2009-12-26

犬飼ターボメールマガジン から

この方のメルマガとっていますが、以下のこと、今 タイムリーに実感しています。



犬飼ターボメールマガジン から抜粋


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕の場合、以前は 「生きるとは、愛を学び表現すること」 でした。

よく自己啓発本でも「私たちは愛を学ぶために生まれてきた」と書かれています。

自分でも、まさにその通りだと思って、本でも書いてもいたのですが、

実はそれが最終目的ではないことが分かりました。


「愛を学ぶ」、その先があったのです。

・
・
・
・
それは、分かりやすい表現をすると「愛を役立てる」です。


愛を学んだら、愛を“ある目的”のために役立てるのです。


愛は人と人とを結びつけるもっとも強力なの架け橋となります。

価値観の違い、利害の違い、信念の違いはなかなか埋めることができません。

違いを認めるほど、分離が生まれます。


自分のメンタルブロックを解放していくと、最後には「愛」にたどり着きます。

どんなに悪意に満ちた言動も、攻撃的な態度も、奥には「愛」があります。

すると、相手の言動や態度も「愛」だということが分かります。

つまり、人間の発言や態度や行動はすべて「愛」から生まれているということが分かります。


「なんだ、結局は愛じゃん!」的な感覚になるのですね。

「愛の反対は?」という議論がありますけど、愛に反対はないのです。


全部「愛」しかない。

これが、「愛の一元論」


「愛」を使うとあらゆるものが上手く行き始めます。

たとえば、相手に何かを「教える」こと。

僕は以前 「教えるとは、相手が受け取って変化し、感謝してくれること」

でした。

これだと、受け取ってくれなかったり、感謝してくれないと、嫌な気持ちになるのです。

で、新しく「愛」で書き換えると、

「教えるとは、愛の川にメッセージを流すこと」

となり、びっくりするくらいストレスがなくなりました。

それどころか、「この人のことが大好きなんだよなあ。うふふ」という

「愛」を感じているので、それだけで幸せなのです。

相手がメッセージを受け取ってくれるかどうかは、重要でなくなりました。

でも、相手が大好きなので、何度でも伝えたい!

というモチべーションはずっと続きます。


「愛」で行うとすべてが上手くいきます。

本当でしょうか??

ただし、「愛」の概念がズレていなければ、という条件がつきます。


「愛ですべては上手くいかない」と思われた方は、

「愛」の概念を見直すといいですよ。


すべてが上手くいく愛の概念を見つけること。

それが「愛を学ぶ」ということです。



ちなみに「愛を“ある目的”のために役立てる」と書きましたが、

いったい何の目的のためなのかは、またの機会に書きましょう。

忘れなければ(笑)






犬飼ターボ ブログ日記 
より 抜粋
http://ameblo.jp/inukaiturbo

・・・・・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分自身の嫌いな言動や振る舞いや性格の裏に流れる、愛に気づいたとき

自分を好きになります。


そうやって、自分を愛することができたとき、他人の愛し方が分かります。

嫌いな人が好きな人になり、愛が広がります。


そして、他人の愛し方が分かると、愛し方を伝えたくなります。

価値観を越えて、世界が愛でひとつになります。

愛を学ぶことが生まれてきた最終的な理由ではありません。

僕たちは 世界を愛でひとつにするために、愛を学んでいます。

2009-12-25

二度目のクリスマス




カナダからメキシコに引っ越してきて、二度目のクリスマスを迎えた。
二年前は、主人の姪っ子たちの二家族と過ごした賑やかなクリスマスだったが、今年は家族水入らず、静かだ。みんなカナダに行ってしまった。
主人のお母さんから、姪っ子を通して、沢山のクリスマスプレゼントを頂いた。


レストランで食事をして帰ってきてから、姑に電話で有難うを言った。

2009-12-24

まとめ


12月8日
娘の誕生パーティ 

身内だけと思って、計画してたけど、結局、私の友達中心に、13人が集まって、ランチを楽しんだ。
ぎりぎりに声をかけたのに みんなプレゼント用意してやって来てくれた。
私たち親からのプレゼントは、イグアナ。朝 娘が起きたときに びっくりするように、檻(?)に入れて、デスクの上にセットアップ。やっぱり、喜んだ。

名前は、「エドワード」と娘が付けたが、私は、「仁之介」と呼んでる。どう見ても 70才過ぎのおじいさんに見えるからだ。
パーティの最後は、娘と一緒にロックソーラン節を皆さんに披露。

土曜日に娘の友人たちだけでもパーティを予定している

娘には、二度の引越しで、友達との別れと出会いを否応なしに体験させ、親としては、ちょっと申し訳ないのだけれど、いいお友達に恵まれて、今年の誕生日もあたたかなお祝いをしてもらって、感謝の気持ちで一杯だ。

12歳になって、益々 お色気も出てきた娘、自分の3歳の頃の写真を見て、かわいい~~~、と、他人の子を褒めるように微笑んでいた。そこには、上手に年下の子供をあやしてる12歳のしっかり者のお姉さんの顔があった。


12月15日
「日本語教師メキシコ中部地方勉強会」

グアダラハラに行ってきました。私と、私がお手伝いしてるグアナファト大学付属レオン校のTさんと、個人参加のKさん3人で、観光がてら行ってみようと、長距離バスで2時間半揺られていきました。スケジュールびっしりで、結局、何も観光できず一泊の旅を終えて帰ってきましたが、勉強会は、とても面白かったので、3人とも大満足でした。次回は、観光のみで、また来ようと3人で硬く約束!!

勉強会という題目から、硬い感じかと予測して、ボロ出してTさんに迷惑かけないようにと 少し構えていましたが、私のように能天気に楽しく授業をしてそうな方が、チラホラいらして、しかも、講義をしてくださった先生もマレーシア、ベトナム他で、日本語を教えた経験のある方で、ユーモアがあり、型破り風で、好感が持てました。その成果、勉強会は、和気あいあいと、みんなで、こんなアイディアもあると出し合って、楽しい雰囲気でした。



12月16日


「ひらがなタイムズ」に載っていた記事
日本の自殺危機
Japan's Suicide Crisis


【ひらがなタイムズ】(2009年3月号)

日本の自殺統計を見るのは恐ろしい。警視庁が2008年6月に発表した資料によると、2007年の自殺者は33,093人で、10年連続で毎年3 万人を超えている。警視庁が30数年前から統計を取り始めて以来、2番目に多い数でもあり、2003年の最多記録34,427人に近い。
Japan's suicide statistics make grim reading. National
Police Agency (NPA) data published in June 2008 shows
that 33,093 people took their own lives in 2007, marking
the tenth consecutive year the figure has exceeded 30,000. It
was also the second-highest number since the NPA began collecting
data some 30 years ago, and not far short of the record 34,427
in 2003.

これをわかりやすく言えば、2007年の自殺者数は、一日約90人が、あるいは16分に1人が自殺していることになる。10万人につき25.9人の割合だ。これは世界の平均より驚くほど高い。パリに本部がある経済協力開発機構(OECD)による最新の統計では、日本の自殺者の割合はアメリカの2 倍、イギリスの3倍である。G8の中ではロシアだけが高い率を示している。
Put in context, the 2007 numbers equate to approximately
90 suicides a day or one every 16 minutes. The number of
people per hundred thousand who committed suicide was
25.9, a staggeringly high rate by international standards. The
most recent data published by the Paris-based Organization
for Economic Co-operation and Development, shows Japan
has a suicide rate double that of the US and almost three times
that of the UK. Among the Group of Eight nations only Russia
has a higher rate.

データをよく見てみると、被害者の71%は男性だ。年齢別では、60歳以上が12,107人で一番多く、その年齢層では過去最高である。2番目に高い記録の年齢層は5代で7,046人が亡くなっている。
A closer look at the data shows that 71 % of victims were
male. By age, the over 60s were the biggest group with
12,107, a record high for that age group. The second-highest
age group was those in their 50s, who accounted for 7,046 deaths.

政府のデータによると、2007年の理由がはっきりしている自殺者23,209人のうち63.3%が健康問題(肉体的、精神的)だった。 31.5%は経済と生活問題、16.2%は家庭問題、9.5%は仕事に関する問題、4.1%は男女問題によると続いている。しかし、なぜこれらの問題が人々を自殺にまで追いやるのだろうか?
Of the 23,209 suicides in 2007 where reasons could be
determined, government data says 63.3% were due to health
problems (physical and mental). This was followed by 31.5%
related to economic and livelihood issues, 16.2% for family
problems, 9.5% for work-related issues, and love affairs at
4.1%. But why do these problems push people as far as suicide?

2008 年5月のエコノミストの記事は、この問題の裏には文化的な要素が一部あることをほのめかしている。「日本の社会では、失敗や倒産の汚名から立ち直れる入はごくまれだ。自殺は、ときには容認されることさえある――自殺を回避するのではなく、自分の運命と受け入れる。侍的価値観が自殺を高潔なこととしている」と、記事には書かれている。
An article in the Economist in May 2008 suggested cultural
factors may be partially behind the problem. "Japanese society
rarely lets people bounce back from the perceived shame
of failure or bankruptcy. Suicide is sometimes even met with
approval ― as facing one's fate, not shirking it. The samurai
tradition views suicide as noble," the article says.

エコノミスト誌はさらに、日本の主な宗教である仏教と神道が、自殺に否定的ではないことも要因に挙げている。これは自殺を禁ずるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教と異なる点だ。それに加え、精神を患う人たちへの偏見が日本にはあり、それが彼らを救う妨げとなっている。東京にあるリサーチ会社、富士経済社によると、日本ではうつ病の4人のうち1人しか治療を求めていない。
Another factor put forward by the Economist is that
Buddhism and Shintoism, the dominant religions in Japan,
do not take a negative stance on suicide. This is unlike
Christianity, Islam and Judaism, which prohibit it. Added to
this is the stigma attached to those suffering with mental illness
in Japan, which often prevents people from reaching out
for help. According to Tokyo-based research company Fuji
Keizai Co., only one in four people in Japan with depressive
illness seek medical help for their condition.

自殺の未来
The Future of Suicide

2007 年日本政府は、10年間で自殺率を、少なくとも20%減らすことを目的に、自殺対策として230億円(2億2千万ドル)の一括法案を発表した。その対策には、診療新や病院での精神障害治療法の改善と努力、また、地域社会でのカウンセリングの改善、多重債務者や家族を看病している人たちへの支援が盛り込まれている。
In 2007, Japan's government unveiled a 23 billion yen
($220m) package of measures to combat suicide, with the aim
of reducing the rate by at least 20 % over 10 years. The measures
include efforts to improve psychiatric care at clinics and
hospitals, as well as improving counseling services in communities
and providing support for those with multiple debts and
people who nurse family members.

この政府の法案は「自殺サイト」をさらに厳しく監視することになるだろう。この自殺サイトは比較的新しい現象で、自殺したい人たちにその方法などの議論の場を提供している。そのようなサイトで知り合った人たちがグループでの自殺を計画し、実行した後、メディアからかなり注目されるようになった。
The government measures will also see stricter monitoring
of "suicide websites," a relatively new phenomenon that provide
a place for those with suicidal intentions to discuss such
things as suicide methods. Such sites have attracted substantial
media attention in Japan after cases where people who met
online arranged and carried out group suicides.



何故この記事が気になるかと言うと、先日、友人が今年の3月に自殺していたことを知らされたからだ。
亡くなった彼女とは、しばらく音信を途絶えてしまっていたので、気になっていた。
知らせを聞いて、「切ない」 ただ ただ、それだけだった。私の娘と同じ年の娘さんがいて、よく公園で一緒に遊ばせていた。芝居仲間であったので、世間の常識と少しずれてるママ同士、お互い会うとほっとしていた。
マクロビオティック料理教室に誘ってくれたのも彼女だった。娘さんが小学校に入ったら、マクロビオティックのお弁当を待たせていた。学校給食の便利さから、私は、マクロ 一抜けた。とあっさり 止めてしまった。
日本 得に 東京での育児は、想像以上に厳しい。母親に責任がすべて負いかぶさる。学校関係者が、みんなヒステリックだ。自分のそのひとりだったと思う。
私は、カナダに逃げ出した。面倒くさいから・・・価値観が根本的に違う日本社会さよならだ。そう思って・・・
彼女は、その後も奮闘していたに違いない、真面目だったし、純粋だったし。
頑張り過ぎた結果だったかもしれない・・・・
メキシコは、自殺率が、世界で一番少ないと誰かに聞いたが、納得がいく。世間の目が大らかだ。特に子供に対しては、誰もが、多めに見てくれる。カトリック教徒が多いからか、大家族が多いからか、子供は、みんなで見るもの といった感じだ。子供たちも子供たち同士で、勝手に育っていってる気がする。ちゃんと子供たちだけの社会が存在している。

彼女の死から、学ぶこと、そして、この「切なさ」を慰めるために、どうしたらいいかを模索中だ。


12月20日

この一週間は、あちらこちらのパーティに呼ばれて忙しいです。
ポサダposada と言う、行事なのですが、昨日は、娘と私は、別々のパーティに参加、娘の方が、遅く帰ってきました。主人は、風邪で、家の中でテレビゲーム。

この行事は、クリスマスまで、至る所で行われます。ご近所の地域、娘の学校、私の日本語学校、主人の勤めてる学校、後、親しいお友達の集まり、などなど、ちょっと日本の忘年会に似てるかもしれません。


ポサダposada については、あるブログに詳しく書いてあったので、それを載せておきます。

 vida en Mexico このブログからの抜粋
                 http://aikamexico.exblog.jp/10155165

イエス キリストを身ごもったマリアが、キリストが生まれるまでの12月16日から24日の一週間を街の各家々を回って、一晩泊めて~と言ったんだとさ、いう聖書の話から、カトリックの国メキシコではこの週に各家で、お客さんを呼んでもてなします。
そのときにピニャタpiñataと呼ばれる7つのとげのあるくす玉を棒でたたいて割ります。 くす玉の中にはフルーツやお菓子が入っていてそれを拾うために人だかりができたりします。このとげとげには宗教的な意味があるらしくて、七は七つの大罪(暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢)を意味します。

