2016-06-28

お話を書いてみた

昨晩、カナダで書いていたブログのページが出てきたので読み返していた。よく あの頃は、絵やお話を作っていた。今日は、一つ頭に浮かんできたお話を久しぶりに書いておく。

  ** 誰が王様? **

小さな小さな ある島で どんどん人間が増えてしまい 争いごとも多くなって島の人達は、とても困っていた。そこで、人々はこの島に王様を置くことにした。
でも、誰が王様に相応しいのか分からなかった。そこで、島の外に王様を探しに一人の若者を旅に出すことにした。
若者は、出かける前に王様になるための条件を紙に書いておいた。

王様の条件書
     1,偉い人
  2,立派な人

さて、若者は船に乗り,島の住人に見送られ旅に出た。

最初に訪れたところは、物を売ったり買ったりて賑やかなところだった。
「こんな人いませんか?」と、若者は王様の条件書を通りかかる人に見せて歩いた。
ある人が、偉い人ならあの山の上に住んでいる男の人が偉い人だよ」と、教えてくれた。
若者は早速、その家を訪ねた。
「こんにちは、私は王様に相応しい人を探しているものです」と、そこの男に事情を話し「あなたは偉い人ですか?」と聞いた。 男の人は「偉い人?そうか偉いかもしれん。この土地は、みんな私のだし、この土地から穫れる作物もみんな私のだからな」
若者は、「それは偉い。王様になってもらえますか?」と聞いた。
男は、「その島はどのくらいの大きさかね?」と聞いた。若者は「小さい島です。あなたが持っているこの土地より小さいかもしれません」
男は「はははは、それじゃあ 話にならん」と言ってドアを締めた。
若者はがっかりして、男の家を去った。
若者は、そうか、偉い人ではなく立派な人を探してみようと決めた。
次に訪れたところは、女の人がたくさんいるところだった。立派な人を探していると聞いて歩いていると、人々があの寺に住む長老の女性がとても立派な人だと教えてくれた。
若者は、その長老の女性に会いに行った。
「王様になる立派な人を探しています」と事情を話すと、その長老の女性は言った。「立派な人ね、それはありがたい。私には土地も地位もお金もないが、人の助けは快くやってはきました。でも、私よりも もっと立派な方がおられますよ。」と長老の女性は答えた。
若者が「それは誰ですか?」と聞くと、女性は、すーっと顔を上に向け「それは、あのお天道様ですよ」と、答えた。
若者は、「え?どうしてお天道様がそんなに立派なのですか?」と聞くと、長老の女性はこう答えた「良く、お考えなされ、人はお米を作ったり、家を建てたり、何でも自分でできると思っているが、雨を降らすことも、風を吹かせることも、流れ星を作ることも出来やしない。お天道様は、黙ってずっとそれをしていらっしゃる。いっときの休みもなしにな。誰に感謝されることもなしにだよ。偉くて立派だと思わないか?」
若者は天を見上げて、「王様は、ずっとあそこに居られたのか」と、呟いた。
                               
                                                                                                            作;萱のの

2016-06-01

心が決まった日

この時期になると、いつも不安で仕様がない。フリーランスの仕事は、学校が休みに入ると自然と失業状態になるからだ。友達から紹介してもらう仕事は、やはりスペイン語が話せないとできないものが多い。これまでスペイン語習うの怠慢していたから、後悔しても仕方ない。だがしかし、少~し スペイン語にチャレンジしてみた。生徒さんが発音を教えてくれた。15分でイライラ、そんな わけのわかんない音作れないだろ。最悪の生徒。日本語勉強しているメキシコ人を尊敬する。日本語なんて感覚の言語だから、喋れるようになるには、相当努力がいる。ラテンスパニッシュは、楽器の音としか私の耳に入ってこない。言葉じゃない感じ。大雑把な性格をここでなんとかせにゃ。日本語とめちゃくちゃ英語で、なんとか生き延びてることに甘んじちゃいかん・・・・かなぁぁ・・・やっぱり。
日本人相手の観光ガイド、やりたかったな~。なんでこんなに語学不得意なんだろ、日本語教師のくせに。猫や犬や木とは、うまくコンタクトできるのになー。

さて愚痴はそのくらいにして、今日は、イベロ大学のコーディネイターと、新学期について話してきた。しっかりとしたコンセプトに感心。クラスが少なくて、この大学だけでは食べて行けないのが残念。うまく新学期クラスが開くといいな。コーディネーターは英語の先生でもあるので、私の低レベルの英語に付き合ってくれて、なんとかコミュニケーションが取れている。性格も温和で、こちらも話しやすい。若いけどしっかりしていて、チャーミング。この人が助けてくれる間は、この学校でやっていけそうだ。

