2013-07-28

花になる決断

楽しみにしていたサマーキャンプの話がお流れになりました。人が集まらなかったということです。その代わり、大人対象のワークショップを企画してもらっています。宣伝が間に合うかどうかですが・・・・ポーランド・カナダと違った環境で、いろんな自分を発見、納得、そして進化し、今は落ち着いています。
人は思考1つで、いろんな自分を引き出すことが出来るものだと、今更ながら、面白がっております。私はトラウマと言うものが如何に肉体に記憶されているか、自分を通して観察しています。
マイムの自主練をすることやマラソンすることや気の合う人とおしゃべりすること、これらが、体内に持ち込んだ負のエネルギー記憶の解消に役立つことも理解できました。
「死んだ言葉」「生きた言葉」についても、また学ぶ機会がありました。
思い通りにならない苛立ちを弱い立場の者に機関銃のように撃ち、優位になったつもりでいる。その様な構図が、目の前に現れると、以前の私なら、耐え切れずに目と耳を塞いでいたでしょう。
なぜか今は、私も含め人は、なぜそうしたくなるのか、もう一歩踏み込む余裕があります。立ち止まり、己を深く知ることが怖い人は、切なさや空虚や寂しさをごまかそうと必死です。
愛されていないとどこかで、ひがんでいるのです。ドラマクイーンになりたがるのはなぜでしょう。
人も犬も変わらないなと、思えます。犬が吼えるのは、恐怖が元で、威嚇します。大丈夫と撫でてやれば落ち着きますが、鳴くなと叱るとさらにもっと吼えます。
人間は寂しさに耐えれるように作られていないのかもしれません。逆に考えれば、繋がった生命体なのだと言うことでしょうか。負のエネルギーにも引き込まれやすいし、無視するにもエネルギーを使います。見てみぬ振りが出来ない。自分がその人の中に存在してるそう思えます。正のエネルギーには同化しやすく元気をもらえますが、持続性が弱いです。
人って完璧なのか負完璧なのか不思議な生き物です。感情・思考・体が、独立していくのが分かります。思考を体が記憶し、体が感情を閉じ込める。そんなやり取りもしている面白い生き物です。そんなやり取りから自由になりたがり、格闘している、永遠にそうしてるかのように、繰り返しています。それがプラスとマイナスのエネルギーを持った者の宿命なのでしょうか。

花のように単純ならいいのになと、花のことも知らずに逃げ思考します。

中途半端に付いた知恵の持ち主は、扉探しに我を失います。

花になる決断を実行する積極性は いつ思いつくのでしょうか・・・・・




2013-06-25

マ・マスターだと?

メキシコのレオンは、最近、夕立が多いです。停電覚悟で書いてます。我が家のワンチャン2匹は犬小屋で丸くなっています.やっほ!散歩行かなくて済む。 お、また 雷。
さて、以前に何度かパーティでバルーンショーとプチマイムをやったことのある知り合いのバレエ学校から、7月中旬からのサマーキャンプでマイムのワークショップをポーランドに行く前に頼まれていました。今そのカリキュラム組んだところ。その知り合いのMさんから「マイム何年習った?」との質問に、10年以上かなと言うと、じゃあもうマスターじゃないですか。と言われ、自分がマ・マスターだと?と考えてもみなかった事実に気づいた。で、そのお話受けました。旦那同様、相手が子供でも、アートのマイムやります。内面のエモーション変化中心です。でも 楽しくね。

カリキュラムのテーマは、花木 虫風くん
これ、名前じゃないです。

花と木と虫が、「人」だったときの記憶を 風さんに思い出させてもらう と言うエチュード
なんか立派でしょ。

テクニックはストップモーション・スローモーション・目覚め、それと 軽い物と重い物というように対象物を正反対に変えながらやる 触れる・摘む・投げる・嗅ぐというアクション

想像力の塊の子供たち きっといい時間が過ごせると思います。

2013-06-23

どこでもアーティスト

ポーランドのマイムワークショップ公演から戻って、ドカーンと中身がひっくりかえった状態でしたが、今、また以前の のたり状態に引きずり戻されつつあります。タイムトリップってこんな感じかも。ポーランドで別人のように堂々とやってのけた自分が不思議だー。
パンフレット見たら、ほかの参加者のアーティストは、みんな凄い経歴。私のページの空白の白さがやたら目立っていた。あんな立派なパンフレット作ってもらえるんだったら、もっと経歴書いときゃよかった。と言うか、これから経歴作ろうと、いい意味で意欲湧いたね。これが今の私なんだと素直に認めたね。

