2009-12-24

まとめ


12月8日
娘の誕生パーティ 

身内だけと思って、計画してたけど、結局、私の友達中心に、13人が集まって、ランチを楽しんだ。
ぎりぎりに声をかけたのに みんなプレゼント用意してやって来てくれた。
私たち親からのプレゼントは、イグアナ。朝 娘が起きたときに びっくりするように、檻(?)に入れて、デスクの上にセットアップ。やっぱり、喜んだ。

名前は、「エドワード」と娘が付けたが、私は、「仁之介」と呼んでる。どう見ても 70才過ぎのおじいさんに見えるからだ。
パーティの最後は、娘と一緒にロックソーラン節を皆さんに披露。

土曜日に娘の友人たちだけでもパーティを予定している

娘には、二度の引越しで、友達との別れと出会いを否応なしに体験させ、親としては、ちょっと申し訳ないのだけれど、いいお友達に恵まれて、今年の誕生日もあたたかなお祝いをしてもらって、感謝の気持ちで一杯だ。

12歳になって、益々 お色気も出てきた娘、自分の3歳の頃の写真を見て、かわいい~~~、と、他人の子を褒めるように微笑んでいた。そこには、上手に年下の子供をあやしてる12歳のしっかり者のお姉さんの顔があった。


12月15日
「日本語教師メキシコ中部地方勉強会」

グアダラハラに行ってきました。私と、私がお手伝いしてるグアナファト大学付属レオン校のTさんと、個人参加のKさん3人で、観光がてら行ってみようと、長距離バスで2時間半揺られていきました。スケジュールびっしりで、結局、何も観光できず一泊の旅を終えて帰ってきましたが、勉強会は、とても面白かったので、3人とも大満足でした。次回は、観光のみで、また来ようと3人で硬く約束!!

勉強会という題目から、硬い感じかと予測して、ボロ出してTさんに迷惑かけないようにと 少し構えていましたが、私のように能天気に楽しく授業をしてそうな方が、チラホラいらして、しかも、講義をしてくださった先生もマレーシア、ベトナム他で、日本語を教えた経験のある方で、ユーモアがあり、型破り風で、好感が持てました。その成果、勉強会は、和気あいあいと、みんなで、こんなアイディアもあると出し合って、楽しい雰囲気でした。



12月16日


「ひらがなタイムズ」に載っていた記事
日本の自殺危機
Japan's Suicide Crisis


【ひらがなタイムズ】(2009年3月号)

日本の自殺統計を見るのは恐ろしい。警視庁が2008年6月に発表した資料によると、2007年の自殺者は33,093人で、10年連続で毎年3 万人を超えている。警視庁が30数年前から統計を取り始めて以来、2番目に多い数でもあり、2003年の最多記録34,427人に近い。
Japan's suicide statistics make grim reading. National
Police Agency (NPA) data published in June 2008 shows
that 33,093 people took their own lives in 2007, marking
the tenth consecutive year the figure has exceeded 30,000. It
was also the second-highest number since the NPA began collecting
data some 30 years ago, and not far short of the record 34,427
in 2003.

これをわかりやすく言えば、2007年の自殺者数は、一日約90人が、あるいは16分に1人が自殺していることになる。10万人につき25.9人の割合だ。これは世界の平均より驚くほど高い。パリに本部がある経済協力開発機構(OECD)による最新の統計では、日本の自殺者の割合はアメリカの2 倍、イギリスの3倍である。G8の中ではロシアだけが高い率を示している。
Put in context, the 2007 numbers equate to approximately
90 suicides a day or one every 16 minutes. The number of
people per hundred thousand who committed suicide was
25.9, a staggeringly high rate by international standards. The
most recent data published by the Paris-based Organization
for Economic Co-operation and Development, shows Japan
has a suicide rate double that of the US and almost three times
that of the UK. Among the Group of Eight nations only Russia
has a higher rate.

データをよく見てみると、被害者の71%は男性だ。年齢別では、60歳以上が12,107人で一番多く、その年齢層では過去最高である。2番目に高い記録の年齢層は5代で7,046人が亡くなっている。
A closer look at the data shows that 71 % of victims were
male. By age, the over 60s were the biggest group with
12,107, a record high for that age group. The second-highest
age group was those in their 50s, who accounted for 7,046 deaths.

