2012-11-11

遊戯隊

今日はゆっくりインターネット独り占め、市内から離れたここ我が家でのインターネットは、電話回路がないためにポータブルのワイヤレスをパソコンにつないでインターネット接続しています。いつもは娘と夫が占領して、私は朝の早い時間にちょっと出来るという不便さ、今日は日曜日ということもあって、二人はまだ起きていない。この時間は私が思う存分インターネットを使えます。でも、許容範囲が狭く、ダウンロードはできないし、YOU TUBEも見れないので、ひたすら ブログや、メールとフェイスブック。

今月は、何かと色々あって、書くこともいっぱいありますが、まとめて書くと、日本文化愛好会が進み始めた気配があります。「遊戯隊」と名付けた通り、遊び気分でつくった歌舞伎や日舞の真似ごとパフォーマンスを車のモーターショウや大学でのカルチャーワークショップとデモストレーションなどで、披露する機会がありました。
ワークショップでは、日本のおどりの基本である正座から立つ、すり足で歩く、首かしげ、中腰で動くといった基本的なムーブメントは、なかなか、みなさん飲み込みが早くうまく行きました。

ちょっと残念なのは、姪っ子と 新しく借りていたスタジオは、今月で引き払うことになり、また場所探しをしなくてはいけないことです。
暫くはワークショップでこちらから出かけるといった形で広めていくつもり。

パントマイムは、来月に公演する機会があり、今回は、ボディムーブメントが主体のドリームズピクチャーズもやります。今、老体用改訂版で準備中です。







2012-10-07

「祝婚歌」

今月はイベントがたくさんあり、昨日は友だちの結婚披露パーティに行って来ました。メキシカンスタイルの披露パーティは、とことん踊るということで、最後はマリアッチが閉めに入って来ました。旦那はお祝いにとバルーンショウを披露。

家族で綺麗な格好をした珍しい写真が撮れました。初めての娘のハイヒール姿、いつも男っぽい格好しかしない彼女も、ヒールを買ってもらって、レディになる喜びを味わっていました。旦那は、そんな娘のレディ姿にデレデレです。
花嫁さんの投げたブーケが娘の胸元に飛んできて、否応なしに受け取ったというハプニングもありました。結婚はしないと決めていた今年15歳になる娘の口からは、困ったように「次に結婚しないといけないんだよね」 の連発でした。

友達の結婚式には、花嫁側の御両親が福島から いらしていました。私も何度かお会いしているご夫妻で、日本のことをお聞きしたかったのですが、祝いの席では控えました。お父様は小児科のお医者さんですが、偉ぶらずとても素朴で、可愛らしいご夫妻。私は一緒にいるだけでホッとしてしまい、何だか忘れたものを思い出させてくれてるような雰囲気を持った方たちです。

人の結婚の門出に遭遇すると、自分の辿って来た結婚生活をもう一度振り返って、初心に帰ろうかという気分になります。私たちカップルも何やかやと大騒ぎが絶えず、他人から見れば面白いようですが、旦那とも今月11日で夫婦生活21年目、いろんな意味で、仕切り直しってところでしょうか・・・・


少し前、友だちから「夫婦ってなんだと思う?」の質問に、納得の行く言葉が見つからずにいました。たまたま、この詩に巡りあって、なるほど そうかもとノートに書き留めましたが、もう一度ここにも残しておきます。

     私を含め 全てのご夫婦の結婚祝いに この詩を贈ります。


   「祝婚歌」 しゅくこんか 
                    作吉野弘

 二人が 睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは 長持ちしないことだと
気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することになっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで 疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい

立派でありたいとか 正しくありたいとか
無理な緊張には 色目を使わず
ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい



2012-10-06

仏頂面

facebookが収集つかなくなっていく。やっぱり、わたしは、アナログなんだなと再確認。沢山の方からリクエストもらって悪いなー・・・・ツイッターも収まりがつかない。時間があっという間に経つことと、人とのコンタクトは欲しいけど、頭の中がパニックするのが難点。情報源のために一つ残して、「時々メール」に戻ろうかと思うわけです。最近、心も落ち着いてきたし・・・・

