2009-06-29

6月の不思議

6月11日
不思議なことが続いて、この日は、バスの中で、これまで関わった多くの方に感謝の気持がこみ上げてきて、涙した。

6月8日に私の「ぴゅあマイム」クラスの生徒さんのアレキさんの教えているという絵画教室を見学に行った。以前から、私もそこで、絵を教えないかと言われていたからだ。教室というより、露店といった方が近く、彼女は、既成の陶器の置物に お客さんが自分で色を塗る手伝いをしてるというもの、ちょっと想像と違った。私の絵は、ここでは無理だな~、と思っていると、彼女が、これも以前から、話してくれていた、あるホリスティックセンターに今から案内すると言うので、(アレキさん、少し英語は、分かるようだが、話せない。テンポの速いスペイン語で、詳しいことはよく分からなかったが)付いて行った。
スピュリチャル系のコースを色々教えてるセンターで、雰囲気もよかった。アレキさんの旦那様のお兄さんが、オーナーらしい。以前から、この話は、彼女がしてくれていたが、具体的に進まんでいなかった。そのオーナーのお兄さんが忙しくて、アポイントが なかなか取れなかったのだ。私のクラスに関する、プリントを受付に置いて その日は帰った。
2日後、連絡があり、今日会うことになった。

今日、12時 センターで待ち合わせ、もう一つの本部みたいなところに連れて行かれた。迎えに来てくれた人は、英語が通じた。私は、付き添いもなしで、上手く話せるかなと思ってはいたが、その日の朝、自宅のコピー機の前で、作業している時、3階の部屋の小さな窓から、私を狙ったかのように、日の光が強く射して来たので、この日は、結果が うまく行くような気がしていた。
予想は、当たった、オーナーのアントニオさんは、とろけるぐらいの優しい目をした方で、言葉は、うまく通じないけど、お互い会うべき人に会ったな、という感じで盛り上がり、8月から週二回で、クラスをはじめることになった。
名刺代わりの私の羅漢さんの絵のポストカードを渡すと、『あなたの絵をここに飾ってください』と、受付に入って正面の壁に、黄色の縁取りしてある、四角い大きな絵のコーナーを指差した。あの壁に、どんな絵を描こうかとウキウキしながら、お昼を招待してくれた もう一人の生徒ホセさんの家に向かった。

我が家は、今、移転先を探してるのだが、ダウンタウンで観光地っぽい、レオンの凱旋門がある辺りを気に入り、その周辺を探している。このことを、私のクラスのみんなに話したところ、ホセさんの家が、その凱旋門のすぐ近くだということがわかり、びっくり、彼女から、一軒貸家がそういえばあると情報を貰ったので、早速 その家を見に行って、またびっくり、探し回っていて、なんとなくあの家は、貸家かも 借りれるといいなと 以前思っていた家だったのだ。とりあえず、ホセさんに連絡を取ってもらっていたが、貸してくれるかどうかの返事が、なかなか帰ってこないので、あきらめ状態だった。そんな思いで、今日、ホセさん宅にお昼を呼ばれに行った。
この日、ホセは、いつもの可愛い笑顔に勝って、満面の笑顔、『ナブック、ミラクル!』と、私の名をいつものように鈍って、叫んで、ハグした。なんと、家の持ち主から 今日電話があって、貸してくれると返事があったのだ。それも、こちらの希望価格で。
なんでも、その家は、ホセのお友達だった持ち主が亡くなってから、姪っ子3人のものになっていたらしく、今まで3年間、人に貸したことがなく空き家になっているらしかった。お化け出るかも・・・楽しいぞ
テンションが一気に上がり、お昼をご馳走になった。

ホセさんの家には、鍵が掛かっていない、いつも人が出入りしている。特に お昼時は、色んな人たちがやってくる。それを子供っぽい笑顔で迎えるホセさん、彼女の手作りの料理の数々は、追って紹介することにして、この日は、通訳してくれてるエリちゃんと、初めて会う老紳士、ファーザーと紹介されたので、「誰のお父さん?」と聞いたら、教会の神父様であった。そうか、ファーザーだよな。
ホセのお兄さんは、可也、陽気な方、その はしゃぐ彼を 横で神父様が、首を振って口ぐせのように、優しくなだめて、なにやら言ったので、その言い方とジェスチャーを真似て、私がスペイン語を口にしたら、皆大笑い。
神父様の落ち着いた振る舞いに、ホッとしたのか、自分らしく自由な気分で、和んじゃいました。早々、借りたいと思っていた家の住所の番号にも ちょっと惹かれていたのです。7 5 6 ( な・ご・む ) なごむ家 な分けですよ。

