2013-06-23

どこでもアーティスト

ポーランドのマイムワークショップ公演から戻って、ドカーンと中身がひっくりかえった状態でしたが、今、また以前の のたり状態に引きずり戻されつつあります。タイムトリップってこんな感じかも。ポーランドで別人のように堂々とやってのけた自分が不思議だー。
パンフレット見たら、ほかの参加者のアーティストは、みんな凄い経歴。私のページの空白の白さがやたら目立っていた。あんな立派なパンフレット作ってもらえるんだったら、もっと経歴書いときゃよかった。と言うか、これから経歴作ろうと、いい意味で意欲湧いたね。これが今の私なんだと素直に認めたね。

これまで旦那のサポートで満足してた。それがいいと思ってた。でも 違う気がしてきた。旦那にも以前言われたことがある。「僕が上ではない、あなたが下でもない、あなたは同じライン上に立っている、師匠とか弟子の観念は僕にはない。だから あなたが、おやりなさい」こういった意味のこと。日本人の考え方とカナダ人の考え方の違いなのか分からないけど、彼には自分が師匠であるという観念はないのだ。これまで「サポート」なんて自分に言い聞かせて、檻を囲っていたのが、すっと取れた一瞬だった。つまりは、師匠に依頼していたのだ。だから、彼に頑張って欲しいと思っていた・・・私が頑張ればいいことなのに。頑張るという言い方は好きじゃない、そう 楽しめばいいこれがいい。

ポーランドでアーティストのジレンマみたいなのを みんながスピーチし合ったのが最高に面白かった、旦那は何も言わずニコニコそれを楽しんでいた。旦那の師匠は、これまでの自分の格闘を語っていた。「エネルギッシュ」これがこの人を支えている。アーティストってこういったエネルギーを自己生産して楽しんでる生き物かもしれないな。旦那にはそういったものないな。本人もよく言う「僕には情熱がない」。この人は深海の静けさで動いてる人なのだな。そうも思える。すべてを肯定する太陽の様でもある。彼には、すべてを否定する世界には入り込めそうもない。

彼みたいなアーティストは稀だと思う。こだわらない。ちゃんとマイムアーティストなのに、仕事として割り切れる柔軟さがある。いいことか悪いことか分からないが、そのお陰で、家族は路頭に迷わずに済んでる。自分を分かっているんだと思う。自分からソロ作品を作る意欲があまりない。彼は言う、「僕にはソロを作る才能はない」  自分を過大評価しない

あれだけの恵まれた体と、培ったテクニックを持ちながら、なぜそれを生かさないのか。もっと主張しないのか、いつも疑問だ。でも、彼の生き方だから それでいいのだ。

ポーランドを発つ前に、旦那の師匠が見送りに来てくれて しばらくコーヒーを飲みながら話す機会があった。彼の師匠は、「客がひとりでもステージをやらなきゃ、やり続けなきゃ、」と、私が言いたいことすべて彼に語ってくれた。

ニューヨーク時代に、旦那は師匠の劇団公演資金をサポートしていた。日本のアミューズメントパークで、一日3回のショウをしてだ。彼はそのマイムをべースにしたショウで、かなり稼げるようになったのだ。そればかりか、日本のストリートパフォーマンスの水準を上げ、大道芸の観念をアート的な思考に促した一人でもあるのだ。私はそれをずっと傍から見ていたのでよく分かる。これまで出会った多くの世界トップパフォーマーがそうであるように、気負いなく自分の芸をシェアし、サポートし合うゆとりがある。しっかりした技を持ってる人にしかできないことだと思う。

私もそうでいたい。「どこでもアーティスト」でいたい。そうなる、そうなっていく、もう 少しだけそうなってるかも・・・強くなってきた

孤独は寂しさではない 強さに付きものだ 
ときとして、寂しさを避けようと 強さを身に付けずにしてしまう

もったいないな、
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    「寂しい」から、「強い」になる      by ノブ



    独りになり 心のままに体を動かす

動かすはずが、動いてる

    そう委ねたとき、独りが消え 全てとなる

「寂しい」から 「強い」になる

     体は 独りでに奏でている

           心地いい

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