詩とお話もまた書き始めた。


                 仏頂面

かあさん、会いたい。
姉ちゃん、会いたい。
友と 朝まで 騒ぎたい。
街中を キラキラおしゃれな服着て 歩きたい

淋しいよ、取り残されてて 悲しいよ
「なんで こんなところにいるんだ」

仏頂面が 現われる

バッタが カカッ ギギ と あっちから こっちから
「変な奴が 変な顔して おるで」と うわさする

短かった雨季に また ひと回り小さくされてしまった湖から
亀が「贅沢いってらー」と ため息泡吐き 出したばかりの頭を引っ込める

「たんぽぽ一つ探すも 容易でにゃい コンクリート道 そんなに恋しいもんなんにぇ」と 水飲みにやってきた牛が 身動きせずに もぐもぐ言う

「羽のない奴にゃ あっちこっち両方なんて 無理やんす」
と 燕の家族が 緩んだ電線腰掛け 口を尖らかす

「あなたの見ている この景色 秋になれば 枯れ野原となるのです
それまで楽しんではいかがですか」と 
ススキの海原が 風をくすぐり 微笑んでいる

         「くすぐったいよ ケケケ」と 風が 仏頂面を 拐っていく
  
                                    by ノブッチョ




2012-09-02

映画「The Best Exotic Marigold Hotel 」


『ザ・ベスト・エキゾティック・マリーゴールド・ホテル』(The Best Exotic Marigold Hotel)は、ジョン・マッデン監督、オル・パーカー脚本による2011年のイギリスのコメディ・ドラマ映画である。2004年のデボラモガーの小説These Foolish Things』を原作としている この映画、ちょっと不思議な後味の映画だ。原作の小説を読みたいな。 50才を超えたからか、それぞれの登場人物の人生最終段階への静かな格闘が身に沁みて共感できた。ベテラン俳優さんたちのナチュラルな演技がそれを倍増させたと思う。ある意味、爽快感も残った。日本的なわびさびがイギリスにも存在するんだな・・・・ 登場人物の中で旦那さんにヒステリックになる奥さんが出てくるのだけど 、自分とダブってしまった。自分らしく生きることに躊躇して、すべてのストレスを旦那に向けてしまう主婦。それと対象に夫をなくして独りになった女性は、息子の世話やホームに頼らず、自立を目指す行動派。再終末のエピローグを自分らしくそれぞれがインドという神秘的な場所で描こうとする姿は、個人の人生小説を覗き見ているようで、面白かった。定年を迎えた方々に見てもらいたい映画だな。 永遠に定年の来ない私は、久びさの大道芸をやった後に この映画を楽しんだ。 だからかな、自分という小説のエピローグが、私の選んできた道にどう色付けして完成するのだろう、と スマイル顔でimagineしてしまった。保証への依頼心をなくすと、結構 自由な安心感が出てくるな                 あ~ら えらやっちゃ えらやっちゃ                        遊戯三昧しましょっと

2012-08-12

程よい友だち

不思議なものである「女友だち」というのは・・・・・
男には理解できない連帯感かもしれない。

メキシコにも幸い程よい友だちが数人いる。時々 「お茶しよう」って誘ったり誘われたり、深くもなく浅くもない関係である。
だから、こちらもその程良さを保つことに気をつけて付き合っている。

夫ともそういった関係になれたら きっと最高だろうな

身内となると何故イライラしてしまうのか、横柄な態度になってしまうのか、
程よい友だちと会ったあと、ちょっと反省してみた。

糸井重里さんのツイッターにこんな言葉が載っていて、心が軽くなった

「怒ってみせる」という自己表現をする人を、どれだけ集めても、力にはならない。楽しく「できること」を積み上げていく人と組んで働きたい。

 そうだ、自分に今できることを楽しくやる 後のことは考えない。

なんかすっきり前が見えてきた。

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その夜、空が晴れてきたので旦那と流星群を庭で見ようと椅子に腰掛けて暫く夜空に集中。

