ホームドクターが取り入れ始めたこのヘルススキャンを家族で受けることになりまして、まだ主人と私だけしかやっていないけど、結果はコレステロールが意外と私は高かった。びっくり、主人はストレスと、運動不足 などなど、私のストレスは今までお医者さんが見たこともないような高い数値になっていました。メキシコだからね、きっと日本だったら並だと思うけど。血液検査もさせられて、なにやらサプリメントも試すことに。やっぱり身体に出ちゃってましたねー。肝臓が、かなり参ってるようです、それと肺の酸素不足、よく分かりませんが、ストレス解消に努めなくては、最近はいい感じだったんだけど・・・5年間のものがまだまだ残ってましたね。
体重が正常に戻るまで、しばらくウミウシになるのは諦めます。
でも、ベジタリアンは続けるね、ずっと
あと、運動不足も大きいようです。20分歩いて、ベリーダンスでもやろうかと思っています。アクティブ、アクティブ
2011-06-21
2011-06-15
怒りが出たら絵を描く
今日は、 月一回会行われているマヤのオリオン瞑想の考案者であるマヤ人のアク・ターさんのレクチャーに行ってきました。スペイン語が分らないので娘も連れて講演の 模様を録音し、また後から訳してもらうことにしました。娘は、すっかり話が気に入ったようで、ピラミッドの意味がわかって面白かったと満足していました。 明日は、公園で大きなサークルを作り、オリオン瞑想をやります。
アク・ターさんと握手したとき白いオーラが彼の手に出ていたと娘が言っていました。
娘から聞いた話の内容の一部に、ネガティブなエネルギーは、物質すべてを通りぬけ浸透するけれど、それに比べポジティブなエネルギーは、波動力が弱いため 沢山の人たちと一緒に波動を起こす事で強く出来るのだそうです。お祭りなんかがそうですよね。
パーティなどで その場に溶けて身体が軽くなっていったのはそういう事だったのでしょうか。
しかしながら、すぐには、今までの癖が抜けずに、また主人に苛立って つい怒っています。少し違うのは、それを横で眺めているもう一人の自分がいて、究極へと追い込まないにしているということです。
怒りが出たら絵を描くということ始めました。昨夜は徹夜で龍の絵をかきました。描いた絵は売るというルールも自分で作りました。明日親しくなっ たショップへ持って行きます。我が家はずーっと家計が危ないのですが、私がこれと言って、手助けになるほどの稼ぎがありません。それもストレスになってい ました。子どもの時から、仕事をして稼ぐという感覚に薄かったので、絵を描いてもすぐ、誰かに上げてしまったり、安くで譲ったり、沢山描かなかったりと、 自分にできることに制限をかけていました。しばらく物々交換感覚で、絵を描いて浄化して、その絵を誰かに楽しんでもらうため代金をいただくといった思考で 単純にやってみることにしました。龍もネガティブにならないように金色を取り入れて描いています。不食への道も少しスローテンポにして、アイスクリームな ども楽しむことにしました。ショッピングも治安が危ないからと避けていましたが、サングラスを掛けて日本人に見られないようにして、龍の絵の額縁替わりに 貼る布を買いに出かけました。なんだか自然と にこやかになっていたから、お店や出会った人みんなが、やさしい対応をしてくれました。
長い話
先日、大学関係の日本語クラスの打ち上げパーティを15名ほど集まって小じんまりと楽しくやりました。ちょっと私が不調気味だったこともあり、我が家で やるかどうか決まるまで時間がかかってしまい連絡が行き届かなかったのと、生徒の数が急に減っていたことで、前回に比べて小ぢんまりになりました。私がカ レーをたくさん作って、みんなが持ち寄りで食べ物を持ってきてくれて、結構、豪華な食事になりました。ずっと この一ヶ月ベジタリアンから、不食を目指し ていた私も体重が36キロとこれまでにない軽さになっていたこともあって、今日だけはいいかと食べちゃいました。みんなで食べるとやっぱり美味しい。