この大学以外で、学校関係の杜撰さに、ほとほと、くたびれてているのは事実だ。日本語コースを開くのはいいが、いくらレベル1を開いても、続けなくては、無駄なわけで、4ヶ月で喋れると思ってる学校は多い。英語と勘違いしてる。英語だってabcからだったら、やっぱり、時間かかるでしょ。
「この日とこの日、はい、お願い。」クラスのレベルは、バラバラ、どうやってやれというのだ。学校側は、日本人が欲しいだけ、「ネイティブが教える学校です」とブランド化したがる。で、こちらが、真剣に授業内容を相談すると、その場その場の対応、何も考えてないことがわかる。

これまで、私もこの波に甘んじてきた。日本人だからやって来れた語学教師。生徒だって真剣な子は少ないし。けれど、心に罪悪感。ちゃんと教えなくては、ちゃんと教え方勉強しなくては、虚しい。こう感じている今は、ちょっと夢も出てきた。70になってもできるかもこの仕事。日本に帰ってもできるかも。いろんな国にも行けるかも。冒険好きの私には、心をくすぐられる。行き詰まらないように丁寧に もう一回、マイ授業を計画していこう、イベロ大学で。 心が決まって 少し 楽。

2016-05-16

カラーボールペン画

カラーボールペンで初めて描いてみた。もっと薄い色がほしい。

2015-09-27

久しぶりの書き込み


2015年9月の終わり
ダウンタウンにある語学学校の代講を終えて混んでいたバスに乗ったら財布盗まれました。あいにく携帯も繋がらず。家に帰って慌ててカード類の盗難処置してますが、土曜日で難しい。現金は1000ペソ ぐらい、もらったばかりの授業料も含め。大ショック
メキシコが嫌いになりそう、ビザの更新したばかりなのに。働き過ぎで疲れていたからぼーっとしてたかも
本当に悔しい。涙も出ん

この事件後
あっ、と気づくことあり。先日の大学でのクラスで 「お金とか物は盗めるが、知識は誰にも盗めない。」といったことを話したばかりだった。
試されたか~ 試されて、まんまと引っ掛かった。
しまったぁ~, 立派なこと言う資格なしですよ。

そういえば、試されてること多いな。
高校を初めて教えることになり、七転八倒してるのですが、今学期から急遽そこの日本語を担当する事になったので、何の引き継ぎのないまま、フタを開けるとみんなのレベルが統一していなくて、それを把握しながらの難度の高い指導、しかも、やたらしゃべる生徒たち、やる気なさそうで疲れてる奴、授業中トイレに5人は行く、iPod で音楽やゲームやチャット。驚く授業態度でした。それでも人を惹きつけるプロフェッショナルとしては、いろんな手で授業を楽しくしておりました。その甲斐あって校長から父兄たちが喜んでいると褒められたものの、習字クラスの時は驚くほどシーンとしてビックリ、上手く行くかと思うと相変わらず、次のクラスでは、また同じ態度、とうとう喉まで痛める羽目に。

その態度の悪さに頭抱えているのは私だけでなく他の先生たちも同じ。私は不思議と(生徒たちの精神年齢が幼いからか)、腹も立たなかったのですが…しかし、先週、手作りカードで説明をしていたら、暑さの為か熟睡する奴が4人。いつもなら、そいつらをからかいながら授業を盛り上げるのですが、その時は、真っ白になって、「はい、クラス 終わり!!」と20分早く終わらせ。ドアをバタンと大きく音立ててクラスを出ました。切れたんですね。次の日も もちろんクラスがあるので、どうしたらいいか悩み、結果 自分の得意なもので、もう一度チャレンジしてみようと決め、次の日、刀と扇を持って、学校までの坂を「私には出来る、私には出来る」と呟きながら登っていると、母が私によく言ってくれてた言葉「人と違ったことしなさい、あなたには期待してるよ」が浮かんできて、背筋がピンとなり、学校に元気よく向かいました。

私は、スポーツや勉強のよくできる姉たちに比べ、幼児期に体が弱かったので、とにかく生きていてくれればという望みだけで育てられ、成績や運動が優れませんで、この母の励ましの言葉で、私はコンプレックスを持つことがありませんでした。
こんな歳になっても あの言葉が役に立つとはね。

そう、それから、胸を張ってクラスに入り、生徒たちも反省したのか、しっかり私に目を向け、謝ってくる子もいました。そして、私は、感情的になったことを誤り、私は、ベストを尽くしてるんだと伝え、自分は、日本語の指導は経験が浅いが、ムーブメントは、ずっとやって来たので、これからは、金曜日はアクティビティーを取り入れたクラスにすると伝え、みんなを外に出し、刀の持ち方と、扇の持ち方、歩き方腰の入れ方を教え、日本語の「構え」「上」「下」「右」「左」「前」「後ろ」を刀の振り付きで指導。女の子たちには、扇で指導。最後に輪になって、あいうえお の音はチャクラに響く音であることを伝え、一つ一つ声に出しながら、体のどこに響くか伝え、「あいうえお」に言葉を足して、「ありがとう、祈ります、嬉しい、笑顔で、おめでとう 」と チャクラにを意識しながら声に出すといったことをやりました。
結果、みんなの笑顔が見れました。

