2008-10-25

不思議続き

ここしばらく、不思議なことが続いてる。
習字のワークショップを先週、無事 終えたばかりだが、その準備をしているときに、習字の練習用にと、知り合いから頂いた、大量の日本の新聞を ちらり読み始めて すぐに 目に入った記事があった。
書家との出会いと その方から貰った、特別な柄の長い筆のこと、そして、最近は、色紙にサインを書くとき『これからだ これからだ』と、一言つけ ている話など、楽しく書いてあった。読み終わって、誰が書いたか、確かめて びっくり、先日 亡くなられた緒方拳さんだった。その前の日に、緒方さんの訃 報の記事にコメントを入れたばかりだったから、尚更、驚いた。新聞の年月日を確認すると、2007年4月、彼は、既にガンと知っていた頃。
『これからだ、これからだ』と言う言葉に、生きることへの強い意志がその裏にあったことに、感動した。そして、その記事との出会いに感謝した。
習字のワークショップが終わり、二三日して、大切に取って置いたその記事の切抜きが、見つからず、悲しんでいたら、たまたま、モナルカ蝶をリサーチして、たどり着いたのが、緒方拳さんのブログだった。 http://ogata-ken.com/framepage-top.html

何億匹の蝶が乱れる。
いま俺はこの世にいるのか、
あの世にいるのか、
そこの途中なのか。
彼岸・・・。

と、彼が綴った本からの言葉と、モナルカ蝶を見てる、緒方拳さんの写真が載っていた
この出会いにも感謝した。


話は戻るが、習字のクラスは、人気があった。二日間で、40人の人が参加してくれた。私も楽しかった。数字の二・十・月、そして、ひらがなは、に じ・はと を紹介した。月のところでは、月が~出た出た~と炭鉱節も歌った。習字の道具の使い方や、字は心を表し、書道と言うアートになっていること、ひ らがなの、「あわの歌」から「いろは」「あいうえお」までの流れなど、空海さんの話も交えて、ちょっと話した。真面目に「今からアートの字をお見せしま す」と言って、へのへのもへじを もったいぶって書いて見せて笑わせた。

私のスペイン語の先生であり、以前、日本語のクラスも受け持っていたMさんが、見学に立ち寄ってくれた。
後日、習字のクラスが楽しかったので、何とか文化センターで習字やら、折り紙やらを通して、カルチャー紹介やりたいなと、相談したら、アート大学でやったら、と言われて、今日、二人で大学に行ってきた。

結果から話すと、2月の15日から6月15日まで、週一回で4時間か、週二回で2時間ずつの何れかで、クラスを持つことになった。学生だけでなく一般公開にした方がいいと言われた。
内容は、カルチャーの紹介ではなく、私たちがやってるムーブメントのクラスとなった。
メキシコは、面白い、肩書きなんてほとんど無視で、こちらの意気込みを買ってくれる。
大してアピールしたわけでもなく自分のやってることや、これからやってみたいことなどを、持ってきた写真と、主人のプロフィールを見せながら、世間話し風に話しただけなのに、とっても気に入られてしまった。11月に指導プランを持って、また細かい話をすることになった。
ちょっと、リサーチの感覚でアポイントも取らずに行った私たちは、帰りの車の中で、びっくり、びっくり~、よかった、よかった、こんなこともあるんだね~。と何度も言って喜んだ。

主人も大喜びすると期待して、彼が帰ってきてからそのことを話すと、それほど感動した様子もなく、細かいことを聞いてくる、ムカッと来た私は、意見してしまった。
心配事より、先ずは、今日の第一歩を一緒に喜べないのか!!!!と。
先ずは 石を投げてから、どっちの方向に転がるか見ればいいじゃん、完璧な丸い石ころなら、止まらずに先へ転がっていくはずでしょ、あなたはその完璧な丸い石ころなんだから、それに自信を持ってよ! どうなるか、自分を楽しんでよ!!!!てな事を叫んだ。

経済観念の乏しい私は、勝手なことを言って、現実的な彼を悩ませる。

メキシコに来て、学校の子供たちや組織的なことなど、頭を抱えてる彼は、余裕がない。
金曜の夜は、兎に角、リラックスしたいと言うのが口癖だ。
給料が安いので、不安なのかも、でも仕事があっていいじゃん、感謝だよ。