政府のデータによると、2007年の理由がはっきりしている自殺者23,209人のうち63.3%が健康問題(肉体的、精神的)だった。 31.5%は経済と生活問題、16.2%は家庭問題、9.5%は仕事に関する問題、4.1%は男女問題によると続いている。しかし、なぜこれらの問題が人々を自殺にまで追いやるのだろうか?
Of the 23,209 suicides in 2007 where reasons could be
determined, government data says 63.3% were due to health
problems (physical and mental). This was followed by 31.5%
related to economic and livelihood issues, 16.2% for family
problems, 9.5% for work-related issues, and love affairs at
4.1%. But why do these problems push people as far as suicide?

2008 年5月のエコノミストの記事は、この問題の裏には文化的な要素が一部あることをほのめかしている。「日本の社会では、失敗や倒産の汚名から立ち直れる入はごくまれだ。自殺は、ときには容認されることさえある――自殺を回避するのではなく、自分の運命と受け入れる。侍的価値観が自殺を高潔なこととしている」と、記事には書かれている。
An article in the Economist in May 2008 suggested cultural
factors may be partially behind the problem. "Japanese society
rarely lets people bounce back from the perceived shame
of failure or bankruptcy. Suicide is sometimes even met with
approval ― as facing one's fate, not shirking it. The samurai
tradition views suicide as noble," the article says.

エコノミスト誌はさらに、日本の主な宗教である仏教と神道が、自殺に否定的ではないことも要因に挙げている。これは自殺を禁ずるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教と異なる点だ。それに加え、精神を患う人たちへの偏見が日本にはあり、それが彼らを救う妨げとなっている。東京にあるリサーチ会社、富士経済社によると、日本ではうつ病の4人のうち1人しか治療を求めていない。
Another factor put forward by the Economist is that
Buddhism and Shintoism, the dominant religions in Japan,
do not take a negative stance on suicide. This is unlike
Christianity, Islam and Judaism, which prohibit it. Added to
this is the stigma attached to those suffering with mental illness
in Japan, which often prevents people from reaching out
for help. According to Tokyo-based research company Fuji
Keizai Co., only one in four people in Japan with depressive
illness seek medical help for their condition.

自殺の未来
The Future of Suicide

2007 年日本政府は、10年間で自殺率を、少なくとも20%減らすことを目的に、自殺対策として230億円(2億2千万ドル)の一括法案を発表した。その対策には、診療新や病院での精神障害治療法の改善と努力、また、地域社会でのカウンセリングの改善、多重債務者や家族を看病している人たちへの支援が盛り込まれている。
In 2007, Japan's government unveiled a 23 billion yen
($220m) package of measures to combat suicide, with the aim
of reducing the rate by at least 20 % over 10 years. The measures
include efforts to improve psychiatric care at clinics and
hospitals, as well as improving counseling services in communities
and providing support for those with multiple debts and
people who nurse family members.

この政府の法案は「自殺サイト」をさらに厳しく監視することになるだろう。この自殺サイトは比較的新しい現象で、自殺したい人たちにその方法などの議論の場を提供している。そのようなサイトで知り合った人たちがグループでの自殺を計画し、実行した後、メディアからかなり注目されるようになった。
The government measures will also see stricter monitoring
of "suicide websites," a relatively new phenomenon that provide
a place for those with suicidal intentions to discuss such
things as suicide methods. Such sites have attracted substantial
media attention in Japan after cases where people who met
online arranged and carried out group suicides.