私が椅子の位置を変えた隙に、旦那は二個も流星に遭遇、「悔しい!」それから身動きせず夜空を凝視。可也待って、やっと短かめの二個とちょっと長めの一個に遭遇。少し満足。今夜がピークのはずなのに、想像していたよりも少ないなー、と部屋に戻り、ベッドから窓越しに未練たらたら星を見て、遠い日本の程よいお友だちの顔を次々に思い浮かべた。連絡してないなー
「生きてるよ」の一言でもいいか、
もう2年も日本に帰ってないなよな。

程よい友だちがいないと生きていけない
程よい友だちがいるから生きていける
だから、程よい人になろう  by  萱

2012-08-04

手描き牡丹の着物

二部式の着物を作っています。踊りの稽古の時に、生徒さんたちの着物の脱ぎ着が大変だから。ちょっと豪華なシルクの着物も作っています。これには手描きで牡丹の花を描いています。以前日本から持ってきていた染料を使っていますが、定着液がなくなったので、きっと洗濯すると可也色落ちするかも・・・・、色々、試作中


2012-08-03

自分の中の創造性を信じる

             きょうは、この言葉が心にヒットしました。

自分の中をコントロールすることによって、本当の幸せが訪れるのです          by バシャール

自分自身の中に力がないと思っているので、自分のまわりをコントロールすることによって、自分が救われると思っているのです。でも本当は自分の中をコントロールすることによって、本当の幸せが訪れるのです。

私たちは自分の欲しいものをなんでも、誰も傷つけずに、誰に遠慮することなく、つくることができるとバシャールは言います。私たちの中にはそういう力があるのです。
あとは自分の中のその創造性を信じることです。知ることです。
ほんとうは自分のなかにその力があるのです。
だから他人やまわりをコントロールする必要性はないのです。http://waku2bashar.info
  より

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   そうだった

自分の中の創造性を信じる

信じる もっと もっと 信じるぞ!自由な心に戻ろう。
すると、どういった形に自分を向けていくか、心の奥底にある欲求を具体的に実行すべく力が湧いてきた。そして、今やらなきゃいけないことに対して 少し余裕も出てきた。言葉は不思議だ。

2012-07-22

何かが育っていく楽しみ

資金不足から未完成のままになってる共同のプールの中に、最近よく降る夕方の雨で、雨水が溜まり、オタマジャクシが繁殖。今日、娘とそのプールに彼らが、どうなったか観察に行くと、オタマジャクシの中に もう小さな蛙の形になってるものがチラホラ。なんとか近くの大きな池に放してあげないとなー。そこで、棒の先にざるを付けて娘が蛙の救助。母カエルも発見。赤ちゃん蛙6匹と数匹のオタマジャクシも一緒にバケツに入れて、近くの大きな池に放してあげた。まだまだ沢山プールには、おタマちゃんがいるので、娘と一緒に毎日すくって放すことにした。

今日のお昼は、娘のオタク仲間コスプレ友のミーティングとやらに公園まで娘を送り、ついでにそこで、旦那と一緒に、マイムと日本文化のクラスのチラシを配ったりした。若者のグループをターゲットに話しかけてクラスの説明をすると、本当に無邪気に集まって話を聞いてくれた。メキシコ人って基本的に無邪気だと思う。特に男の子は、いくつになっても なんか照れてかわいい。

最後に娘たちの仲間のところでクラスの説明をしたら 、日曜日に彼らたちに特別日本語クラスを開くことになった。

本当にカタツムリや亀よりスローなんだけど、ゆっくり ゆっくり、スタジオに生徒さんが足を運んでくれている。

月曜と水曜日に子ども踊りクラスが始まり、阿波踊りだけじゃなくて、何とか「さくらさくら」を日舞風に踊れたらいいなと子供サイズの浴衣縫ってる。
昔、日舞から生まれた体操とやらのインストラクターやった経験が、こんなところで役に立ってる。要望があれば、私にできることは全部やってあげたい。
私は日本が大好きだから、日本ファンの人たちを大切に思っている。
とても、有り難い存在だ。

何かが育っていく楽しみが、以前と少し違ってきた。
焦りがなく、欲がなく、穏やかな楽しさだけが そこにある。

2012-07-15

素敵な出会い




サンミゲルへ友達と遊びに行ったら素敵な画伯との出会いがありました。
「僕なんか大したことないよ」なんて照れておられましたが、その絵はオーラがあって私は虜になりました。お金貯めてこの人の絵を買おう !と 一先ず、一枚コピーだけを購入。

これがその一枚



彼のホームページ是非見てください。
NAVARRO TADEO  http://www.navarrotadeo.com.mx/

 日本に紹介したいです。ヘルプ!!!