それよか、アート的な潤いのない生活には耐えられない。
彼と また いい世界が作れると喜んだ私は、ちょいとがっかりでした。

2008-10-12

二つのイベント


10月11日
今日は、娘の学校でイベントがあり、大きなテントの下で、可愛い子供たちの、メキシカンダンスを見てきました。ダンスの後は、ボランティアのお母さんたちのメキシコ料理を ご馳走になりました。豆のシャーベットがおいしかった。

そして、きょう、10月11日は、我が家のイベントの日でもありました。
おめでとう!!!!17年目の結婚記念日でーす。短いような 長いような 17年です。
結婚して 7年間は、新婚そのもの、熱々って感じが続いてたけど、子供が出来てから、私が、偉く 逞しくなってしまって、旦那が小さくなった感じ、今年の17年目を境に、新たに もう一度、男と女を意識してみようと、話し合いしました。
旦那には、もっと小奇麗にすることを要求し、私には?と聞くと、・・・・旦那は、「考え中」と答え、もう寝てしまいました。やっぱり 怖いのかな?私のこと、ははは

記念日を どう過ごすか、家族みんなで考えても、みんな、人任せ的。 特に旦那は!!!
これと言って、ロマンティックな案も、お金もなく、テレビを見て 時間が過ぎていき、イライラ・・・・
妻が 涙して驚く位の企画で、惚れ直させる そんな、どえらいチャンスを、今年も彼は見逃してしまった。

結局、私の意見で、夕食を 家の近くにある日本食レストラン「竹の屋」で、してきました。まぁ、まぁ、おいしかったです。主人が、片言の日本語 で、お店の一人一人に、「コンバンワ、ニホンゴ、シャベリマスカ?」と聞いてましたが、みんな日本語が分からない様子、なんと台湾人でした。

娘に 結婚する前から 娘を 身ごもった辺りまでの写真を見せました。
「ママ、可愛かったんだね、ダディ、この顔マイケルジャクソンみたい」と言うのが 娘の感想。
私は、可愛いさを すべて娘に授けてしまったようです。本当、あの頃は、可愛かったよなぁ~。
旦那が、「今も だろ」と、眉を ぴくぴくさせて、娘の言葉を訂正していました。
やっぱり、怖いんだ、こいつ、私のこと・・・・強くなっちまったもんな~~と、自己反省。

レオン バスツアー



10月10日

きょうは、スペイン語を習っている(まだ一回目ですが、)マリア先生とレオンの市内バスツアーに行ってきまし た。お客は、私たち二人だけで、観光バスといっても町を一周し、少し説明してくれるだけ、観光バス用のバス停で、途中下車して、勝手にその場所を見て回 り、次の観光バスに乗り換えていいと言う気楽さです。最初に15ペソ(150円くらい)払えば 後は乗り換えしてもただです。
メキシコは、カトリックの国ですから 教会が やたら多いのですが、メキシコの中で、レオンだけが 何故か、教会のことを スペイン語で、templo (お寺) と呼ぶそうです。

始めに見学したTemplo Expiatorio (浄化、清めるの意味があるそうです)のお寺、教会は、ステンドグラスが見事な大きな教会でした。地下には、たくさんの銅像と絵が、飾ってあり、昔は、他 の教会と地下道を繋いでいたそうです。今は、バリケードがしてありました。協会に関係した人たちのお墓にもなっていて、壁にたくさんの人の墓石があり、少 し迷路みたいで、神秘的でした。
私が一歳ぐらいまで過ごした五島は、隠れキリシタンの地で、教会がいっぱいあり、大人になって、その教会めぐり旅を一人でしたとき、信者が一つ 一つ石を運んで作った手作りの小さな教会に入ったときと同じように、規模は違いますが、信者の強い信仰心が、その建物から漂って来るのを感じました。