2009-12-04

「幸福な人だけが不幸になることができる」

「続インディアンの教え」の本を読んでます。そこからの抜粋です。

 「幸福な人だけが不幸になることができる」

真に幸福な人だけが不幸という現実に直面していくことができるのです。
幸福な人は強い人なのです。


タタルケヴィチの本に書かれているもので、「幸福な人」の正確な意味は、『情緒的成熟をした人』だそうです。




次の言葉もいいので書きました。


       「それでもあなたの道を行け」 から

            ブラック・エルク(オガララ・ラコタ族)の言葉



いちばん重要な、最初の平和は、人の魂のなかに生まれる。 

人間が宇宙やそのすべての力とのあいだに、つながりや一体

感を見いだせたとき、その平和が生まれるのだ。宇宙の中心

にはワカンタンカが住まい、しかもこの中心はいたるところに

あって、それはわしらひとりひとりの内部にもある、と理解した

ときにな。これこそが真実の平和なのだ。ほかの平和はすべ

て、この真実の似姿にすぎん。二番目の平和というのは、二

人の人間のあいだに生まれる。そして三番目の平和が、二つ

の部族間にあらわれる。しかし、わしがしばしば言うように、人

の魂のなかに生まれるものこそが真実の平和なのだから、そ

の平和をまず知っておかない限り、部族間の平和などとうて

い実現せぬということを、なによりも理解しなくてはならん。

お疲れ様でした~。昨日と今日は、ちょっとイベントでした。
主人の勤めている学校で、来年度から開かれる予定の課外授業説明会に、主人はマイムクラス、私は日本画でクラスを開くことになり、6時から9時まで、会場にブースを設けて、いらした方に説明をしていました。娘も手伝ってくれて、夜遅い帰宅になり、朝つらそうに学校へ出かけました。
私は、両日、着物を着てきてほしいという学校からのリクエストの応えて、絽の着物を着て行きました。メキシコは、一応、今は冬、夏に着る絽の着物おかしいかなと思いながら、拘らず着て行きました。なぜか、足袋が見つからず、靴下で誤魔化しました。へへへ

2009-12-03

日記まとめ

11月12日   
うれしいこと一つ、旦那の仕事が一つ決まった。面白いことに 以前 勤めていたモンテッソーリの学校から、ごっそり抜けた先生らで作ったという、もう一つのモンテッソーリで、中学生の英語と演劇のクラスを担当することになった。
フルタイムではないので給料は、低いが、他にも好きなこと色々出来るからいいかも。少し彼の不安も解消できるし・・・・
今日、その学校を見学に、娘も一緒に行った。残念だが娘は、そこには入れない。授業料が高すぎる。
おととい、ホームスクールのテキストが、カナダから届いた。可なりいい。娘も気に入ってる。
近くの公立学校にも、入れることになった。授業料は、殆ど ただみたいな金額だ。
英語を話す人が、殆ど居ないのが、少し心配。  ま、どうにかなる。

明日は、大学のイベントのお手伝い、「日本の日」「Nihon no Hi」と書いてあるのを、娘が、「日本のハイ」と読んでいたのが可笑しかった。

否応でも 余計なプライドを捨てなくてはいけない状況になってることに、なんか、感謝だ。
それと同時に、拾う神様が、沢山周りに現われることにも驚きだ。世の中うまく行くようになってるとしか思えない。
でも 時々 怒りや、憤りを抱いてしまうのは、愚かな証拠かな~~。

娘に「怒りって毒らしいよ」というと、
「キスで治る」とあっさり言われた。


11月14日 
「日本の日」イベント無事終了。写真撮るの忘れてしまい、様子をお見せ出来ませんが、結構、良かったと思います。
15人の定員を少しオーバーしていましたが、娘のアシスタントのお陰で、何とかなりました。
二人でロックソーラン節も少し披露して、時間が あっという間でした。
以前、教えていた生徒さんが、参加していて、思わぬ再開もあったり、日本人の方が見に来てくれて、その方とお友達になったり・・・・・
私のセミナーの後は、日本食レストランから板前さんが来て、巻き寿司の講習会もありました。私たちも参加して、カリフォルニア巻きなど 自分たちで作って食べて満足!
丘の上にあるその立派なキャンパスからの帰り道、車から見た夜景が見事でした。
レオンにある大学って、皆 大きくて立派です。


11月14日
大きな公園から、一斉に気球が飛ぶお祭りを満喫しました。今年は、ラッキーにも 公園沿いの広い私有地の持ち主に誘われて、みんなでキャンプし、朝方6時ごろから 気球が上がっていくのを鑑賞出来ました。
娘は、朝方4時まで、十代の若者らと一緒に騒いでいました。そして、気球を見終わった後も 若者少女らは、そのうちのひとりの家に集まって、夜遅くまでアイドル談話に耽っていたようです。月曜日も祝日でした。

11月19日
今日から娘は、公立の学校に通い始めました。カナダのホームスクールとの両立です。生徒数が、一クラス50人というので、娘にとって どうなのかなと少し心配していましたが、本人は 結構 気に入っているようです。いわゆる上流階級から、中流の下ぐらいの階級に入ったといってもいいと思います。
学校には、英語を話す子は居ないし、もちろん父兄にも期待できません。私は、そこを紹介してくれたお友達のCさんのみが頼りです。校長先生も、Cさんに「あなたがサポートしなきゃだめよと」言っていました。ちゃきちゃき江戸っ子っぽいこの女性校長は、評判が良くて、いろんなところから子供が集まり、公立にしては、珍しくスクールバスまである大所帯です。

11月20日
主人が授業を終えて、お昼近くに帰ってきたとき うれしそうでした。なぜかというと、彼の授業を他の先生たちが見学し、主人の水準をチェックしたそうです。全員が『すばらしい』と感想を述べてくれて、自信を取り戻した様子です。それと、子供たちの態度が、以前居た学校と、まったく違っていて、素直で子供らしいことにも安心したようです。
久々に、弾みのある彼の波長が、家を明るくしてくれました。

昨日、私は、ピンチヒッターで、日本語のクラスを二つ担当し、4時間半立ちっぱなしで、ちょっと疲れてしまいました。今日また、違う日本語クラスを1時間やってきて 今、目をパシパシいわせています。

書きたいことがあったのですが、また明日にしますね。目が開かなくなってきた。


11月21日  
今朝、娘がベッドで「学校行かない」といったので、理由を聞いたら、今日は、学校の行事で何かパーティみたいなものがあり、参加費を払っていないと行けないし、制服を着ていかないといけないから、といった具合の事を言い出したのです。
制服は、まだ出来ていないので、体操服のジャージを着て行っていたのですが、それも連続同じの着てるからイヤだなどど言い出すし、昨日学校から帰ってきた時点でそう言ってくれれば、洗濯も出来たし、Cさんに頼んで、学校に確かなことを聞けたのに、何で、朝言い出すのかな、と、少しイライラ。
旦那が、学校の行事なら、お前は参加出来るはずだ 行きなさい。と言ってくれたので、やっと支度はじめた。学校の入り口まで一緒に行って、先生に確かめようと言うことにして、お金も少し持って一緒に行った。
先生 曰く、今日の行事は、もちろん誰でも参加でき、食べ物もその場で買えるということだった。お母さんも参加していいとのこと。
へー、そうだったんだ。と 娘にママも参加したいというと、『いいよ、ママ来なくて』と言われた。
照れくさいのか何か分からないが、「何で?」と聞くと、やっと答えたのが、「小さいから」。
体型のこと言われて、「何でそんなこと言うかな、気にしてること、よく言うね」と言い返し、不機嫌。その私を察して、ママも来ていいよと言い直したが、私は、「来てほしくないのにいいよ」とお金だけ渡して帰ってきた。

娘は、来月12歳になる。親を恥ずかしいとか思う時期なのかよく分からないが、えらく腹が立って仕方が無い。自立するなら全部しろ、と言うことで、彼女の洗濯物 全部 部屋にぶち投げた。
成長段階の節目だと思うから、ここは、きっぱり、私は突き放す。
親を恥じてるなら、何故、恥じているのか言ってほしいし、変に誤魔化してほしくない。友達の手前と言うのがあるなら、何とか努力して、娘のリクエストに応えたい、でも、手っ取り早い理由で、誤魔化したことに納得がいかない。

ア、少し、怒りが納まって来た。
しばらく呼吸に集中、きっと正しい答えが見つかる筈。

怒りは、枕を叩いて、出し切ったし・・・・

娘が帰ってくる頃には、きっと、落ち着く・・・・

話し合いだね。


11月28日 
先日、娘とベッドの中で久しぶりに女同士の会話をした。
可なり、今の学校が楽しいらしく、授業の様子や、昼休みの様子など一気に話してくれた。
今日は、出来立ての制服を着て、学校の門をくぐって行った。なんだか中学生みたいだった。
あー、私も子離れせんといかんな・・・と、心でつぶやいた。

子供は、何時までも 子供のままじゃないもんね。

先日のママの怒りをどこまで理解してくれたか分からないが、生意気な口をきく年頃、深い意味が無いことも理解できるが、気分で受け答えして、私みたいな大人になってから、その心の癖を修正するのは、大変だ。だから、今のうちにその芽を摘んでおいたほうがいいと言っては見たが、そんな簡単に出来っこないのは、百も承知だ。
そんなこと言った自分が恥ずかしくなる。

娘に怒った同じ日に、主人が信じられないおおボケをして、あるものを盗まれてしまった。
主人もその阿保さ加減に落胆して、おなか壊すくらいでした。
その事件の真っ只中で、興奮していた私は、娘に「落ち着いて」となだめられた。
「どうしても納まらない!」というと しっかりハグしてくれた。
盗まれたのは娘の自転車だったにも拘らず・・・どっちが親か分からない、とほほ です。

昨年も、私の忠告を聞かず、車をきちんと車庫に入れて置かなかったためにガラスを壊されて、車内の物を盗まれそうになったのです。いままでの色んなことが一気に爆発して、主人に罵倒してしまいました。

えーらくまた、反省して、短期間のアルツハイマーになることにしました。
主人の過去をきれいに忘れるということにチャレンジしてるのです。

瞬間湯沸かし器的、この怒りを寝かして置くいい方法を模索中です。



11月30日 
今日は、なんだかすごく時間の経つのが遅い感じがする。
朝、忍術のメンバーと瞑想を公園でやってきた。
家の中は、少し寒いけど、やっぱり メキシコ、外の日差しは強かった。
太陽熱を充電してきて、お昼には、一眠り。家では、娘も旦那も お昼まで ゆったりしてました。
娘は、昨夜ファンクラブのメンバーと8時くらいまで、お遊び。
私と主人は、お友達の誕生パーティに参加。

お昼過ぎにスパゲッティー作って、娘と一緒に「千と千尋の神隠し」をもう一度見て、主人と三人でダウンタウンまで、DVDを買いに行ったが、お店が閉まっていたので戻ってきた。
時計を見たら、まだ、5時チョイ過ぎ。

踊りに使う竜の小物を作って、ダンスも練習。
やっぱ即興でやろうか・・・と、また手抜きの悪知恵が芽生える。
娘も途中でダンスに参加。「もう寝る支度しな」と時計を見たら、あら、まだ6時半。
8時過ぎかと思ってた。娘も、びっくり。

主人の学校に 明日提出する、ワークショップのカリキュラムをざっと書いて、主人に渡し、
少し見やすく訂正してもらった。
さー もう 寝るか と時計を見ると、まだ、9時、え?ウソだろ。
娘は、ベッドでずっと本を読んでる。「寝る時間だよ」と教えて、アイロンかけやって、台所でも片付けようとキッチンへ、キッチンから出てきて またびっくり、まだ、10時前・・・・結構 洗い物溜まってたから 時間掛かってたはずなのに・・・・・

不思議、そういえば 今日は、猫も変だ。
ずっと寝てる。
一日中寝てる。二匹とも。

やっぱり、地球の自転が遅くなってる。
でも、なんだか、しあわせ 
太陽熱 充電したからかも・・・

特別、何も無い日曜日だったのに、心がゆったりして、理由もなく「幸せなんだな」と実感してしまった。
家族全員がそう感じてたみたいだ。
猫も人間も ゆったりくつろげた一日でした。

2009-11-21

「私は、好きでこの環境にいる」

私が読んでるメルマガより

 女と男の「心のヘルス」-癒しの心理学 142号 2006.11.8
http://www.556health.com/archives/2009/11/142.html
http://www.556health.com

◆献身は美徳、の危険

 日本人のメンタリティーの中には、自分を犠牲にして、他人のた
 めに尽くすことを美徳と捉える考え方があります。

 本人がそれで満足しているのであれば、大変立派なことですし、
 他人がとやかく言う筋合いのものではありません。

 それに、十分に幸せになった人は結果的に他人のために尽くすこ
 とが苦でなくなり、周りから見れば他人のために尽くしているよ
 うに見えたりするのです。


 ただ、悩み、苦しんでいる人の中には、この、
 「自分より他人を優先しなければいけない」という道徳観に縛ら
 れていると思えるケースがあるので、今日はこの、

 「自分より他人を優先しなければいけない」という
 心の縛りを解いていただこうという内容を書きます。


◆自分の幸せ度チェック

 あなたは、何らかの労働をしていると思います。幸せに働いてい
 ますか?勤労だけでなく、家事労働も含めて考えてみてください。

 幸せに働いているのであれば、大変結構なことです。

 本当に幸せかどうかは、この質問に答えてみると分かります。

 問:もし、あなたの隣に、財産があったり、とても割のいいビジ
   ネスをしていて、はたから見ると大して働かず楽に暮らして
   いるように見える人がいたとします。

   あなたは、どう感じますか?


 (ちょっと考えてみてください)


 ・

 ・

 ・


 あなたの隣にいる幸せそうな人を見て、気持ちがぐらつかないの
 であれば、あなたは、その労働を「好きで」やっているのですか
 ら、大変結構なことです。

 または、好きとまでは言えなくても、自分の人生を豊かにするた
 めに「覚悟を決めて」やっているのでしょう。

 大いに結構なことですね。それなら、今日の話は不要です。

 さて。

 もしも、幸せそうな人が隣にいて、なにか焦りのような気持ちを
 感じたり、いらいらする気持ちになるとしたら、
 (働かないで楽に暮らしているなんてけしからん!という怒りの
 気持ちの場合も同じです)

 あなたは、自分が望んでいる生活をしていないのです。


◆こんな久美子さんがいたら、何と言いますか?

