていた。今日は、その気に自然となった。娘の最近の写真も添えて、今朝のぶっきらぼうな応対を謝った。英文通じるといいな

お昼から、お友だちの家に、初 お邪魔。 新築の家は、明るくて気持ちいい。
お友達は、私と同じ一人っ子のママ。
娘より、まだ、小さいその子とママのやり取りは、以前の自分とダブってしまう。
丁度 お子さんが体調を壊して ママに どうしようもない不快さを訴え、泣きじゃくり、ママに助けを求める姿、Kちゃんもやっぱり、ああだった。強くなったな。心も体も。

子供のことに目一杯、そんな頃が やけに懐かしく、
いい気持ちにさせてもらって帰ってきた。

東京のアパートで、熱を出した娘に寄り添い 一晩中看病した夜。
きっと、お友達も、今頃そんな 夜を過ごしてるかもしれない。



「ママでなきゃダメ」の あの頃は

今は、私の 大切な 宝物

また いつか、開けて 微笑む日が 来るでしょう

2008-01-12

新学期はじめ

昨日は、日本語学校の新学期でした。出かけるギリギリまで し終えていない娘の冬休みの宿題を手伝っていた。そして、彼女のやる気のなさと集中力のなさに爆発!

日本語学校の宿題が多いことは、通常の授業でも分かりきっていたが、娘にとっては、自力でやるには、途方もなく頂上が高すぎるため、やる気が起きないと言うか 途中で めげてしまう。
英語で思考している彼女には、日本語で文章を構成することが まどろっこしいようだ。母が手伝わないといけないのは承知だが、私に頼り切るその態度が・・・・許せん
で、母は、宣言した。『あなたが自分のやれるとこまで 先ずやったら、ママが手助けします。これから、これ徹底!』
これまでは、兎に角、期日までに、間に合うようにと手伝い過ぎていた。と自己反省も込めての宣言。
やり残した冬休みの宿題の箇所は、日記3ページ。
彼女が自力でやった、未完成1ページの半分、それを提出させた。

学校の帰りの車の中で、カナダの学校の出来事を喋り捲っていた娘。宿題のことどうだったか聞き出すのを忘れてしまった。

英語で語る娘の話の内容は、こうだった。
「休憩時間に大プロジェクトやってんの。雪で大きな砦の家をみんなで作っているの。家の中に、テーブルとか、椅子とか、私が作った携帯電話もあるんだよ。友 だち何人かで、こーんなにでっかい雪のかたまり運んでいたんだけど、私も手伝ったの、だって、私がこの案のリーダーだからね。重くてさー、こーんなに でっかいんだよ。壁に、穴開けて、そこから外の人に、雪投げも出来るんだ。
でも、次の休憩時間のとき上級生に壊されちゃった。また来週 作るんだ。もっと大きいやつ」

この後、家に着くまで、話の続きは終わらず、車を家のガレージに入れてからも、喋り続けていた。主人と私は、話が終わるまで、ガレージの車の中で聞いてあげていた。
何でも、このプロジェクト、各学年でやり始めたらしく、サッカーフィールドの周りに出来ては、誰かが壊し、また作る。と言う遊びらしい。

最近、妙に,家でも,ダンボールで,家を作ったりしていたが,その延長だったのかも。

2008-01-09

Tobogganing

1月4日に撮ったこの写真、ソリから落っこちてお腹で滑ってる娘

冬の間は、近くのショッピングセンターの向かいにある公園が、そり遊び場に変わります。

夏は、色々の楽しいシャワーの噴水公園で遊べます。
写真の右上、遠くに見える天辺に白くて丸い物が付いてるキャンディー棒みたいなのが、その一つで 回転しながら 水を出す仕掛け噴水です。
この日は、気温もあったかで、+2℃でした。
今日は、-15℃と冷え込んで ちょっと外で遊ぶには、厳しい感じです。

2008-01-08

08’日記 模様替え

今年は、ブログの模様替えからスタートしようと言うわけです。
昨年を振り返るのを少なめにして、今年の進む方向を見ていこう

てんてん、てまり てんてまり - 楽天ブログ(Blog)
から、こちらに 引越ししました。

今日は、娘と食事の後、下の歌をデュエットを楽しんだ
娘に、英語の発音を教えてもらいながらのデュエットだったけど