パーティでは、別の大学の学生が製作した10分ほどのビデオ「EL MIMO」を上映。例の壁スクリーンで家庭内映画館です。映画のメインキャストは、主人、彼の芸風でない一般的に知られるマイム;縞々シャツに白メイクというキャラクターで出演。私は、その妻で出演。
結構、いい出来になっていたので みんなに見せたいなと以前から思っていたのが実現しました。
実は、この映画の出演を受けたとき、私の中でひとつの賭けがありました。それは、もう一度 主人に対して、出会った頃の素直な「ただ好き」という 気持ちが自分の中に蘇るのではないかという期待でした。製作していくうちに そういった気持とは反対に全く冷静な自分があり、冷めているという実感を認め ざる終えませんでした。完成した映画を見る頃には、別居ということを考え、先週、姑のことがきっかけで、本当に怒っている対象は主人であると分かり、とう とう、具体的に主人へ別居の話を持ちかけました。娘のこれからの教育、日本での私の進むべき道やら叶えたい夢、色々、ずっと私は 主人のモチベーションの 低さに怒りを持っていたことも。その怒りを どうしたら理解し解決できるのか、まずは 離れてみるのがいいのではと思ってのことでした。主人と私と娘は、 家族だけど、いつも自分だけ孤立してる感じがしていました。
主人とイタリアンレストランでお金が無いのでワインだけ注文し、この先の具体的なことを話しました。感情的にならなず彼は、娘のことについて私が 身勝手だと述べました。次の日、今度は娘とカフェに行き女同士で旦那と話した事を掻い摘んで暗くならないように話しました。13歳の娘は、日本とカナダを 行き来して生活したらどうかという案にさほど抵抗はなさそうでしたが、もし万が一、離婚となったらという点については猛反対、それも明るく猛反対。そし て、私のアートへの夢を家族みんなでやろうという提案をしてくれました。メキシコでも出来ることはあるんだと私が持っていたアイディアを話し始め、気持ち が軽くなっていきました。
家に戻って主人に、娘に打ち明けたこと、別居はしないで此処でやれること考えてみると言うと、彼は、感極まって涙しました。そこに娘が入ってき て、家族で出来るアート的なことのアイディアを話すと主人もアイディアを持ち出し、現実逃避とストレス解消にコンピューターゲームやインターネット情報、 番組に嵌っていたバラバラ家族に久びさの方向性の一貫したコニュニケーションが起きました。
その夜ベッドにひとり横になって、旦那が涙したところを頭にリピートさせていた私は、条件付で愛情を確かめてきた自分が見えて、恥ずかしくなりま した。旦那は、一度もそういった計り事をせず、傍で見守ってくれていたではないかと そう実感した瞬間、その温かさが身体の中に100%充満し、出会った 頃の想いが蘇って来るのを感じました。すると、姑や気嫌ってきた人たちへの苛立ちと怒りが消えて、この温かさを分けてあげたいいと思いました。
気持ちが軽くなり、幸せいっぱい。
でも、そんな簡単にはいきませんでした。きちんとそのお返しがやって来ました
久びさに会ったある友達が、なんとも冷たい態度。私に何か怒っているというのがはっきり分かる態度を示してきました。私は、全く思い当たらることがなく何人かの他の友達もその場にいたので、直接その友達に 何故 怒っているのか聞くこともせず、時間の立つのをじっくり待ち別れました。
そうか、こういうことか、私もその友達と同じ態度をずーっと何度も主人にしてきたではないか。だから、直接主人からではないが、波紋がこうやって 帰ってきたのだと気付きました。そして、何故、人から冷たくされると、こんなにも悲しく憤りを感じてしまうのだろうと考えました。ほんとうに体のエネル ギーを吸い取られていくように気力が失せてしまうのは何故だろう。答えは、やはり、自分の中にある自尊心でした。これが、そんな扱いをされるはずがないと 言う世界を作っていました。その友達を怒らせたのは、その友達が描いている私というイメージを私が裏切ったからではないだろうかとも思いました。そのことに気づい た途端、今まで、色んな場で、邪険に扱われたり、自分が邪険にしたりしたことが、細々思い出され涙が溢れました。