 ちょっと、たとえ話をしますね。
 これは、あづまの創作であって、実際の話ではありません。


 久美子さんはとても献身的で、周りの人からは「いいひと」と評
 価される、物静かで大人しい女性です。

 最近だんなさんが失業し、その後なかなか仕事が見つからないの
 で久美子さんが働いて一家を支えています。

 体が弱くなってきた実の両親と同居しているので、家事も引き受
 けています。さすがの久美子さんも疲れ気味です。

 母親は昔ながらの強い女性で、若い頃は身を粉にして働いていま
 した。久美子さんもその姿を見て育ちました。

 最近、久美子さんが疲れて休んでいると母親から
 「だらしない」と喝が入りました。


 久美子さんは、何とか両親に認めてもらおうと辛い体に鞭打って
 家事をして、仕事もしています。負けず嫌いですから。

 でも最近、何のために生きているのか分からなくなってしまいま
 した。


 さあ、あなたなら、この久美子さんに
 なんとアドバイスしますか?

◆自分幸せにしているかどうか

 他人を幸せにすることは、とても尊い行為であり、
 そのこと自体は否定すべきものではありません。

 しかし、他人に尽くす一方で、自分が幸せに毎日を生きることを
 ないがしろにしているのであれば、そして特に、幸せな人が隣に
 来たときに何か不快な感情を感じるのであれば、

 自分を幸せにしていないという点で、問題なのです。


 逆境に負けない、めげないことはとても大切なことです、

 ただ、その逆境はちょっと考えて工夫すれば抜け出せるのに、い
 つまでも辛い環境に身をおいているのであれば、

 もう、身も蓋もない言い方ですが、

 好きでそこにいるのです。


 「私は、好きでこの環境にいる」

 自分に向かってこの言葉を言ってみてください。

 心の声が、

 「ああ、そのとおり」

 そんな感じで答えてくれたり、
 何か、体に温かい感じ、穏やかな落ち着いた感じが現れたら、

 あなたは、自分の望む環境を手に入れています。


 「私は、好きでこの仕事をしている」
 「私は、好きで主婦をしている」
 「私は、好きでこの家にいる」

 そう自分に言ってみたときに、
 「いや、○○がもっとこうなったらいいのに・・・」

 見たいな声を感じたら、それがあなたの願いです。

 あきらめるのではなく、それをいかに実現するかを考えることが、
 幸せに、そして感謝しながら生きるうえで大切なことです。


 自分の望むことが叶い、幸せな気持ちで生活していると、
 他人のことも幸せにできるようになるものなのです。

 幸せのおすそ分けです。

 分けるためには、まず自分が幸せを持っている必要があります。


◆幸せでない人が、相手に尽くすと、こうなります。

 自分が不幸なまま、他人に尽くす場合、
 共依存に陥りかねません。

 共依存というのは、ものすごく簡単に言うと、

 依存側が、わがままを言い、アルコール依存になったり暴力を振
 るったりすることで、
 「あんたは、優しくないだろう、どうだ?」
 という言葉や態度でのメッセージを送り、

 自立側が、徹底的に相手の世話を焼きながら相手の自立を妨げ、
 「あなたは、だめな人。すべきことをしていない」
 という言葉や態度でのメッセージを送る、

 という構図です。

 片や「あんたは優しくない」
 片や「あなたは正しくない」

 相手に罪悪感を植え付けて自分の思い通りに相手をコントロール
 しようとするのです。


 暴力やアルコール依存などは本当に極端な例ですが、

 うまくいかないカップルは、大抵共依存的な問題を抱えているも
 のなのです。


◆好きでいるわけじゃない!

 そう、好きでその環境にいるわけじゃないという気持ちになるの
 はよく分かります。

 しかし、こう自問してみてください。

 「私は、この環境にいることで、どんな利益を得ているだろう?」


 たとえばそれは、
 人生を変えて、未知の世界に飛び込むことへの不安と恐怖を感じ
 なくてすむことかもしれませんし、

 たとえばそれは、
 少なくとも一時的には、自分のパートナーを怒らせて家庭内が
 険悪になることかもしれません。


◆私は、それが出来ない

 自分には出来ないと思っていることが壁になり、環境を変えるこ
 とに不安や恐怖を感じているかもしれません。

 そうです。

 変化することによる痛みを避けること。
 これも含めて考えれば、
 「好きで(=自分の意志で)そこにいる」のです。


◆なぜそんな、好きでそこにいると強調するのか?

 それは、現在の環境を他人のせいにしている限りそこから抜け出
 すことができないからです。

 変化を恐れる気持ちや、どうせ自分には出来ないと思う気持ちと
 きちんと向かい合わない限り、いつまでも誰かのせいにしながら、
 不本意な環境にとどまることになります。

 私の場合、不本意な環境をはっきりと認識するための魔法のキー
 ワードが「好きでここにいる」でした。

 嫌なことを愚痴りたくなるとき、
 「好きでここにいる」
 ・・・・あほらしくなってきませんか?

 なんか行動しようかな。

 そう思いたくなりますよね。


 あなたも、ぜひ、言ってみて下さい。
 「私は、好きでここにいる」

2009-11-10

久々

こんにちは、ご無沙汰です。
昨日、街中に出かけたら、珍しく頭痛になりまして、今朝から 気分も優れず、ざっと掃除して、またベッドに戻っています。巷じゃインフルで大騒ぎとか、でも、メキシコは、静か。昨日、布団の中で、頭痛と戦っていて、気づいたこと、リラクゼーションの音楽を聞くと 痛みが治まるというのを発見。

さてさて、我が家は、今どんな状態かというと、主人は相変わらず、職探し、話だけで、決定のものが無い、このことは、メキシコに来て 私も痛いほど経験した。メキシコの人は、先にイエスといって引き受けることがある。そして土壇場になって、駄目だったということが多い。気をつけて、話に乗らないと気落ちしてしまう。

娘は、ホームスクールでは、やはり、友達も作れないので、近くの公立学校に通うことにし、学校に問い合わせ中。そこの学校は、授業が午前と午後の部に分かれていて、午前の部の8時から12時半のクラスを希望してる。そうすれば、ホームスクールと両立できるから。

私は、面白い話がチョコチョコ、今度の木曜は、知り合いの大学で、高校生向けに「日本の日」と題してイベントをすることになり、習字と日本の文化紹介を私がやることになった。「おてもやん」とか、得意の「阿波踊り」披露してみる。ちょっとした小遣い稼ぎだ。それと、別口で、大きな絵(まだ何を描くか決まってないけど)、と 友達のお店に小物として置く、虎の絵を頼まれた。あと、テレビの新作、子供向け番組『空手道』の小道具(掛け軸とか、絵巻とか)の書き物の話が来た。これはまだ、決定していない。予算しだいだそうだ。その番組のライターさんが知り合いで、私を悪役で出演させたいとか言っていたが、多分無理、スペイン語だめだしね。ま、そうなったら楽しいけどね。とにかく、日本人というだけで得してる私だ。感謝 感謝

先日の日曜は公園で、瞑想とムーブメントクラスをやった。このクラスは、忍術やってる仲間たち、実におもしろい。一回目のクラスの後、リーダーが、細かい音まで、耳に入ってくるようになって驚いたとかいっていた。前のクラスでも、生徒さんの中に、いろんなことが起きていたのを思い出す。ひとりは、大学の授業中に、教授の体半分に オーラが見えて、教授が机の上のコップを持って、机に戻した後、そのオーラが、コップにも写っていたとか。
私もそんな体験してみたい

実は、精神的に、落ち着かないのが本音。ヴィバッサナー瞑想法の本を読み返して また また、目からウロコ。表面だけ自己陶酔的に修行してるように見せて、根底の心の癖に本気で取り組んでいないことを反省させられた。毎日の生活で気づいていくことなのに、言い訳に走ってしまう。カナダでの いろんなことの怒りがまだ心にあった。旦那に 怒りの直球を投げてしまったのです。ま、自分で繕っていくしかないね・・・・

2009-11-04

大駱駝鑑を見に行った

10月25日(日)






サルバンティーノのお祭りに日本から大駱駝鑑がやってきた

2009-10-21

元気って、窮地に出るもんなんだ

あ~っと   一息。 皆が寝静まって、ゆっくり書いています。

主人と娘が学校に行かなくなってから、私はどんどん元気になっている。
何故だろう??元気って、窮地に出るもんなんだと実感
主人は、まだ、はっきりした仕事の落ち着き先が決まっていないせいか、時々不安げな顔になる。知り合いから、色々と仕事先を紹介してもらっているので、私は、ちっとも不安じゃない。一つは、レオンにある もう一つのモンテッソーリ学園、中学校もあり、よさそうだ。イベントの仕事も大きなショッピングモールに企画を出してもらっている。彼の久々のエンターテイメントが見れるかも・・・・・
もの事は、すべて良いほうに向いてるとしか思えない。感謝だ!!!
本人も、自宅にムーブメントの塾を開こうと やっと、その気になっています。ヤッター!

娘は、ホームスクールのパターンに切り替え始め、朝、一日の時間割を私に提出して、上手く こなしている。本をよく読むようになった。
夜は、皆で映画鑑賞、これが、我が家のリラックスタイム。日本の映画も観た。「手紙」「フラ・ガール」「涙そうそう」「それでも ぼくはやってない」など、まだまだ いっぱい
「フラ・ガール」は、主人も私も大泣き、そして、大笑い、なんだか 今の自分らとダブってしまった。邦画は、今まで あまり見なかったが、なんか いいな~。

私は、以前、紹介してもらったカフェ・ソレイユで、お習字クラブを開くことになって、浴衣着て、張り切って今日やってきました。宣伝不足だったので、生徒さんひとりでしたが、きっとこれから増えると思う。自宅でも お習字クラブを始めました。これも まだ一名、来週の月曜からです。家の外にチラシを貼っただけで、反応があるのだから、もっと積極的に宣伝すれば、きっと 人は、集まると思う。お習字だけでなく日本のこと楽しく共有しようと思ってる。
毎週土曜日は、自宅で、瞑想会もやっています。先週は、お医者さんのアメジスタさんが来てくれて、ラコタ族の話もしてくれました。

火曜と木曜日は我が家の皆が忙しい日。
主人は、大学でのムーブメントクラス、娘は、週二日の演劇クラスとバイオリンクラス、私は、スペイン語を受けて、日本語クラスを教える日。時間が入れ違いなので、一緒に食事がとれない。

そうそう、エリちゃんとのハワイアン&阿波踊りコラボ パフォーマンスも、12月にジャズクラブでやることになった。クラブのオーナーが、エリちゃんの大学の先生だったため、エリちゃんが掛け合ってくれた。
先日、二人で打ち合わせしたとき、「ちょっと怖いね、でもやりたいね」と、話した。ハワイアンと民謡を交互にやって最後は、エリちゃんのハワイアンの面白いストーリーの歌で、私がマイムをやろうと大まかなことを決めた。
エリちゃん20歳、私51歳、親子ほど違う年齢だが、何とか稼ぐぞーっという意気込みで、ウキウキ、そして、爽やかな友だ。この出会いに 感謝 感謝!!

そうそう、大きなお祭り「サルバンティーノ」が始まっていて、大駱駝鑑が23日にグアナファト市でやるので、それを見に行きます。楽しみ

結婚記念日

10月11日は、18年目の結婚記念日でした。
お昼に、クラウンやってるお友達が、エコロジカルフェアで、パフォーマンスやるとのことで見に行きました。レオンで最初のエコフェア、まだ、まだ、小規模のフェアでしたが、やることに意義があると、今後に期待してる人の熱意は感じられました。
公園でのフェアには、レストランや、いろんな団体が、露天を出していました。お友達のスポンサーであるレストランのオーナーに紹介してもらいました。元気のいい女性シェフ。赤字だけどパフォーマーや、画家を応援するために企画を続けているそうです。いいコネクションをつけてもらいました。レストランで食事した後、友達も一緒に、マイムのビデオ見ながら、我が家で宴会しました。自宅のスペースを使って、Eムーブメントの教室を開くことになりそうです。・・・・最高の結婚記念日。私と主人がまた一体になったと感じたからです。
お友達が帰った後、娘が、マイムのエクスサイズを興味津々にやっていました。

娘の学校のことは、カナダのホームスクールシステムに切り替えることにしました。6年生は、年末にカナダで試験を受けなくてはいけないので、12月にカルガリーで受けることにしました。今、カルガリーの親戚宅に住所を置き、市から教材を取り寄せる手配を進めています。
学校生活で友達を作れない分、習い事を増やして、何とか友達を作れるようにと思っています。
今週は、少しホリデー気分ですが、徐々に時間割を決めてやっていきます。

ともあれ、穏やか、平和、

今日は、大学で、通訳をやってくれていたエリちゃんが来ました。月曜日に私の家で、ハワイアンダンスクラスを開いたのですが、まだ、生徒が一人しか集まらず、これからどう宣伝するかなど話、昨日行ったレストランに連れて行って、ここで二人で、ハワイアンと阿波踊りのコラボやろうかと話、オーナーにも話し付けて帰ってきました。来年の1月にスケジュールがあくとかで、先になるけど、来週から練習します。うまく行けば、いろんなところでやれると思う。
兎に角、なんかやりたい。楽しいこと!エリちゃんも家族のこと 大学のこと 金銭的なこと 色々大変、だからこそ、バカやんなきゃなってところです。

2009-10-12

なんとも面白い展開!

