2014-06-19

物々交換、仏々交換になっちゃった

太極拳のクラスで和尚から赤いお数珠を頂いた。貰ってもいいんですか?と言うと,誰かから貰ったもんだけどあげると言う。お返しに以前見せたら感激していた小さな仏様のマスコットをあげた。他界したチンナワンソ和尚から家族分だと3つ頂いたものの一つだ。「私の中に仏を見つけたので、次に必要な方に差し上げてください」と伝わったかどうか分からないがそう言って渡した。

この朝の太極拳の後、ホワン和尚がクラスの後どうするの?時間ある?と聞くので、今日はお迎えが無くてバスなので時間有ります。というと、一緒に次のクラスに来なさいとバイク(スクーター)に乗っけてもらって、ダウンタウンの大きな病院まで行った。その間、ジュース屋さんでサボテンジュースと露天マーケットでタコスをおごってもらった。どちらも衛生的に疑問ではあったが頂いた。バイクに乗ってるときもちょっとスリリング、私のヘルメットは留めが壊れてるため風で落っこちそうだったし、メキシコの道路に必ずあるTOPE(トペ)という車のスピードを強制的に落とさせるための路面にある盛り上がりラインが、バイクにはきついので、そのラインの端っこの隙間を通ってくれるのだが、時々、隙間が無いところでは、後ろに乗ってる私はボンと跳ね上がるわけです。
行った事もない貧困地域にきょろきょろしながら、病院に着くと、病院の外からシニアの方々が運動広間に集まり、クラスは始まった。準備体操のとき、和尚がジェスチャーで私にあれやってと、マイムのカウンタームーブメントの動きをし、みんなの輪の中心に促してくれた。参加者の優しい雰囲気で、私はカウンタームーブメントの後、波と円と直線もおまけにユーモアも入れてやると、和尚がオーオーと喜んでくれた。クラスの後、和尚と禅僧さんたちが着ている服を私にも作ってやるといって、またバイクで違う町に連れて行かれた。このときヘルメットを和尚のと交換してくれた。私が不安がってるのが分かったのかな? 
さて、付いた家には、かわいい縫い娘さんがいて、私が色とデザインを選ぶと寸法を取ってくれた。和尚が、勝手に冷蔵庫からスイカとか出して食べる?と聞くので、いいのかなという態度をすると、ここは自分の弟の家で、彼女はその奥さんとだと教えてくれた、納得。その後、今度はミュージシャンの家に行くといって、中心街まで連れて行かれた。あいにく彼は留守だったが奥さんとしばらく話した。このミュージシャンは、太極拳のクラスのとき和尚が使ってる音楽を作った方だ。初めて聞いたときその音色につい踊りだしたので、今度紹介してあげると言われていたのだ。一緒にコラボが出来るといいなとも言っていたからか、さっきの病院でのクラスのとき、ノブは今度ここでミュージシャンと踊ると宣言していた。和尚のこういう心地よい強引さが大好きだ。
この調子だと市外の遠い我が家まで、送っていくと言い兼ねかったので、ちょうど街で買い物があるといって、そこで別れた。まったくの嘘じゃない、買い物したい物はあったのだし・・・、和尚とのツーリング楽しかったけど、前の車が急ブレーキをかけて追突しそうになったときは、一瞬覚悟した。

この和尚さんとの巡り合いは、私の中の色んな事への苛立ちを、削り落として行ってくれている。そして、一緒にいると言葉は通じないが、無邪気に笑ってしまう。
和尚のことを笑って話すと、家族も友達もいい顔になる。心の自由が、伝染病のように広まっていく。

私の出来ること、和尚が出来ること、
赤い数珠と仏のマスコットのように
物々交換が、仏々交換になってる気がする。

2013-11-14

こども日本語クラス



先生:この ひらがなは?
生徒:ya ma
先生:そう、やま do you understand meaning?
生徒:No.....
先生;富士山とか、高尾山とか
生徒:?#‰??
先生:高ーくて、木、わかる?木がいっぱい ......エトセトラ
生徒:mountain?
先生:そうです!絵で描いてみて
生徒:え?ie
先生: paint !

