2010-11-29

今日は、お友達の家で、お試しお茶会(茶道)をやった。その後 お昼をみんなで食べた。この時期になると、日本人のお友達は、みんな冬休み日本への一時帰 国をどうするかという会話になる。みんなそれぞれ色んな計画立ててるようだ。私の所は、まだ未定。今年の夏、我が家は、日本へ家族揃って大旅行をしたの で、クリスマスをどうするか、主人の方の親戚などにも聞かれるが、なんとなく家でのんびりしたいと言うのが本音。

ゆっくり家の掃除をして、棚上げになっていた屋上にイグアナ・パラダイス小屋を娘と作る計画を実行しようとさっき娘とちょっと話て見たら、なんとなく、ウキウキしてきた。
旦那にも ゆっくり骨休めしてもらいたい。旦那も私も、仕事の掛け持ちでゆっくり、家族団らんをする機会がない。美味しい料理を皆で囲むことを楽しみたい。家族に、そう提案してみると皆も同じ気持ちだったらしい。すぐにそれがいいねと答えが返ってきた。
カナダでよく夏の夜、星を見上げたり、窓から雪景色をゆっくり見て楽しんでいたことが、今は、とっても大切なことだったんだなと思う。

今、私は、一日10秒間の静止瞑想を6回やっている。なかなか簡単そうで 結構 難しい忘れちゃうんですね。6回やれないことが多い。静止の中には、それぞれ旦那と娘をギューっと抱きしめて静止することも入ってる。寝る前と朝は、必ずやろうと決めている。

この静止瞑想のアイディアは、ニール・ドナルド・ウォルシュ氏の『変れば変る』からのものだ。
http://www.kamitonotaiwa.net/category/1331683.html
http://www.kamitonotaiwa.com/WECCE-15-Minute-Web-Seminar.wmv
この本は、実践的で、すてきなことがいっぱい書かれているが、私は「あとがき」に一番感動した。二ール氏が、奥さんのことを本当に尊敬し、愛して いるんだなと感じられるものだったから。そうだ、私も彼に負けないぐらい一人の人を愛せるエネルギーをもっていたんだ。と、そのことを思い出させてくれ た。大恋愛をしたとき何処から出るのか凄いエネルギーを体全身で感じたではないか。そうだ、あの時と また、違った形で深さをもって、もう一度 その大恋 愛の相手だった主人にエネルギーを向けてみよう、と、そのあとがきを読んで、ロマンティシズムなDNAが、そう蘇るのを感じた。大げさだな

「一人の人を とことん深く愛し思いやれれば、自然と すべてを愛し思いやれる」と、恋愛が教えてくれたことを思い出した。

2010-11-17

心屋仁之助さんのブログより(ここをクリックすると元のブログが見れます)

http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-10709687486.html

過去に行ったり
未来に行ったり
あの人やこの人に行ったり

心は忙しいです。

心をなくさぬよう。

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過去の後悔も、感じつくし
未来の不安も、感じつくし

あの人への怒りも
あの人への悲しみも
あの人への疑いも

感じつくす。

すると、そこにはたった一つの答えがあります。
そう、たったひとつです。

それが「思い込み」


あなたが見ているもの
あなたが聴いているもの
あなたが思っていること

真実だと思っていること
真実だと思ってきたこと

すべて 「思い込み」 です。
ただの 「証拠集め」 です。

何の証拠集めなんだろう。
「思い込み」の証拠集めです。


その「思い込み」を一つ一つ手放していくこと。
すると、その裏側に、真実が見えてきます。

その真実とは


 1.出来事には意味はない。ただ起こっているだけ


 2.すべてのひとの行動の裏側には「愛」がある。


   「人には、悪意は ない」


   「相手もただ、良かれと思ってやっている」


   「相手も、ただ、相手が喜ぶと思ってやっている」


   「ただ、その愛を、受け取る人が愛とは気付かなかっただけ
    逆に悪意として受け取った自分がいるだけ」


   「相手は、ただ、気づかないだけ」


   「相手も、ただ、自分を守っているだけ」


   「相手も、ただ、自分は正しい そう思っているだけ」



てことですわ。


こまったことに(笑) そこには全部「愛」がある。
人への愛 もしくは 自分への愛 です。


自分の心のゆがみが、
人の愛を受け取れなくします。

心のゆがみ、「地獄思考」から
素直な心、「天国思考」へ。

2010-09-29

オーブ


24日に満月を撮ったら、オーブが沢山撮れました。すぐに、もう一度シャッターを切ったら、その数が減っていました。あれから、毎日撮ってみています。家の中にも入ってきています。
オーブは、塵とか埃とかの説もありますが、拡大してみると美しいし、かわいい

今朝も、オーブが沢山撮れました。



旦那と娘が4時ごろ帰ってきたら、その後を追うようにオーブが、入ってきました。偶然撮ったので驚きました。右は、同じ場所をもう一回撮ってみたもの、何も写ってなかった


娘の近くにも出てきました



私にもオーブくんが近づくか試してるところ、だんだん近づいてきていますよ



左肩のところに小さなオーブと、猫の横と私の身体を覆っている大きなピンクのオーブが、二つ見えます。



昨夜の明るく光ってる小さなオーブと大きなオーブ、ちなみに、右上の電灯は点いていません




この大きなオーブのある壁のコーナーには、少し前までお経をあげる場所を設けていました。何か関係あるのかな・・・このあたりによく出没するんですね。




屋久島の木霊ちゃんがメキシコまで付いてきたのかな?でも ちょっと形が楕円形なんだな

2010-09-04

日本での記憶 その3 屋久島


この歌が心に響きます

私はフォークで育った世代です

だからかな?


屋久島のこと 今日は、書いておきます。

きちんと、思い出になってきたからです。



日本での記憶 その3
                        屋久島

7月20日 
横浜のゲストハウスを「行って来ます!」といって出る。また、8月にお世話になるからだ。
屋久島の後、家の長崎に寄るので、大きな荷物は宅急便で送っておいた。
なんて日本は便利なんだろう、つくづく思う。

鹿児島の空港で乗り継ぎをして屋久島に入る。メキシコで、日本での手配をしていたとき、はじめフェリーで島に行こうと計画していたが、空港と船着 場まで50分掛かることと、屋久島直行便のフェリーの本数も少なく、予定していた昼ごろに島に到着は無理だと分かり、私は、姉に急遽頼んで屋久島行きの飛 行機を予約したのだ。これはぎりぎりセーフだった。

屋久島に着くと、mixiの知り合いの知り合い、そう初対面のマイミクの方、未路せんせたるや方が、白いランニングシャツで彼のお弟子さんと言う 若い女性と一緒に出迎えてくれた。エネルギーが強すぎて、私は、どう受けてよいかとちょっと戸惑った。でも、これは私の先入観だとすぐにわかった。彼が、 「先ず、おいしいアイスクリーム食べに行こう」と、抹茶アイスを出してくれる土産店に直行したからだ。
ジャズミュージシャンが ランニング姿で 抹茶アイスを美味しそうに食べている姿。
何だ、いい人じゃん。
mixiで 何度かメールのやり取りをしていたが、やはり まだ会ったこともない人に、色々と甘えてしまうのは、気が引けて(家族3人だし)、宿泊先やら、次の日の島のガイドを他に頼んでいた。でも、その後は、この方に甘えてもいいなと思えた。

島には、以前、韓国でご一緒したことのある虫丸さんという舞踏家が住んでおられ、私は、彼にも連絡し、そんなに親しいと言うのでもないのに、気さ くに遊びにおいでと誘っていただいていた。未路さんと虫丸氏も実は知り合いだと分かり、車のない私たちは、未路氏が空港から離れた虫丸さん宅へ、連れて 行ってくれることになり、みんなで虫丸家で食事をする手はずになっていた。途中、未路氏の手作り自宅を拝見して、ウミガメの産卵地で有名な浜近くにある舞 踏家のアトリエに向かった。

