2011-01-26

いいなぁ  ’’草枕’’ 

智に働けば角が立つ。
情に棹(さおさ)せば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画()が出来る。
の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国 はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれ ほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降( )る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊い。住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界 をまのあたりに写すのが詩である、画()である。あるは音楽と彫 刻である。こまかに云えば写さないでもよい。ただ、まのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。着想を紙に落さぬともの音(おん)は胸裏 (きょうり)に起こる。

夏目漱石「草枕」より

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