2011-09-21
『Media naranja』(オレンジの半分)に出会えた
メキシコで知り合った日本人のお友達から、メキシコでは理想のパートナーと巡り会えたとき
『Media naranja』(オレンジの半分)に出会えたって言う表現を使うということを聞いて、私も素敵だなと思いました。
いつか使いたい・・・なんて思ったけど、それって、新たな出会いと 別れを意味するなと 苦笑
そのお友達は、”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識があるということだとも言っていました。なるほどです。
そこで、ある絵本のことを思い出し、もう一度読みなおして見ました。
「The Missing Piece ミッシングピース」という絵本です。
''Oh I'm lookin' for my missin' piece
I'm lookin' for missin' piece
Hi-dee-ho,here I go,
Lookin' for my missin' piece.''
って、歌いながら自分の破片を探して転がっていく円形くん、欠けてる分ゆっくりにしか転げないでいるのですが、歌ったり、芋虫と話したり、蝶を眺 めたり、そして ついに 自分に完璧な破片を見つけます。完璧な円になって転がるスピードが増し、転がっていくのですが、歌うのもうまく歌えなくなり、芋 虫ともゆっくり話せず、蝶を見る時間もなく転がって、最後に 折角 見つけたその破片を優しく置いて、ゆっくり また転がっていくといった話です。
今、絵本を開いて見てみると、以前 娘に読んで聞かせていたときより、もっと深く理解できる自分がいて微笑んでしまいました。
''Oh I'm lookin' for my missin' と心で歌い、なるほど、本当に破片を探していた時より、破片を見つけ、また、それを手放した今の方が、もう探さなくてもいいんだと嬉しくて歌えるなと思え ました。私にとってのパートナーは、転がっていく途中の道すがら、たまたま自分とフィットした存在で転がり方に少し変化がついたかもしれませんが、私は未 だにMissing Pieceであり続けているんだと何故か嬉しくなります。
”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識を持てたということが、オレンジの半分に出会あったことより、うれしいのは何故でしょう。
この絵本のシリーズにTHE MISSING PIECE Meets the BIG O というのもいいです。
『Media naranja』(オレンジの半分)に出会えたって言う表現を使うということを聞いて、私も素敵だなと思いました。
いつか使いたい・・・なんて思ったけど、それって、新たな出会いと 別れを意味するなと 苦笑
そのお友達は、”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識があるということだとも言っていました。なるほどです。
そこで、ある絵本のことを思い出し、もう一度読みなおして見ました。
「The Missing Piece ミッシングピース」という絵本です。
''Oh I'm lookin' for my missin' piece
I'm lookin' for missin' piece
Hi-dee-ho,here I go,
Lookin' for my missin' piece.''
って、歌いながら自分の破片を探して転がっていく円形くん、欠けてる分ゆっくりにしか転げないでいるのですが、歌ったり、芋虫と話したり、蝶を眺 めたり、そして ついに 自分に完璧な破片を見つけます。完璧な円になって転がるスピードが増し、転がっていくのですが、歌うのもうまく歌えなくなり、芋 虫ともゆっくり話せず、蝶を見る時間もなく転がって、最後に 折角 見つけたその破片を優しく置いて、ゆっくり また転がっていくといった話です。
今、絵本を開いて見てみると、以前 娘に読んで聞かせていたときより、もっと深く理解できる自分がいて微笑んでしまいました。
''Oh I'm lookin' for my missin' と心で歌い、なるほど、本当に破片を探していた時より、破片を見つけ、また、それを手放した今の方が、もう探さなくてもいいんだと嬉しくて歌えるなと思え ました。私にとってのパートナーは、転がっていく途中の道すがら、たまたま自分とフィットした存在で転がり方に少し変化がついたかもしれませんが、私は未 だにMissing Pieceであり続けているんだと何故か嬉しくなります。
”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識を持てたということが、オレンジの半分に出会あったことより、うれしいのは何故でしょう。
この絵本のシリーズにTHE MISSING PIECE Meets the BIG O というのもいいです。
2011-09-08
自分の中に まだまだ残っていました劣等感 気づいたことはラッキーだ!