10月10日
なんとも面白い展開!
主人のクビのお陰で、最高のお友達と出会えた。

昨日土曜日は、娘の最後の学校行事で、娘は、盆踊りを披露。前日クビになった主人は、もちろん参加しない。でも、私と娘は、参加をすることにした。
怒りを抑え私は、主人の事は、子供たちには関係ないと、子供たちの着付けとメイクをを手伝だった。そして、早めに引き上げることを担任の先生とクラスのお母さん方に話しておいた。私が主人の参加しない行事に付き合いたくないことは、皆、分かってくれた。「お母さんの一人は、この学校には問題がある どうにかしなくては、」と涙してくれた。
それと、学校の行事の後、グアナファト市へ、ドライブする予定もあったからだ。
主人が、大学で教えてるムーブメントクラスにクラウンをやってるご夫婦が居るのだが、彼らから、ある公演を見に誘われており、主人は以前から、これにとても行きたがっていて、クビになったお陰で、それが叶えられたというわけ。公演より、彼らの師匠と会って見たい、と言うのが大きいようだ。、

娘のクラスの女の子たちが、娘に別れの歌を歌ってくれて、学校の出口まで来てくれた。迎えに来ていた主人を見つけると、彼に駆け寄ってきて、「学校に戻ってきて」と皆が頼んでいた。『僕にはどうにも出来ないんだ』と皆に告げて、学校を後にした。
車の中で、娘は皆から貰った手紙を読んで、泣いていたが、なんとなく茶番劇を見終わったような感じで、意外と3人とも冷めていた。
沈んでいく豪華客船を飛び降りて、客観的に沈む船を見てる感じだった。

主人の生徒さん夫婦とそのお友達も同乗してのドライブは、楽しかった。
すぐに打ち解けて、いろんな国の大道芸の仲間と一緒に過ごしたあの空気に似ていた。こだわりが無く、屈託のない明るさだ。
そして、案内された劇場は、彼らの師匠の自宅のスペースを少し改造して、作られ、壁一杯にいろんなキャラクターのお面や、絵が掛かったりして、とてもいい雰囲気。そして、そこで出会った人たちは、本当にナチョラルな生き方をしてる人ばかりだった。公演の終わったあと、気分がいいので、グラス二杯のワインで、すっかり酔っ払い。芝居仲間に良く見せた茶目っ気とパッションのおバカな私が飛び出てきた。主人も娘も同じだった。
クラウン師匠も奥さんも息子さん二人も、私たちを家族のように迎えてくれた。
「運命は分からないね。」と無言で主人と目を合わせ、笑みが絶えなかった。

クビ事件は、私たち家族の絆をさらに強め、本来の自分立ちに戻る機会を与えてくれた。

その夜、寝ながら、私は、「怒りを砂に書いておいて良かったな、」と
ペロリと舌を出した。

幸せ一杯で眠れなかった。
たった一日でこんなこと起こるんだなと、可笑しくなった。

主人が、突然、クビに

10月9日
主人が、突然、クビになった。

金持ちのコネ、教育者と権力者との金絡みの繋がりを、今回の事で私たちは、嫌というほど思い知らされた。

主人は、授業の態度の悪い子に、レポートを書いて親に渡した。
この相手が、私立学校モンテッソーリの校長の友で、大金持ち。主人は、そのことは、承知して、レポートを書いたが、その親との面談の場で 主人が、発した一言に相手が激怒した事が、今回の解雇に繋がった。

      「あなたのお子さんは、私を苛立たせる」 

教師が、口にしてはいけないことと校長からも注意を受け、謝罪したにも 拘らず、15日間、授業を監視し、一度でも監視者が、良くないと判断したら解雇にすると申し渡された。その一回目のクラスで、簡単に首と判定されたわけだ。
いいクラスを持てたと安心していた彼は、悔しくてならない様子。

ま。、そんなことで、明日行われるフェスティバルどころではなくなった。
今日、最後の授業を行い、校長が子供たちに嘘八百並べて、主人が辞めることを告げると、みんなが、泣き出したそうだ、娘は、一部始終を詳しく話してくれた。校長が、教室を出た後、主人が、「僕の選択ではないんだよ」と告げると、「エーッ!」っと、声が上がり、「私たちのせいだー」と また泣き出したそうだ。
今回の問題の子も泣いていたらしい。

主人の前にも このパターンが幾度もあり、2年前に、ごっそりといい先生たちが、クビになって、その人たちで他に学校を作ったと話を聞いていた。そのとき、生徒もかなり移動したそうだ。年々生徒数が減って、経営が苦しい学校なのだ。

私としては、ご苦労さん、これからは、あなたの楽しめることやりましょうというところです。

2009-09-30

心屋仁之助 公式ブログ 「心が 風に、なる」

心屋仁之助 公式ブログ 「心が 風に、なる」
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-10330698912.html
に、こんなことが書いてありました。ここにシェアしたいと思います。



何もかもうまくいかないあなたへ


何をやっても、楽になれない。

何をやっても、うまくいかない。


自分を責めてしまう

バカにされているように感じる


イライラしてしまう

後悔してしまう


辛い

苦しい


原因が見つからない

出口が見つからない


不安でしようがない

怖くて仕方ない


人が怖い、人が嫌い

そんな自分が嫌い。


あがったり、さがったり。

落ちて動けなくなったり。


周りを攻撃してしまったり。



過去を後悔し、未来を不安に思い、

行くも地獄、戻るも地獄、とどまるのも地獄。


何もかもが受け入れられない。

こんなにがんばってるのに。


------------


色んな抜け出し方がある


色んな方法がある


色んな成功法則がある



でも、それは、一つの方法。

誰かに当てはまる方法。

最大公約数かもしれない。




僕も、様々な方法を提供する。


でも、最終的に解決するのは、その人。

そして、それを解決する方法は、


どんなきっかけでやってくるのかわからない。



「何とかしようと思わないこと」が

何とかなる時もある。


「なんとかしようともがき続けること、あきらめないこと」が

何かを解決する時もある。



つまり、


「あきらめたとき」も

「あきらめなかったとき」も


どちらにも可能性はある。



でも、実は


「何とかしようとすることを、あきらめたとき」


本当は、何とかなっていることに気づく。

本当は、沢山持っていたことに気づく。



「何とかすることを、あきらめなかったとき」


本当は、何とかなることに気づく。

本当は、沢山持っていたことに気づく。


--------------


■何もかもうまくいかない、いってないと「思ってる」あなたへ




結局はどういうことだろう。


ここまで書いたこと、それは

「要するに問題はもう解決しているかもしれないんだ」ということ。


つまり、もう、欲しいもの、今の自分に必要なものは

持ってるんだ、ということ。



なのに、持っていないと叫んでいる状態が「問題を感じている」状態。

不平不満の状態です。


周りに・自分に。


つまり、問題が起こる時に、

必ず存在する共通するキーワードは


「感謝が足りない」



ということ。

そのことに気づかせてくれるだけ。



よく考えてみよう。


誰への感謝が一番足りないのか。




そこに気づくために

問題は、ある。


本来、一番感謝すべき人に感謝していない、

そういう時、問題は起こる(感じる)



僕はそう思うのです。

2009-09-16

マヤ神話「シバルバ」の入り口か?(字幕・17日)


タイトルをクリックするとビデオが出ます

メキシコの考古学者がユカタン半島で、マヤ神話に登場する地底世界「シバルバ」の入り口とみられる場所を発見した。

2009-09-14

花の命




   極楽鳥花が、変貌していく姿を毎日見ています。

2009-09-05

いい話を シェアします

『最後のパレード』 (中村克・著/サンクチュアリ出版) より
本の副題は「ディズニーランドで本当にあった心温まる話」

私は娘を病気で失いました。
  当時5歳、もしも幼稚園に入れていたら年中さんです。ひらがなとカタカナが読めるようになり、いろんなことに興味を持ちはじめたころ、突然病気にかかりで原因がわからず、治す手だても見つからないまま他界してしまいました。
  娘の死は、私たち夫婦をたいへん苦しめました。
  とくに妻は精神が不安定になり、私と少しでも意見がかみ合わないといきなり大声で泣き叫んだり、食器を投げつけたりするようになりました。
  私ももちろん娘を失って深く傷ついていました。でも、妻の苦しみを理解していたつもりなので、彼女のヒステリーはいつも黙って見過ごしていました。妻は私 が仕事で家を空けている聞もずっと娘と一緒でしたし、娘が病気になり入院してからもずっとそばに付き添っていたのです。私は残業を理由に、病院へ行かない こともしょっちゅうでした。
  ずっと妻に対して悪いなとは思っていました。でもいずれ娘が退院できたとき、どこかへ遊びに連れていけば埋め合わせができるだろう、と気楽に考えていました。
  そして仕事先で娘の訃報を間いた瞬間、私は自分の大きなあやまちに気がつきました。なんというかけがえのない時間を見過ごしてしまったのだろう。もっと長 く、1分でも長く、娘と一緒に過ごしていればよかった。たとえ死を避けられなかったとしても、最期を看取るまでずっとそばにいてあげたかった。本当に後悔 しました。
  子どもに先立たれた夫婦のこころには、先行きの見えない真っ暗な穴が、どこまでも大きく広がっていくと言います。実際、そのとおりだと思いました。ときど き、うちの子はやかましい、言うことを聞かなくて憎らしい、と感じることがあったとしても、その子が最初から「いない」という日常を仮定してみると、その 先のことはもうなんにも考えられません。我が子を失うという事態は親にとって、自分たちのこととしてまったく理解できないのです。

  喪失感に耐えきれなかった私たち夫婦は、ただ毎日けんかを繰り返すしかありませんでした。私もいけないとは思いつつ、ときどき言い返してしまうことがあり ました。状況はどんどん悪くなっていきました。そんな風にして私たちは精神的にも、肉体的にも疲れ果てていきました。
  ある日、妻と近所を歩いていたときのことです。彼女は言いました。
 「ただあの子が元気なだけで幸せだったのに。突然いなくなっちやうなんてつらすぎるよね。私たち、これからいったいなにをすればいいんだろう。いままでなんのために一緒に暮らしてきたんだろう。よくわからなくなった」
  妻は目にいっぱい涙をためて、公園で遊ぶ子どもたちをながめていました。あとで聞いた話ですが、妻はこのときいつでも娘の後を追えるよう、家に練炭を隠していたそうです。
 「ディズニーランドに行ってみようか」
 ある日、私はふとそんなことを思いつきました。そして少し迷ったあと、その考えを妻に提案しました。
 「なんで、突然」
 「いちおう約束だったし」
  生きていれば、その日は娘の誕生日だったのです。本来ならばお祝いをしてあげたはずだし、もしそのとき娘が元気に歩き回れるようだったら、大好きなディズ ニーランドヘ遊びに行っていたはずだからです。そう約束していました。娘がベッドの上で息を引き取るまで、ずっとミッキーのぬいぐるみを手離そうとしな かったことも強く印象に残っていました。
 「いやよ。いい年した夫婦だけで行ってどうするの」
 「いいじやないか」。私は勇気をふりしぼって言いました。
 「我が家の最後のイペントなんだから」

  私たちは夫婦二人でディズニーランドに行きました。
  そしてすぐに後悔しました。幸せそうな親子連れとすれ違うたびに、胸がしめつけられる思いをしたからです。ミッキーの帽子をかぶって楽しそうにじゃれ合っ ている親子。カメラをかまえているお父さん、子どもの手を引くお母さん、大声ではしゃぎまわる子ども。特に同じくらいの年であろう子どもを見るたびに、熱 いものがこみ上げてきました。私たちも本当は同じことをしているはずだった。小さな手のあったかさを思い出しました。「お父さん、お母さん」と私たちを呼 ぶ声がよみがえりました。もし娘と一緒だったらどのアトラクションに乗っていたんだろう。どんなお菓子を食べながら、どんな話をしながら歩いていたんだろ う。園内のどこに目をやっても、娘の笑顔ばかりが頭に浮かびました。
 「来なければよかったのかな」
  妻も同じことを考えていたのか、厳しい表情で私を見ました。
 「帰りましょうよ。しょうがないのよ。あなたといても悲しくなるだけなのよ」
  私は、その言葉を宣告として受け止めました。
  一緒にいるから娘のことを思い出してしまう。それは私も同じ気特ちでした。この救いようもない泥沼から這い上がるためには? お互い、新しい幸せを見つけるためには? 導き出せる結論はひとつしかありませんでした。
  子どもを亡くした夫婦は、必ず離婚を意識するそうです。お互いに今以上、傷つきたくないと思うからです。またそうすることが亡くした子どもに対する、一番の償いだと考える夫婦もいるようです。
  それぞれに思いを巡らせながらも、私は予約してあったレストランに妻を誘いました。これが夫婦にとって最後の食事になるだろうことは意識していました。
  娘が生きていたらさぞ喜ぶだろう、ミッキーマウスのショーをすぐ近くで見られるレストランです。心の中は亡くなった娘のことでいっぱいでした。なにを食べ てもきっと味なんてわからないでしょう。娘を思い出したくない、でも忘れたいとも決して思いません。一緒に過ごした楽しい思い出は、夫婦だけで共有してい る。楽しかった分だけ悲しい記憶が、これから残酷なまでに長く続いていく。そんな絶望の波が押し寄せるたびに、夫婦の間に重いため息がこぼれました。
 「お待ちしておりました。こちらにお席をご用意しております」
  キャストのあとについていくと、店内全体がよく見わたせる広いテーブルに案内されました。空いている椅子は、亡くなった娘の分です。それは私と妻の間にぽつんとありました。
  あいにくその日は非常に混んでいました。それなのに私たちは余分に席をとっています。どう考えてもほかの家族連れに席をゆずるべき状況です。ひとりのキャストが近づいてきて言いました。
 「お客さま。大変申し訳ございませんが、ご夫婦さまでしたら、2人掛けのテーブルに移ってはいただけないでしょうか。ご家族連れでお待ちになっているお客さまが大勢いらっしやいますもので……」
  まったく言うとおりでした。ディズニーランドに限らず、レストランを利用する人にとって当然のマナーでしょう。しかし私は申し訳ないと思いながら言いました。
 「混んでいるのはわかっているんです。できることなら僕も席をゆずってさしあげたい。でも実は昨年、娘を病気で亡くしていて、今日はその子の6回目の誕 生日なんです。本当はこの真ん中の席は、娘が座る予定だった。約束していたんです。だからわがままを言って申し訳ないですが、もう少しだけこのテーブルに いさせていただけないでしょうか」
  真剣な表情で耳を傾けていたキャストは、すこしうつむいたあと「お客さま。それは大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうぞそのままゆっくりおくつろぎくださいませ」と言い残し、テーブルから離れていきました。
  しばらくすると食事が運ばれてきました。注文したフレンチのコースは2人分だったのに、なぜかもうひとり分の料理が真ん中の席に置かれます。オレンジジュースも頼んだ覚えがありません。私はあわててキャストを呼び戻しました。
 「娘の分は注文してませんよ」
  キャストは笑顔で答えました。
 「お子様の分は私たちのサービスです。どうぞお気になさらないでください」
  しばらくすると天井の照明が少し落ちて、「みなさま、食事をお楽しみのところ申し訳ありません」というアナウンスが流れました。
  なんだろうと思い、声がする方を見ると、ろうそくの火がついたケーキを片手に持って、行儀よく立つキャストの姿がありました。
 「本日は特別な日です。ここにいらっしゃるお子様の誕生日なのです。どうかみなさま、よろしければご一緒にバースデーソングを歌ってください」
  店内にBGMが流れ出すと、ケーキを持ったキャストがこちらに歩いてきました。
  するとおおぜいのお客さんが一斉にこちらを向いて、手拍子をしながらバースデーソングを歌ってくれました。
  テーブルに置かれたケーキの、ろうそくの火が消えました。どういうわけか自然に消えたのです。
 「もう一度盛大な拍手をお願いします」
  私と妻が立ち上がっておじぎをすると、おめでとう、おめでとうという声が上がり、大きな拍手につつまれました。
  そのままショーがはじまりました。そして私たちは奇跡と出会ったのです。
  真ん中の席に娘がいる。誰もいないはずの席で、娘がミッキーのダンスを見ながら笑っているのです。
  ああ。そうだ。そうだ。きみと一緒に見たかったんだよ。私は涙があふれるのもかまわなかった。ただ、娘が手を叩いて喜ぶ姿を見つめました。前よりも少し大 きくなった気がしました。うん、大きくなった。はなをすする音が聞こえました。妻も唇を震わせながら娘を見つめていました。

