2016-10-09

ひとりぼっち じゃない クリスマス

             今朝、こんなお話 書いてみた。クリスマスには まだ早いけどね。
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ある森に 小さなもみの木が 一本 ちょっこり おりました。
この ちょっこりくん まわりの大きな もみの木たちを 見上げては
「ボクも早く大きくなって クリスマスのスターになりたいな」
と、その日の来るのを 楽しみにしておりました。

雪がたくさん降った冬の日のことです。

街は、クリスマスの準備でにぎわっています。
今年も もみの木を売ろうと男たちが 立派なもみの木を探しに 森へやって来ました。
ちょっこりくんは どうやら 今年も 選ばれなかったようです。
でも、ちょっこりくんは、「もっと大ききなるぞ」と、あきらめません。
今年も、遠くの街の様子を見ながら ひとりぼっちのクリスマス・・・
じゃない そう、今年はちょっと違いました。

ちょっこりくんの そばに 男の人が立っています。
「今年は、お前さんと ご一緒させてもらおうか」男は、そう言うと、ちょっこりくんの枝に
赤いリボンを飾りました。
「よくお似合いだ」
そして、ちょっこりくんの横に座って、「メリークリスマス」。

それから、その男は、毎年やってきては、ちょっこりくんに また一つ、また一つと 飾りを増やし、クリスマスを祝うようになりました。

「今年は、どんな飾りをしてもらえるかな」と、 ちょっこりくんが、楽しみにしています。
しかし、いつまで待っても 男は現れませんでした。

ちょっこりくんは、今年は、誰にも飾ってもらえない
一緒に、過ごす人もいない
と、寂しくてたまりません

それを見ていた うさぎの親子が
ちょっこりくんの枝に 集めてきたばかりの木の実を飾ってあげました
そして、リスの坊やがどんぐりを 小鳩の恋人さんたちが、柊を

クモのおばさんも、糸でレースのようなきれいな網をかけてくれました。
その網に雪の子たちが乗っかって、きらきら星を作ります。
次々に森の仲間が飾りつけを始めます。
そして
今までに見たこともないような素敵なクリスマスツリーができました。
ちょっこりくんは、うれしくてたまりません。

でも、やっぱり、会いたいな

そう 願った時でした
ちょっこりくんは、木の精霊に姿を変えたのです。
そして男の人を探しに行きました。

男の人は、すぐに見つかりました。
街はずれの道に座り込んでいました。
ちょっこりくんは、そっと近寄り、ようすをうかがいます。
男の人は、目がよく見えないようでした。
男の人は、老人になり、弱っていたのです。
ちょっこりくんは、男の人の手を取り やさしく道案内をし
もみの木のところまで連れて行きました。
男の人は、うれしそうに持ってきた飾りをつけようとします。
その飾りは、金色に光る星の形をしています。
ちょっこりくんは、男の人の体を支えて宙に浮くと、ゆっくりもみの木のてっぺんへ
そして、いっしょに、もみの木の先端に その星を飾りました。

それから
このもみの木は、春になっても 夏になっても 秋になっても もちろん冬になっても 
いつも飾りが絶えません、そして、そのてっぺんには、いつも 星が光っていましたとさ。

                                                                             作;萱のの

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もし、寂しいクリスマスを迎えてるあなたがいたら、ちょっと、ひょっこりくん 思い出して誰かのことを思いながら、小さなもみの木に飾りつけしてみては?
         きっと、誰かも あなたのこと思ってそうしてるよ

                              

ちいさなもみのき

クリスマスに向けて、この絵本の作品を考案中
         [ ちいさなもみのき ]
 絵:バーバラ クーニー,作者:マーガレット・ワイズ ブラウン
 
森のはずれの大きな木々から離れたところに、こぼれ種から育った小さな樅の木は「たった一人でいるよりも誰かと一緒にいたいと思っていました。
小さな樅の木はある日、男の人に掘り起こされて行きます。
「ここまでやって来られない私の息子と一緒に大きくなっておくれ。あの子が元気になってくれるように、力になっておくれ。」
男の人の息子は足が悪く一度も森へ行ったことがありません。
男の子は自分のそばに来てくれる生きた緑の木がほしいと思っていました。
小さな樅の木は飾り付けられてクリスマスツリーになりました。
その夜子供達がやって来てクリスマスキャロルを歌いました。
冬が終わり、小さな樅の木は森のはずれに帰りました。
また冬がめぐり、少し大きくなった樅の木は又掘り起こされて男の子のところへ行きます。
子供達は又クリスマスキャロルを歌い、去年歌った歌を歌い、新しいキャロルを古い古いメロディーに合わせて歌いました。
そして、次の冬、小さな樅の木は、男の人が連れに来てくれる日を楽しみに待ちました。
しかし、男の人は来ませんでした。
クリスマスなしでは、この世は、ただ大きく、冷たく、空っぽに見えました。
そこへ歌声が聞こえ・・・子供達がやって来ました。
あの小さな男の子は雪の中を歩いて自分のところまでやって来てくれたのです!
そして子供達はこの歌を歌いました。
子供達はきらきらと輝くモールで小さな樅の木を飾り、鳥たちのために赤い木の実やリンゴ、クッキーを枝につるしました。
そして前に歌った歌を歌いました。
♪おークリスマスツリー、おークリスマスツリー  緑の木よ、とわに♪
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私には、しっかりと立てる二本の足が、まだあるではないか
しっかりと立てるように 油を注ぎ、メンテナンスしていかねば
一つの作品を作ること:私の油です