日常の生活の中で、他者から受ける態度から、自分がどんな反応をしたかで、自分を知る大切な切っ掛けになる。
そういったことから、先日、自分の中に根強く残ってる劣等感の破片を見つけたので、もう一度そのことについて学ぶことにした。
「理想を描かないやり方、現実の等身大の自分を出しきって瞬間を生きる」 これが私のいわば理想です。理想を描かないと言っていながら変な話です が、良寛さんみたいな生き方が自分には、合ってるそういう気がしています。でも ときどきこうやって、周りが飾り立てられたデコレンションケーキで、自分 がコッペパンに思える瞬間が出てきます。そういう時こそ 智慧をつけるいいチャンスです。良いページが見つかったので書き残しておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
劣等感を解消する方法
http:// homepag e2.nift y.com/t etunosi n/retto u.html より
▼ 他人の畑は青く見える
神経症の人は、劣等感を感じる事が非常に多いだろうと思います。よく素晴らしい人を見て、その人に嫉妬したり、劣等感を感じたりしますよね。他人の畑は青く見えると言いますが、人のことが良く見えれば見えるほど、自分がみすぼらしく見えて来る訳です。
▼ みすぼらしい自分
劣等感を感じる場合、人の長所と、自分の欠点を比べているように思います。劣等感を感じやすい人というのは、人の長所を見て、それをすぐに自分 の欠点と比べてしまう人なのかも知れません。言い方を変えてみると、人の長所がよくわかる人であって、自分に欠点と比べさえしなければ、劣等感は感じない のではないでしょうか。
▼ 劣等感と理想の関係
かといっても、人が素晴らしければ素晴らしい程、劣等感を感じてしまう訳ですが、実はその相手の素晴らしさの中に、自分がこうありたいという理 想を見ているのではないでしょうか?つまり劣等感というのは、素晴らしい人に対して感じる訳ではなくて、相手の中にある自分の理想に対して、自分がまだそ こまで至っていない事に劣等感を感じていると思うんです。
▼ 理想から見た自分
自分が抱いている理想から、現実の自分を引き算すると、そこに見えてくるものは、自分の欠点や問題点です。理想が素晴らしければ素晴らしいほど、自分がみすぼらしく見えてくる訳です。
▼ 神経症(ノイローゼ)と理想の関係
自分の理想がとても実現不可能な程、素晴らしい場合、神経症になります。でも本当に、理想通りの自分にならなければいけないんでしょうか?理想 の自分になるまでに、もう少し時間をおいてもいいんじゃないでしょうか?もしそう思えたら、神経症の症状は和らいでくるだろうと思います。あるいは実現不 可能な理想を引き下げて、もう少し手近で簡単に実現できるような目標に変更すれば、ずいぶん生きやすくなるだろうと思います。
▼ 引き算は止めよう!
理想から現実を引き算するから、自分の欠点ばかりが目立ってしまい、劣等感を抱く訳ですから、まず理想から現実を引き算するのを止めてみませんか?
▼ 劣等性とは何か?
アドラー心理学には「劣等性」という言葉があります。これは誰が見ても客観的に生活上不利な事です。例えば目が見えないと生きていくのに困りま すよね。耳が聞こえなくても、やはり生活上不利だろうと思います。これらを劣等性と言い、生活していく上で、現実に能力が劣っている為に不利を感じる事で す。
▼ 劣等感と劣等性の違い
それに反して劣等感というのは、きわめて主観的な感覚で、事実には全く関係がない場合が多いようです。客観的には劣等性がない事について、深い劣等感を持って苦しんでいる人がいますが、逆に劣等性があるのに、劣等感を持たない人もいます。
▼ 人間にとっての理想
前半にも書きましたように、劣等感は人と比較して、自分が劣っていると感じる事ではなく、理想の自分と現実の自分を比較して、劣っていると感じ る事だと思っています。誰かに対して劣等感や嫉妬を感じる場合、その人の姿に自分の理想を見ていたのかもしれませんね。人間は誰でも自分の理想に向かって 生きています。人間は生きている限り、理想追求・目標追求を止めませんから、人間であるという事は劣等感を持つという事なんですね。
▼ 隠れた劣等感
深い劣等感がありながら、自分からも他人からも覆い隠す為に、あたかも自分が優秀であるかのようにふるまう事で、人生の課題を避ける人もいます。また、周りの人を見下す事で、劣等感を解消しようとしている人もいます。
▼ ありのままの自分を受け入れよう
簡単に言うと、理想から現実を引き算すると、自分を嫌いになるという事です。それじゃあ自分を好きになるにはどうすればいいか?自分を受け入れ るにはどうしたらいいか?という問題ですね。欠点があるから、自分の事は好きになれないと思うかもしれませんが、欠点というのは、使い方によっては長所に なると思います。
▼ 欠点と長所
例えば、自分は気が小さくて臆病だと思って劣等感を感じている場合、別の面から見ると、慎重で軽率な行動をしないという事ですよね。融通がきか なくて堅苦しい人間だと考えている場合は、几帳面できっちりしているという事ですよね。自分はとても暗い性格だと思っている人は、他人の気持ちをさっし て、ずけずけと無遠慮に他人の中に入っていかない感受性の強い人という事になります。
▼ 自分を好きになる方法
こうやって自分の性格の長所の側を見ていくと、自分を受け入れる事が出来るようになります。次第に自分を好きになれていく訳です。アドラー心理 学で言われている事ですが「何が与えられているかが問題ではなくて、与えられているものをどう使うかが問題だ」という事でしょうか。
▼ 性格を変える必要はない
つまりどんな性格を持っているかは問題ではなく、持っている性格をどう活用するかが問題のようです。自分という道具は、かなり癖のある道具かも しれないけど、残念ながら買い換える事は出来ないんですね。それを使いこなす為には、癖があるままで、問題があるままで、まず好きになる事が大切です。ま あこんな感じで、私の劣等感は解消されていったようですが、何か参考になりそうですか?
そういったことから、先日、自分の中に根強く残ってる劣等感の破片を見つけたので、もう一度そのことについて学ぶことにした。
「理想を描かないやり方、現実の等身大の自分を出しきって瞬間を生きる」 これが私のいわば理想です。理想を描かないと言っていながら変な話です が、良寛さんみたいな生き方が自分には、合ってるそういう気がしています。でも ときどきこうやって、周りが飾り立てられたデコレンションケーキで、自分 がコッペパンに思える瞬間が出てきます。そういう時こそ 智慧をつけるいいチャンスです。良いページが見つかったので書き残しておきます。
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劣等感を解消する方法
http://
▼ 他人の畑は青く見える
神経症の人は、劣等感を感じる事が非常に多いだろうと思います。よく素晴らしい人を見て、その人に嫉妬したり、劣等感を感じたりしますよね。他人の畑は青く見えると言いますが、人のことが良く見えれば見えるほど、自分がみすぼらしく見えて来る訳です。
▼ みすぼらしい自分
劣等感を感じる場合、人の長所と、自分の欠点を比べているように思います。劣等感を感じやすい人というのは、人の長所を見て、それをすぐに自分 の欠点と比べてしまう人なのかも知れません。言い方を変えてみると、人の長所がよくわかる人であって、自分に欠点と比べさえしなければ、劣等感は感じない のではないでしょうか。
▼ 劣等感と理想の関係
かといっても、人が素晴らしければ素晴らしい程、劣等感を感じてしまう訳ですが、実はその相手の素晴らしさの中に、自分がこうありたいという理 想を見ているのではないでしょうか?つまり劣等感というのは、素晴らしい人に対して感じる訳ではなくて、相手の中にある自分の理想に対して、自分がまだそ こまで至っていない事に劣等感を感じていると思うんです。
▼ 理想から見た自分
自分が抱いている理想から、現実の自分を引き算すると、そこに見えてくるものは、自分の欠点や問題点です。理想が素晴らしければ素晴らしいほど、自分がみすぼらしく見えてくる訳です。
▼ 神経症(ノイローゼ)と理想の関係
自分の理想がとても実現不可能な程、素晴らしい場合、神経症になります。でも本当に、理想通りの自分にならなければいけないんでしょうか?理想 の自分になるまでに、もう少し時間をおいてもいいんじゃないでしょうか?もしそう思えたら、神経症の症状は和らいでくるだろうと思います。あるいは実現不 可能な理想を引き下げて、もう少し手近で簡単に実現できるような目標に変更すれば、ずいぶん生きやすくなるだろうと思います。
▼ 引き算は止めよう!
