2013-09-16

捨て犬

久しぶりの投稿です。色んな事があったので何から書こうかな。やっぱりワンちゃんのこと。
私の住んでいる酪農地域では、純血種の犬も捨て犬で見かけます。先々週もラブラの血が入った大きな犬が、痩せこけて我が家の庭に居ついていました。迷い犬を2匹も既にペットにしている我が家では、心を鬼にして敷地内から追い出さなければなりませんでした。犬の散歩に「仲間に入れて」と愛らしく付いてくるまだ若い黒いその犬。私が冷たくするのが、わが家の犬には分かるらしく、その犬が私に近づくと威嚇し、私が居ないときには仲良くしてるみたいでした。娘が犬猫病院に問い合わせてくれて、アダプションを世話してくれる施設を教えてもらい、先ずは、市の施設に3日間預けてから、その手続きに入るとかで、レオン市内に住んでいない私たちは、引取りに来てもらえないので私たちでその市の施設に連れて行きました。連れて行くと決まってから少し餌をあげて、ワンちゃんも幸せそうに仰向けに寝たりしていました。施設に連れて行くとそこには、引き取られた捨て犬たちが外の囲いにびっしりと100匹ほど居ました。その犬たちは、処理される犬たちなのです。その脇のゴミの山の上に子猫の死骸がありました。私と娘は、犬を預けた後、車の中で涙が止まりませんでした。私たちが預けた犬は、別棟の檻に入れられ三日後に、予防接種などしてきれいにしてから、アダプションの世話をしてもらうと聞いていましたが、もし誰も引き取り手が居なかったら、あの野良犬たちと同様、処分されるわけです。メキシコは野良犬の問題が深刻です。飼い主がきちんと保護していません。放し飼いであちこちに子供を産み、野良犬を増やしています。飼えなくなった犬も捨てています。しばらく人間止めたくなった重い日が続きました。
今も、我が家の周りには迷い犬が耐えません。目を瞑るしかないのかな・・・・、
この事があってから、犬の餌は部屋の中でやるようにしています。




2013-08-19

マイム詠(うた)


体が笑う・体が弾む・体が沈む・体が詠う
体はじっとするのだろうか
試してみる
じっとしたままが辛くなる

心が動く・心がへこむ・心が熱くなる・心が詠う
心は無関心になるのだろうか
試してみる
無関心のままが痛くなる

ならば、なすがままにしてみるか
試してみる
なすがままが 詠いだす

命を喜ぶ鳥のさえずりの如く

真空の中で 心と体が 詠いだす
                  by Nob
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     「子ども と マイム」

小さな子供に「お花が咲くよ」のマイムを教えたとき、
お話しないでやれるかな?どうして おしゃべりしないかわかるかな?
の私の問いに、その子の答えは、「お花はしゃべらないから」

種から芽が出て花になるまでを、そのものになりきって 
その子は、私とその子のママの前で見せてくれました。
その一連は見事な詩でありました。
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このおはなしを一場面ずつ その子といっしょに立体絵本にしようと作っています。
これがその一番目 

             土の中に、Aちゃん種がねむっています

おやおや、雨がふってきたよ

Aちゃん種は、大きくなりたい、大きくなりたいと
                大きくなっていくよ
Aちゃんは、お花の芽になって 
               大きくなっていくよ
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これからお話は、木になって,花が咲いてと続きます。
マイムで一度、動いてから、絵本を作って、また次のお話の展開をマイムでやって、
1ページずつ製作、しぜんとしっかり創作意欲が身に付きます。

これ、大人にもいいんですね。

2013-07-28

花になる決断

楽しみにしていたサマーキャンプの話がお流れになりました。人が集まらなかったということです。その代わり、大人対象のワークショップを企画してもらっています。宣伝が間に合うかどうかですが・・・・ポーランド・カナダと違った環境で、いろんな自分を発見、納得、そして進化し、今は落ち着いています。
人は思考1つで、いろんな自分を引き出すことが出来るものだと、今更ながら、面白がっております。私はトラウマと言うものが如何に肉体に記憶されているか、自分を通して観察しています。
マイムの自主練をすることやマラソンすることや気の合う人とおしゃべりすること、これらが、体内に持ち込んだ負のエネルギー記憶の解消に役立つことも理解できました。
「死んだ言葉」「生きた言葉」についても、また学ぶ機会がありました。
思い通りにならない苛立ちを弱い立場の者に機関銃のように撃ち、優位になったつもりでいる。その様な構図が、目の前に現れると、以前の私なら、耐え切れずに目と耳を塞いでいたでしょう。
なぜか今は、私も含め人は、なぜそうしたくなるのか、もう一歩踏み込む余裕があります。立ち止まり、己を深く知ることが怖い人は、切なさや空虚や寂しさをごまかそうと必死です。
愛されていないとどこかで、ひがんでいるのです。ドラマクイーンになりたがるのはなぜでしょう。
人も犬も変わらないなと、思えます。犬が吼えるのは、恐怖が元で、威嚇します。大丈夫と撫でてやれば落ち着きますが、鳴くなと叱るとさらにもっと吼えます。
人間は寂しさに耐えれるように作られていないのかもしれません。逆に考えれば、繋がった生命体なのだと言うことでしょうか。負のエネルギーにも引き込まれやすいし、無視するにもエネルギーを使います。見てみぬ振りが出来ない。自分がその人の中に存在してるそう思えます。正のエネルギーには同化しやすく元気をもらえますが、持続性が弱いです。
人って完璧なのか負完璧なのか不思議な生き物です。感情・思考・体が、独立していくのが分かります。思考を体が記憶し、体が感情を閉じ込める。そんなやり取りもしている面白い生き物です。そんなやり取りから自由になりたがり、格闘している、永遠にそうしてるかのように、繰り返しています。それがプラスとマイナスのエネルギーを持った者の宿命なのでしょうか。