これまで旦那のサポートで満足してた。それがいいと思ってた。でも 違う気がしてきた。旦那にも以前言われたことがある。「僕が上ではない、あなたが下でもない、あなたは同じライン上に立っている、師匠とか弟子の観念は僕にはない。だから あなたが、おやりなさい」こういった意味のこと。日本人の考え方とカナダ人の考え方の違いなのか分からないけど、彼には自分が師匠であるという観念はないのだ。これまで「サポート」なんて自分に言い聞かせて、檻を囲っていたのが、すっと取れた一瞬だった。つまりは、師匠に依頼していたのだ。だから、彼に頑張って欲しいと思っていた・・・私が頑張ればいいことなのに。頑張るという言い方は好きじゃない、そう 楽しめばいいこれがいい。

ポーランドでアーティストのジレンマみたいなのを みんながスピーチし合ったのが最高に面白かった、旦那は何も言わずニコニコそれを楽しんでいた。旦那の師匠は、これまでの自分の格闘を語っていた。「エネルギッシュ」これがこの人を支えている。アーティストってこういったエネルギーを自己生産して楽しんでる生き物かもしれないな。旦那にはそういったものないな。本人もよく言う「僕には情熱がない」。この人は深海の静けさで動いてる人なのだな。そうも思える。すべてを肯定する太陽の様でもある。彼には、すべてを否定する世界には入り込めそうもない。

彼みたいなアーティストは稀だと思う。こだわらない。ちゃんとマイムアーティストなのに、仕事として割り切れる柔軟さがある。いいことか悪いことか分からないが、そのお陰で、家族は路頭に迷わずに済んでる。自分を分かっているんだと思う。自分からソロ作品を作る意欲があまりない。彼は言う、「僕にはソロを作る才能はない」  自分を過大評価しない

あれだけの恵まれた体と、培ったテクニックを持ちながら、なぜそれを生かさないのか。もっと主張しないのか、いつも疑問だ。でも、彼の生き方だから それでいいのだ。

ポーランドを発つ前に、旦那の師匠が見送りに来てくれて しばらくコーヒーを飲みながら話す機会があった。彼の師匠は、「客がひとりでもステージをやらなきゃ、やり続けなきゃ、」と、私が言いたいことすべて彼に語ってくれた。

ニューヨーク時代に、旦那は師匠の劇団公演資金をサポートしていた。日本のアミューズメントパークで、一日3回のショウをしてだ。彼はそのマイムをべースにしたショウで、かなり稼げるようになったのだ。そればかりか、日本のストリートパフォーマンスの水準を上げ、大道芸の観念をアート的な思考に促した一人でもあるのだ。私はそれをずっと傍から見ていたのでよく分かる。これまで出会った多くの世界トップパフォーマーがそうであるように、気負いなく自分の芸をシェアし、サポートし合うゆとりがある。しっかりした技を持ってる人にしかできないことだと思う。

私もそうでいたい。「どこでもアーティスト」でいたい。そうなる、そうなっていく、もう 少しだけそうなってるかも・・・強くなってきた

孤独は寂しさではない 強さに付きものだ 
ときとして、寂しさを避けようと 強さを身に付けずにしてしまう

もったいないな、
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    「寂しい」から、「強い」になる      by ノブ



    独りになり 心のままに体を動かす

動かすはずが、動いてる

    そう委ねたとき、独りが消え 全てとなる

「寂しい」から 「強い」になる

     体は 独りでに奏でている

           心地いい

2013-05-11

やっとのインターネット

久しぶりの、投稿です。インターネットが、ちょぼちょぼの繋がり方で、時間だけを無駄にしてしまうので、家では もうパソコンを開く気させしなくなっていました。今日はスターバックスに かれこれ5時間長居して動画のダウンロードやりながら これ書いています。
隣ではイベントやっていて、長い髪のおじさんが、メキシコのポップソングを熱唱しています。
尾崎 紀世彦に似てるな~、♪ また会う日まで、会えるときまで ♪ .....もう旅立たれましたけどね~。

ばたばたのこの2ヶ月でした。時間差で、親戚がカナダとバハマからやってきて・・・

なんかもういろいろあって忘れちゃいました。

きのうは、母の日みんなでイタリアンレストランで食事して、映画見ました。スタートレック
ダイアログが多すぎて寝てしまいました。英語の許容量を超えると寝ます。

隣が盛り上がり過ぎて、なんだか頭がちんぷんかんぷんです。

ではでは、

2013-03-19

あれこれと春 

腰・背中・腕の三箇所に一気に痛いものが襲って、流石に昨日は痛み止めに頼ってしまった。この所、急に寒くなったりして、重いカバンでのバス通いと、抜刀術朝練で、木刀が長かったせいで無理な姿勢で、剣を抜いていたので、筋を痛めてしまい、コーヒーカップさえも持ちあげられないほどでした。ウォーミングアップの大切さを痛感。あちこち痛いです。

