2010-01-30

「楽しむ」を考える

先日、子供たちによるボランティア活動(Six Billion Paths to Peace)を広めているアメリカ在住の日本人の方が、レオンにいらして、お話をする機会がありました。なんだか、以前にお会いしたような感覚で、打ち解けてしまい、貰った名刺で、後からその方をリサーチして、すごい方だったんだと びっくり、もっと、ましな質問すりゃ良かった。なんて、反省。
その方から、メールで、こんな言葉を送ってもらいました。

異郷の地で家族3人、疲れることや、嫌なこともあるでしょうが、

二度とない、この人生を精一杯楽しんでください。


なんか、あったかいです。メキシコでの生活の愚痴は言ってないつもりですが、同じ立場で、きっと想像できたのでしょうか、うれしかったです。
そして、当たり前だけど、二度とないんだな私の人生。そう思ってしまいました。
精一杯、楽しむ・・・・これって、簡単でそうも行かない。楽しむことが何なのかよく分かっていないからだ。何を楽しめばいいか、どうやって、と、思っていたとこだし。
自分を自由にさせる手段が、分かっていながらも、行動できないでいる、いや、やっぱり分かっていないかも

「楽しむ」・・・二通りあると思う。一つは、情熱を持って、これやってますよ私、幸せをお分けしますよーってやり方。

もう一つは、これ、ちょっと難しくてうまくいえないけど・・・体の中から、別の自分が、ささやいてることに忠実に行動すること。誰も気付いてくれなくて、自分でも自覚できないけど、穏やかになれる楽しみ方。

どっちの楽しみ方もしたいと思っている私は、永遠に楽しめない。

つまりは、俗から抜けきれない。

それを、旦那がとか親戚がとか、言い訳に使ってる

「犀の角のように・・ただ独り歩め」ブッタも言っている。
歩むのは、自分の足で歩まなくてはいけない。
しかしなあ・・・独りになるのも怖いし、先に旦那に歩いてもらったほうが楽だし
先生とか師匠の後ろを付いて行く方が不安はないし・・・

でも、それって、本当に楽しいかな・・・・コピーしたものはやっぱりコピー
誰かの経験で、楽しいよと分かってること お手本通りやっても楽しくないやね、きっと
感動ないし・・・・

楽しむを考えた日でした・・・

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