花のように単純ならいいのになと、花のことも知らずに逃げ思考します。

中途半端に付いた知恵の持ち主は、扉探しに我を失います。

花になる決断を実行する積極性は いつ思いつくのでしょうか・・・・・




2013-06-25

マ・マスターだと?

メキシコのレオンは、最近、夕立が多いです。停電覚悟で書いてます。我が家のワンチャン2匹は犬小屋で丸くなっています.やっほ!散歩行かなくて済む。 お、また 雷。
さて、以前に何度かパーティでバルーンショーとプチマイムをやったことのある知り合いのバレエ学校から、7月中旬からのサマーキャンプでマイムのワークショップをポーランドに行く前に頼まれていました。今そのカリキュラム組んだところ。その知り合いのMさんから「マイム何年習った?」との質問に、10年以上かなと言うと、じゃあもうマスターじゃないですか。と言われ、自分がマ・マスターだと?と考えてもみなかった事実に気づいた。で、そのお話受けました。旦那同様、相手が子供でも、アートのマイムやります。内面のエモーション変化中心です。でも 楽しくね。

カリキュラムのテーマは、花木 虫風くん
これ、名前じゃないです。

花と木と虫が、「人」だったときの記憶を 風さんに思い出させてもらう と言うエチュード
なんか立派でしょ。

テクニックはストップモーション・スローモーション・目覚め、それと 軽い物と重い物というように対象物を正反対に変えながらやる 触れる・摘む・投げる・嗅ぐというアクション

想像力の塊の子供たち きっといい時間が過ごせると思います。

2013-06-23

どこでもアーティスト

ポーランドのマイムワークショップ公演から戻って、ドカーンと中身がひっくりかえった状態でしたが、今、また以前の のたり状態に引きずり戻されつつあります。タイムトリップってこんな感じかも。ポーランドで別人のように堂々とやってのけた自分が不思議だー。
パンフレット見たら、ほかの参加者のアーティストは、みんな凄い経歴。私のページの空白の白さがやたら目立っていた。あんな立派なパンフレット作ってもらえるんだったら、もっと経歴書いときゃよかった。と言うか、これから経歴作ろうと、いい意味で意欲湧いたね。これが今の私なんだと素直に認めたね。

これまで旦那のサポートで満足してた。それがいいと思ってた。でも 違う気がしてきた。旦那にも以前言われたことがある。「僕が上ではない、あなたが下でもない、あなたは同じライン上に立っている、師匠とか弟子の観念は僕にはない。だから あなたが、おやりなさい」こういった意味のこと。日本人の考え方とカナダ人の考え方の違いなのか分からないけど、彼には自分が師匠であるという観念はないのだ。これまで「サポート」なんて自分に言い聞かせて、檻を囲っていたのが、すっと取れた一瞬だった。つまりは、師匠に依頼していたのだ。だから、彼に頑張って欲しいと思っていた・・・私が頑張ればいいことなのに。頑張るという言い方は好きじゃない、そう 楽しめばいいこれがいい。

ポーランドでアーティストのジレンマみたいなのを みんながスピーチし合ったのが最高に面白かった、旦那は何も言わずニコニコそれを楽しんでいた。旦那の師匠は、これまでの自分の格闘を語っていた。「エネルギッシュ」これがこの人を支えている。アーティストってこういったエネルギーを自己生産して楽しんでる生き物かもしれないな。旦那にはそういったものないな。本人もよく言う「僕には情熱がない」。この人は深海の静けさで動いてる人なのだな。そうも思える。すべてを肯定する太陽の様でもある。彼には、すべてを否定する世界には入り込めそうもない。

