3日(土)は、娘が入ってるエドモントン市合唱団で、主人と一緒に、ワークショップをやった。身体と音がテーマだ。対象は、娘のクラスの小学2年から5年生の子達だった。
軽く準備体操を あの手この手でやって、サイレントが、如何に大切かという事と、頭を風船と想像して、肩から下をリラックスさせて歩くことやら、 横になって、目を閉じさせて トライアングルや、レインスティックやら銅鑼やらと色んな音を それぞれ聞かせた後、その都度、その音を体で表現したらどう なるかやらせてみた。
最後に3人組みに分けて、架空の楽器を鳴らして、音のない演奏会を それぞれが みんなの前でやった。とっても面白かった。
家に戻ると、姑たちもアリゾナから戻っていて、みんなで、バイソン バーガーの支度に掛かっていた。バイソンは、バッファローの肉で、隣のジェーンからの頂き物。
可也、盛り上がっていて、笑いが耐えない。みんなよく喋り、姪の家族の5歳になる小さな女の子を中心に、賑やかだで、楽しい一日だった。
次の日の日曜は、一週間早めた母の日で、母と名のつく私も 一切 台所に立ってはいけないという、なんだか落ちつかない日。
朝ごはんは、三男のレシピで作ったホットケーキを 私の旦那が、ホットプレートで焼く係り、
夕飯は、サーモンバーベキューを、長男を中心にみんなが立ち回った。
「あれはどこだっけ?」の質問に 答えやすいように台所の近くで、私は待機していた。
娘と5歳の姪の子は、庭で、インデアンの家のようなもの作ったり、隣のジェーンの家に行って木の下で、遊んだりしていた。
その日の夜に賑やかな姪っ子の家族は、カルガリーに帰っていった。
5日(月)の朝、学校のある娘は、眠そうな顔をして、ぎりぎりに出て行った。
みんなは、ゆっくり それぞれ起きて、リビング、キッチン、外のパディオと、小分かれしてのディスカッション。今日もみんな笑っていた。
この家で、こんなに沢山の笑い声が響いたのは、久しぶりだと思う。
さてさて、問題は、この夜であった。
これまで、日記にはあまり 書かなかったが、姑は、可也、口調の強い人で、初対面だと、その威圧感で嫌がる人も多い。内面は、弱い人で本人は、人 が傷ついてることを感じ取れないタイプだ。決して悪い人ではない。根性は悪くない。しかし、これまで、可也のトラブルを起こしてきた。その横柄な態度と、 口調で。
私は、親戚一同から、最後のチャレンジャーとして、気に留めてもらっている。『果たして、この子は、大丈夫だろうか・・・』だから、みんなが集 まったこの二三日の間、姑が、口癖で、『これは 誰がやったか』と 些細なことを質問すると、姑のお気に入りの姪っ子 か、姑と張り合える三男の嫁が、私 をかばって、名乗りを上げてくれる。これは、一つのゲームになって、楽しんでいた。しかし、姑は、彼女らが、かばえない私のミスを、一つの面白話として、 みんなに聞かせたのだ。その場に私は居なかったが、家の中で、うろついていたのは、姑もみんなも分かっていて、私に聞こえる大きな声であったから、きっ と、嫌味じゃなかったと思うのだけれど、みんなの笑いの種にされて、私の中に、少し残っていた、落ち込み病が芽を出して、悔しくって涙が流れた。
笑って、「何言ってんのよ、お母さん、あなただって、やってたじゃん!」と、返せない自分の暗いアジアの血が、悲しかった。というより、低次元 のことで、怒ってる自分が情けなかった。兎に角、部屋でぐずっていた。娘と主人が、伺ってきて、ありゃりゃ、と言う感じで、姑に言ったらといってくれたり したけど、そんな大げさなこと まだ 出来んワイ。と、断った。二人が部屋から出て行ったあと、姑が部屋をノックした。
「私が、何かしたかしら」
思ってもいないお言葉
『はい、洗濯機のことで、みんなに私の失敗を笑われて、落ち込んでいます』
と、冷静に答えられた。
姑は、「ごめんね、悪気はなかったの、許してね、私は、愛してるのよ」と、涙した。
つられた私も、「みんなみたいに笑って言い返せなくて、ごめんなさい。私も愛してますよ、お母さん」これまた、涙。
二人でしっかと抱き合った。
頭の中で、一週間くらいは、もつかしら・・・なんて、よぎったりもした。
姑と、私は、ドラマが好きだ。これは共通していそう。
キッチンに、腫れた目を隠しながら、戻ったら、三男夫婦が、キッチンの戸棚の中にしまって、何十年も使わずにいる食器やら、紙袋やらを『これは、 要るのか、お母さん。捨てちゃえ捨てちゃえ』と、ゲームのようにやっていた。聞かれるたびに、姑は、『それは、何年の何時に何処で どうしたものだ』と説 明しながらも、彼らの速さに追いつかず、半分笑いこけていた。
この家は、可也のスペースを、粗大ごみが場所をとっている。特に地下は、すごい!
次の朝、起きたら、実家の母と廻ったお遍路で、宿泊先のお寺の住職さんが、朝のお努めのとき、話してくれたことを思い出した。
『供養』とは、亡くなった方をお参りするだけではないのですよ、その字のように、「人と共に美しく良くなる」 つまりは、今生きているご自分自身が、人と共に 幸せで良くなれば、ご先祖様も、喜ばれるわけです。今日はそんなことも念頭に置かれてお参りなさってください。
少なくとも、この二三日のこの家には、美しく良くなる空気が見えている。
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