そんなやり取りで、私はゼスチャー付きで、言葉の意味を説明,英語の方が上達してるメキシコ育ちの日本とフィリピンの血をひく9才のお嬢ちゃんは、山、 川、林、森など絵を描いてくれました。そして 次に漢字を見せて、漢字に似せて、それぞれをまた、絵にしてもらいました。そして最後に漢字を教えると、簡単に覚えてくれました。楽しかった。

日本語こどもクラスで作 った絵本


                                                                            わたしは、たまご 
                                                              

父の13回忌に

父の13回忌に日本への渡航費不足のために行けなった。亡くなっても親不孝な娘ですが、命日に父を思い出し、姉にこんなメール送りました。

父からもらった最後の年賀状を今も捨てきれずにいますが、昨日は娘にも見せて「ジジ覚えてる?」と聞いたら、もうあまり記憶に残っていないようでした。この年賀状は毎年もらうものと違って、もう書くのが大変になってきたんだろうなといった感じを受けたのを覚えています。ジジとババそして、子供の顔をうまく書け切れなかったような娘の顔、2001年の初めに笑わかせてくれていたんですね。


JIJI new years card 2.jpg姉からの返事がまたうれしかった。

「信子は優しいね。昔からふんわりと優しさで人を包む。
お父さんも喜んでるよ、きっと」

この言葉は、逆に姉の優しさを感じました。
離れている分、家族の絆って深くなるような気がします。



13回忌をする習慣は、「十三仏信仰」から来ているそうですが、調べたら、十三仏(じゅうさんぶつ)は、十王をもとに日本で考えられた、冥界の審理に関わる13(正確には仏陀菩薩)である と書いてありました。
十王(じゅうおう)というのは、道教仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格のことだそうです。

死んでも尚、裁判にかけられるという のは、油断大敵ということですね。
今度、日本語クラスでこの話ししてみよう

この裁判は33回で終了するようです。お父さん大丈夫かな.....







2013-09-16

捨て犬

久しぶりの投稿です。色んな事があったので何から書こうかな。やっぱりワンちゃんのこと。
私の住んでいる酪農地域では、純血種の犬も捨て犬で見かけます。先々週もラブラの血が入った大きな犬が、痩せこけて我が家の庭に居ついていました。迷い犬を2匹も既にペットにしている我が家では、心を鬼にして敷地内から追い出さなければなりませんでした。犬の散歩に「仲間に入れて」と愛らしく付いてくるまだ若い黒いその犬。私が冷たくするのが、わが家の犬には分かるらしく、その犬が私に近づくと威嚇し、私が居ないときには仲良くしてるみたいでした。娘が犬猫病院に問い合わせてくれて、アダプションを世話してくれる施設を教えてもらい、先ずは、市の施設に3日間預けてから、その手続きに入るとかで、レオン市内に住んでいない私たちは、引取りに来てもらえないので私たちでその市の施設に連れて行きました。連れて行くと決まってから少し餌をあげて、ワンちゃんも幸せそうに仰向けに寝たりしていました。施設に連れて行くとそこには、引き取られた捨て犬たちが外の囲いにびっしりと100匹ほど居ました。その犬たちは、処理される犬たちなのです。その脇のゴミの山の上に子猫の死骸がありました。私と娘は、犬を預けた後、車の中で涙が止まりませんでした。私たちが預けた犬は、別棟の檻に入れられ三日後に、予防接種などしてきれいにしてから、アダプションの世話をしてもらうと聞いていましたが、もし誰も引き取り手が居なかったら、あの野良犬たちと同様、処分されるわけです。メキシコは野良犬の問題が深刻です。飼い主がきちんと保護していません。放し飼いであちこちに子供を産み、野良犬を増やしています。飼えなくなった犬も捨てています。しばらく人間止めたくなった重い日が続きました。
今も、我が家の周りには迷い犬が耐えません。目を瞑るしかないのかな・・・・、
この事があってから、犬の餌は部屋の中でやるようにしています。




2013-08-19

マイム詠(うた)