未路氏宅へ向かう途中、何故か立派な道路を通りながら、愛子岳、女川、男川など、未路氏は、車を止めては、説明をしてくれた。娘は、そんなことよ り蜘蛛の巣見つけて、道路にしゃがみ込んだり、お土産やさんの犬に構ったり、セミ・セミと、蝉のことばかり気にしていたりしていた。
もうすぐ、虫丸家の近くだというときに、山肌から海に向かって大きな虹を発見、これにはみんなで感動。なんて素敵な島の歓迎だろうか・・・その後、巨大なトンボが、頭上を通過、娘と私は、呆然と立ってみていた。

『今、お風呂から出てきて、かみさんが入ってるところだから、もうちょっと待ってて』と虫丸氏から連絡。ウミガメの産卵地の浜で少し休憩、入り江に入り込んだ小さな魚を捕まえようとズボンを捲り上げて、早速 娘は、一人遊び。12歳の娘は、5歳のあの頃にすぐ戻る

母ウミガメの残していった足跡が、きれいな砂模様となって何箇所かに残っていた。
「昨晩、お母さんウミガメがやってきたのだろうか」と、その様子を心で描いて、温かくなった。

『おーい』と。白いタオルで、髪の毛を拭きながら、日焼けして引き締まった上半身を見せた、虫丸氏が呼びに来た。
2006年に会ったときより若くなってる。玉手箱開ける前の浦島太郎さん?

少しずつ、私は、現実から遠のいていく・・・・

近況報告

8月27日

此処のところ、ちょっと忙しくなっています。
大学の課外授業の臨時を引き受けて、月曜と水曜日に日本語クラスを受け持ったからですが、9月の第一週までなので、後ちょっとの間だけです。

火曜と木曜は、他の語学学校と自宅での 日本語クラスが、2クラスずつ。
そして 時々入る月二回のカルチャークラス。
大学以外は、生徒が1名か2名のクラスなので、その人の能力に応じて、興味のあるものを取り入れてやっています。

17歳の男の子は、漢字が大好き。飲み込みも早いので、どんどん進んでしまいます。
カルチャークラスは、男女一名ずつ、今、掛け軸を製作中。習字で春夏秋冬にチャレンジ。

土曜日の夕方は,マイムクラス。
こちらは今、旦那が主に教えていて、嬉しいことに人数が増えています。

日曜日の朝は、瞑想会と絵のクラス。
絵のクラスの生徒の高校生は、勉強が忙しくなったので隔週になりました。彼女の描く優しい絵に癒されてるのは私の方だったのでちょっと寂しいです。
瞑想会は、あったり、なかったり、メンバーの忍術のインストラクターたちが 時々、メキシコシティに出かけたりするからです。

そして、金曜の今日は、新しく日本語を習いたいと言うロックミュージシャンの男の子とそのお友達がやって来ます。なんでも 来年、滋賀大学に交換 留学を希望するらしいです。以前 一度 私の習字ワークショップに参加したことのある子たちで、何でも 代々木公園で歌うのが夢らしい。

不思議なことに、ちっとも疲れない。以前の私は、ぐうたら生活が大好きだったので、ちょっと忙しくなるとバテ気味でしたが、今回は、立ちっ放しの授業で少し ふくらはぎが痛いだけで、元気なんですね~。やっぱり屋久島の力かな~~~

そんな最中、娘の両目に ものもらいができて、片目は、可なり腫れ上がり、昨日は、学校休んでしまいました。面白いもので、You Tubeで見たと言う、天才インコ、アインシュタイン君の話を娘が楽しそうに話してくれていると、その目の腫れが見る見るうちに、引いていったのです。偶 々、なのかもしれないけど、驚きました。