何故この記事が気になるかと言うと、先日、友人が今年の3月に自殺していたことを知らされたからだ。
亡くなった彼女とは、しばらく音信を途絶えてしまっていたので、気になっていた。
知らせを聞いて、「切ない」 ただ ただ、それだけだった。私の娘と同じ年の娘さんがいて、よく公園で一緒に遊ばせていた。芝居仲間であったので、世間の常識と少しずれてるママ同士、お互い会うとほっとしていた。
マクロビオティック料理教室に誘ってくれたのも彼女だった。娘さんが小学校に入ったら、マクロビオティックのお弁当を待たせていた。学校給食の便利さから、私は、マクロ 一抜けた。とあっさり 止めてしまった。
日本 得に 東京での育児は、想像以上に厳しい。母親に責任がすべて負いかぶさる。学校関係者が、みんなヒステリックだ。自分のそのひとりだったと思う。
私は、カナダに逃げ出した。面倒くさいから・・・価値観が根本的に違う日本社会さよならだ。そう思って・・・
彼女は、その後も奮闘していたに違いない、真面目だったし、純粋だったし。
頑張り過ぎた結果だったかもしれない・・・・
メキシコは、自殺率が、世界で一番少ないと誰かに聞いたが、納得がいく。世間の目が大らかだ。特に子供に対しては、誰もが、多めに見てくれる。カトリック教徒が多いからか、大家族が多いからか、子供は、みんなで見るもの といった感じだ。子供たちも子供たち同士で、勝手に育っていってる気がする。ちゃんと子供たちだけの社会が存在している。

彼女の死から、学ぶこと、そして、この「切なさ」を慰めるために、どうしたらいいかを模索中だ。


12月20日

この一週間は、あちらこちらのパーティに呼ばれて忙しいです。
ポサダposada と言う、行事なのですが、昨日は、娘と私は、別々のパーティに参加、娘の方が、遅く帰ってきました。主人は、風邪で、家の中でテレビゲーム。

この行事は、クリスマスまで、至る所で行われます。ご近所の地域、娘の学校、私の日本語学校、主人の勤めてる学校、後、親しいお友達の集まり、などなど、ちょっと日本の忘年会に似てるかもしれません。


ポサダposada については、あるブログに詳しく書いてあったので、それを載せておきます。

 vida en Mexico このブログからの抜粋
                 http://aikamexico.exblog.jp/10155165

イエス キリストを身ごもったマリアが、キリストが生まれるまでの12月16日から24日の一週間を街の各家々を回って、一晩泊めて~と言ったんだとさ、いう聖書の話から、カトリックの国メキシコではこの週に各家で、お客さんを呼んでもてなします。
そのときにピニャタpiñataと呼ばれる7つのとげのあるくす玉を棒でたたいて割ります。 くす玉の中にはフルーツやお菓子が入っていてそれを拾うために人だかりができたりします。このとげとげには宗教的な意味があるらしくて、七は七つの大罪(暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢)を意味します。

2009-12-04

「幸福な人だけが不幸になることができる」

「続インディアンの教え」の本を読んでます。そこからの抜粋です。

 「幸福な人だけが不幸になることができる」

真に幸福な人だけが不幸という現実に直面していくことができるのです。
幸福な人は強い人なのです。


タタルケヴィチの本に書かれているもので、「幸福な人」の正確な意味は、『情緒的成熟をした人』だそうです。




次の言葉もいいので書きました。


       「それでもあなたの道を行け」 から

            ブラック・エルク(オガララ・ラコタ族)の言葉



いちばん重要な、最初の平和は、人の魂のなかに生まれる。 

人間が宇宙やそのすべての力とのあいだに、つながりや一体

感を見いだせたとき、その平和が生まれるのだ。宇宙の中心

にはワカンタンカが住まい、しかもこの中心はいたるところに

あって、それはわしらひとりひとりの内部にもある、と理解した

ときにな。これこそが真実の平和なのだ。ほかの平和はすべ

て、この真実の似姿にすぎん。二番目の平和というのは、二

人の人間のあいだに生まれる。そして三番目の平和が、二つ

の部族間にあらわれる。しかし、わしがしばしば言うように、人

の魂のなかに生まれるものこそが真実の平和なのだから、そ

の平和をまず知っておかない限り、部族間の平和などとうて

い実現せぬということを、なによりも理解しなくてはならん。

お疲れ様でした~。昨日と今日は、ちょっとイベントでした。
主人の勤めている学校で、来年度から開かれる予定の課外授業説明会に、主人はマイムクラス、私は日本画でクラスを開くことになり、6時から9時まで、会場にブースを設けて、いらした方に説明をしていました。娘も手伝ってくれて、夜遅い帰宅になり、朝つらそうに学校へ出かけました。
私は、両日、着物を着てきてほしいという学校からのリクエストの応えて、絽の着物を着て行きました。メキシコは、一応、今は冬、夏に着る絽の着物おかしいかなと思いながら、拘らず着て行きました。なぜか、足袋が見つからず、靴下で誤魔化しました。へへへ