 「僕らは間違っていたのかもしれない」
  妻は私の言葉には答えず、ハンカチで目をおさえました。
 「別れても、この子が喜ぶはずないじやないか。僕らがこんな状態じゃ、安心して天国にもいけないんだ……。たしかにこの子がいなくなってすごくつらい。それでもきっと、僕らは今よりもっと前に進まなければいけない」
 「ねえお父さん、お母さん」娘は左右にいる私たちを交互に見て、ニコっとほほえみました。
 「今日ははありがとうね」

  盛大なショーが終わって、ふたたび店内に明かりがともされます。ゆっくりと静寂が戻ってくると、今まさに起こった出来事が、急に夢のように思われました。
  テーブルの上には、手がつけられていない料理とオレンジジュースだけが残されています。しかし妻は誰もいない席を、まだ愛おしそうな目で見守っていました。
  これは夫婦二人だけが体験した出来事です。証拠はなにもありません。ただ私たちには、この奇跡を疑う理由はありませんでした。
  私たちは寄り添い、まだにぎわいの残るディズニーランドを後にしました。





2009-09-02

土砂降りの雨のあと

日記を書くことに少し抵抗がありま す。夏の初めに すべてがうまく行ってるようだったのが、思ったより難しい方向に向かっているからです。予定していた事がうまく運んでいません。つい癇癪 を起こしてしまいました。この癇癪は、苦しいです。私の心の癖だからです。この癖を直さない限りは、本物にはなれません。

こんなとき、タイミングよくある本に出会いました。
日本に帰っていたメキシコのお友達が、日本で買ってきた本なのですが、メキシコ人のルーズさに可なり参っていて、落ち込んでいた私に、ずばり、回答を与えてくれました。
その本の、全部には、頭をひねりますが、文中に こんなことが書いてありました。


水に書いた文字、砂に書いた文字、岩に書いた文字  

  潜在意識の奥深くにため込まれた内容は、カルマとなって私たちの人生にさまざまな影響を及ぼします。俗にいう不幸な出来事として表面化する場合と、恵ま れた幸せな境遇として、この世的にはラッキーと思われるような幸運をもたらすこともあります。仏教で言う「善因善果、悪因悪果」ということです。神様や仏 様が勧善懲悪をされるというわけではなく、いずれも因果の法則を理解させるために仕組まれた現象なのです。「善果」に有頂天になり、努力を怠ると、悪いカ ルマをつくり、いずれは「悪果」となって返ってきます。このように波動の法則は大変奥深いものがあるのです。
 過去にため込んだ悪因の結果は甘んじて受けとめなくてはなりませんが、そのことによって新しい悪因をつくらないようにするにはどうすればよいのでしょうか。
  そのことを仏教では「水に書いた文字(よくやった)」「砂に書いた文字(よかろう)」「岩に書いた文字(避けよ)」に例えて教えています。悟りを開いて いない私たち人間が、この人生で直面する様々な出来事によって、瞬間的によくない波動を発信してしまうことは避けられないことでしょう。たとえば、通勤電 車の中で足を踏みつけた相手が、わびることもなく涼しい顔をして降りていくとき、「こら、ひとこと謝れ!」という気持ちが起こるのは自然な感情でしょう。 あるいは勤務先の上司から些細なことで厳しく叱られたときに、「この野郎。覚えとけ!」という気持ちを持つことがあるかもしれません。
 水に書い た文字というのは、そのような気持ちを持ったとしてもすぐに思い直して、相手に対して悪い波動を発信したことを、心の中でわびなさいという意味 です。そうすれば、マイナスの波動が中和され、あたかも水の上に書いた文字のように、書くそばから消えていって、潜在意識に刻まれることはないというわけ です。
 砂に書いた文字というのは、風が吹くと砂の上の文字が徐々に形をなくし、やがて消えてしまうことを表しています。それは、人を恨んだとしても、夜寝るまでにその対象となる人を許し、逆に恨みの念を発信したことをわびなさいという教えです。
  夜眠りにつくと、潜在意識の扉が開くと言われています。そのとき、私たちが心に残していた恨みの気持ちや不安な気持ちなどが、まとめて潜在意識の中に畳 み込まれるのです。しかも、潜在意識の中に入った心の傾向は、睡眠中にどんどん成長していくと言われています。それはちょうど車のハンドルに例えられてい て、私たちが寝る前に切ったハンドルの状態は、睡眠後もそのまま固定され、車はその方向に進んで行くのです。
 恨みや不安、怒りなどの気持ちを抱 いたまま眠りにつくと、その気持ちはますます強化され、目が覚めたときにはさらに強い恨み、不安、怒りなどの気持ちと して意識されることになります。そして、「類は友を呼ぶ」の法則の通り、現実の世界でもさらにそのような気持ちにさせる出来事を引き寄せてくることにな り、それはまた潜在意識にため込まれ、成長していくという悪循環に陥ることになります。
 このように、眠りにつくときにまだ気持ちの整理がつかな いものを残しておきますと、その気持ちは潜在意識にしっかり刻まれることになります。ここまでく ると消すことのできないカルマとなり、病気や事故といった現象として形を現してきます。これを、岩に書いた文字と表現しているのです。
 夜寝ると きに、その日の出来事を振り返り、人を恨む気持ちがあればその人を許し、また恨みの気持ちを抱いたことを反省し、わびることです。また、このよ うな気づきを与えてもらったことを感謝し、「ありがとうございました」とお礼が言えれば悟りの境地と言えるでしょう。もちろん、最初は「ありがとうござい ました」を何十回も唱えてから寝るというふうに、形から入ってもらえばいいのです。
 同じように、不安な気持ちが心を占領しているときは、「大丈 夫」「きっとうまくいく」「もう解決した」といった言葉を何度も口ずさんだあとで眠りについ ていただくことをお勧めします。これは宗教が教えている内容ではありません。潜在意識がどのような働きをするかという科学的理解に基づいた処方箋で、私自 身も実践してきたことです。

以上


この本を読んで、心が落ち着いてきて、感謝の気持ちが芽生え、心の中の憤りが消えていったとき、三日前に、主人に怒りをぶつけて、会話が減っていた仲、彼から、やさしく声をかけられました。

主人;「今日の気分は、いいですか?」
私:「うん、よくなった」
主人;「きのうより、いいですか?」
私;「うん、いいです。」
主人;「おとといより、いいですか?」
私(苦笑いして);「うん。・・・・ありがとう」

こういう時、背丈も、気も短い私は、背の高い主人に、身長差と同じくらい、気の長さの差を感じてしまう。

気づくと、外の土砂降りの雨が、上がっていました。

心の中の鬼が、元気になると、心が苦しいと、何度も、実感しているのに、また、雷を落としてしまいます。
雷が起こした土砂降りの雨を じーっと止むまで、苦にせず待ってくれてた人に感謝してなりません。

2009-07-12

手紙

NPO法人アート・トラストへ向けた私の手紙より抜粋

こんにちは、アート・トラストの皆さん、
大変ご無沙汰しておりますが、お元気でいらっしゃいますか?
そちらは、もう梅雨も明け、暑い夏が訪れている頃ではないでしょうか。
こちらは、まだ 雨季の時期が続いており、夜に突然雨が降ったりしています。
その雨も豪雨で なかなか迫力があります。
去年は、この雨の有り難味がわかりませんでしたが、今年は、強烈な暑さを知った成果、この雨の時期を心待ちにし、自然とはよくできたものだと感謝しています。

メキシコのレオンは、靴の産業都市なので芸術文化には、もう一押しといった所ですが、最近は、それを何とかしようという人たちが増えてきてるようです。
私の周りでも、私の望む「芸術をもっと身近から」というテーマと繋がる人たちとの出会いが増え、これからどんどんその輪が広がっていくのではないかと期待しています。

いったい、アートとは、人にとって、どんな意味があるのか、自分は、なぜそのことを抜きにしては生きていけないのか。自己満足的な表現活動に疑問を抱き、ギャラリーに自分の絵を飾り売ることにも疑問を持ち、舞台や、絵を描いてるときに起こる神聖なあの感覚を、独り占めするのではなく多くの人と共有するにはどうしたらいいか。
こう思い始めてから、ごく自然に川の流れのように事がうまく進んでおります。

今、レオンの一番古い街にアートトラストの活動の場として、ギャラリー兼住まいの家を借りようと探しています。大方目星がついていますが、かなりのアンティークな家で、うまく手入れができるか予算はどうかなど、後一歩のところです。
心の中で、ある確信が芽生えて、それが何なのかよくわかりませんが、素敵なギャラリーができると変な自信を持っております。

先輩方の人の繋がりを大切にする生き方をそろそろ真似していこうと思います。へへへ

現在 私は、グアナフアト州立アート大学のカルチャーアカデミーで一般向けの「ムーブメントによる瞑想」といったマイムを基本にした6ヶ月コースのクラスを開いています。
今年の2月からスタートし、8月中旬から、次のコースが始まります。その他にミルトン・エリクソン療法のセンターでもクラスを開くことになりました。
あと、、日本語のクラスと日本の文化についてのクラスを個人で運営している外国語アカデミーで教えています。
絵の方は、アート大学で、9月中旬から一ヶ月間、個展を開く予定です。
絵本にも今、興味が出ています。

・・・・中略・・・

アートに関わって来れた自分の境遇に感謝してならないのと 慈悲の心を通して、はじめて、高い精神世界と繋がることも頭でわかるより、実感として体験し、こういう事かと痛感させられています。その逆で、エゴに走るとその反応は素早く、次々と事がマイナスへ進みます。これも体験しました。
毎日毎日の心の掃除が、どんなに大切であるかも、十分理解していますが、やっぱり、怠けてし舞いがちです。そんな時、自分のクラスで共振し合える場があることは、本当に助かります。

きれいなピュアな心に少しでもなれたら、本来の持って生まれてきた自由を味合えます。
そういう状態のときは、自然と美しいものが見えてきて それと同化してしまいます。
これが、私のアートの状態なのです。アートは、絵や、彫刻という物体ではなく それを創造したときの作者の心の状態だと思います。自由な心がアートなのです。

何者にも束縛されない強い自分、そして、何者でもないという自分が、そこに見えたとき、
元々の心の状態にもどり、安心でき、心に宇宙を見ることができるのだと思います。

アート・トラストとは、ソウル・トラストつまり、「魂に正直に生きること」なのですね。

先輩方の大きな思いやり、アーティストとは、そういう人たちのことだとも気づきました。 

そんな、思いで、タコスとテキーラを食べて飲みながら、歌うたって、問題は、みな マニャーニャ、マニャーニャ(スペイン語で、あした、あした)と、笑って、アート・トラスト メキシコ支部第一号(勝手に言っています)に向けて、力まず夢を描いてる私です。
                                   
それでは、この辺で、くれぐれもお体を大切に・・・
  
                  メキシコより、愛を込めて      
                                        萱のの

2009-06-29

6月の不思議

6月11日
不思議なことが続いて、この日は、バスの中で、これまで関わった多くの方に感謝の気持がこみ上げてきて、涙した。

6月8日に私の「ぴゅあマイム」クラスの生徒さんのアレキさんの教えているという絵画教室を見学に行った。以前から、私もそこで、絵を教えないかと言われていたからだ。教室というより、露店といった方が近く、彼女は、既成の陶器の置物に お客さんが自分で色を塗る手伝いをしてるというもの、ちょっと想像と違った。私の絵は、ここでは無理だな~、と思っていると、彼女が、これも以前から、話してくれていた、あるホリスティックセンターに今から案内すると言うので、(アレキさん、少し英語は、分かるようだが、話せない。テンポの速いスペイン語で、詳しいことはよく分からなかったが)付いて行った。
スピュリチャル系のコースを色々教えてるセンターで、雰囲気もよかった。アレキさんの旦那様のお兄さんが、オーナーらしい。以前から、この話は、彼女がしてくれていたが、具体的に進まんでいなかった。そのオーナーのお兄さんが忙しくて、アポイントが なかなか取れなかったのだ。私のクラスに関する、プリントを受付に置いて その日は帰った。
2日後、連絡があり、今日会うことになった。

今日、12時 センターで待ち合わせ、もう一つの本部みたいなところに連れて行かれた。迎えに来てくれた人は、英語が通じた。私は、付き添いもなしで、上手く話せるかなと思ってはいたが、その日の朝、自宅のコピー機の前で、作業している時、3階の部屋の小さな窓から、私を狙ったかのように、日の光が強く射して来たので、この日は、結果が うまく行くような気がしていた。
予想は、当たった、オーナーのアントニオさんは、とろけるぐらいの優しい目をした方で、言葉は、うまく通じないけど、お互い会うべき人に会ったな、という感じで盛り上がり、8月から週二回で、クラスをはじめることになった。
名刺代わりの私の羅漢さんの絵のポストカードを渡すと、『あなたの絵をここに飾ってください』と、受付に入って正面の壁に、黄色の縁取りしてある、四角い大きな絵のコーナーを指差した。あの壁に、どんな絵を描こうかとウキウキしながら、お昼を招待してくれた もう一人の生徒ホセさんの家に向かった。