2016-10-03

「私から 私へ」

自分に言い聞かせる
「夢は捨てましょう。努力しないのならば
見ないよう、諦めよう、なかったと 無視続けよう
皮肉だなぁ
そうすれば するほど
細胞が 叫ぶ
消さないで!
生きるためにしていること
本当に 生きること
何が生きることか、
血が 叫ぶ
嘘つかないで!
本当に 生きてみてください
まだ、生きてるうちに 何度でも
                   by 萱のの

2016-07-08

ラピスの森に降るジュビア

メキシコのレオンは雨が夕方から降る時期です。スペイン語を中学生のお友だちからときどき教えてもらいます。スペイン語の単語、特に文房具類の名前は面白い、他にも面白いものがいっぱい。そこで、単語をキャラクターの名にして物語を書き始めました。


                ラピスの森に降るジュビア 
 シージャとメサは、ラピスの森に迷い込んで、もう何日にもなる。シージャは、日に日に逞しくなっていくようだ、それに比べてメサは見るからに疲れきっている。シージャが見つけたクワデルノの広場に花が咲き始めた。名も知らない花、二人は「名前付け遊び」を始めた。あの青く見える小さな花はプルマと呼ぼう。赤く大きな花にはベンターナと付けた。丸くてぼやっとしたほのかな光を放つあの面白い花は、フォコと呼んだ。
 そこへ、二匹の変な生き物が現れた。平で丸い亀の甲羅みたいな物に手足が付いているもの。二人はそれをプラト名付けた。もう一匹は、背が高くほっそりしていて、体が少しクラゲみたいに透きとおっていた。二人はそれをバソと呼んだ。プラトとバソは、コンビのようにくっついて行動している。プラトが、シージャの目線を察したのか、ふっと止まり、目はないが、シージャの方に体を向けて様子をうかがっている。メサは怖くなり、シージャの後ろに隠れた。プラトとバソがゆっくり、二人の方に近づいてきた。シージャは、逃げるべきかじっとしているべきか、判断に迫られたが、足が動かなかった。だってこんな変な生き物今までに見たこともないのだから、どうしていいかわる筈もなかった。そのとき、空から大粒の雨が降ってきた。「ジュビアだー、ジュビアだー」プラトとバソがそう叫んだかと思うと、まっしぐらに、クワデルノの広場から去って行った。
シージャが「ジュビア?」と呟くと、メサが「この雨のことかしら?」と聞いてきた。「でも、どうして、雨が怖いのだろう?」二人は、変な生き物が逃げていった方を見ながら、首を傾げた。
  「レロホ~じゃ、レロホ~だからじゃよ。」と、森の奥の方から声がした。

                        ラピス/ lápiz 鉛筆、ジュビア/ lluvia 雨、シージャ/ sílla 椅子、メサ/ mesa 机、
                       クワデルノ/ cuadernoノート、プルマpluma /ペン、ベンターナ/ ventana 窓、

                        フォコ/ foco 電球、プラト/ plato お皿、バソ/ vasoコップ、レロホ~/ reloj 時計

2016-06-28

お話を書いてみた

昨晩、カナダで書いていたブログのページが出てきたので読み返していた。よく あの頃は、絵やお話を作っていた。今日は、一つ頭に浮かんできたお話を久しぶりに書いておく。

  ** 誰が王様? **

小さな小さな ある島で どんどん人間が増えてしまい 争いごとも多くなって島の人達は、とても困っていた。そこで、人々はこの島に王様を置くことにした。
でも、誰が王様に相応しいのか分からなかった。そこで、島の外に王様を探しに一人の若者を旅に出すことにした。
若者は、出かける前に王様になるための条件を紙に書いておいた。