理想から現実を引き算するから、自分の欠点ばかりが目立ってしまい、劣等感を抱く訳ですから、まず理想から現実を引き算するのを止めてみませんか?
▼ 劣等性とは何か?
アドラー心理学には「劣等性」という言葉があります。これは誰が見ても客観的に生活上不利な事です。例えば目が見えないと生きていくのに困りま すよね。耳が聞こえなくても、やはり生活上不利だろうと思います。これらを劣等性と言い、生活していく上で、現実に能力が劣っている為に不利を感じる事で す。
▼ 劣等感と劣等性の違い
それに反して劣等感というのは、きわめて主観的な感覚で、事実には全く関係がない場合が多いようです。客観的には劣等性がない事について、深い劣等感を持って苦しんでいる人がいますが、逆に劣等性があるのに、劣等感を持たない人もいます。
▼ 人間にとっての理想
前半にも書きましたように、劣等感は人と比較して、自分が劣っていると感じる事ではなく、理想の自分と現実の自分を比較して、劣っていると感じ る事だと思っています。誰かに対して劣等感や嫉妬を感じる場合、その人の姿に自分の理想を見ていたのかもしれませんね。人間は誰でも自分の理想に向かって 生きています。人間は生きている限り、理想追求・目標追求を止めませんから、人間であるという事は劣等感を持つという事なんですね。
▼ 隠れた劣等感
深い劣等感がありながら、自分からも他人からも覆い隠す為に、あたかも自分が優秀であるかのようにふるまう事で、人生の課題を避ける人もいます。また、周りの人を見下す事で、劣等感を解消しようとしている人もいます。
▼ ありのままの自分を受け入れよう
簡単に言うと、理想から現実を引き算すると、自分を嫌いになるという事です。それじゃあ自分を好きになるにはどうすればいいか?自分を受け入れ るにはどうしたらいいか?という問題ですね。欠点があるから、自分の事は好きになれないと思うかもしれませんが、欠点というのは、使い方によっては長所に なると思います。
▼ 欠点と長所
例えば、自分は気が小さくて臆病だと思って劣等感を感じている場合、別の面から見ると、慎重で軽率な行動をしないという事ですよね。融通がきか なくて堅苦しい人間だと考えている場合は、几帳面できっちりしているという事ですよね。自分はとても暗い性格だと思っている人は、他人の気持ちをさっし て、ずけずけと無遠慮に他人の中に入っていかない感受性の強い人という事になります。
▼ 自分を好きになる方法
こうやって自分の性格の長所の側を見ていくと、自分を受け入れる事が出来るようになります。次第に自分を好きになれていく訳です。アドラー心理 学で言われている事ですが「何が与えられているかが問題ではなくて、与えられているものをどう使うかが問題だ」という事でしょうか。
▼ 性格を変える必要はない
つまりどんな性格を持っているかは問題ではなく、持っている性格をどう活用するかが問題のようです。自分という道具は、かなり癖のある道具かも しれないけど、残念ながら買い換える事は出来ないんですね。それを使いこなす為には、癖があるままで、問題があるままで、まず好きになる事が大切です。ま あこんな感じで、私の劣等感は解消されていったようですが、何か参考になりそうですか?