人は、自尊心を傷つけられると怒りが起こるのです。友達に私は、何をどうしたか いまだによく分かりませんが、その友達を傷つけたのは間違いないでしょう。
そして、一昨日、
ちょっとしたこの友達のことが引き金になり、ここのところ出ていなかったうつ的状態になりました。ただただ涙と無気力に襲われ、呼吸もしているのかどうか とき どき深呼吸をして意図的に酸素を取り入れなければならないような状態、考えることをしないように睡眠に入り、目を覚ますとまた、また深い憤りの涙で体力を 消耗してしまうという繰り返し。カナダで以前使っていた薬を手にして、これを飲もうかどうか思案していました。
主人たちが帰宅する頃には、やらなければならない夕飯の支度や、日本語のクラスの準備などやり始めたのですが、予告もなく娘が夕飯を早めに食べて 友達と遊びにいくとか、主人も急に出掛けなくてはならないとか、急き立てられ、慌ただしく夕飯を準備の中、盛りつけていたて夕飯をお皿ごとテーブルから落 とし割ってしまい、その大きな音と同時に抑えきれなかった感情がヒステリックに破裂し、主人と娘の前で泣き狂いました。全く、5年前にカナダの姑たちとの 共同生活を送った時代に起こった症状と同じでした。
言葉では、主人に昨日私の話を聞いてくれなかったからだなど、感情的に思ってもいないことを口走ってしまい、誰かのせいにしようとし、「また同じ ことが起きてる、ママはキチガイだ」と涙しました。娘も主人もしっかり無言で抱いてくれて、私の気が収まるのを待ってくれました。火山噴火の終えた私は、 ボーッとしながら しなくてはいけないことをしてるうちに穏やかになりました。きれいなものや、慕ってくれる物の数だけ数えていればいいのに、その真反対 の力にぼろぼろとなってしまう弱さは一体なんなんでしょうか。私は、傍目も自分でも 明るく天真爛漫的なあどけなさを持っていると思うのですが、こういっ た いわゆる落込みのツボに嵌ってしまうと、それらの明るい自分が偽物ではないのかと疑ってしまいます。
こんなことがあったのに、今は、すっかり平常に戻っています。昨日のパーティでみんなと楽しめたからでしょう。キャンセルせずに開いてよかったで す。あの映画も別れ話の最中には、とても上映なんて出来ないと思っていましたが、「ただ好きでいる」という想いが帰ってきてくれたお陰で 映画の中の夫婦の 私たちが、「お前たちの本当の愛情はこんなに詰まってるよ」と語ってくれた気がしました。
一度起こった物事は留まらないのだから、見送ればいい、穏やかに見送るには、楽しいものと一緒に同化し自分を消し続けるのが一番なのかもしれない・・・
まだまだ これから波紋を受けていかなくてはいけません。大きな波をいっぱい立ててきたのですから・・・・
でも、その受け方を昨日のパーティで教えてもらいました。人の中に溶けこみ楽しむことで・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
瞑想しているとき、一人会話を良くします。瞑想になっていないってことでしょうが・・・へへへ
最近は、こんな事 会話しました。
私;「辛い思いはもういいよ、なんで私はここに来なきゃいけなかったのよ!」
?の声;「おみやげ待ってるから、私たちへのおみやげ待ってるから」
私;「どんなおみやげ?」
?の声;「うん、私たちのティータイムに入れる角砂糖」
私;「角砂糖?」
?の声;「そう、角砂糖。ティーにちょっと入れて楽しむ角砂糖 だから 甘くて、きれいなのがいいの、苦いのやら辛いのは要らないの。たくさん集めてきてね。あなたは、そのためのお使いなんだから」
私がこの世に来たのは、角砂糖を集めるためのお使いかぁ・・・
パーティでは、別の大学の学生が製作した10分ほどのビデオ「EL MIMO」を上映。例の壁スクリーンで家庭内映画館です。映画のメインキャストは、主人、彼の芸風でない一般的に知られるマイム;縞々シャツに白メイクというキャラクターで出演。私は、その妻で出演。
結構、いい出来になっていたので みんなに見せたいなと以前から思っていたのが実現しました。