そんな中、食事中に掛かっていた音楽に、はっとした。子供の頃 よく学校の放課後に流れていた、聞き覚えのある曲だったからだ。『遠き山に日は、落ちて~』この曲は、日本で聞いていたと説明したら、今度 日本語で歌ってね。と言われた。
帰り道、この歌詞の、「日は、落ちて~」の先が出てこない。
海外で、日本の曲に感動したのは、これが二度目だ。
カナダで、一人ぼっち 家にいるときに、『ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン、ハイハイ』と、ラジオから流れてきたときには、涙して、この歌、歌ってましたね。あの感動は、分かる人には分かる。

帰宅中のバスの中、幸せに涙して、これまで 親切にしていただいた方たちの顔が浮かんで絶えなかった。
特に、カナダの家の隣に住んでいた、ジェーンの顔が浮かんだ。暗い顔の私を、さりげなく労わってくれて、笑わせてくれてた彼女の皺一杯の顔だ。
ここに来て、今度は 私も和みを人に与える余裕が出てきたことに あーやっと自分らしくなってきたな~と、感謝した。

2009-06-06

多い展開

絵が 3枚 売れました。パチパチ
絵に関することで、9月に 今お世話になってる大学で、一ヶ月個展をやることになりました。最終決定までいっていませんが、お話を進めています。私のクラスの通訳やってくれてるアート大のEちゃんが、アーテイストをサポートするビジネスを研究課題にしていて、私を使ってくれることになった。個展の始めと終わりに何かパフォーマンスもやれたらいいねなんて話しています。
来期の私のクラスについて、学校側から続けてくれるよう頼まれました。人数が少ないので、学校側から、断られるかと思っていたけど、何でも、学校が持ってるラジオ番組やら、いろいろと宣伝してくれるとか、8月にクラスの紹介も兼ねて、デモストレーションもやることになった。
主人も、レオンのトップの大学で、週二回ムーブメントのクラスをやることになり、将来的には、正式に講師にしてもらえるらしい。一緒に、学校に話をしに行って、興味を持ってもらって、とんとんと話が進んで行ってる。やっと、厄が抜けた。
主人からの提案で、もっとダウンタウンに スタジオ兼住居の家を借りることにした。今の家賃と同じくらいで、結構、広いところが借りれると言うのだ。明日、物件を見に行く。メキシコはこんなところが面白い。何かやるにも なんだか簡単に出来てしまう。そうだからか、メキシコ人は、簡単に何でもOK と引き受ける。それをまともに期待してると、こけてしまうから、60%くらいの期待で丁度よい。と、最近学んだ。
展開が多いが、エキサイティングも過剰にせず、いたって冷静だ。旨く行けばラッキー、おじゃんになったらまたやり直しすればいい、と、構えてる。少しメキシカン?

2009-05-10

母の日


''Happy Birthday''と、朝起きて、顔を洗ってる私に背後からの 夫の声。 
だ、誰の誕生日かい?と、不思議に思いながら、顔を洗い終わったあとに、あー、''Happy Mother's day '' のことかい、と、納得。
とうとう、自分の母には、何もせず気付かないまま過ぎてしまった。今夜、一日送れだけど、電話してみよう。時差を言い訳に・・・・

小学校の頃は、母の日には、学校でカーネーションをくれて、忘れることはなかった。
母の日のプレゼントは、いつも三姉妹でお小遣いを出し合って買っていた。素敵なボトルの乳液の化粧品を買って プレゼントしたことがある。十代になってから、三姉妹で、母の日のプレゼントを相談していたとき、長女から「安物の化粧品を贈っても使わないよ。前にあげた化粧クリームだって、ずっと鏡台の奥に仕舞ってあったもん。」と聞き、なるほどと、複雑な気持になったことを覚えている。もしかしたら、いまだに、鏡台の奥に 存在してるかもしれない あのポンズクリーム・・・