引越し
またまた久しぶりの日記
カナダで過ごした素敵な時間のことも書いておこうと思いつつ、日課に追われておりました。
決定事項が一つ。引越しです。10月末に、周りが牧場ばかりの田舎に引っ越すことになりました。
家賃無料、地下水だから水も無料、共同のプールももうすぐ完成、この新築の家は少し狭くなるけど、のっぱら使い放題。敷地内に親戚とホームドクターが一緒に住むことになっております。
自宅でやっていた日本語クラスは部屋をレンタルして続けます。結構良い収入になってきたところなので。
娘の学校へは車で15分くらい、今のところよりちょっと近くなる。送り迎えは旦那が担当。バスは30分に一台通っているらしいが、予定通り来るかわかりません。
外に発信していたエネルギーをギューっと内側に引き寄せたら、色んなことが面白く進んでいます。
この事、引越しが落ち着いたら、まとめて書こう・・・・
先日も姉に手紙を書いていたら、どうも文がちぐはぐになってしまい、今は、表現を控える時なんだなと実感。ものごとがガタガタ浮き沈みして、書いたことが また すぐに変化してしまいそうです。
でも引越しは決定です。猫はきっと大喜び、あ、でも 親戚が番犬を二匹飼うと言ってるので、ある意味でエキサイティングな人生になるかな・・・いや、猫生っていうべきなのかな。きっと野生化するだろうな・・・・・牛もいるから びっくりすることいっぱいだ。
カナダで過ごした素敵な時間のことも書いておこうと思いつつ、日課に追われておりました。
決定事項が一つ。引越しです。10月末に、周りが牧場ばかりの田舎に引っ越すことになりました。
家賃無料、地下水だから水も無料、共同のプールももうすぐ完成、この新築の家は少し狭くなるけど、のっぱら使い放題。敷地内に親戚とホームドクターが一緒に住むことになっております。
自宅でやっていた日本語クラスは部屋をレンタルして続けます。結構良い収入になってきたところなので。
娘の学校へは車で15分くらい、今のところよりちょっと近くなる。送り迎えは旦那が担当。バスは30分に一台通っているらしいが、予定通り来るかわかりません。
外に発信していたエネルギーをギューっと内側に引き寄せたら、色んなことが面白く進んでいます。
この事、引越しが落ち着いたら、まとめて書こう・・・・
先日も姉に手紙を書いていたら、どうも文がちぐはぐになってしまい、今は、表現を控える時なんだなと実感。ものごとがガタガタ浮き沈みして、書いたことが また すぐに変化してしまいそうです。
でも引越しは決定です。猫はきっと大喜び、あ、でも 親戚が番犬を二匹飼うと言ってるので、ある意味でエキサイティングな人生になるかな・・・いや、猫生っていうべきなのかな。きっと野生化するだろうな・・・・・牛もいるから びっくりすることいっぱいだ。
『心のチキンスープ』
『心のチキンスープ』ジャック・キャンフィールド /マーク・ハンセン(ダイヤモンド社)より抜粋
≪子犬と男の子≫
あるペットショップの店頭に、「子犬セール中」の札がかけられました。子犬と聞くと、子供はたいそう心をそそられるものです。しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。
「おじさん、子犬っていくらするの?」
「そうだな、30ドルから50ドルってところだね。」
男の子は、ポケットから小銭を取り出して言いました。
「ぼく、2ドルと30セントしかないんだ。でも見せてくれる?」
店のオーナーは思わずほほえむと、奥に向かってピーッと口笛を吹きました。すると、毛がフカフカで丸々と太った子犬が五匹、店員のあとをころがるように出てきたのです。ところが一匹だけ、足を引きずりながら、一生懸命ついてくるこいぬがいるではありませんか。
「おじさん、あの子犬はどうしたの?」と男の子は聞きました。
「獣医さんに見てもらったら、生まれつき足が悪くて、多分一生治らないって言われたんだよ」と店のオーナーは答えました。
ところがそれを聞いた男の子の顔が輝き始めたのです。
「ぼく、この子犬がいい。この子犬をちょうだい!」
「坊や、よしたほうがいいよ。そりゃあ、もしどうしてもこの子犬がほしいって言うなら、ただであげるよ。どうせ売れるわけないから」と店のオーナーが言うと、男の子は怒ったようににらみつけました。
「ただでなんかいらないよ。おじさん、子の犬のどこがほかの犬と違うって言うの?ほかの犬と同じ値段で買うよ。今2ドル37セントはらって残りは毎月50セントずつはらうから」
その言葉をさ、えぎるように店のオーナーは言いました。
「だって、この子犬は普通の犬みたいに走ったりジャンプしたりできないから、坊やと一緒に遊べないんだよ」
これを聞くと、男の子は黙ってズボンのすそをまくり上げました。ねじれたように曲がった左足には、大きな金属製のギブスがはめられていました。
男の子は、オーナーを見上げて優しい声で言いました。
「きっとこの子犬は、自分の気持ちがわかってくれる友達がほしいと思うんだ」
≪理想の兄≫
これはぼくの友達、ポールの話である。
ある年のクリスマスイブのこと、ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのぴかぴかの新車の回りを歩き回っていた。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。
「この車、おじさんのかい?」
「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」と、うなずきながらポールは答えた。少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。
「えっ?おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな!ぼく・・・」と、少年は何かを言いか けたが、そのまま口をつぐんでしまった。少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろう、とポールは思った。
ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。
「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。
「このくるまにのってみるかい?」
「本当?ウン」
車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」
ポールはおもわずニヤッとした。きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。しかし、その憶測はまたもやはずれた。
「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待ってくれる?」
少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の体を支えた。
「ほらバディー、見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をおまえに買ってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」
それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ車の助手席に座らせた。目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。本当に素晴らしいクリスマスのドライブだった。
このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。
「受けるよりは与える方が幸いである」
≪子犬と男の子≫
あるペットショップの店頭に、「子犬セール中」の札がかけられました。子犬と聞くと、子供はたいそう心をそそられるものです。しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。
「おじさん、子犬っていくらするの?」
「そうだな、30ドルから50ドルってところだね。」
男の子は、ポケットから小銭を取り出して言いました。
「ぼく、2ドルと30セントしかないんだ。でも見せてくれる?」
店のオーナーは思わずほほえむと、奥に向かってピーッと口笛を吹きました。すると、毛がフカフカで丸々と太った子犬が五匹、店員のあとをころがるように出てきたのです。ところが一匹だけ、足を引きずりながら、一生懸命ついてくるこいぬがいるではありませんか。
「おじさん、あの子犬はどうしたの?」と男の子は聞きました。
「獣医さんに見てもらったら、生まれつき足が悪くて、多分一生治らないって言われたんだよ」と店のオーナーは答えました。
ところがそれを聞いた男の子の顔が輝き始めたのです。
「ぼく、この子犬がいい。この子犬をちょうだい!」
「坊や、よしたほうがいいよ。そりゃあ、もしどうしてもこの子犬がほしいって言うなら、ただであげるよ。どうせ売れるわけないから」と店のオーナーが言うと、男の子は怒ったようににらみつけました。
「ただでなんかいらないよ。おじさん、子の犬のどこがほかの犬と違うって言うの?ほかの犬と同じ値段で買うよ。今2ドル37セントはらって残りは毎月50セントずつはらうから」
その言葉をさ、えぎるように店のオーナーは言いました。
「だって、この子犬は普通の犬みたいに走ったりジャンプしたりできないから、坊やと一緒に遊べないんだよ」
これを聞くと、男の子は黙ってズボンのすそをまくり上げました。ねじれたように曲がった左足には、大きな金属製のギブスがはめられていました。
男の子は、オーナーを見上げて優しい声で言いました。
「きっとこの子犬は、自分の気持ちがわかってくれる友達がほしいと思うんだ」
≪理想の兄≫
これはぼくの友達、ポールの話である。
ある年のクリスマスイブのこと、ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのぴかぴかの新車の回りを歩き回っていた。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。
「この車、おじさんのかい?」
「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」と、うなずきながらポールは答えた。少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。
「えっ?おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな!ぼく・・・」と、少年は何かを言いか けたが、そのまま口をつぐんでしまった。少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろう、とポールは思った。
ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。
「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。