主人は、娘が同じ学校に入ったせいか、なんだか嬉しそうです。火曜日と木曜日に、イブロアメリカーナと言う大学で、ムーブメントのクラスが始まりました。ちょっといい感じです。


私は、 二人分のお弁当を作って、毎朝 6時45分に 二人を見送ります。


とりあえず、近況報告。

2010-08-24

笑いながら・・・・

来年からNPOアートトラストを基盤にして活動しようと相談していたそこの代表者の方が、メキシコに戻る前日に、緊急入院され、そのとき、本人と携帯で会話し、すぐに退院出来そうと、しっかりした口調だったのに、私がメキシコに着いてしばらくして、病状が思ったよりも重く、本人もそれを知り、可なりの動揺だと聞かされ心配していた。先日、そのアートトラストの代表者の様子をメンバーの方がメールで知らせてくれて、手術は、今月末になり、手術事態は大変なものではなく、本人も落ち着きを戻し、冗談も言えるようになっているとの様子。それを聞いて、なんだかホッとしたものの、いつも おっとりとして、可愛い方だけに、どうか怯えて欲しくない、と、そう、願わずにはいられない。


ケラケラ笑いながら死ぬ これが私が理想とする死に方だ。

ケラケラとまで行かなくても ニッコリと『あー楽しかった』と言って逝きたい

それには、いつも あー楽しいと言う気持ちが 繋がっていた方がいい

だって、いつ訪れるか分からないのだから、最後なんて

主人の実家でも舅が、来月大きな手術を受ける。
85歳、アートトラストの代表者と同じ歳。
一昨日の土曜日に、親戚の家で、娘が電話で話したらしい。
娘は、『グランパは面白い』と言って帰ってきた。冗談を言って娘を笑わかせたようだ。

この前、メキシコで知り合った日本人の友人とお茶した時に話していたことを思い出す

2年ぐらい前に調査したもので、『今、幸せと感じている』と答えた人を国別に調べたらメキシコの人が最上位、最下位が日本だったそうだ。
あんなに物が溢れてて、明日食べるものもにも そう不自由していない日本、仕事なんてないし、大家族で子供に物乞いさせてる生活者の多いメキシコ、幸せの感じ方の違いをここで考えてしまう。幸せのターゲットの違いなのかも。

毎週のように 大家族が集まり食事をするという メキシコの習慣は大きいと思う。
やはり、人は、物の中に囲まれているより、人の中に囲まれている方が自然なのかもしれないな。独りは、煩わしさがない分楽なようだが、共感する機会が少ないのかも、かといって、生まれてから あまりそんな習慣のない者には、毎週大家族で集まることは一苦労だ。

私のベストは、時々 たくさんの友達と 温泉一泊して羽伸ばすのがいいかな、まったくの理想だね。朝まで飲み明かすってのも 昔はよくやったが、あれもよかったな

日本で久し振りに友達とお酒飲んだりして感じたが、これといって話をしなくても ただ顔を見ただけで、それだけで、よかたよかったと、満足してしまってる自分がいた。
安否を確かめ合う喜び この意味は何なんだろうか・・・

もしかしたら 永遠になる別れを どこかで察知しながら、「ほら、まだじゃん」と安心する、それに似てるのかも。 
限りあるものの中に 幸せはあるのかな・・・


では、「今 幸せですか?」と聞かれたら・・・・

やっぱり、「結構 幸せじゃん」 と答えるな

愛してる人が、数え切れないくらいいる、日本にも カナダにも、メキシコにも
そして、いつからか、人の愛の深さも読み取れるようになってきた。
有難いと思える
『結構 幸せじゃん』 それって




