2011-09-21

『Media naranja』(オレンジの半分)に出会えた

メキシコで知り合った日本人のお友達から、メキシコでは理想のパートナーと巡り会えたとき
『Media naranja』(オレンジの半分)に出会えたって言う表現を使うということを聞いて、私も素敵だなと思いました。
いつか使いたい・・・なんて思ったけど、それって、新たな出会いと 別れを意味するなと 苦笑
そのお友達は、”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識があるということだとも言っていました。なるほどです。
そこで、ある絵本のことを思い出し、もう一度読みなおして見ました。

「The Missing Piece ミッシングピース」という絵本です。

''Oh I'm lookin' for my missin' piece
I'm lookin' for missin' piece
Hi-dee-ho,here I go,
Lookin' for my missin' piece.''

って、歌いながら自分の破片を探して転がっていく円形くん、欠けてる分ゆっくりにしか転げないでいるのですが、歌ったり、芋虫と話したり、蝶を眺 めたり、そして ついに 自分に完璧な破片を見つけます。完璧な円になって転がるスピードが増し、転がっていくのですが、歌うのもうまく歌えなくなり、芋 虫ともゆっくり話せず、蝶を見る時間もなく転がって、最後に 折角 見つけたその破片を優しく置いて、ゆっくり また転がっていくといった話です。

今、絵本を開いて見てみると、以前 娘に読んで聞かせていたときより、もっと深く理解できる自分がいて微笑んでしまいました。
''Oh I'm lookin' for my missin' と心で歌い、なるほど、本当に破片を探していた時より、破片を見つけ、また、それを手放した今の方が、もう探さなくてもいいんだと嬉しくて歌えるなと思え ました。私にとってのパートナーは、転がっていく途中の道すがら、たまたま自分とフィットした存在で転がり方に少し変化がついたかもしれませんが、私は未 だにMissing Pieceであり続けているんだと何故か嬉しくなります。

”自分一人では決して完全ではないんだ”という意識を持てたということが、オレンジの半分に出会あったことより、うれしいのは何故でしょう。

この絵本のシリーズにTHE MISSING PIECE Meets the BIG O というのもいいです。

0 件のコメント: