2011-06-15

長い話

先日、大学関係の日本語クラスの打ち上げパーティを15名ほど集まって小じんまりと楽しくやりました。ちょっと私が不調気味だったこともあり、我が家で やるかどうか決まるまで時間がかかってしまい連絡が行き届かなかったのと、生徒の数が急に減っていたことで、前回に比べて小ぢんまりになりました。私がカ レーをたくさん作って、みんなが持ち寄りで食べ物を持ってきてくれて、結構、豪華な食事になりました。ずっと この一ヶ月ベジタリアンから、不食を目指し ていた私も体重が36キロとこれまでにない軽さになっていたこともあって、今日だけはいいかと食べちゃいました。みんなで食べるとやっぱり美味しい。

パーティでは、別の大学の学生が製作した10分ほどのビデオ「EL MIMO」を上映。例の壁スクリーンで家庭内映画館です。映画のメインキャストは、主人、彼の芸風でない一般的に知られるマイム;縞々シャツに白メイクというキャラクターで出演。私は、その妻で出演。

結構、いい出来になっていたので みんなに見せたいなと以前から思っていたのが実現しました。

実は、この映画の出演を受けたとき、私の中でひとつの賭けがありました。それは、もう一度 主人に対して、出会った頃の素直な「ただ好き」という 気持ちが自分の中に蘇るのではないかという期待でした。製作していくうちに そういった気持とは反対に全く冷静な自分があり、冷めているという実感を認め ざる終えませんでした。完成した映画を見る頃には、別居ということを考え、先週、姑のことがきっかけで、本当に怒っている対象は主人であると分かり、とう とう、具体的に主人へ別居の話を持ちかけました。娘のこれからの教育、日本での私の進むべき道やら叶えたい夢、色々、ずっと私は 主人のモチベーションの 低さに怒りを持っていたことも。その怒りを どうしたら理解し解決できるのか、まずは 離れてみるのがいいのではと思ってのことでした。主人と私と娘は、 家族だけど、いつも自分だけ孤立してる感じがしていました。

主人とイタリアンレストランでお金が無いのでワインだけ注文し、この先の具体的なことを話しました。感情的にならなず彼は、娘のことについて私が 身勝手だと述べました。次の日、今度は娘とカフェに行き女同士で旦那と話した事を掻い摘んで暗くならないように話しました。13歳の娘は、日本とカナダを 行き来して生活したらどうかという案にさほど抵抗はなさそうでしたが、もし万が一、離婚となったらという点については猛反対、それも明るく猛反対。そし て、私のアートへの夢を家族みんなでやろうという提案をしてくれました。メキシコでも出来ることはあるんだと私が持っていたアイディアを話し始め、気持ち が軽くなっていきました。

家に戻って主人に、娘に打ち明けたこと、別居はしないで此処でやれること考えてみると言うと、彼は、感極まって涙しました。そこに娘が入ってき て、家族で出来るアート的なことのアイディアを話すと主人もアイディアを持ち出し、現実逃避とストレス解消にコンピューターゲームやインターネット情報、 番組に嵌っていたバラバラ家族に久びさの方向性の一貫したコニュニケーションが起きました。

その夜ベッドにひとり横になって、旦那が涙したところを頭にリピートさせていた私は、条件付で愛情を確かめてきた自分が見えて、恥ずかしくなりま した。旦那は、一度もそういった計り事をせず、傍で見守ってくれていたではないかと そう実感した瞬間、その温かさが身体の中に100%充満し、出会った 頃の想いが蘇って来るのを感じました。すると、姑や気嫌ってきた人たちへの苛立ちと怒りが消えて、この温かさを分けてあげたいいと思いました。

気持ちが軽くなり、幸せいっぱい。

でも、そんな簡単にはいきませんでした。きちんとそのお返しがやって来ました

久びさに会ったある友達が、なんとも冷たい態度。私に何か怒っているというのがはっきり分かる態度を示してきました。私は、全く思い当たらることがなく何人かの他の友達もその場にいたので、直接その友達に 何故 怒っているのか聞くこともせず、時間の立つのをじっくり待ち別れました。