2009-12-03

日記まとめ

11月12日   
うれしいこと一つ、旦那の仕事が一つ決まった。面白いことに 以前 勤めていたモンテッソーリの学校から、ごっそり抜けた先生らで作ったという、もう一つのモンテッソーリで、中学生の英語と演劇のクラスを担当することになった。
フルタイムではないので給料は、低いが、他にも好きなこと色々出来るからいいかも。少し彼の不安も解消できるし・・・・
今日、その学校を見学に、娘も一緒に行った。残念だが娘は、そこには入れない。授業料が高すぎる。
おととい、ホームスクールのテキストが、カナダから届いた。可なりいい。娘も気に入ってる。
近くの公立学校にも、入れることになった。授業料は、殆ど ただみたいな金額だ。
英語を話す人が、殆ど居ないのが、少し心配。  ま、どうにかなる。

明日は、大学のイベントのお手伝い、「日本の日」「Nihon no Hi」と書いてあるのを、娘が、「日本のハイ」と読んでいたのが可笑しかった。

否応でも 余計なプライドを捨てなくてはいけない状況になってることに、なんか、感謝だ。
それと同時に、拾う神様が、沢山周りに現われることにも驚きだ。世の中うまく行くようになってるとしか思えない。
でも 時々 怒りや、憤りを抱いてしまうのは、愚かな証拠かな~~。

娘に「怒りって毒らしいよ」というと、
「キスで治る」とあっさり言われた。


11月14日 
「日本の日」イベント無事終了。写真撮るの忘れてしまい、様子をお見せ出来ませんが、結構、良かったと思います。
15人の定員を少しオーバーしていましたが、娘のアシスタントのお陰で、何とかなりました。
二人でロックソーラン節も少し披露して、時間が あっという間でした。
以前、教えていた生徒さんが、参加していて、思わぬ再開もあったり、日本人の方が見に来てくれて、その方とお友達になったり・・・・・
私のセミナーの後は、日本食レストランから板前さんが来て、巻き寿司の講習会もありました。私たちも参加して、カリフォルニア巻きなど 自分たちで作って食べて満足!
丘の上にあるその立派なキャンパスからの帰り道、車から見た夜景が見事でした。
レオンにある大学って、皆 大きくて立派です。


11月14日
大きな公園から、一斉に気球が飛ぶお祭りを満喫しました。今年は、ラッキーにも 公園沿いの広い私有地の持ち主に誘われて、みんなでキャンプし、朝方6時ごろから 気球が上がっていくのを鑑賞出来ました。
娘は、朝方4時まで、十代の若者らと一緒に騒いでいました。そして、気球を見終わった後も 若者少女らは、そのうちのひとりの家に集まって、夜遅くまでアイドル談話に耽っていたようです。月曜日も祝日でした。

11月19日
今日から娘は、公立の学校に通い始めました。カナダのホームスクールとの両立です。生徒数が、一クラス50人というので、娘にとって どうなのかなと少し心配していましたが、本人は 結構 気に入っているようです。いわゆる上流階級から、中流の下ぐらいの階級に入ったといってもいいと思います。
学校には、英語を話す子は居ないし、もちろん父兄にも期待できません。私は、そこを紹介してくれたお友達のCさんのみが頼りです。校長先生も、Cさんに「あなたがサポートしなきゃだめよと」言っていました。ちゃきちゃき江戸っ子っぽいこの女性校長は、評判が良くて、いろんなところから子供が集まり、公立にしては、珍しくスクールバスまである大所帯です。

11月20日
主人が授業を終えて、お昼近くに帰ってきたとき うれしそうでした。なぜかというと、彼の授業を他の先生たちが見学し、主人の水準をチェックしたそうです。全員が『すばらしい』と感想を述べてくれて、自信を取り戻した様子です。それと、子供たちの態度が、以前居た学校と、まったく違っていて、素直で子供らしいことにも安心したようです。
久々に、弾みのある彼の波長が、家を明るくしてくれました。

昨日、私は、ピンチヒッターで、日本語のクラスを二つ担当し、4時間半立ちっぱなしで、ちょっと疲れてしまいました。今日また、違う日本語クラスを1時間やってきて 今、目をパシパシいわせています。