2012-06-24

人間の本能に慈悲心は、もともと無いもんや

お早うございます。やっぱり朝は好きだ。雨続きに嬉しい悲鳴を上げている何処もかしこも・・・今日はちょっとお礼に、パワースポットでお祈りしてきます。我が家の敷地内にあるところなのですが・・・そのスポットの写真帰ってきたら載せます。

土曜日に知り合いのお子さんに日本語を教えているのですが、クラスで「お手紙」をテーマにしようと、便箋と封筒を手紙箱から選んでいたら、以前、母の83歳の誕生日に出した手紙のコピーが出てきました。
その頃は、瞑想クラスを教え始めていた時で、慈悲の心について、今はもう他界された友達の和尚様の言葉が記してありました。その言葉が、今の私にタイムリーだったので驚きました。

瞑想クラスは暫くお休みしていて、来月から新たに始めようとしている時だったからです。
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「慈悲の心は、育てなきゃあかん、人間の本能に、慈悲心は、もともと無いもんや。食欲、性欲はある、慈悲心というのはない。だから、毎日、水をやって育てなきゃあかんねん。騙されたと思うて、慈悲の瞑想の言葉を 毎日唱えてみい、こんなワイでも、最近は、仏顔になってと言われるし、まわりに仏顔が集まってきよるさかい。」

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私はなんと大切な物を見逃していたことか・・・・私の周りに関わっている全ての方々は、人の形をしている観音様であることを忘れていました 。

鏡に身を隠してる観音様だということも、慈悲の心に水やることも忘れていました。この雨のように、暫く乾いた心にきれいな水を注ぎます。

そんなこと お喋りしにスポットに行ってきます。ほな、また後で・・・
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はい、後です。



 我が家(写真中央)を出発
       

なんと

蛇の抜け殻発見!


このパワースポットは

Sol Naciente(朝日)

と名付けようか・・・



夫婦石と名付けましょう


遠くで 坊主も見てた。


写真左 木が囲んでるところ

ここは
Sol Poniente(夕日)

と名付けようかな・・・・



カエルの飛び込みに遭遇!



ウサギ頭のサボテン発見!









5匹の亀の息継ぎ凝視!




大雨の後の

天の恵みの花に 驚き !





とうとう 

瞑想せずに

帰って来ました



 

2012-06-17

三匹の悪魔

昨夜の話
娘を学校に迎えに行った旦那がカンカンに怒って帰ってきて、娘は部屋に閉じこもり、何があったか聞いてみると。この日は学校でバーベキューがあり、今学期の終わりの打ち上げみたいなことがあったのですが、ふざけ合って、ビニールのプールに放り込まれたとかで、靴が特にびしょ濡れとなり、靴下で歩きまわっていたらしく、それを見た旦那が、靴下のことから物を大切にしないなどで、ちょっと注意し、娘が、ふざけてたノリで、Shut up と、友達の前で父に向かって吐いたらしいのです。それで、父親に敬意がないと怒った訳です。旦那が寝たあと、もうすっかり普通になってる様子だったけど、ちらりとShut upについて、反省あるかと聞いてみたところ。娘曰く、「ダディだって私に同じ事言うの止めないから反省してない。」・・・なるほどな、でも、いい言葉じゃないし、私は聞きたくないな。と言って、ベッドの中で、彼女が小さい時にしてたみたいにプチ会話をしました。

最近、我が家では、こういった「生きてない言葉」を以前より多くみんなが使っているようです。親が手本だから娘だけを責める訳にもいきません。親戚との言い争いもその延長線にあったようで、色々反省してますが、これまでのそういった揉めごとのお釣りで、胃の痛みが激しくなり、体調まで崩しています。で、娘とのプチ会話でこんな事話しました。