そうか、こういうことか、私もその友達と同じ態度をずーっと何度も主人にしてきたではないか。だから、直接主人からではないが、波紋がこうやって 帰ってきたのだと気付きました。そして、何故、人から冷たくされると、こんなにも悲しく憤りを感じてしまうのだろうと考えました。ほんとうに体のエネル ギーを吸い取られていくように気力が失せてしまうのは何故だろう。答えは、やはり、自分の中にある自尊心でした。これが、そんな扱いをされるはずがないと 言う世界を作っていました。その友達を怒らせたのは、その友達が描いている私というイメージを私が裏切ったからではないだろうかとも思いました。そのことに気づい た途端、今まで、色んな場で、邪険に扱われたり、自分が邪険にしたりしたことが、細々思い出され涙が溢れました。
人は、自尊心を傷つけられると怒りが起こるのです。友達に私は、何をどうしたか いまだによく分かりませんが、その友達を傷つけたのは間違いないでしょう。

そして、一昨日、

ちょっとしたこの友達のことが引き金になり、ここのところ出ていなかったうつ的状態になりました。ただただ涙と無気力に襲われ、呼吸もしているのかどうか とき どき深呼吸をして意図的に酸素を取り入れなければならないような状態、考えることをしないように睡眠に入り、目を覚ますとまた、また深い憤りの涙で体力を 消耗してしまうという繰り返し。カナダで以前使っていた薬を手にして、これを飲もうかどうか思案していました。

主人たちが帰宅する頃には、やらなければならない夕飯の支度や、日本語のクラスの準備などやり始めたのですが、予告もなく娘が夕飯を早めに食べて 友達と遊びにいくとか、主人も急に出掛けなくてはならないとか、急き立てられ、慌ただしく夕飯を準備の中、盛りつけていたて夕飯をお皿ごとテーブルから落 とし割ってしまい、その大きな音と同時に抑えきれなかった感情がヒステリックに破裂し、主人と娘の前で泣き狂いました。全く、5年前にカナダの姑たちとの 共同生活を送った時代に起こった症状と同じでした。

言葉では、主人に昨日私の話を聞いてくれなかったからだなど、感情的に思ってもいないことを口走ってしまい、誰かのせいにしようとし、「また同じ ことが起きてる、ママはキチガイだ」と涙しました。娘も主人もしっかり無言で抱いてくれて、私の気が収まるのを待ってくれました。火山噴火の終えた私は、 ボーッとしながら しなくてはいけないことをしてるうちに穏やかになりました。きれいなものや、慕ってくれる物の数だけ数えていればいいのに、その真反対 の力にぼろぼろとなってしまう弱さは一体なんなんでしょうか。私は、傍目も自分でも 明るく天真爛漫的なあどけなさを持っていると思うのですが、こういっ た いわゆる落込みのツボに嵌ってしまうと、それらの明るい自分が偽物ではないのかと疑ってしまいます。

こんなことがあったのに、今は、すっかり平常に戻っています。昨日のパーティでみんなと楽しめたからでしょう。キャンセルせずに開いてよかったで す。あの映画も別れ話の最中には、とても上映なんて出来ないと思っていましたが、「ただ好きでいる」という想いが帰ってきてくれたお陰で 映画の中の夫婦の 私たちが、「お前たちの本当の愛情はこんなに詰まってるよ」と語ってくれた気がしました。
一度起こった物事は留まらないのだから、見送ればいい、穏やかに見送るには、楽しいものと一緒に同化し自分を消し続けるのが一番なのかもしれない・・・

まだまだ これから波紋を受けていかなくてはいけません。大きな波をいっぱい立ててきたのですから・・・・

でも、その受け方を昨日のパーティで教えてもらいました。人の中に溶けこみ楽しむことで・・・・

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瞑想しているとき、一人会話を良くします。瞑想になっていないってことでしょうが・・・へへへ
最近は、こんな事 会話しました。


私;「辛い思いはもういいよ、なんで私はここに来なきゃいけなかったのよ!」

?の声;「おみやげ待ってるから、私たちへのおみやげ待ってるから」

私;「どんなおみやげ?」

?の声;「うん、私たちのティータイムに入れる角砂糖」

私;「角砂糖?」

?の声;「そう、角砂糖。ティーにちょっと入れて楽しむ角砂糖 だから 甘くて、きれいなのがいいの、苦いのやら辛いのは要らないの。たくさん集めてきてね。あなたは、そのためのお使いなんだから」


私がこの世に来たのは、角砂糖を集めるためのお使いかぁ・・・

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