書きたいことがあったのですが、また明日にしますね。目が開かなくなってきた。


11月21日  
今朝、娘がベッドで「学校行かない」といったので、理由を聞いたら、今日は、学校の行事で何かパーティみたいなものがあり、参加費を払っていないと行けないし、制服を着ていかないといけないから、といった具合の事を言い出したのです。
制服は、まだ出来ていないので、体操服のジャージを着て行っていたのですが、それも連続同じの着てるからイヤだなどど言い出すし、昨日学校から帰ってきた時点でそう言ってくれれば、洗濯も出来たし、Cさんに頼んで、学校に確かなことを聞けたのに、何で、朝言い出すのかな、と、少しイライラ。
旦那が、学校の行事なら、お前は参加出来るはずだ 行きなさい。と言ってくれたので、やっと支度はじめた。学校の入り口まで一緒に行って、先生に確かめようと言うことにして、お金も少し持って一緒に行った。
先生 曰く、今日の行事は、もちろん誰でも参加でき、食べ物もその場で買えるということだった。お母さんも参加していいとのこと。
へー、そうだったんだ。と 娘にママも参加したいというと、『いいよ、ママ来なくて』と言われた。
照れくさいのか何か分からないが、「何で?」と聞くと、やっと答えたのが、「小さいから」。
体型のこと言われて、「何でそんなこと言うかな、気にしてること、よく言うね」と言い返し、不機嫌。その私を察して、ママも来ていいよと言い直したが、私は、「来てほしくないのにいいよ」とお金だけ渡して帰ってきた。

娘は、来月12歳になる。親を恥ずかしいとか思う時期なのかよく分からないが、えらく腹が立って仕方が無い。自立するなら全部しろ、と言うことで、彼女の洗濯物 全部 部屋にぶち投げた。
成長段階の節目だと思うから、ここは、きっぱり、私は突き放す。
親を恥じてるなら、何故、恥じているのか言ってほしいし、変に誤魔化してほしくない。友達の手前と言うのがあるなら、何とか努力して、娘のリクエストに応えたい、でも、手っ取り早い理由で、誤魔化したことに納得がいかない。

ア、少し、怒りが納まって来た。
しばらく呼吸に集中、きっと正しい答えが見つかる筈。

怒りは、枕を叩いて、出し切ったし・・・・

娘が帰ってくる頃には、きっと、落ち着く・・・・

話し合いだね。


11月28日 
先日、娘とベッドの中で久しぶりに女同士の会話をした。
可なり、今の学校が楽しいらしく、授業の様子や、昼休みの様子など一気に話してくれた。
今日は、出来立ての制服を着て、学校の門をくぐって行った。なんだか中学生みたいだった。
あー、私も子離れせんといかんな・・・と、心でつぶやいた。

子供は、何時までも 子供のままじゃないもんね。

先日のママの怒りをどこまで理解してくれたか分からないが、生意気な口をきく年頃、深い意味が無いことも理解できるが、気分で受け答えして、私みたいな大人になってから、その心の癖を修正するのは、大変だ。だから、今のうちにその芽を摘んでおいたほうがいいと言っては見たが、そんな簡単に出来っこないのは、百も承知だ。
そんなこと言った自分が恥ずかしくなる。

娘に怒った同じ日に、主人が信じられないおおボケをして、あるものを盗まれてしまった。
主人もその阿保さ加減に落胆して、おなか壊すくらいでした。
その事件の真っ只中で、興奮していた私は、娘に「落ち着いて」となだめられた。
「どうしても納まらない!」というと しっかりハグしてくれた。
盗まれたのは娘の自転車だったにも拘らず・・・どっちが親か分からない、とほほ です。

昨年も、私の忠告を聞かず、車をきちんと車庫に入れて置かなかったためにガラスを壊されて、車内の物を盗まれそうになったのです。いままでの色んなことが一気に爆発して、主人に罵倒してしまいました。