50を過ぎても、母の日に母が存在する奇跡に、深い感謝が沸いてくる。
なんと 有り難いことだろう・・・ポンズクリーム 贈ってみようか・・・


昨日、ヘアサロンに行き、長かった髪をばっさりショートに切ったら、15年前に同じように、短く切ったときと 全く、同じ髪形になっていることに気付いた。
切ってもらったヘアサロンの娘、まったくテクニックがない素人で、最後には、ベテランらしい男性に助けを求めて、代わってもらったりしていた。だから、私の頭半分下は、プロ、半分上は、素人のヘアスタイル。シンプソンファミリーに出てくるキャラに似ている。
カタログのFunkのモデルさんの髪型と似ても似つかない。ファンキー、ファンキーチューリップです。黄色に染めたら、蝶々が止まるかも
大嫌いな、ジェルをつけて、何とか、カッコ良く工夫している。
五右衛門少年Aに戻ってしまった。
暫くは、帽子を手放せない・・・・丸坊主にすりゃよかった

私の娘に、益々、母らしくなくなっていく母に一言と聞いたら。
『男みたいなクールなママも好きよ』と返ってきた。

2009-05-07

どんでん返しかい?

【5月7日 AFP】新型インフルエンザ「インフルエンザA(H1N1)」がパンデミック(世界的流行)の一歩手前といった感で広まっているが、これまでに新型に感染した人は、今後このウイルスがより致死性の高い型に変異した場合も、すでに免疫があるために感染せずにすむかもしれないと、科学者らが指摘した。

・・・・・中略・・・・・・・

同研究を行った米ジョージワシントン大学(George Washington University)の伝染病学者、ローン・シモンセン(Lone Simonsen)氏は「1918年の場合、現在われわれが持てる判断力から考えると、ウイルスの毒性がまだ弱かった最初の一波の感染を許したほうが、免疫力をつける上で良かったはずだ」と語る。

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2600098/4113377 より


まったく、''Monkey's paw'' by Laurie Anderson の歌が聞こえてくる・・・・

神様は、こんな遊びが 好きなようだ。
下界で、パニックってる人間に、ほ~ら、最後の落ちは、これだよ~~~。と、笑ってる。

結局、今のうちに軽いインフルに掛かっていた方が、後から来るかもしれない強烈なインフルに罹らず済むと言うわけか?
必死になって、感染者をシャットアウトしてる国が、これから一番危ないってことかい?

しかしながら、殺された豚君と、イノシシ君は、さぞや、悔しい思いをしているだろう・・・・

国単位で、パニック度が異なっていて、まるで映画のような騒ぎでしたが、結局、最後に笑うやつ(国)は、誰(何処)って所ですか?
情報社会を手のひらで転がして遊んでるな~~~誰かさん。
最後の最後なんて、ないかもしれないけど、どうなることやら・・・・・

来週から、学校も再開。
今、メキシコは、夜中、雷が鳴っています。大粒の雨も降り始めました。
まるで、この一騒動の舞台にカーテン幕を下ろすかのように・・・・・

満月のお月さんが、遠くで、静かに拍手をしてるようです。

沢山考えることを授かった この10日間でした・・・

2009-05-03

ブタ殺処分に反対の養豚業者ら、機動隊と衝突 エジプト 写�

ブタ殺処分に反対の養豚業者ら、機動隊と衝突 エジプト 写�

Jさん

親しくしてもらってる近所に住むJさん、数学博士、アートを愛する穏やかなアメリカ人、家の前を通ると いつも 8歳のお子さんの弾くピアノやバイオリンを見てあげてる。本人は、チェロが趣味。先日は、京都で講演の際に購入したという電子チェロを見せてくれた。
アメリカとメキシコを行ったり来たりの生活。お子さんと描いた油絵が、いたるところに綺麗に飾られてる。ギャラリーみたいに・・・
我が家の娘が、バイオリンを習い始めたと話すと、色んな情報を教えてくれた。
その彼が、先日、老齢のお父様を亡くされた。何でも、お父様は、絵描きになりたかったけど、家族のために歯科医になったとか。
漢字が好きで、お孫さんにも漢字を教えていたようだ。お孫さんに「福禄寿」と書いた紙を残されていて、Jさんが、何と読み何の意味何か私に聞きに来た、七福神の一人、私も良く知っていなかったが、そんなことを教えて、喜んでもらった。
Jさんのお子さんも私の子供向け日本語クラスに誘った。クラスは、インフルエンザ騒動が収まったら、また再開する。

今日は、自宅待機してる娘も、我が家の共同庭で、他の子と遊んでも良しと、主人と判断。しかし、マスク着用で。
このマスクが、いやらしく、何度もマスク無しでは駄目かと聞いてくる娘、まだ、学校の閉鎖も解かれてないので、そこまでは譲れない。

頭の中で、「油断するなよ」と、ささやく声も聞こえる。