         「愛らしく人となる」         作; カヤノノ 


誕生・家族の中の位置・父母からの期待・社会との位置・自分との距離・恋愛・結婚・離婚・模索・出会い・結婚・出産・育児・社会との隔たり・夫との関係・家族の中の位置・持続・異国の文化・夫の家族関係・模索・社会との位置・模索・気付き・人との繋がり・宇宙の中の自分・決断・行動・愛らしく人となる


時間が掛かった
なんて遅い発芽

時間が掛かった理由
不安

常識から生まれた不安
長かった

深く愛されていることに気付けば、不安は些細なものとなる

些細なことが問題なのは、大きな全てを見ないから

鏡に映る一固体

時間を掛けてよく見れば
固体を包む全てのものが見えてくる
そして固体は


愛らしく人となる



                  

2010-08-13

夢見から夢見に

7月12日から8月4日まで日本に帰っていました。今は、メキシコです。

昨日、個人でやってる語学学校に日本語クラスを教えに行って、やっと、メキシコに居る自分を感じ始めています。

4日に日本からメキシコに戻ったすぐは、盛りだくさんの懐かしい方たちとの再会と 新たな方たちとの出会い、そして美味しい日本食(特に出発前日の夜に最後のチャンスと慌てて食べたしゃぶしゃぶ)で、心も体も 満杯状態でした。

日本に戻っているときは、メキシコのことが、遠い記憶の中の物語に思えていたのに、今度は、その逆で、戻ってみると、日本にいた自分が、やはり遠い記憶になりつつあります。

夢見から覚めないまま、また夢見に入ってる・・・・おもしろいなぁ


日本の記憶 その1

       ゲストハウス カナリアンオープンイベントにて
http://kanalian.com/gallery/event-photos(そのときの様子の写真が載っています)
70名の来客に大混乱状態でした。状況が状況で、結局、旦那のパフォーマンス(イベント用)に留まりました。とにかく大賑わいの中、食事が始まって、落ち着かない中でしたが、旦那は堂々とシヨウをやってくれました。すてきでした。
私は、とうとう即興をやりませんでしたが、即興をやるには落ち着かない場だったのか度胸がなかったのか、・・・・ま、次回だな、と自分に優しくしてしまいました。

その後、朴保さんのバンドと彼の歌が大迫力で、スピーカーからガンガン建物の中に響きました。朴保さんと、バンドの方たちとは、お客様が引けた後に一緒にお酒を飲み、主人を置いて、私だけ、先に部屋に戻って寝ていたら、主人が、朴保さんがあの歌を私のために歌ってくれるから、みんなの所においでといいに来てくれました。(涙目で・・・)

朴保さんが本番で歌う約束をして、忘れて歌わなかった曲 『いつの日にかきっと』、私の好きなこの曲を私のために歌ってくれるというのです。(本当は、旦那が、朴保さんに その歌への私の想いを話したからです)
私のために?すごい贅沢な気分、そして、感動しました。楽器はもう片付けた後だったので、ピアノだけでした。彼の身体から震い出る歌声、その生命をかけてるような彼の迫力は、本番のときより数千倍も響いて伝わってきました。音響に頼らなくても人って ここまで歌になりきれるものなんだという不思議と感動で いっぱいになりました。

そして、そのとき、彼の後ろで、T子ちゃんが、気持ちよさそうに踊りだしたのも、私を驚かせました。今日私がそうやって この歌で、ああやって舞ってみたかった事を、彼女が、やっていたからです。T子ちゃんは、知的障害のある方で、朴保さんの歌が好きで、お母様と一緒によく聞きにいらしてると後から聞きました。子供に見えた彼女は、なんと もう30歳過ぎてるとの事、「T子さん」と新たに呼び直すには、抵抗があるほど本当に若い。彼女とそのお母さんの関係が傍から見ていて、きれいでした。
「師匠はここに居たな」と心で呟きました。

朴保さんが歌い終わって、私は、思わずギューっと彼を抱きしめてしまいました。

                言葉に出来なかったから