我が家は、今、移転先を探してるのだが、ダウンタウンで観光地っぽい、レオンの凱旋門がある辺りを気に入り、その周辺を探している。このことを、私のクラスのみんなに話したところ、ホセさんの家が、その凱旋門のすぐ近くだということがわかり、びっくり、彼女から、一軒貸家がそういえばあると情報を貰ったので、早速 その家を見に行って、またびっくり、探し回っていて、なんとなくあの家は、貸家かも 借りれるといいなと 以前思っていた家だったのだ。とりあえず、ホセさんに連絡を取ってもらっていたが、貸してくれるかどうかの返事が、なかなか帰ってこないので、あきらめ状態だった。そんな思いで、今日、ホセさん宅にお昼を呼ばれに行った。
この日、ホセは、いつもの可愛い笑顔に勝って、満面の笑顔、『ナブック、ミラクル!』と、私の名をいつものように鈍って、叫んで、ハグした。なんと、家の持ち主から 今日電話があって、貸してくれると返事があったのだ。それも、こちらの希望価格で。
なんでも、その家は、ホセのお友達だった持ち主が亡くなってから、姪っ子3人のものになっていたらしく、今まで3年間、人に貸したことがなく空き家になっているらしかった。お化け出るかも・・・楽しいぞ
テンションが一気に上がり、お昼をご馳走になった。

ホセさんの家には、鍵が掛かっていない、いつも人が出入りしている。特に お昼時は、色んな人たちがやってくる。それを子供っぽい笑顔で迎えるホセさん、彼女の手作りの料理の数々は、追って紹介することにして、この日は、通訳してくれてるエリちゃんと、初めて会う老紳士、ファーザーと紹介されたので、「誰のお父さん?」と聞いたら、教会の神父様であった。そうか、ファーザーだよな。
ホセのお兄さんは、可也、陽気な方、その はしゃぐ彼を 横で神父様が、首を振って口ぐせのように、優しくなだめて、なにやら言ったので、その言い方とジェスチャーを真似て、私がスペイン語を口にしたら、皆大笑い。
神父様の落ち着いた振る舞いに、ホッとしたのか、自分らしく自由な気分で、和んじゃいました。早々、借りたいと思っていた家の住所の番号にも ちょっと惹かれていたのです。7 5 6 ( な・ご・む ) なごむ家 な分けですよ。

そんな中、食事中に掛かっていた音楽に、はっとした。子供の頃 よく学校の放課後に流れていた、聞き覚えのある曲だったからだ。『遠き山に日は、落ちて~』この曲は、日本で聞いていたと説明したら、今度 日本語で歌ってね。と言われた。
帰り道、この歌詞の、「日は、落ちて~」の先が出てこない。
海外で、日本の曲に感動したのは、これが二度目だ。
カナダで、一人ぼっち 家にいるときに、『ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン、ハイハイ』と、ラジオから流れてきたときには、涙して、この歌、歌ってましたね。あの感動は、分かる人には分かる。

帰宅中のバスの中、幸せに涙して、これまで 親切にしていただいた方たちの顔が浮かんで絶えなかった。
特に、カナダの家の隣に住んでいた、ジェーンの顔が浮かんだ。暗い顔の私を、さりげなく労わってくれて、笑わせてくれてた彼女の皺一杯の顔だ。
ここに来て、今度は 私も和みを人に与える余裕が出てきたことに あーやっと自分らしくなってきたな~と、感謝した。

2009-06-06

多い展開

絵が 3枚 売れました。パチパチ
絵に関することで、9月に 今お世話になってる大学で、一ヶ月個展をやることになりました。最終決定までいっていませんが、お話を進めています。私のクラスの通訳やってくれてるアート大のEちゃんが、アーテイストをサポートするビジネスを研究課題にしていて、私を使ってくれることになった。個展の始めと終わりに何かパフォーマンスもやれたらいいねなんて話しています。
来期の私のクラスについて、学校側から続けてくれるよう頼まれました。人数が少ないので、学校側から、断られるかと思っていたけど、何でも、学校が持ってるラジオ番組やら、いろいろと宣伝してくれるとか、8月にクラスの紹介も兼ねて、デモストレーションもやることになった。
主人も、レオンのトップの大学で、週二回ムーブメントのクラスをやることになり、将来的には、正式に講師にしてもらえるらしい。一緒に、学校に話をしに行って、興味を持ってもらって、とんとんと話が進んで行ってる。やっと、厄が抜けた。
主人からの提案で、もっとダウンタウンに スタジオ兼住居の家を借りることにした。今の家賃と同じくらいで、結構、広いところが借りれると言うのだ。明日、物件を見に行く。メキシコはこんなところが面白い。何かやるにも なんだか簡単に出来てしまう。そうだからか、メキシコ人は、簡単に何でもOK と引き受ける。それをまともに期待してると、こけてしまうから、60%くらいの期待で丁度よい。と、最近学んだ。
展開が多いが、エキサイティングも過剰にせず、いたって冷静だ。旨く行けばラッキー、おじゃんになったらまたやり直しすればいい、と、構えてる。少しメキシカン?

2009-05-10

母の日


''Happy Birthday''と、朝起きて、顔を洗ってる私に背後からの 夫の声。 
だ、誰の誕生日かい?と、不思議に思いながら、顔を洗い終わったあとに、あー、''Happy Mother's day '' のことかい、と、納得。
とうとう、自分の母には、何もせず気付かないまま過ぎてしまった。今夜、一日送れだけど、電話してみよう。時差を言い訳に・・・・

小学校の頃は、母の日には、学校でカーネーションをくれて、忘れることはなかった。
母の日のプレゼントは、いつも三姉妹でお小遣いを出し合って買っていた。素敵なボトルの乳液の化粧品を買って プレゼントしたことがある。十代になってから、三姉妹で、母の日のプレゼントを相談していたとき、長女から「安物の化粧品を贈っても使わないよ。前にあげた化粧クリームだって、ずっと鏡台の奥に仕舞ってあったもん。」と聞き、なるほどと、複雑な気持になったことを覚えている。もしかしたら、いまだに、鏡台の奥に 存在してるかもしれない あのポンズクリーム・・・

50を過ぎても、母の日に母が存在する奇跡に、深い感謝が沸いてくる。
なんと 有り難いことだろう・・・ポンズクリーム 贈ってみようか・・・


昨日、ヘアサロンに行き、長かった髪をばっさりショートに切ったら、15年前に同じように、短く切ったときと 全く、同じ髪形になっていることに気付いた。
切ってもらったヘアサロンの娘、まったくテクニックがない素人で、最後には、ベテランらしい男性に助けを求めて、代わってもらったりしていた。だから、私の頭半分下は、プロ、半分上は、素人のヘアスタイル。シンプソンファミリーに出てくるキャラに似ている。
カタログのFunkのモデルさんの髪型と似ても似つかない。ファンキー、ファンキーチューリップです。黄色に染めたら、蝶々が止まるかも
大嫌いな、ジェルをつけて、何とか、カッコ良く工夫している。
五右衛門少年Aに戻ってしまった。
暫くは、帽子を手放せない・・・・丸坊主にすりゃよかった

私の娘に、益々、母らしくなくなっていく母に一言と聞いたら。
『男みたいなクールなママも好きよ』と返ってきた。

2009-05-07

どんでん返しかい?

【5月7日 AFP】新型インフルエンザ「インフルエンザA(H1N1)」がパンデミック(世界的流行)の一歩手前といった感で広まっているが、これまでに新型に感染した人は、今後このウイルスがより致死性の高い型に変異した場合も、すでに免疫があるために感染せずにすむかもしれないと、科学者らが指摘した。

・・・・・中略・・・・・・・

同研究を行った米ジョージワシントン大学(George Washington University)の伝染病学者、ローン・シモンセン(Lone Simonsen)氏は「1918年の場合、現在われわれが持てる判断力から考えると、ウイルスの毒性がまだ弱かった最初の一波の感染を許したほうが、免疫力をつける上で良かったはずだ」と語る。

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2600098/4113377 より


まったく、''Monkey's paw'' by Laurie Anderson の歌が聞こえてくる・・・・

神様は、こんな遊びが 好きなようだ。
下界で、パニックってる人間に、ほ~ら、最後の落ちは、これだよ~~~。と、笑ってる。

結局、今のうちに軽いインフルに掛かっていた方が、後から来るかもしれない強烈なインフルに罹らず済むと言うわけか?
必死になって、感染者をシャットアウトしてる国が、これから一番危ないってことかい?

しかしながら、殺された豚君と、イノシシ君は、さぞや、悔しい思いをしているだろう・・・・

国単位で、パニック度が異なっていて、まるで映画のような騒ぎでしたが、結局、最後に笑うやつ(国)は、誰(何処)って所ですか?
情報社会を手のひらで転がして遊んでるな~~~誰かさん。
最後の最後なんて、ないかもしれないけど、どうなることやら・・・・・

来週から、学校も再開。
今、メキシコは、夜中、雷が鳴っています。大粒の雨も降り始めました。
まるで、この一騒動の舞台にカーテン幕を下ろすかのように・・・・・

満月のお月さんが、遠くで、静かに拍手をしてるようです。

沢山考えることを授かった この10日間でした・・・

2009-05-03

ブタ殺処分に反対の養豚業者ら、機動隊と衝突 エジプト 写�

ブタ殺処分に反対の養豚業者ら、機動隊と衝突 エジプト 写�

Jさん

親しくしてもらってる近所に住むJさん、数学博士、アートを愛する穏やかなアメリカ人、家の前を通ると いつも 8歳のお子さんの弾くピアノやバイオリンを見てあげてる。本人は、チェロが趣味。先日は、京都で講演の際に購入したという電子チェロを見せてくれた。
アメリカとメキシコを行ったり来たりの生活。お子さんと描いた油絵が、いたるところに綺麗に飾られてる。ギャラリーみたいに・・・
我が家の娘が、バイオリンを習い始めたと話すと、色んな情報を教えてくれた。
その彼が、先日、老齢のお父様を亡くされた。何でも、お父様は、絵描きになりたかったけど、家族のために歯科医になったとか。
漢字が好きで、お孫さんにも漢字を教えていたようだ。お孫さんに「福禄寿」と書いた紙を残されていて、Jさんが、何と読み何の意味何か私に聞きに来た、七福神の一人、私も良く知っていなかったが、そんなことを教えて、喜んでもらった。
Jさんのお子さんも私の子供向け日本語クラスに誘った。クラスは、インフルエンザ騒動が収まったら、また再開する。

今日は、自宅待機してる娘も、我が家の共同庭で、他の子と遊んでも良しと、主人と判断。しかし、マスク着用で。
このマスクが、いやらしく、何度もマスク無しでは駄目かと聞いてくる娘、まだ、学校の閉鎖も解かれてないので、そこまでは譲れない。

頭の中で、「油断するなよ」と、ささやく声も聞こえる。

2009-04-30

近況報告

お友達の皆様へ、
ご心配をおかけしております。
ニュースでご存知の通り、本当に凄いことになっています。
私たちの住むレオン市でも、一昨日から学校閉鎖になり、人との接触を少なくするため自宅待機しています。学校は、少なくとも5月6日まで閉鎖ですが、最悪の場合は、夏なでになるかもしれません。スーパーも いつまで開いているか心配です。
今頃になって、感染元は豚じゃないかもしれないと言い出していますよね。既にエジプトで 豚全頭処分までしてしているのに・・・
娘は、友達と遊べないことに苛立っています。近所には、近くの子供同士で外で遊ばせている人もいます。。我が家は、今日から、控えることにしました。ニュースなどを見て、どこから感染するか分からないと判断したからです。
親戚の歯医者さんから、メキシコでは手に入らない手術用のマスクを頂き、どうしても買い物などで外出しなくてはいけないときに着用しています。普通のマスクは、何の効き目もないとニュースで言っていました。手洗いは豆にやり、うがいもやっています。我が家は、日本で買ってきたヨモギ茶を食後に飲んでいます。
メキシコ市から日本人が緊急帰国したニュースも聞きました。メキシコ市とレオン市では、この新型のインフルエンザに対する危機感に温度差がありましたが、だんだんと こちらも みんなシリアスになってきています。
残念なのは、メキシコのイメージがこれで 可也 悪くなっていることです。

日本にも何れは、感染者が出てくると思いますが、メキシコ国外感染者は、症状が比較的軽いようです。
早くこの悲劇が収まることを祈っています。

まだまだ、油断できませんが、また状況が変わりましたらご報告したいと思います。

とりあえず、我が家は元気にしております。ご安心ください。

2009-04-24

豚インフル

メキシコで60人死亡 WHO、豚インフルか

 【ジュネーブ24日共同】世界保健機関(WHO)報道官は24日、メキシコでインフルエンザのような症例の患者がこの時期としては異常な増加を示し、3月末以降これまでに60人が死亡したと発表した。米国で7人の感染が確認された豚インフルエンザの疑いがあるとして調査している。

 メキシコのコルドバ保健相は同日、地元テレビに対し豚インフルエンザとの見方を示し、メキシコ市などの学校を休校措置にした。

 WHOによると症例が見つかったのはメキシコ市とその周辺で約800人のうち57人が死亡。同国中部でも24の症例と3人の死亡が確認された。患者の大半は、健康な青壮年層で乳幼児や高齢者の症例は少ないとしている。

 米疾病対策センター(CDC)は23日にカリフォルニア、テキサスの両州で7人の豚インフルエンザ感染者が出たと発表している。

 WHOによると米国で確認された豚インフルエンザのウイルスは従来、豚では見つかったことのない型。メキシコのウイルス型は確認できていない。
2009/04/25 00:05 【共同通信】


こんなことになっていました。
ここ、レオンでも下痢などが伴った風邪が流行っていたようです。

我が家は、お肉をあまり食べないので、今のところ大丈夫のようです。
でも、気をつけないとね・・・・

2009-04-01

「清らかになることもない」 

最近、苛立っていました。何かが溜まって来てる感じで・・・・
昨日、主人と二人きりになったので、映画を見に行ったのですが、、その映画が、コンピューターグラフィックと分かっていてもショッキングな事故場面が多くて、滅入ってしまいました。
また、その夜も、寝る前に、リビングに行って主人が見ていたテレビ番組を一緒に見ようとソファに座った途端、テレビ画面に男性の頭をマシーンが潰すシーンを目にして、また滅入ってしまいました。案の定、今朝、空しい感じで、涙が出て、しまいました。
わざわざ そんなもの見ている主人に腹が立ったのと 悲しいのと、大げさだけど 生活の仕方が違うことに。もっと言えば、生き方そのものに!!!