体が笑う・体が弾む・体が沈む・体が詠う
体はじっとするのだろうか
試してみる
じっとしたままが辛くなる

心が動く・心がへこむ・心が熱くなる・心が詠う
心は無関心になるのだろうか
試してみる
無関心のままが痛くなる

ならば、なすがままにしてみるか
試してみる
なすがままが 詠いだす

命を喜ぶ鳥のさえずりの如く

真空の中で 心と体が 詠いだす
                  by Nob
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     「子ども と マイム」

小さな子供に「お花が咲くよ」のマイムを教えたとき、
お話しないでやれるかな?どうして おしゃべりしないかわかるかな?
の私の問いに、その子の答えは、「お花はしゃべらないから」

種から芽が出て花になるまでを、そのものになりきって 
その子は、私とその子のママの前で見せてくれました。
その一連は見事な詩でありました。
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このおはなしを一場面ずつ その子といっしょに立体絵本にしようと作っています。
これがその一番目 

             土の中に、Aちゃん種がねむっています

おやおや、雨がふってきたよ

Aちゃん種は、大きくなりたい、大きくなりたいと
                大きくなっていくよ
Aちゃんは、お花の芽になって 
               大きくなっていくよ
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これからお話は、木になって,花が咲いてと続きます。
マイムで一度、動いてから、絵本を作って、また次のお話の展開をマイムでやって、
1ページずつ製作、しぜんとしっかり創作意欲が身に付きます。

これ、大人にもいいんですね。

2013-07-28

花になる決断

楽しみにしていたサマーキャンプの話がお流れになりました。人が集まらなかったということです。その代わり、大人対象のワークショップを企画してもらっています。宣伝が間に合うかどうかですが・・・・ポーランド・カナダと違った環境で、いろんな自分を発見、納得、そして進化し、今は落ち着いています。
人は思考1つで、いろんな自分を引き出すことが出来るものだと、今更ながら、面白がっております。私はトラウマと言うものが如何に肉体に記憶されているか、自分を通して観察しています。
マイムの自主練をすることやマラソンすることや気の合う人とおしゃべりすること、これらが、体内に持ち込んだ負のエネルギー記憶の解消に役立つことも理解できました。
「死んだ言葉」「生きた言葉」についても、また学ぶ機会がありました。
思い通りにならない苛立ちを弱い立場の者に機関銃のように撃ち、優位になったつもりでいる。その様な構図が、目の前に現れると、以前の私なら、耐え切れずに目と耳を塞いでいたでしょう。
なぜか今は、私も含め人は、なぜそうしたくなるのか、もう一歩踏み込む余裕があります。立ち止まり、己を深く知ることが怖い人は、切なさや空虚や寂しさをごまかそうと必死です。
愛されていないとどこかで、ひがんでいるのです。ドラマクイーンになりたがるのはなぜでしょう。
人も犬も変わらないなと、思えます。犬が吼えるのは、恐怖が元で、威嚇します。大丈夫と撫でてやれば落ち着きますが、鳴くなと叱るとさらにもっと吼えます。
人間は寂しさに耐えれるように作られていないのかもしれません。逆に考えれば、繋がった生命体なのだと言うことでしょうか。負のエネルギーにも引き込まれやすいし、無視するにもエネルギーを使います。見てみぬ振りが出来ない。自分がその人の中に存在してるそう思えます。正のエネルギーには同化しやすく元気をもらえますが、持続性が弱いです。
人って完璧なのか負完璧なのか不思議な生き物です。感情・思考・体が、独立していくのが分かります。思考を体が記憶し、体が感情を閉じ込める。そんなやり取りもしている面白い生き物です。そんなやり取りから自由になりたがり、格闘している、永遠にそうしてるかのように、繰り返しています。それがプラスとマイナスのエネルギーを持った者の宿命なのでしょうか。

花のように単純ならいいのになと、花のことも知らずに逃げ思考します。

中途半端に付いた知恵の持ち主は、扉探しに我を失います。

花になる決断を実行する積極性は いつ思いつくのでしょうか・・・・・