「このくるまにのってみるかい?」
「本当?ウン」
車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」
ポールはおもわずニヤッとした。きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。しかし、その憶測はまたもやはずれた。
「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待ってくれる?」
少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の体を支えた。
「ほらバディー、見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をおまえに買ってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」
それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ車の助手席に座らせた。目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。本当に素晴らしいクリスマスのドライブだった。
このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。
「受けるよりは与える方が幸いである」
8月11日 ティーンエージャー
家の中にティーンエージャーがいるのは、実に面白い。
今年で14歳になる娘は、浴室に半日閉じこもり、髪の毛にカラーを入れていた。
おしゃれが今一番楽しいらしい。唇の裏の歯茎にピアスを入れたいと言ってきたときは、ダディとマム(ママ)が死んでからにしてくれと却下。
さて、出来上がりはというと、髪の毛を脱色し青い縞々の色を一部に入れて、なかなかカッコイイ
旦那が、少々呆れて私の顔を見たので、「あなたもヒッピーやってた時があったんだから、彼女もやりたいことやっていいんじゃない?」というと、旦那が、ジェスチャーで「シー」と内緒のポーズ
私も 目一杯、ティーンエージャーしたかったな。ちょっと臆病だったから、殻を破るのが遅かったかも。
きょうは、旦那の腰が再発したので、整骨院に行ってきた。個人でやってる怪しげな先生だけど、逆さに吊られて エイエイと先生が背中を押したら、ポキポキと二箇所が鳴った。帰りには腰を真っ直ぐして歩けるようになっていた。
夜に少しマイムレッスン、20日にパフォーマンスをやることになってるんだけど、照明が用意できるかどうか まだ はっきりせず、どの作品をやるか決まっていない。
旦那の腰のこともあるし、一体どうなるかな
やりたい、その気持ちに素直になりたい、でも身体はきちんと消耗しつつあります。
「やりたい時にやれる」
今だから、その貴重さが分かる
だから、ティーンエージャーよ、あなたの年を満喫しなさい
娘の縞々ヘアーに目を細くし見ながら、60と50を超えた夫と私は微笑みます
今年で14歳になる娘は、浴室に半日閉じこもり、髪の毛にカラーを入れていた。
おしゃれが今一番楽しいらしい。唇の裏の歯茎にピアスを入れたいと言ってきたときは、ダディとマム(ママ)が死んでからにしてくれと却下。
さて、出来上がりはというと、髪の毛を脱色し青い縞々の色を一部に入れて、なかなかカッコイイ
旦那が、少々呆れて私の顔を見たので、「あなたもヒッピーやってた時があったんだから、彼女もやりたいことやっていいんじゃない?」というと、旦那が、ジェスチャーで「シー」と内緒のポーズ
私も 目一杯、ティーンエージャーしたかったな。ちょっと臆病だったから、殻を破るのが遅かったかも。
きょうは、旦那の腰が再発したので、整骨院に行ってきた。個人でやってる怪しげな先生だけど、逆さに吊られて エイエイと先生が背中を押したら、ポキポキと二箇所が鳴った。帰りには腰を真っ直ぐして歩けるようになっていた。
夜に少しマイムレッスン、20日にパフォーマンスをやることになってるんだけど、照明が用意できるかどうか まだ はっきりせず、どの作品をやるか決まっていない。
旦那の腰のこともあるし、一体どうなるかな
やりたい、その気持ちに素直になりたい、でも身体はきちんと消耗しつつあります。
「やりたい時にやれる」
今だから、その貴重さが分かる
だから、ティーンエージャーよ、あなたの年を満喫しなさい
娘の縞々ヘアーに目を細くし見ながら、60と50を超えた夫と私は微笑みます
8月2日 カナダから戻って
ただいまー
お休みから ただいまー
このお休みは やっぱり休んでよかった
「良かった」と言えることあったから 帰ってきました
ただいまー
「只今」
いいね 「ただいま」
20年前の自分が帰ってきた そんな只今な気分です
自分に「お帰りなさい」といいます。
愛のからくりが解けて 誰を見ても愛しちゃいます
「いってらっしゃい」 「ただいま」 「お帰りなさい」
愛のからくりは そんな言葉で動いていました
お休みから ただいまー
このお休みは やっぱり休んでよかった
「良かった」と言えることあったから 帰ってきました
ただいまー
「只今」
いいね 「ただいま」
20年前の自分が帰ってきた そんな只今な気分です
自分に「お帰りなさい」といいます。
愛のからくりが解けて 誰を見ても愛しちゃいます
「いってらっしゃい」 「ただいま」 「お帰りなさい」
愛のからくりは そんな言葉で動いていました
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