彼みたいなアーティストは稀だと思う。こだわらない。ちゃんとマイムアーティストなのに、仕事として割り切れる柔軟さがある。いいことか悪いことか分からないが、そのお陰で、家族は路頭に迷わずに済んでる。自分を分かっているんだと思う。自分からソロ作品を作る意欲があまりない。彼は言う、「僕にはソロを作る才能はない」  自分を過大評価しない

あれだけの恵まれた体と、培ったテクニックを持ちながら、なぜそれを生かさないのか。もっと主張しないのか、いつも疑問だ。でも、彼の生き方だから それでいいのだ。

ポーランドを発つ前に、旦那の師匠が見送りに来てくれて しばらくコーヒーを飲みながら話す機会があった。彼の師匠は、「客がひとりでもステージをやらなきゃ、やり続けなきゃ、」と、私が言いたいことすべて彼に語ってくれた。

ニューヨーク時代に、旦那は師匠の劇団公演資金をサポートしていた。日本のアミューズメントパークで、一日3回のショウをしてだ。彼はそのマイムをべースにしたショウで、かなり稼げるようになったのだ。そればかりか、日本のストリートパフォーマンスの水準を上げ、大道芸の観念をアート的な思考に促した一人でもあるのだ。私はそれをずっと傍から見ていたのでよく分かる。これまで出会った多くの世界トップパフォーマーがそうであるように、気負いなく自分の芸をシェアし、サポートし合うゆとりがある。しっかりした技を持ってる人にしかできないことだと思う。

私もそうでいたい。「どこでもアーティスト」でいたい。そうなる、そうなっていく、もう 少しだけそうなってるかも・・・強くなってきた

孤独は寂しさではない 強さに付きものだ 
ときとして、寂しさを避けようと 強さを身に付けずにしてしまう

もったいないな、
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    「寂しい」から、「強い」になる      by ノブ



    独りになり 心のままに体を動かす

動かすはずが、動いてる

    そう委ねたとき、独りが消え 全てとなる

「寂しい」から 「強い」になる

     体は 独りでに奏でている

           心地いい

2013-05-11

やっとのインターネット

久しぶりの、投稿です。インターネットが、ちょぼちょぼの繋がり方で、時間だけを無駄にしてしまうので、家では もうパソコンを開く気させしなくなっていました。今日はスターバックスに かれこれ5時間長居して動画のダウンロードやりながら これ書いています。
隣ではイベントやっていて、長い髪のおじさんが、メキシコのポップソングを熱唱しています。
尾崎 紀世彦に似てるな~、♪ また会う日まで、会えるときまで ♪ .....もう旅立たれましたけどね~。

ばたばたのこの2ヶ月でした。時間差で、親戚がカナダとバハマからやってきて・・・

なんかもういろいろあって忘れちゃいました。

きのうは、母の日みんなでイタリアンレストランで食事して、映画見ました。スタートレック
ダイアログが多すぎて寝てしまいました。英語の許容量を超えると寝ます。

隣が盛り上がり過ぎて、なんだか頭がちんぷんかんぷんです。

ではでは、

2013-03-19

あれこれと春 

腰・背中・腕の三箇所に一気に痛いものが襲って、流石に昨日は痛み止めに頼ってしまった。この所、急に寒くなったりして、重いカバンでのバス通いと、抜刀術朝練で、木刀が長かったせいで無理な姿勢で、剣を抜いていたので、筋を痛めてしまい、コーヒーカップさえも持ちあげられないほどでした。ウォーミングアップの大切さを痛感。あちこち痛いです。

今日は、かなり回復して来ましたが、外出は避けようと やたら慎重です。昨日ちょっと動きすぎたからね。

昨日、40才代の姪っ子が、御友達の家で、ペットの大型犬に襲われて手を14針縫うという出来事が起きました。全治3ヶ月とのこと。ペットと言えどもやはり野生の生き物、いったいその犬は何を察して襲ったのかわかりませんが、犬には襲う理由がちゃんとあったのでしょう。

きのうの事ばかり書いてしまいますが、きのうは、抜刀術のクラスの後、お友達とランチを楽しみ 、夕飯は家族でまたレストランに行きました。祝日だったせいもあって沢山の人でした。全身筋肉痛で、一日中、痛み止めが離せませんでしたが、いい日でした。

良い人と語らい、いいものを食べ、家族とともに一日を終える。こんなシンプルなことが、こんなにも気持ちいいのはなぜでしょう。

少しばかり前に、心に植えていた種 が、芽を出し、伸びようとしています。
この種、一時はもう枯れてしまったと思っていましたが、多くのものから栄養を知らず知らずのうちに吸収していたようです。
「花を咲かせたい」と気持ちよく背伸びしてる芽を感じています。

私の春はこうやって訪れて来ました。