自分の能力に見切りをつけるのも大切ですが、自分が
持ってるものの中から、道を探すことも大切なんだと知りました。工夫しながら、失敗しながら、やりこなすことも大切なんだな。試されるね…

2014-06-19

物々交換、仏々交換になっちゃった

太極拳のクラスで和尚から赤いお数珠を頂いた。貰ってもいいんですか?と言うと,誰かから貰ったもんだけどあげると言う。お返しに以前見せたら感激していた小さな仏様のマスコットをあげた。他界したチンナワンソ和尚から家族分だと3つ頂いたものの一つだ。「私の中に仏を見つけたので、次に必要な方に差し上げてください」と伝わったかどうか分からないがそう言って渡した。

この朝の太極拳の後、ホワン和尚がクラスの後どうするの?時間ある?と聞くので、今日はお迎えが無くてバスなので時間有ります。というと、一緒に次のクラスに来なさいとバイク(スクーター)に乗っけてもらって、ダウンタウンの大きな病院まで行った。その間、ジュース屋さんでサボテンジュースと露天マーケットでタコスをおごってもらった。どちらも衛生的に疑問ではあったが頂いた。バイクに乗ってるときもちょっとスリリング、私のヘルメットは留めが壊れてるため風で落っこちそうだったし、メキシコの道路に必ずあるTOPE(トペ)という車のスピードを強制的に落とさせるための路面にある盛り上がりラインが、バイクにはきついので、そのラインの端っこの隙間を通ってくれるのだが、時々、隙間が無いところでは、後ろに乗ってる私はボンと跳ね上がるわけです。
行った事もない貧困地域にきょろきょろしながら、病院に着くと、病院の外からシニアの方々が運動広間に集まり、クラスは始まった。準備体操のとき、和尚がジェスチャーで私にあれやってと、マイムのカウンタームーブメントの動きをし、みんなの輪の中心に促してくれた。参加者の優しい雰囲気で、私はカウンタームーブメントの後、波と円と直線もおまけにユーモアも入れてやると、和尚がオーオーと喜んでくれた。クラスの後、和尚と禅僧さんたちが着ている服を私にも作ってやるといって、またバイクで違う町に連れて行かれた。このときヘルメットを和尚のと交換してくれた。私が不安がってるのが分かったのかな? 
さて、付いた家には、かわいい縫い娘さんがいて、私が色とデザインを選ぶと寸法を取ってくれた。和尚が、勝手に冷蔵庫からスイカとか出して食べる?と聞くので、いいのかなという態度をすると、ここは自分の弟の家で、彼女はその奥さんとだと教えてくれた、納得。その後、今度はミュージシャンの家に行くといって、中心街まで連れて行かれた。あいにく彼は留守だったが奥さんとしばらく話した。このミュージシャンは、太極拳のクラスのとき和尚が使ってる音楽を作った方だ。初めて聞いたときその音色につい踊りだしたので、今度紹介してあげると言われていたのだ。一緒にコラボが出来るといいなとも言っていたからか、さっきの病院でのクラスのとき、ノブは今度ここでミュージシャンと踊ると宣言していた。和尚のこういう心地よい強引さが大好きだ。
この調子だと市外の遠い我が家まで、送っていくと言い兼ねかったので、ちょうど街で買い物があるといって、そこで別れた。まったくの嘘じゃない、買い物したい物はあったのだし・・・、和尚とのツーリング楽しかったけど、前の車が急ブレーキをかけて追突しそうになったときは、一瞬覚悟した。

この和尚さんとの巡り合いは、私の中の色んな事への苛立ちを、削り落として行ってくれている。そして、一緒にいると言葉は通じないが、無邪気に笑ってしまう。
和尚のことを笑って話すと、家族も友達もいい顔になる。心の自由が、伝染病のように広まっていく。

私の出来ること、和尚が出来ること、
赤い数珠と仏のマスコットのように
物々交換が、仏々交換になってる気がする。

2013-11-14

こども日本語クラス



先生:この ひらがなは?
生徒:ya ma
先生:そう、やま do you understand meaning?
生徒:No.....
先生;富士山とか、高尾山とか
生徒:?#‰??
先生:高ーくて、木、わかる?木がいっぱい ......エトセトラ
生徒:mountain?
先生:そうです!絵で描いてみて
生徒:え?ie
先生: paint !

そんなやり取りで、私はゼスチャー付きで、言葉の意味を説明,英語の方が上達してるメキシコ育ちの日本とフィリピンの血をひく9才のお嬢ちゃんは、山、 川、林、森など絵を描いてくれました。そして 次に漢字を見せて、漢字に似せて、それぞれをまた、絵にしてもらいました。そして最後に漢字を教えると、簡単に覚えてくれました。楽しかった。

日本語こどもクラスで作 った絵本


                                                                            わたしは、たまご