「ママ胃が痛いんだけどさ、思うに、悪魔が3匹いるんだよ、人の悪魔食っちゃったみたい。あしたウンチと一緒に出すしかないな、この悪魔3匹。」

こんな事話してから、テレパシーの話となり、私はテレパシーちょっとあるかも、と娘とテレパシーゲームを始めました。

相手に念を送るのではなく、例えば、二人のうち一人が、「 くだもの」と、頭の中に想像する課題を口にします。その時浮かんだもの、考えずに頭を過ぎったものを「せぇの」と同時に声に出して言うのです。それが同じであれば、テレパシーがつながってるといった遊びです。ま、結果は、テレパシーは思ったより強くないということでしたが、娘の小さい頃のお遊びで、何だか心がまた繋がっていくようでした。

胃の中の悪魔はまだ居残っていますが、少し数は減ってきたようです。何とか天使を食ってお腹いっぱいにならなきゃと14才の娘を持つ母は胃を抱えて思います。




2012-06-13

きらりん

昨夜の出来事

家族で「AVATARアバター」のデレクター版を夜更かしして、最後まで観てしまいました。娘が寝入った後、旦那は寝る前の一服を星空眺めながら、庭で吹かしていました。私も一緒に夜空見物を・・ と思ったけれど、トイレの汚れが気になったのでポチ掃除はじめたんですねー。
タバコを吸い終えた旦那が、部屋に戻ってきて、「I saw a shooting star」とキラキラ顔で一言。トイレの掃除やんなきゃ一緒に流れ星見れたのになー、と ちと後悔。

ベッドの脇の窓から見える夜空には、今にも落っこちそうな群星と、七夕はまだ先だけど、ミルキーウェイも しっかりありました。
夜空の果たしなさに ちょっと快感な震えを覚えました。

その夜見た夢は、アバターの映画の場面と実際に見た星たちが重なった絵画の中にいるような、そんな夢でした。

何だか得した気分です。******きらりん****


星占い「筋トレ」 より  http://st.sakura.ne.jp/~iyukari

水瓶座 2012/6/11-6/17の空模様。

ここから一年ほどの中で 貴方の世界が大いに、充実します。 なにかに向かって頑張っている!というような充実ではなく 望みが充たされていく、 心が潤って更に大きくなっていく、 というような充実感だと思います。 ここから、貴方は「愛の季節」に入って行きます。 この「愛」は大変広義です。 恋愛もあるでしょうし、 自分の創造的な活動への愛もあるでしょうし、 親子の愛、仕事への愛、 楽しむことへの深い愛、 ペットへの愛もあるかもしれません。 愛の深さや大きさは、他人から見てわかるということはありません。 「愛の季節です」と言ったとき 多くの人が「誰かに愛される」ことを思い浮かべますが、 たぶん、愛されるだけの愛は、「充実」には 結びつかないだろうと思うのです。 たとえば 自分が好きでない人から愛を告げられたとき それを「つまらないこと」として切り捨ててしまう人もいます。 でも、 自分が相手に好意を持っていないことを告げたとき 相手の心がどんなに痛むかを思いやるのが「愛」だろうと思います。 かといって、 相手を傷つけないために、 ごまかしたりいつわったりしてその場を凌ぐのもまた、 「愛」ではないような気がします。 自分が好意を持っていない相手から「好きだよ」と言われたとき その人の心の痛みをくみとり、最大限にまもりつつ あくまで自分に正直に生きるやりかたを、 迷いつつも真剣に探そうとする人こそが 「愛の充実」を実現できるのだろう、という気がするのです。 愛は悲しいかな、いろいろなものとすり替わりがちです。 プライド、補償、依存、自尊心、罪悪感、虚栄、虚無感、etc,. そんなとき、愛は愛のはずなのにいっこうに充実にはたどりつきません。 リアルタイムでは迷いなく「真実の愛で愛しているのだ」と信じていても あとになってみれば「あれは愛だったんだろうか」と首をかしげることもあります。 愛と呼んでいるものを本当に愛にするために この時期、果敢に動き出す人も、少なくないだろうと思います。