王様の条件書
     1,偉い人
  2,立派な人

さて、若者は船に乗り,島の住人に見送られ旅に出た。

最初に訪れたところは、物を売ったり買ったりて賑やかなところだった。
「こんな人いませんか?」と、若者は王様の条件書を通りかかる人に見せて歩いた。
ある人が、偉い人ならあの山の上に住んでいる男の人が偉い人だよ」と、教えてくれた。
若者は早速、その家を訪ねた。
「こんにちは、私は王様に相応しい人を探しているものです」と、そこの男に事情を話し「あなたは偉い人ですか?」と聞いた。 男の人は「偉い人?そうか偉いかもしれん。この土地は、みんな私のだし、この土地から穫れる作物もみんな私のだからな」
若者は、「それは偉い。王様になってもらえますか?」と聞いた。
男は、「その島はどのくらいの大きさかね?」と聞いた。若者は「小さい島です。あなたが持っているこの土地より小さいかもしれません」
男は「はははは、それじゃあ 話にならん」と言ってドアを締めた。
若者はがっかりして、男の家を去った。
若者は、そうか、偉い人ではなく立派な人を探してみようと決めた。
次に訪れたところは、女の人がたくさんいるところだった。立派な人を探していると聞いて歩いていると、人々があの寺に住む長老の女性がとても立派な人だと教えてくれた。
若者は、その長老の女性に会いに行った。
「王様になる立派な人を探しています」と事情を話すと、その長老の女性は言った。「立派な人ね、それはありがたい。私には土地も地位もお金もないが、人の助けは快くやってはきました。でも、私よりも もっと立派な方がおられますよ。」と長老の女性は答えた。
若者が「それは誰ですか?」と聞くと、女性は、すーっと顔を上に向け「それは、あのお天道様ですよ」と、答えた。
若者は、「え?どうしてお天道様がそんなに立派なのですか?」と聞くと、長老の女性はこう答えた「良く、お考えなされ、人はお米を作ったり、家を建てたり、何でも自分でできると思っているが、雨を降らすことも、風を吹かせることも、流れ星を作ることも出来やしない。お天道様は、黙ってずっとそれをしていらっしゃる。いっときの休みもなしにな。誰に感謝されることもなしにだよ。偉くて立派だと思わないか?」
若者は天を見上げて、「王様は、ずっとあそこに居られたのか」と、呟いた。
                               
                                                                                                            作;萱のの

2016-06-01

心が決まった日

この時期になると、いつも不安で仕様がない。フリーランスの仕事は、学校が休みに入ると自然と失業状態になるからだ。友達から紹介してもらう仕事は、やはりスペイン語が話せないとできないものが多い。これまでスペイン語習うの怠慢していたから、後悔しても仕方ない。だがしかし、少~し スペイン語にチャレンジしてみた。生徒さんが発音を教えてくれた。15分でイライラ、そんな わけのわかんない音作れないだろ。最悪の生徒。日本語勉強しているメキシコ人を尊敬する。日本語なんて感覚の言語だから、喋れるようになるには、相当努力がいる。ラテンスパニッシュは、楽器の音としか私の耳に入ってこない。言葉じゃない感じ。大雑把な性格をここでなんとかせにゃ。日本語とめちゃくちゃ英語で、なんとか生き延びてることに甘んじちゃいかん・・・・かなぁぁ・・・やっぱり。
日本人相手の観光ガイド、やりたかったな~。なんでこんなに語学不得意なんだろ、日本語教師のくせに。猫や犬や木とは、うまくコンタクトできるのになー。

さて愚痴はそのくらいにして、今日は、イベロ大学のコーディネイターと、新学期について話してきた。しっかりとしたコンセプトに感心。クラスが少なくて、この大学だけでは食べて行けないのが残念。うまく新学期クラスが開くといいな。コーディネーターは英語の先生でもあるので、私の低レベルの英語に付き合ってくれて、なんとかコミュニケーションが取れている。性格も温和で、こちらも話しやすい。若いけどしっかりしていて、チャーミング。この人が助けてくれる間は、この学校でやっていけそうだ。

この大学以外で、学校関係の杜撰さに、ほとほと、くたびれてているのは事実だ。日本語コースを開くのはいいが、いくらレベル1を開いても、続けなくては、無駄なわけで、4ヶ月で喋れると思ってる学校は多い。英語と勘違いしてる。英語だってabcからだったら、やっぱり、時間かかるでしょ。
「この日とこの日、はい、お願い。」クラスのレベルは、バラバラ、どうやってやれというのだ。学校側は、日本人が欲しいだけ、「ネイティブが教える学校です」とブランド化したがる。で、こちらが、真剣に授業内容を相談すると、その場その場の対応、何も考えてないことがわかる。

これまで、私もこの波に甘んじてきた。日本人だからやって来れた語学教師。生徒だって真剣な子は少ないし。けれど、心に罪悪感。ちゃんと教えなくては、ちゃんと教え方勉強しなくては、虚しい。こう感じている今は、ちょっと夢も出てきた。70になってもできるかもこの仕事。日本に帰ってもできるかも。いろんな国にも行けるかも。冒険好きの私には、心をくすぐられる。行き詰まらないように丁寧に もう一回、マイ授業を計画していこう、イベロ大学で。 心が決まって 少し 楽。

2016-05-16

カラーボールペン画

カラーボールペンで初めて描いてみた。もっと薄い色がほしい。