今日は、かなり回復して来ましたが、外出は避けようと やたら慎重です。昨日ちょっと動きすぎたからね。

昨日、40才代の姪っ子が、御友達の家で、ペットの大型犬に襲われて手を14針縫うという出来事が起きました。全治3ヶ月とのこと。ペットと言えどもやはり野生の生き物、いったいその犬は何を察して襲ったのかわかりませんが、犬には襲う理由がちゃんとあったのでしょう。

きのうの事ばかり書いてしまいますが、きのうは、抜刀術のクラスの後、お友達とランチを楽しみ 、夕飯は家族でまたレストランに行きました。祝日だったせいもあって沢山の人でした。全身筋肉痛で、一日中、痛み止めが離せませんでしたが、いい日でした。

良い人と語らい、いいものを食べ、家族とともに一日を終える。こんなシンプルなことが、こんなにも気持ちいいのはなぜでしょう。

少しばかり前に、心に植えていた種 が、芽を出し、伸びようとしています。
この種、一時はもう枯れてしまったと思っていましたが、多くのものから栄養を知らず知らずのうちに吸収していたようです。
「花を咲かせたい」と気持ちよく背伸びしてる芽を感じています。

私の春はこうやって訪れて来ました。








2013-03-11

犬が犬らしく



昨日の日曜日は、朝、公園で抜刀術の先生と稽古して、そのあと、日本語を今教えているカーレンタル会社の方が迎えにいてくれてシラオのホテルまで行 き授業をした。ウィークデーだと忙しすぎて参加できない方が多いとのことで日曜日のクラスを開き、レンタカー会社の方たち中心に設けた。いつも参加してい るホテル側の受付の方たちは、木曜日と金曜日に引き続き参加してくれる。

家に帰ったら、お隣さんのバーベキューに誘われ参加。賑やかな一日  ・・・   だが、

夕方、いつも家の近くにやって来るかわいいワンちゃんが、ぐったりしてるのを発見。飼い主はとなり村の人で、それが分かっていたから、食べ物をあげないようにして、お家におかえりと促していたのだが、首輪ももう外されて、弱っていた。
その姿を見て、なぜか、涙が止まらず、飼い主に捨てられてしまっていたと知っていたら餌を上げたのにと後悔。でも「惨めな死」ということに対しての悲しみの涙が異常に込みあげて、なんとも不思議だった。

翌朝、少し元気になったワンちゃんを見てホッとし、ニュースをネットで見て、そうか、昨日は日本では3月11日、あの日だったからかと納得。体は覚えていた。

の日のことから、私も自分なりに乗り越えたものがある 。今年はしっかり二本足で立つことが出来た。そう実感できる。大きく変わったのは、死を意識して、意図的に死を意識しない生き方になったことだ。死という 現実を当たり前として大袈裟に意識しないというのが近いかもしれない。

お腹いっぱいに食べて、芝生に寝転がる

犬が犬らしくしていると 嬉しい

今日、私が日本画を教えてる生徒で、3人の大きな息子さんを持つママに、犬の話をしたら、長男さんが メキシコシティで捨て犬、迷い犬を世話して、今では80匹もいるという話をしてくれた。

私も一匹ぐらい平気だ。そう思えた。

昨日の涙は、もう晴れた

犬が犬らしく、猫が猫らしく、
・・・だから、人が人らしくなる

そう思いませんか?

 

2013-03-08

お嬢

娘が成長するのは当たり前だが、こんなにも きれいなるんだと今日は旦那と驚き。親バカしました。
お友達の15歳の誕生会、メキシコでは一世一代のパーティをする慣わしで、招待された者もドレスアップをしてし出掛けるのですが、今夜、娘はそのパーティに行くというので、一昨日から着ていく服を探しておりました。体調が悪かった私は、旦那に買い物のお供を任せたので、二人が帰ってきて買ってきたものを見せてもらったら、
ボディコンドレスとハイヒールでした。

夜9時くらいから朝までのパーティなので、夜のお出かけ、その姿は、「ホント銀座で働けるわ」と言いたいくらいお嬢でした。六本木の方がいいのかな?
いや~、参ります。母親でこうですから、男親はもう、でれれ~~~です。

娘が支度してる間、カメラ持って追っかけやってましたら、「Facebookに載せるなよ」と、見透かされてしまいました。へへへ

この一枚なら、ブログに載せてええかいな~、コート来ちゃって、ボディコンドレス見れませんが・・・


病み上がりの私、やー少し私も綺麗にするかな~、と反省
綺麗なものは、いいですね。

部屋も綺麗にしてくれると嬉しいのだが・・・・