2010-08-13

夢見から夢見に

7月12日から8月4日まで日本に帰っていました。今は、メキシコです。

昨日、個人でやってる語学学校に日本語クラスを教えに行って、やっと、メキシコに居る自分を感じ始めています。

4日に日本からメキシコに戻ったすぐは、盛りだくさんの懐かしい方たちとの再会と 新たな方たちとの出会い、そして美味しい日本食(特に出発前日の夜に最後のチャンスと慌てて食べたしゃぶしゃぶ)で、心も体も 満杯状態でした。

日本に戻っているときは、メキシコのことが、遠い記憶の中の物語に思えていたのに、今度は、その逆で、戻ってみると、日本にいた自分が、やはり遠い記憶になりつつあります。

夢見から覚めないまま、また夢見に入ってる・・・・おもしろいなぁ


日本の記憶 その1

       ゲストハウス カナリアンオープンイベントにて
http://kanalian.com/gallery/event-photos(そのときの様子の写真が載っています)
70名の来客に大混乱状態でした。状況が状況で、結局、旦那のパフォーマンス(イベント用)に留まりました。とにかく大賑わいの中、食事が始まって、落ち着かない中でしたが、旦那は堂々とシヨウをやってくれました。すてきでした。
私は、とうとう即興をやりませんでしたが、即興をやるには落ち着かない場だったのか度胸がなかったのか、・・・・ま、次回だな、と自分に優しくしてしまいました。

その後、朴保さんのバンドと彼の歌が大迫力で、スピーカーからガンガン建物の中に響きました。朴保さんと、バンドの方たちとは、お客様が引けた後に一緒にお酒を飲み、主人を置いて、私だけ、先に部屋に戻って寝ていたら、主人が、朴保さんがあの歌を私のために歌ってくれるから、みんなの所においでといいに来てくれました。(涙目で・・・)

朴保さんが本番で歌う約束をして、忘れて歌わなかった曲 『いつの日にかきっと』、私の好きなこの曲を私のために歌ってくれるというのです。(本当は、旦那が、朴保さんに その歌への私の想いを話したからです)
私のために?すごい贅沢な気分、そして、感動しました。楽器はもう片付けた後だったので、ピアノだけでした。彼の身体から震い出る歌声、その生命をかけてるような彼の迫力は、本番のときより数千倍も響いて伝わってきました。音響に頼らなくても人って ここまで歌になりきれるものなんだという不思議と感動で いっぱいになりました。

そして、そのとき、彼の後ろで、T子ちゃんが、気持ちよさそうに踊りだしたのも、私を驚かせました。今日私がそうやって この歌で、ああやって舞ってみたかった事を、彼女が、やっていたからです。T子ちゃんは、知的障害のある方で、朴保さんの歌が好きで、お母様と一緒によく聞きにいらしてると後から聞きました。子供に見えた彼女は、なんと もう30歳過ぎてるとの事、「T子さん」と新たに呼び直すには、抵抗があるほど本当に若い。彼女とそのお母さんの関係が傍から見ていて、きれいでした。
「師匠はここに居たな」と心で呟きました。

朴保さんが歌い終わって、私は、思わずギューっと彼を抱きしめてしまいました。

                言葉に出来なかったから







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