えーらくまた、反省して、短期間のアルツハイマーになることにしました。
主人の過去をきれいに忘れるということにチャレンジしてるのです。

瞬間湯沸かし器的、この怒りを寝かして置くいい方法を模索中です。



11月30日 
今日は、なんだかすごく時間の経つのが遅い感じがする。
朝、忍術のメンバーと瞑想を公園でやってきた。
家の中は、少し寒いけど、やっぱり メキシコ、外の日差しは強かった。
太陽熱を充電してきて、お昼には、一眠り。家では、娘も旦那も お昼まで ゆったりしてました。
娘は、昨夜ファンクラブのメンバーと8時くらいまで、お遊び。
私と主人は、お友達の誕生パーティに参加。

お昼過ぎにスパゲッティー作って、娘と一緒に「千と千尋の神隠し」をもう一度見て、主人と三人でダウンタウンまで、DVDを買いに行ったが、お店が閉まっていたので戻ってきた。
時計を見たら、まだ、5時チョイ過ぎ。

踊りに使う竜の小物を作って、ダンスも練習。
やっぱ即興でやろうか・・・と、また手抜きの悪知恵が芽生える。
娘も途中でダンスに参加。「もう寝る支度しな」と時計を見たら、あら、まだ6時半。
8時過ぎかと思ってた。娘も、びっくり。

主人の学校に 明日提出する、ワークショップのカリキュラムをざっと書いて、主人に渡し、
少し見やすく訂正してもらった。
さー もう 寝るか と時計を見ると、まだ、9時、え?ウソだろ。
娘は、ベッドでずっと本を読んでる。「寝る時間だよ」と教えて、アイロンかけやって、台所でも片付けようとキッチンへ、キッチンから出てきて またびっくり、まだ、10時前・・・・結構 洗い物溜まってたから 時間掛かってたはずなのに・・・・・

不思議、そういえば 今日は、猫も変だ。
ずっと寝てる。
一日中寝てる。二匹とも。

やっぱり、地球の自転が遅くなってる。
でも、なんだか、しあわせ 
太陽熱 充電したからかも・・・

特別、何も無い日曜日だったのに、心がゆったりして、理由もなく「幸せなんだな」と実感してしまった。
家族全員がそう感じてたみたいだ。
猫も人間も ゆったりくつろげた一日でした。

2009-11-21

「私は、好きでこの環境にいる」

私が読んでるメルマガより

 女と男の「心のヘルス」-癒しの心理学 142号 2006.11.8
http://www.556health.com/archives/2009/11/142.html
http://www.556health.com

◆献身は美徳、の危険

 日本人のメンタリティーの中には、自分を犠牲にして、他人のた
 めに尽くすことを美徳と捉える考え方があります。

 本人がそれで満足しているのであれば、大変立派なことですし、
 他人がとやかく言う筋合いのものではありません。

 それに、十分に幸せになった人は結果的に他人のために尽くすこ
 とが苦でなくなり、周りから見れば他人のために尽くしているよ
 うに見えたりするのです。


 ただ、悩み、苦しんでいる人の中には、この、
 「自分より他人を優先しなければいけない」という道徳観に縛ら
 れていると思えるケースがあるので、今日はこの、

 「自分より他人を優先しなければいけない」という
 心の縛りを解いていただこうという内容を書きます。


◆自分の幸せ度チェック

 あなたは、何らかの労働をしていると思います。幸せに働いてい
 ますか?勤労だけでなく、家事労働も含めて考えてみてください。

 幸せに働いているのであれば、大変結構なことです。

 本当に幸せかどうかは、この質問に答えてみると分かります。

 問:もし、あなたの隣に、財産があったり、とても割のいいビジ
   ネスをしていて、はたから見ると大して働かず楽に暮らして
   いるように見える人がいたとします。

   あなたは、どう感じますか?


 (ちょっと考えてみてください)


 ・

 ・

 ・


 あなたの隣にいる幸せそうな人を見て、気持ちがぐらつかないの
 であれば、あなたは、その労働を「好きで」やっているのですか
 ら、大変結構なことです。

 または、好きとまでは言えなくても、自分の人生を豊かにするた
 めに「覚悟を決めて」やっているのでしょう。

 大いに結構なことですね。それなら、今日の話は不要です。

 さて。

 もしも、幸せそうな人が隣にいて、なにか焦りのような気持ちを
 感じたり、いらいらする気持ちになるとしたら、
 (働かないで楽に暮らしているなんてけしからん!という怒りの
 気持ちの場合も同じです)

 あなたは、自分が望んでいる生活をしていないのです。


◆こんな久美子さんがいたら、何と言いますか?