そして、気付いたことがありました。 

そのことを、ある方のコメントに載せたので、そのまま書いておきます。

クリップ・・・・この頃、また、周りの環境と(特に主人と)自分の目指すところのギャップに、苛立ち始めていました。切羽詰って、写経をやるしかないと、それに関する本を読んでいたら 自分が正しいと勘違いしていたことに。今朝、気付いたんです。

不生不滅 不垢不浄 不増不滅 (生じることもなく、けがれることもなく 清らかになることもない、増えることも減ることもない、)

自分は、清らかになろうとがんばってるのに 邪魔されてると勘違いしていました。

無眼耳鼻舌身意・・・・

自我をなくし、あらゆる対象と一体になって 見たり聞いたり 味わったりすれば、比較や競争の心は起きない、不平や不満も消え、すがすがしい毎日が送れる

とありました。      自分と違う生き方に苛立つことは やはり傲慢ですね クリップ


「清らかになることもない」 
ないものに頑張っていたんです。囚われていたのです。
      



                この言葉も心にとめて置こうと思います。

        『あなたが重要であるとき、愛は存在しない』 (J・クリシュナムルティ)

2009-03-30

言葉

きょうは、日本語クラスの個人授業をやった。生徒のFさんは、来月、京都へ留学する。
その出発日が、来月の始め頃なので、それまでに レベル5を終わらせようと、今日は、おまけの特別授業

日本へは、最低2年 滞在するとの事、きっと完璧な日本語になって戻ってくるだろうな・・・・

私も 本腰上げて、スペイン語に取り組まないと、まずい!!!

ついでに、英語も・・・

言葉は、いつも私の課題だ・・・・早く解決しろ!!!

瞑想とムーブメントのクラスを教えてるところで、指導者は、他のクラスをただで受けられるのだ。
残念なことにスペイン語のクラスは今はない。

たぶん来期からは、あるかも・・・

2009-03-27

娘の優勝


先週の土曜日、娘の学校で、特技大会(勝手に私が付けた名)があった。何でも恒例の行事らしい。参加者は自由で、グループでもいいし、単独でもいい。ギ ターを弾く子やら、歌を歌う子やら、ダンスをする子供達が、この日のために練習して、予選も一応あったらしいが、大きなテントの野外ステージで披露してく れた。
我が子は、縦割りクラスの一学年上の女の子Rちゃんと、ダンスと歌を EMOキャラで発表。
それも、一番最後の とりを努めた。予選で結構よかったらしい。
イモって何?私のイメージは、イモ姉ちゃんしかなかった。
主人と私は、イモ・EMO (日本ではエモというらしい)を、行事が終わってから、インターネットで検索してその存在を知った。

友達に、Rちゃんのダンスが もう少し上手だったら、優勝間違いないのにね、と言われたと言って得意がっていた。

主人も私も 練習を自宅で見ていたので、結構いいぞと期待して見に行ったのだが、本番では、ステージの前に 男の子たちが 群がっていた成果、本人恥ずかしがって、曲の半ばまで、下を向いて、動きが小さい。一方、相方は、練習のときと打って変わって、大ハッスル。
最後は、何とか本調子になって、ステージを Rちゃんが、大きく回って、娘が、ステージの袖に一度下がって、幕前から再登場して、二人でポーズで決めた。その決める前に、事件は起きた。

ステージのサイドに設置されてた照明が、パイプごと派手に倒れた。
宙ぶらりんになっていた照明コードが 娘には 見えなかったらしく、テープを切ってゴールインするかのように、コードを引っかけて倒した。本人も 誰も怪我しなかったので、本当にラッキーだったが、見てた人に笑われたことが ショックだったのと、派手な最後のアイデアを出した相方から、ひどく怒られ たことで、娘は、大会が終わった後、ステージの裏で泣いていた。

悔しがって泣いてる彼女に、どんな慰めの言葉も通じず、帰ろうともしないので、困っていると、クラスの女の子が、差し入れのケーキを持って来てくれた。

その後の土日は、事件のことをすっかり忘れて元気にしていたが、日曜日の夜に『あした学校に行きたくないよ、ママ』と、うるうる。みんなから笑われると言うのだ。「学校を辞めたい」とまで言ってきた。
私にも こんなにデリケートだった頃があったな、娘もこうやって図太いおばさんになっていくのだろう・・・と思いながら、私が小学校4年生の時、 体育の授業で跳び箱が飛べず、飛べるまでみんなの前でやらされて恥ずかしかったこと (休み時間には、5段の跳び箱も飛べるのに、授業では、緊張して、3 段も飛べなかった。ちょっと意地悪な先生だったし・・・・)を話し、起きたことは、取り戻せないのだから、笑われたら『派手にやっちゃったよ』と笑うか、 『笑うな!』と怒るか、後は、あなた次第で、物事を大きくすることも、小さくすることも出来る。と言ってから、「ママには、何も出来なくてごめんね。」と 付け足した。
これが幼稚園の頃なら、しゃしゃり出て、守ってやれるのだが、今は、そうも行かない。

月曜の朝、浮かない顔の娘を 元気付けると、『どうするかは、自分で分かってる』と返事。
その日、元気に学校から戻ってきたので、安心。どうだったの?と聞くと。
誰も笑う人はいなかった。お気に入りの男の子二人から、「クールだったよ」と言われた。と嬉しそうに言った。

その日の夜、床に付く前に、幸せそうな顔をして、娘が私のそばに来て、「きょう、なんかよかった。みーんながさ、私に話しかけてきてくれてさ。 B君が、『ライト倒したとき どんな気持だったの?悲しかった?』と、やさしく聞いてきてくれてさ~」と話してくれた。 
なんて答えたの?と聞くと、「うん、悲しくて、ステージの後ろで泣いたんだ」と答えたと言って、にんわり。

大会で優勝出来なかったけど、「優しさ」と言う賞は もらえたのではないだろうか・・・・・

2009-03-18

3月11日と13日 また抜けた日記

3月11日

今日は 私のクラスの日。クラスのタイトルが、「ムーブメントによる瞑想」に変わっていたので、 どうも自分としては、自分のクラスをなんと呼んでいいや ら困る。「ぴゅあマイム」は心と体を自由にするもの、そうでなくては、表現できないアート。ま、自分で分かってりゃいいか・・・

クラス内容は、ブログに書いています。 http://puremime.blogspot.com

今日は、じっくり、ワープロに向った。洗濯物も掃除も溜まっていたので、「あ~~やらなければ~~~」と、ちらり思った瞬間、不快な気分になったので、すぐ気持を入れ替えて、『今日は、全部じゃなくて 少しにしておこう・・るんるん』 
旨くなりました。ポジティブ思考

クラスに行くときも、大体こんなことやりたいなと思うだけで、その場に行くと100%エンジョイできます。これって、凄く楽。
頻繁に ヴィバッサナーを軽くやってるだけです。本当に物事が はっきり見えてきます。
体験しないと分からないですね これって、何で もっと早くやらなかったのかな~~とは、思わないで、グッドタイミングで出会ったことに 感謝 感謝 あっかんべーほっとした顔

本当の事いうと、今日のクラスに遅刻しそうになって、タクシーで、家と大学の中間あたりまで乗って、そこからバスに乗り換えたのです。やっ たー!! タクシー代もそう掛からなかったし、バスにも乗れた、楽勝!と思ったら、なんと乗ったバスが、学校の方向と違ったコースを取ったのでした。そし て、次のバス停まで結構 距離があったのです。あらら、バス間違えた。で、バスを降りて、また、タクシーに飛び乗り、料金交渉しながら、大学の近くにある マクドナルドとホテルの名前を言って、何とか近くまで乗って行きました。こんなときに限って、いつも携帯してる、大学の住所 持ってなかったんです ね~~。でもね、運ちゃんと、へたくそな英語と めちゃくちゃスパニッシュで、いいコミュニケーション取れて、ガハハでした。

さっきまで、すっかりそのこと忘れてましたしね。
ポジティブは、兎に角 ラクダ~~~~ウマ これは、馬だ~~


3月13日

きょうは、朝、日本語の個人レッスンをやり、夕方にアート大学へクラスを教えに行った。
クラスの内容は http://puremime.blogspot.com に書いてあるので、よかったらどうぞ手(チョキ)

このクラスは、最後に生徒さん みんなから ラブラブ ハグ を頂くので、気分がいい。ハート達(複数ハート)
みんなのエネルギーがとても調和しているので、レッスン後のお話20分が とても素敵な時間になってる。私は、英語がすごく下手なので、ネイティ ブイングリッシュを話す方の前だと偉く緊張して、何言ってるか解んなくなるのですが、セカンドイングリッシュの方の前だと 思うことがすんなり出てきま す。メキシコだから旨く行ってるんだと痛感。あせあせ
私の聞き取り辛い発音に 首を傾げられると、しゅんとなってしまう気の弱さが、ここでは、ないのです。へへへ 今日もタクシーに乗ったとき、明る い運ちゃんがスペイン語で、大阪弁喋ってる感じで、巻くし立てて話しかけてきて、ガハハと来るので、内容は分からなかったけど、こっちも日本語で、勝手に 返事して二人で盛り上がりました。テンション テンションでっせ~~グッド(上向き矢印)富士山
思えば、カナダにいた2年間は、びくびくして、しっかり自分の声が出ていませんでしたね。ゾク

抜けてた日記まとめ            

1月13日~18日の展覧会の様子は、「カヤノノ絵箱」に書いています



1月22日 東京の旅

ハードスケジュール
昨日は、温泉に行って、夜は、フェルデンクライスのセッションを受けて、そこで出会った方たちと、素敵なカフェで 楽しい時間を過ごした。なんだか学生に帰った感じで、生き返った感じがした。波長が合う人たちとは、タイムマシンが作用して、一気に次元が超えられる。いいな
帰りの終電の中で、今度は、絶対、マイム公演で帰郷するぞ!とちょっと燃えて、青春気分、へへへ。

今日は、ヒーリングセッションを受けた。自分をよい方向へ 導く方法を教えてもらった。
一言で、メリーポピンズの煙突屋さんです。

そのことについては、また後ほど・・・・

長ーいセッションというか、おしゃべりを楽しみ、お昼も一緒にして、夜は、昔の芝居仲間らと、阿佐ヶ谷の小さな居酒屋で飲んだ。また、最終電車になりそうになって、帰った。

楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
いつも会うと不思議と芝居をやっていた頃の自分たちに戻ってしまう。
この帰りにも、次回は、やっぱり、マイムだ!!!!と、ちょっと燃えて、青春気分、いいね

1月24日 ハートの目をして人を見る

浅草に行ってきました。
お友達の舞台を見に。
東洋館に行った。

浅草は、京都の映画村みたい。おもしろい
お友達の芸は、嫌味がなくて、気持よく 笑えた。幸せな時間だった。

夜は、パントマイムをやっている、お友達で、長いお付き合いをさせてもらっているの方の公演を見に行った。狂言師とのジョイントで、とても興味深かった。そして、ここでも、よく笑った。

アットホームな舞台で、お客さんと演技者に壁がなく、本当に手作りの、いい空間だった。
舞台終了後、交流会があって、手作りの料理が、またうまかった。

今日のこの二つの公演は、熟成しつつあるワインのように、時間をかけているからこそ、出て来る味わいを持っていました。

帰りの電車の中で、狂言師の方とお話も出来て、また、その人柄に、心を清められ、うれしや

今回の帰郷は、「ハートの目をして人を見る」 そんな方たちに たくさん出会っています。


1月25日


きのう、朝とても寒かった。バスを待っているとき お隣に年配のすらりとしたご婦人が、ベンチに近づいてきて、持ってた花の束を置き、手袋をはめていた。
何気なく見たそのお顔は、少し怖い感じがしたので、雰囲気を和ませようと、『きょうは寒いですね』と声をかけてみた。ご婦人は、『うちの方はそん なに寒くなかったのに 都内は、寒いのね』と、案外 すんなり、会話してくれた。そして、バスを待ってる間、会話は続いた。私が待っていたバス停は、墓地 が近くにあり、ご婦人が持っていたお花も、お供えの花のように思えたので、「お墓参りですか?」と聞いた。彼女は、『ええ、娘のね、四年前ですけど ね・・」その表情は、一生懸命通常を保とうとしてる顔だった。「お幾つだったんですか?」などと、何とかお話を続けていくと、娘さんは、私と一才違い、何 でも、ニューヨークで弁護士していたとか。
ご婦人がつぶやいた『もっと のびのび育ててあげればよかった』と。
その言葉が、彼女と別れた後も耳に残った。そして、もっと気の利いた慰めの言葉を掛けれなっかたものかと思いながら、バスの中で、和尚様に頂いた、小さな御釈迦さまを出して、亡くなった娘さんのご冥福と ご婦人の辛い思いが癒されますようにと唱えた。

その日は、午前中に用を済ませた後、彫刻とマイムのコラボで ご一緒していただいたことのある女流彫刻家さんN嬢と会って、その後、瞑想会に参加、そして、友達らとカラオケというスケジュール。
Nさんは、やっぱり素敵で、以前より健康に見えた。禁煙に成功したらしい。お互い、何か引き合うものがあって、年齢関係なく いい友達、彼女に会うと、エネルギーがグーんと上がって、いつもいい気分になる。はじめて会った時から、その気分は変わらない。不思議

瞑想会に、遅れて参加。お寺についても、会場を間違えたりと相変わらず ダサイ

座る瞑想、歩く瞑想を繰り返して、和尚さんとも個人別にお話を頂く。最後に和尚さんに慈悲の瞑想を教わる。という段取り。
以前、自己流でやったことのある 歩く瞑想。今回は、室内で しかも 沢山の方と一緒。
全員、目をつぶって、ゆっくり部屋を行ったりきたりしてる中、私は、色々 頭に浮かぶので、歩くことだけに集中できず、ならば、テンポを出し 考える隙をなくそうとしたら、壁に3度ぶつかってしまって、隣の方にまで ぶつかった。ダサイ。集中力足らない。
座っての瞑想も、思考がうるさくて、うまくやれなかったので、きょう バス停で会ったご夫人のこと考えていた。

もし、私が彼女の娘さんだったら、『のびのびと 育ててあげればよかった』と後悔している母に、なんて声を掛けるだろうかと・・・
『私も もっとお母さんに親孝行して置けばよかった。ごめんね』と言うかな。
でも、もし、私の娘が、私より早く逝ったら、娘は、残された私になんて言うだろう。
きっと 「ママ、後悔なんてしないでよ、私は、いつも幸せだったよ。ママの子だったからね」っていう気がする。なんて、瞑想してないじゃんと、途中で、もう一度やり直した。