魚座 2012/6/11-6/17の空模様。

ここから先、環境が大きく変化していくかもしれません。 住む場所が変わる人もいるでしょうし、 家族のメンバーが変化したり、 身近な人が人生の転機を迎えたりするのかもしれません。 いずれにせよ、 自分を守っている「当たり前」の空間が ここから大いに、変化していきます。 「居場所」「住む場所」ということは 人生において、大きな意味を持っています。 人生の最初の段階では、 それを自分で選ぶことはほぼ、できませんが、 年齢が上がるに従ってだんだんに 自分の部屋の様子から、住む場所、一緒に住む人間と、 選び取っていくことが可能になります。 事情によっては、 自分で自分の環境を選ぶことが一切ゆるされなかった という人もいると思いますが、 ここからむこう一年のあいだには、 たぶん、なにかしら「自ら選べること」が、あるのだろうと思います。 何日も、何ヶ月も、何年も同じ条件のもとに過ごす ということは なみなみならぬ重大なことです。 1日2日ならガマンできることでも 何ヶ月も続くとしたら、耐えられないこともあります。 自分の本心に嘘をついて誰かの要求を呑んだり、 誰かの犠牲になったりすることで 生きることそのものが難しくなってしまうことだってあるわけです。 自分を守り、大切な人を守る、ということの難しさを 強く意識する事もあるかもしれませんが 誰かが期待するような人生を歩むために 自分自身のものであったはずの人生を犠牲にするなど あってはならないことです。 自分の心が望むことにじっくり耳を傾け、 自分の心身が生きていける、素晴らしい庭園をここから、 自分の意志で創造できる時期に入っていきます。

2012-06-08

花を嫌いにならない限り

・・・・・・メキシコで出会った花のような友へ当てたメールを記しておきます・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・
昨夜 旦那から「ウィークエンドワークショップをやろかと思う」
と提案がありました。それとね、メキシコシティで活動もやろうと言っていました。 
何だかうれしいです。

曇り空から晴れ間が見えたといった感じ、今の彼は素敵です。

これまで色んなことが行動を遮っていたのです。私も彼も。それが少しずつ親戚との諍(いさか)いなどで、一度次元を下げてみて 目が覚めてきました。家族一族とのゴタゴタは学ぶためのプロセスです。どんなに争っても繋がりは消せないということから、お互い様という感覚と、「つまらないよ」という悟りで、先に一緒に進めます。すべては一つなのですからね。右手が嫌いだからといって切り落とすことは出来ないし、人(万物)は全て大きな一個の魂だものね。宇宙はそういう存在だよね。言葉に気を取られて心の奥を見落とすこともたまにはあります。特に大人になると言葉をうまく操るからね。

また、ゆっくり会ってから話しましょう。


人の心は花でできてる、儚(はかな)い花でできてる。
儚いからこそ美しい、儚いからお互いを大切にしたいと願う、
儚いと知って初めて気づく、
段々と気づく、散る少し前になって気づくんだ。
咲いてるうちに一緒に楽しもうよってね。
争ってる時間惜しいでしょってね。
でも、争ってみないとわからないんだね。
面白いね。
花の心見えるから嫌いになれない
花を嫌いにならない限り


信子

2012-02-28

胸キュン

昨夜、娘が「ママ、ハグして」と 私より縦も横も大きくなった体を擦り寄せてきて、なかなか私から離れようとしないので、よく引き締まった筋肉の背中を撫 でながら、「なんかあったの?」と さり気なく聞いてみた。「バカっぽくて、話せない」と返事。「じゃあ、話したくなったら聞いてあげるよ」と、ビデオの 続きに入ろうとしたが、娘はハグしたまま私にくっついてる。

「何だ、何だ、ファーストキスでもしたか?」とちょっと からかう。
「それは無いでしょ」と返事。
久しぶりの甘えん坊さんの娘に、何だか、小さな娘を精一杯守ってあげていた頃の自分にフィードバックされて行くようだった。
ちょっと快感。

「とにかく寝る時間だから 寝な」と諭して、「あとで ベッドに行ってあげるからね」と付け足すと、ようやく重かった身体をどけてくれた。

約束通り、娘のベッドで、よしよしと頭を撫でてあげていたら、娘は部屋の電気を消し、真っ暗にして、やっと話す気になった様子。
話し出すまでに 結構 時間が掛かっていたが、何でも 初恋で、苦しいらしい。
相手が、一学年上なので、卒業まで4ヶ月というのが苦しいらしい。
「おおおお、そうか、いいな」と、ただただ羨ましいばかりの私。
初恋なんて化石だからな・・・・どんなんだったか、ぼちぼち思い出して、娘に自分のこと話したりしてみた。あんなに夢中になった相手なのに名前が出てこない。