 ちょっと、たとえ話をしますね。
 これは、あづまの創作であって、実際の話ではありません。


 久美子さんはとても献身的で、周りの人からは「いいひと」と評
 価される、物静かで大人しい女性です。

 最近だんなさんが失業し、その後なかなか仕事が見つからないの
 で久美子さんが働いて一家を支えています。

 体が弱くなってきた実の両親と同居しているので、家事も引き受
 けています。さすがの久美子さんも疲れ気味です。

 母親は昔ながらの強い女性で、若い頃は身を粉にして働いていま
 した。久美子さんもその姿を見て育ちました。

 最近、久美子さんが疲れて休んでいると母親から
 「だらしない」と喝が入りました。


 久美子さんは、何とか両親に認めてもらおうと辛い体に鞭打って
 家事をして、仕事もしています。負けず嫌いですから。

 でも最近、何のために生きているのか分からなくなってしまいま
 した。


 さあ、あなたなら、この久美子さんに
 なんとアドバイスしますか?

◆自分幸せにしているかどうか

 他人を幸せにすることは、とても尊い行為であり、
 そのこと自体は否定すべきものではありません。

 しかし、他人に尽くす一方で、自分が幸せに毎日を生きることを
 ないがしろにしているのであれば、そして特に、幸せな人が隣に
 来たときに何か不快な感情を感じるのであれば、

 自分を幸せにしていないという点で、問題なのです。


 逆境に負けない、めげないことはとても大切なことです、

 ただ、その逆境はちょっと考えて工夫すれば抜け出せるのに、い
 つまでも辛い環境に身をおいているのであれば、

 もう、身も蓋もない言い方ですが、

 好きでそこにいるのです。


 「私は、好きでこの環境にいる」

 自分に向かってこの言葉を言ってみてください。

 心の声が、

 「ああ、そのとおり」

 そんな感じで答えてくれたり、
 何か、体に温かい感じ、穏やかな落ち着いた感じが現れたら、

 あなたは、自分の望む環境を手に入れています。


 「私は、好きでこの仕事をしている」
 「私は、好きで主婦をしている」
 「私は、好きでこの家にいる」

 そう自分に言ってみたときに、
 「いや、○○がもっとこうなったらいいのに・・・」

 見たいな声を感じたら、それがあなたの願いです。

 あきらめるのではなく、それをいかに実現するかを考えることが、
 幸せに、そして感謝しながら生きるうえで大切なことです。


 自分の望むことが叶い、幸せな気持ちで生活していると、
 他人のことも幸せにできるようになるものなのです。

 幸せのおすそ分けです。

 分けるためには、まず自分が幸せを持っている必要があります。


◆幸せでない人が、相手に尽くすと、こうなります。

 自分が不幸なまま、他人に尽くす場合、
 共依存に陥りかねません。

 共依存というのは、ものすごく簡単に言うと、

 依存側が、わがままを言い、アルコール依存になったり暴力を振
 るったりすることで、
 「あんたは、優しくないだろう、どうだ?」
 という言葉や態度でのメッセージを送り、

 自立側が、徹底的に相手の世話を焼きながら相手の自立を妨げ、
 「あなたは、だめな人。すべきことをしていない」
 という言葉や態度でのメッセージを送る、

 という構図です。

 片や「あんたは優しくない」
 片や「あなたは正しくない」

 相手に罪悪感を植え付けて自分の思い通りに相手をコントロール
 しようとするのです。


 暴力やアルコール依存などは本当に極端な例ですが、

 うまくいかないカップルは、大抵共依存的な問題を抱えているも
 のなのです。


◆好きでいるわけじゃない!