チンナワンソ和尚さんの瞑想会で、なかなか雑念が消えないまま、和尚さんから、個人的にお話を頂いた。『人間、皆 何れは死ぬんや、死なんもんはない』に始まり、ヴィパッサナーの瞑想についてのお話中、私は、和尚のお顔を見て なんだか うっとり していた。
きれいになっていた。去年 お目に掛かったときより、なんだか ホッとして見入ってしまう そのお顔。
特に 肌が、木彫りで漆を塗った仏像みたいだ・・・・・お話は、続いていて、関西弁で話す和尚は、なんとも可愛くも見えた。大切なお話だったのに、顔ばかり見入って終わり、『なにやら、みんなやりよるから、お前も行ってやって来いや』と言われて、瞑想にまた戻った。

この世に留まるものはないのに 何故そのことに思い悩むか ・・・・

瞑想会の最後は、アフリカの太鼓を披露していただいて、なんだか、体の中から魂が躍り出た様で、帰りの私の足取りは、スキップとジャンプの連続でした。

その後、地下鉄に乗ったとき、和尚に言われたことと、瞑想会でやっていたことを試してみた。目を瞑り、現象だけに集中して、地下鉄のゴーゴーとい う音と、次の駅を案内するアナウンス、それを自分の中で、『今、アナウンスが聞こえています』 『向かいの人の話し声が聞こえています』 『ゴーゴー、 ツーと音が聞こえています』と、実況中継をするようにやってみた。
次第に、それらの音が、瞑想会の最後に聞かせてもらった太鼓の音とダブってきて、なんとも楽しいリズムとなって、手足を動かしたくなった。都会の雑音が今、私の中ですばらしい音楽になってしまった。すべては、己しだい。なんとも、面白い発見



2月1日 レオンに帰りました。

無事メキシコに戻っています!!
東京最後の日に風邪を貰い、長崎に帰っても母に移らないようにと気を使っていました。父の墓参りがやっとで、何しに帰ったんだか~~~

メキシコは、あったか~い
風邪も回復に向っています。娘に移したかも・・・・

今回の東京でのあれこれが、未だ頭の中で渦巻き状態
でも、すっかり、気持はすっきりしていて、いつも笑顔が耐えません

今、今、今、これ、いいです。
気に悩むことが減りました。周りのことに腹が立ちません

「一輪の花を見て、宇宙を感じる」 このことも 実践できてる気がします。

東京でのことは、また改めて時間を作って書きます。

今回お世話になった方々に 感謝と御礼を述べたいと思います

お会いしていただいた皆々さまへ、
皆様から頂いた、優しい気持と あたたかな思いやり、たくさんたくさんの笑顔、私は、満腹状態で、家族の元に戻ることが出来ました。娘も主人も私のその笑顔に安心してくれています。本当に有難うございました。
帰ってから、以前より もっともっと この家族のトライアングルを大切にしたい と思うようになりました。私の居場所がはっきり見えたようです。
猫ちゃんたちも、一段と体格を増して、私を迎えてくれました。この子達みたいに、今の一瞬に集中することをやってみると 意外と簡単で、この上なく 心が安定することを発見しました。
今回の出会いから、得たものは、大きいようです。
いつも、短い間で、ばたばたとしていて、失礼していますが、また、お会いできる機会がありましたら、よろしくお願いします。 感謝


2月6日

朝から、娘と主人の学校へ、私も一緒に出かけた。
主人が手伝っているクラスで、週ごとに、いろんな国のものをテーブルに飾るのだが、今週は、日本のものを 我が家から持っていって飾ったので、先生から、私にその説明をするよう頼まれたためだ。
着物の着方、着物を着たときの歩き方、娘が一歳のお祝いに履いたわらじ、その説明、大きなお餅を踏ませる意味など、習字の道具と、漢字や、ひらがな、月という字について、良寛さんの『月と兎』の話し、そして、実際に何人かに 習字の体験させたり、まあ、楽しかったこと。

不思議だったのは、何の計画もなしに、自分が、自然体でやれたこと。

日本から戻って、心が落ち着いている。
瞑想もそうだが、今やっている もう一つのことは
潜在意識を掃除する ホ・オポノポノ法だ。

ときどき、吸収したくないエネルギーに対しては、「太陽の光の絵の具塗り」もやってる
これは、あるヒーラーさんから教わったやり方。

全部、楽しくやっている。不思議と怒りや不満が消える気がする、というより、そういう気にならない。

頭で解っていたことを 具体的にどうやるか 日本滞在中で学べたようだ。
未だ、初歩段階だけど、大きな一歩と思っている


2月21日

昼間32℃の暑さです。
アート大学での「心と体の開放」クラスが始まって、一週間経ちます。英語で指導と お知らせしていたけど やっぱり、難しいらしく、通訳のボランティアの人を学校側が探してきてくれました。
申し込みは、8名あったそうだけど 未だ、全員揃っていない。これもメキシカン流とからしい
一般参加型にしたため、年齢差がある、体格も色々・・・正直、ちょっと混乱。
マイムを基本とした動きで、水になることやら、空間に体全身で、水の漢字を書いたり、
呼吸をとにかく意識すること 瞑想的なこと、母音を発声しながら歩くこと エトセトラ・・・
一人一人を丁寧に見ながら、やらないとと思っている。
何とかやっていくうちに 私らしいクラスができてくると思ってる。あまり、硬いことを考えないでリラックスして楽しんでくれて、きれいな気持になってくれることが大事だとも思ってる。

日本語クラスは、レベル5を 今 自宅で教えてる。個人レッスンだ。結局、3名しかレベルパスしなかったので、大学でクラスを開けなかったからだ。でも、お陰で私適には楽になった。
娘の学校でも、習字のクラスをやることになった。父兄参加も今、募ってくれてる。
ま、それも、人数しだいで、やれるかどうかです。

そうそう、ご近所から、子供の日本語クラスをやってといわれて、それもやることになった。
なんだか忙しくなっているが、やけに平静で、のんびり気分。
ヴィバッサナー瞑想は、手軽で、何処ででもやれる。このお陰で、気分がいつもフレッシュだ。

19日は誕生日でした。大学のクラスのあと、家族で食事に行きました。お店のウエイターさんたちから、メキシコの誕生日の歌を うたってっ貰って、いい気分でした。
家に帰って、娘と屋上の物干し場にあるハンモックに揺られながら星を見ました。
娘が星の説明をしてくれましたが、私は、うとうと・・・・寝ちゃいました

昼間は、日差しが強くなっています。
昼間 外に出てると 夜はすっかり眠くなるのです。

ごめんなさい、眠いです。今日は、学校へ娘を バスで迎えに行きました。いつも 迎えに行ってくれる、親戚家族が、今日から、ニカラグアに行ってしまったからです


2月24日

きょうは、日本語学校のレベル1と2の授業を代行でやってきました。楽しかった!!!
レベル2の生徒さんたちは、面識があったので、やりやすかった。未だコースが始まったばかりなので、内容も複雑じゃないので、そんなに難しくなかった。
3月も近いので、家に飾っていた手作り雛人形を持参して、明かりをつけましょ雪洞に~~~と歌ってきました。素直な方たちばかりなので、つい笑いを取って、快感してしまいました。
レベル1は、未だ、あいうえおの段階、な行を教えて、色んな単語も並べました。「つの」の単語では、角隠し、鬼の「つの」、奥さんが怒ったら、角が生えてきた~~・・・などなど、
英語を比較的理解してくれて、英語の先生もいらしたので、何とかなりました。
最後に、折り紙やって、「パタパタつる」を教えたのでけど、これが時間かかった。ははは
私に代行を頼んだ先生は、もう5年も教えていて、教え方がとても上手。彼女が、私に頼むとき、「好きにやっていいよ」と信頼してくれた一言をいってくれたので、つい、図に乗っちゃいました。明日、もう一回 レベル2の代行があります。

明日の夕方からは、ムーブメントのクラスがあります。ちょっと、頭がまとまらない。早めにキャンパスに行って、集中しようと思う。最小限 の動きと「土」のイメージで行こうと思ってる。一番大切な体の力を抜くこと、これをどうやって、うまく自然体で、体験してもらおうか・・・・生徒さんの顔 を思い浮かべながら・・・・

今、旦那から電話が入った!なんと今朝、フェールドトリップ(遠足)のバスに乗り遅れて、うちの子ともう一人乗り遅れたこと二人で学校にのこって、掃除してるんだと。
バスの時間が載っていた連絡の紙を彼女なくして、時間を知らなかったとのこと。スペイン語だしね。ちょっと緊張感足らないね。
実は、私は、今朝、遠足の事を聞かされた。昨日は、授業で、帰りが遅かったので、娘はもう寝ていた。毎日6時に起きて、シャワーしていく娘は、今日に限って寝坊。いつもより遅れて出たけど、どっちにしろ、7時半のバスには、間に合わなかったな。
ま、こうやって、しっかりして行ってくれればいいか。
メキシコ式か何か知らないが、行事連絡は、結構 ぎりぎりに配る。これにも慣れないとね

この週末は、モナルカ蝶を見に行こうと思ってる、遠足の代わりに家族で山登り。これで挽回しましょう!!

2009-03-08

モナルカ蝶 / カナダからこの場所にやってくるモナルカ蝶、その数1億匹。 メキシコの森で出会い、愛の交歓が始まり、先祖の辿ったコースを長い月日と命を賭けて、また、旅たちます。この遺伝メカニズムが未だに不解明。カナダからメキシコへは1代でくるそうでメキシコからカナダまで5代かけて戻るそうです。

2月最後の週末に、モナルカ蝶を見に行った。


蝶のいるところまで、車を降りて、馬に乗り一時間くらい掛かったと思う、
それが結構 怖かった。急な細い道、ゴロゴロの大きな石だらけの道、私と 旦那の馬は、放し飼い状態。娘の馬だけ、おじさんがしっかり、ロープを 持っていた。長い距離を一日何回も往復していい加減疲れていたのだろう、馬は、ご機嫌斜め、旦那の後を行く私の馬君、旦那の馬に当たったりする。 怖~~~。坂道で、娘の馬が、丸太をジャンプして、危うく娘は、落ちそうになる。乗馬をやっていたから、しっかりつかまって意外と冷静にしていた彼女だけ ど、馬を下りたとたん しかめっ面で、「帰りは、歩いてかえる」と、私も同意見。可也の道のり、旦那は、「俺は、歩かないよ。」と、真っ向から反対。とり あえず、片道分を交渉しておじさんに払って、蝶のいる森の中へ入っていった。茶色い葉っぱが舞っている様に見えるが、良く見ると蝶だ。やっぱり、あの奇跡 の蝶だ。不機嫌な母子を蝶は優しく迎えてくれた。足元近くに降りてくるので踏まないように気をつけ、しばらく観覧

交尾の時期で、あちらこちらで 盛んにラブラブ。

もうすぐ、5代かけて、カナダに向けて飛んで行っちゃう蝶。あ~~~いいな、私も帰りたい。
と ふと思う。メキシコの暮らしにも慣れてきて、何とかうまく行っているが、カナダの空気が恋しい・・・・・

夕 方になると、山の中は、涼しくなり、山を降りる時間になった。お客さんを迎えに待ってた馬さんは、3頭ともしっかりロープに繋がれていて、とて もおとなしく いい子達で、我々は、気分良く駐車場まで戻った。行き当たりばったり家族の私たちは、今夜 泊るホテルも決めていなかったため、来るとき通 りかかった、清潔な雰囲気の小さな村で、泊るところを探すことにした。村に一軒しかないホテルは、とても いい感じだったが、満員で、泊れず。仕方なく  そこの村で食事をして、親切な、紳士に教えてもらった、村から少し離れた場所にある小奇麗なモーテルに泊った。
その夜見た夢は、彗星を見た夢でした。

2009-01-05

Mountain Dreamer’s Poem

お友達からメールをもらった
こんな詩が 書いてあった



ネイティブ・アメリカンの長老
オライア・マウンテン・ドリーマーの詩

「招待」


あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです

私は、あなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います


あなたが何歳かということも関係のないことです

あなたが、愛や夢や冒険のために
どれだけ自分を賭けることができるのか知りたいのです


あなたがどの星座に生まれたかということもどうでもいいことです

あなたが本当に深い悲しみを知っているか、
人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが怖いばかりに
心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです

あなたが自分のものであれ、人のものであれ、
痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、
それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです

また、喜びの時には、
それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から夢中になって踊り、
恍惚感に身をゆだねることができるかを知りたいのです

気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに


私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません

私はあなたが自分自身に正直であるためには、
他人を失望させることでさえ あえてできるかどうかを知りたいのです

たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは
その非難に耐えうる方を選ぶことができるかどうかを

たとえ不実だと言われても、そんなときにあなたがどうするかによって、
あなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです

私は、あなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、
毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを

私は、あなたがたとえ失敗しても、
それを受け止めて共に生きることができるかどうか、
それでも湖の縁に立ち、銀色の輝く満月に向かって
イエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです


あなたがどこに住んでいるか、
どれだけお金があるかはどうでもいいことです

それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、
どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、
子どもたちを食べさせるためにしなければならないことを
するかどうかを知りたいのです

あなたが誰を知っているか、
あなたがどうしてここへ来たかは関係ありません

私とともに決して怯まずに 
炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです


あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです

私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になったとき、
あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです

私はあなたが自分自身としっかり向き合い、
その何もない時間の中にいる自分を
心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです





このメールにこう返事した

私は、何を支えとしてるか、なんとなく頭の中に映像として浮かんでる姿があり、それに向ってることに、リアリティの生活がついて行けず、苛立っています。よく考えると、ずっと前から、苛立っていたかも・・・・

でも、今朝、ふと答えが出た、夫を幸せにすることに エネルギーを使うことが、すべてを解決する道だという事に。
たった一人の人も幸せに出来ないで、世界の平和なんて 不可能だってこと
世の中に平和を訴えながら、身近な一人の男を 疎かにしている自分には、何の魅力もないではないかと・・・・答えは、自分にあったね



Mountain Dreamer’s Poem

2009-01-04

映画 BED TIME STORY を観た

1月2日
筋肉痛がなくなって、晴ればれの朝、
家族で、掃除した後、映画に行った

今日 見た ディズニー映画「ベッドタイム ストーリー」に出てきたモルモットが
異常に気に入った。爆笑!!!日本では、3月に上映するらしい

やっとこさ、明けましてである。
今年のモットーは、
主人に何か聞かれたら、『yes, honey』 または、 「はい、ダーリン」と、
先ず、こう返事すること・・・・にした。



1月3日
私の体調が戻ったら、今度は、娘と主人が 今日の朝から、おなかを壊して、ぐったり、
色んな疲れが出たのでしょう・・・・

水炊きで、元気出してもらいました。