先生のマリアさんは、以前、大阪に住んでいたので日本語がとても上手です。そして、今日、色々お話して驚いてしまいました。
メキシコ人だから、当然クリスチャンですよね。と聞くと、いいえ 仏教徒です。と返事が返ってきたのです。今も、サンフランシスコから、お坊さん を呼んで説教を聞いてるとか、もちろん日本人のお坊さんだとか。メキシコシティからも 週に一回、来てくれる方がいるそうです。レオンの信者さんは少ない ので、お寺が、ここにはないそうです。
彼女は、初めて お経を耳にしたとき、自分の魂の里に帰った気がしたそうです。
私は、なぜ、彼女にスペイン語を習いたいと思ったかと言うと、彼女のゆったりとした人を包み込む空気が、とても 心地よかったからですが、これで、なるほどと納得したのです。
彼女と過ごした2時間は、色んな話が出来て、彼女も私も 幼馴染にでも再会した様に盛り上がりました。この出会いに感謝です。
この人に会えて、ここ、レオンに来た甲斐があったなと 今日は、うれしくなりました

2008-10-09

先週先々週





先週と先々週は、日本語クラスを二週間任せられて、楽しい時間を過ごしました。レベル4なので、みんな日本語を かなり理解できていて やり易かったで す。ついつい、自分が楽しんでしまって、喋りすぎたかも。文法は、外国人向けに作られた指導書があり、これが、なかなかよく出来ていて大いに助かっていま す。季節のことを少し取り入れて、月見などの説明や、俳句を一句紹介したら、松尾芭蕉のファンの子がいて、びっくり。
一昨日は、レベル1と2の授業を 見学がてら受けてきた。スペイン語が飛び交って、ちんぷんかんぷん。やっぱり、わたしには、このクラスは、無理かもな~と実感。
来週は、習字のワークショップを木曜と金曜に、一般公開で やることになってる。きょうは、その準備。
先週の土曜日は、グアナフアト市へ、親戚家族と観光に行き、日曜日も食事会をして、時間を使ってしまったのです。グアナフアト市は、もうすぐ、サ ルバンティーノ際があり、町のあちこちでその準備をしていました。サルバンティーノは、ドンキホーテの作者名から来ていて、大きなお祭りだそうで、各国か ら招待されたあらゆるジャンルのアーティストやその団体が集まります。是非、行きたいのですが、可也の人出で、混乱するとか、先月の爆弾事件のこともあっ て、人ごみは避けるほうがいいと聞き、今回は断念することにしました。日本の人形劇団かわせみ座の名も載っていました。
グアナフアト市は、町全体が世界遺産になっていて、銀の発掘後のトンネルが、現在、地下道となり、車がそこを走っています。レオンから、車で45分位のところなので、今度は、ゆっくり、バスで行って、一人で、ぶらぶらしてみるつもりです。

早々、話は違いますが、先々週は、猫ちゃん騒動もありました。主人がモンテッソーリの学校の近くに捨ててあった怪我した子猫を 放って置けないと連れて帰ってきたのです。口の周りが血だらけで、しかも、すでに固まっていて、息苦しそうにした黒猫ちゃんでした。
家には、既に二匹の子猫がいます、一匹は、姪っ子が拾ってきて家に置いていった猫ちゃんです。3匹も飼えるわけないと、始めは、「何で連れた帰っ てくんのよ~~~」と、ぶう垂れていた私ですが、寝ずに看病してあげて、私では、力不足と病院に連れて行きました。やっぱり、あごの骨が折れていて、三日 入院が必要で、お金も掛かるとの事で、迷い猫を世話してくれる所を教えてもらい、そこへ、即、親戚の姪っ子と連れて行ったのです。
そこは、市営ではなく個人運営している迷い犬猫センターで、ビクトリアさんと言う女性が、立派な家の立ち並ぶ一角で、寄付のみで運営していました。
彼女に どうして、そんなこと始めたか聞くと 周りの立派な家に飼われている犬たちが、引越ししていく主人に 置いてきぼりになって、弱っていくのを、見るに見かねて世話し始めたそうです。
話を聞きながら、中を見学させてもらった後、姪っ子と私は、お金をいくらか寄付をし、猫を置いて帰って来ました。
次の日、どうなったか、恐る恐る電話して聞いたら、「医者にも診せ、なんとかミルクも飲ませられ、今日は、歩くことも出来てる、元気になってるか ら、心配しないで」と言う返事でした。それを聞いて、姪っ子家族や私たち家族みんな、安心し、私の頭に、30匹の犬や猫に囲まれてるビクトリアさんの優し い顔が、浮かんできました。
これからは、拾った猫は、私の下にではなく、ビクトリアさんにしてね、とみんなに宣言しました。