 そう、好きでその環境にいるわけじゃないという気持ちになるの
 はよく分かります。

 しかし、こう自問してみてください。

 「私は、この環境にいることで、どんな利益を得ているだろう?」


 たとえばそれは、
 人生を変えて、未知の世界に飛び込むことへの不安と恐怖を感じ
 なくてすむことかもしれませんし、

 たとえばそれは、
 少なくとも一時的には、自分のパートナーを怒らせて家庭内が
 険悪になることかもしれません。


◆私は、それが出来ない

 自分には出来ないと思っていることが壁になり、環境を変えるこ
 とに不安や恐怖を感じているかもしれません。

 そうです。

 変化することによる痛みを避けること。
 これも含めて考えれば、
 「好きで(=自分の意志で)そこにいる」のです。


◆なぜそんな、好きでそこにいると強調するのか?

 それは、現在の環境を他人のせいにしている限りそこから抜け出
 すことができないからです。

 変化を恐れる気持ちや、どうせ自分には出来ないと思う気持ちと
 きちんと向かい合わない限り、いつまでも誰かのせいにしながら、
 不本意な環境にとどまることになります。

 私の場合、不本意な環境をはっきりと認識するための魔法のキー
 ワードが「好きでここにいる」でした。

 嫌なことを愚痴りたくなるとき、
 「好きでここにいる」
 ・・・・あほらしくなってきませんか?

 なんか行動しようかな。

 そう思いたくなりますよね。


 あなたも、ぜひ、言ってみて下さい。
 「私は、好きでここにいる」

2009-11-10

久々

こんにちは、ご無沙汰です。
昨日、街中に出かけたら、珍しく頭痛になりまして、今朝から 気分も優れず、ざっと掃除して、またベッドに戻っています。巷じゃインフルで大騒ぎとか、でも、メキシコは、静か。昨日、布団の中で、頭痛と戦っていて、気づいたこと、リラクゼーションの音楽を聞くと 痛みが治まるというのを発見。

さてさて、我が家は、今どんな状態かというと、主人は相変わらず、職探し、話だけで、決定のものが無い、このことは、メキシコに来て 私も痛いほど経験した。メキシコの人は、先にイエスといって引き受けることがある。そして土壇場になって、駄目だったということが多い。気をつけて、話に乗らないと気落ちしてしまう。

娘は、ホームスクールでは、やはり、友達も作れないので、近くの公立学校に通うことにし、学校に問い合わせ中。そこの学校は、授業が午前と午後の部に分かれていて、午前の部の8時から12時半のクラスを希望してる。そうすれば、ホームスクールと両立できるから。

私は、面白い話がチョコチョコ、今度の木曜は、知り合いの大学で、高校生向けに「日本の日」と題してイベントをすることになり、習字と日本の文化紹介を私がやることになった。「おてもやん」とか、得意の「阿波踊り」披露してみる。ちょっとした小遣い稼ぎだ。それと、別口で、大きな絵(まだ何を描くか決まってないけど)、と 友達のお店に小物として置く、虎の絵を頼まれた。あと、テレビの新作、子供向け番組『空手道』の小道具(掛け軸とか、絵巻とか)の書き物の話が来た。これはまだ、決定していない。予算しだいだそうだ。その番組のライターさんが知り合いで、私を悪役で出演させたいとか言っていたが、多分無理、スペイン語だめだしね。ま、そうなったら楽しいけどね。とにかく、日本人というだけで得してる私だ。感謝 感謝

先日の日曜は公園で、瞑想とムーブメントクラスをやった。このクラスは、忍術やってる仲間たち、実におもしろい。一回目のクラスの後、リーダーが、細かい音まで、耳に入ってくるようになって驚いたとかいっていた。前のクラスでも、生徒さんの中に、いろんなことが起きていたのを思い出す。ひとりは、大学の授業中に、教授の体半分に オーラが見えて、教授が机の上のコップを持って、机に戻した後、そのオーラが、コップにも写っていたとか。
私もそんな体験してみたい

実は、精神的に、落ち着かないのが本音。ヴィバッサナー瞑想法の本を読み返して また また、目からウロコ。表面だけ自己陶酔的に修行してるように見せて、根底の心の癖に本気で取り組んでいないことを反省させられた。毎日の生活で気づいていくことなのに、言い訳に走ってしまう。カナダでの いろんなことの怒りがまだ心にあった。旦那に 怒りの直球を投げてしまったのです。ま、自分で繕っていくしかないね・・・・

2009-11-04

大駱駝鑑を見に行った

10月25日(日)






サルバンティーノのお祭りに日本から大駱駝鑑がやってきた