やっと感覚が思い出され、「そうだよ、そうだよ、胸がキュンとするんだよね」というと、娘は布団にくるまってキャーと、照れて、何故か涙してる。

わたしは、また、「いいな・・・・、初恋って なんで一回きりなんだろう・・・、だから、初恋なんだけどさぁ・・・あー、もう一回、ママも胸キュンしたい!!」の連発。

その後、色々話して ほとんど自分のこと話してたら、娘はグーグー寝てしまっていました。

14歳の女の子と内緒話ができるオバサンも また いいではないか、と 自己満足させて
娘の部屋を私はそうっと抜け出すと、リビングで入れ歯が壊れ歯茎を痛めて塞ぎこんでる夫をまじまじと見つめては、「この人にも胸キュンした筈だな。」と心の中で呟いてから、シワシワになった夫の唇におやすみのキスをして寝ました。



胸キュンキュン言わせて 熱し易かった私も

いつの間にか

地蔵さんみたいに どっしり型に変化しています


これもまた、いいやな

2012-02-21

映画「毎日かあさん」

「毎日かあさん」という映画を 私の54歳の誕生日の19日にみた。
小泉今日子と永瀬正敏が夫婦役を演じているのに驚いた。実生活で実際に一度夫婦だった二人だからだ。映画を見て、きっと離婚後も この二人いい関係でいたのだろうと想像ができるほど息があっていた。
21年目を向かえる旦那と私も、夫婦という繋がりをいろんな面から探り当てて、やっと穏やかに 「こんなもんかな」と相手をあるがままに受け入れることが出来てきたと思う。いや、旦那はきっとずっと私をあるがままに受け入れてくれていて、それに私がやっと気がついたという方が正しいかな。あるときは恋人で あるときは友達で あるときは厳しい批判者で あるときは母であり 師匠であり 弟子でありと 一緒に歩んでいるといろんな役柄をお互いが担当する。
結婚は本人同士の繋がりだけでなく家族と家族の繋がりでもある。だから難しい問題も当然起こる。

夫婦は双六のゲームに似ている。双六は「振り出し」から「あがり」へ進むゲームであることは誰もが知っている。もしサイコロを振るのを止めたら、当然「あがり」には進めない。そして相手が存在しなかったら、ゲームも成り立たない。

夫婦だけでなく、人の繋がりは、振り出しの「愛」が、あがりの「愛おしさ」になるまでのゲームなのかもしれない。

私が生まれてきたのは、伝え損なった有難うを伝えるために ここに戻ってきたのではないかなと 54歳の私はサイコロを振りながら、ふと そう思った。

すべてが愛おしくてたまらない。でも、まだきっと あがりじゃないな


この映画の最後に流れるこの歌を、何度も何度も聞いた。



海を見てると 君のことを思い出す
振り向きざまの あの笑顔 この胸に広がる
楽しい楽しい日々を 辛く切ない日々を
君と共に暮らした日々を 忘れられない日々を
ケサラ ケサラ ケサラ
今日の一日を 雨の日も風の日も
ケサラ ケサラ ケサラ

夢の中 行き交う 今日もいろんな人が
争うことなく暮らせるように 共に暮らせるように
ケサラ ケサラ ケサラ
君の生き道を 雨の中 風の中
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ ケサラ
巡る季節の中を 前を向いて歩いてく 
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ ケサラ
今日の一日を ふれあい 分けあい 愛しあい 
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ ケサラ
今日の一日を 前を向いて歩いてく 
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ ケサラ
巡る季節の中を 前を向いて歩いてく
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ ケサラ
今日の一日を ふれあい 分けあい 愛しあい 
ケサラ ケサラ ケサラ

ケサラ ケサラ SARA

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この詩は、この映画のためではなく 彼の亡くなった友人に向けて書いたものだそうです