実は、この映画の出演を受けたとき、私の中でひとつの賭けがありました。それは、もう一度 主人に対して、出会った頃の素直な「ただ好き」という 気持ちが自分の中に蘇るのではないかという期待でした。製作していくうちに そういった気持とは反対に全く冷静な自分があり、冷めているという実感を認め ざる終えませんでした。完成した映画を見る頃には、別居ということを考え、先週、姑のことがきっかけで、本当に怒っている対象は主人であると分かり、とう とう、具体的に主人へ別居の話を持ちかけました。娘のこれからの教育、日本での私の進むべき道やら叶えたい夢、色々、ずっと私は 主人のモチベーションの 低さに怒りを持っていたことも。その怒りを どうしたら理解し解決できるのか、まずは 離れてみるのがいいのではと思ってのことでした。主人と私と娘は、 家族だけど、いつも自分だけ孤立してる感じがしていました。
主人とイタリアンレストランでお金が無いのでワインだけ注文し、この先の具体的なことを話しました。感情的にならなず彼は、娘のことについて私が 身勝手だと述べました。次の日、今度は娘とカフェに行き女同士で旦那と話した事を掻い摘んで暗くならないように話しました。13歳の娘は、日本とカナダを 行き来して生活したらどうかという案にさほど抵抗はなさそうでしたが、もし万が一、離婚となったらという点については猛反対、それも明るく猛反対。そし て、私のアートへの夢を家族みんなでやろうという提案をしてくれました。メキシコでも出来ることはあるんだと私が持っていたアイディアを話し始め、気持ち が軽くなっていきました。
家に戻って主人に、娘に打ち明けたこと、別居はしないで此処でやれること考えてみると言うと、彼は、感極まって涙しました。そこに娘が入ってき て、家族で出来るアート的なことのアイディアを話すと主人もアイディアを持ち出し、現実逃避とストレス解消にコンピューターゲームやインターネット情報、 番組に嵌っていたバラバラ家族に久びさの方向性の一貫したコニュニケーションが起きました。
その夜ベッドにひとり横になって、旦那が涙したところを頭にリピートさせていた私は、条件付で愛情を確かめてきた自分が見えて、恥ずかしくなりま した。旦那は、一度もそういった計り事をせず、傍で見守ってくれていたではないかと そう実感した瞬間、その温かさが身体の中に100%充満し、出会った 頃の想いが蘇って来るのを感じました。すると、姑や気嫌ってきた人たちへの苛立ちと怒りが消えて、この温かさを分けてあげたいいと思いました。
気持ちが軽くなり、幸せいっぱい。
でも、そんな簡単にはいきませんでした。きちんとそのお返しがやって来ました
久びさに会ったある友達が、なんとも冷たい態度。私に何か怒っているというのがはっきり分かる態度を示してきました。私は、全く思い当たらることがなく何人かの他の友達もその場にいたので、直接その友達に 何故 怒っているのか聞くこともせず、時間の立つのをじっくり待ち別れました。
そうか、こういうことか、私もその友達と同じ態度をずーっと何度も主人にしてきたではないか。だから、直接主人からではないが、波紋がこうやって 帰ってきたのだと気付きました。そして、何故、人から冷たくされると、こんなにも悲しく憤りを感じてしまうのだろうと考えました。ほんとうに体のエネル ギーを吸い取られていくように気力が失せてしまうのは何故だろう。答えは、やはり、自分の中にある自尊心でした。これが、そんな扱いをされるはずがないと 言う世界を作っていました。その友達を怒らせたのは、その友達が描いている私というイメージを私が裏切ったからではないだろうかとも思いました。そのことに気づい た途端、今まで、色んな場で、邪険に扱われたり、自分が邪険にしたりしたことが、細々思い出され涙が溢れました。
人は、自尊心を傷つけられると怒りが起こるのです。友達に私は、何をどうしたか いまだによく分かりませんが、その友達を傷つけたのは間違いないでしょう。
そして、一昨日、
ちょっとしたこの友達のことが引き金になり、ここのところ出ていなかったうつ的状態になりました。ただただ涙と無気力に襲われ、呼吸もしているのかどうか とき どき深呼吸をして意図的に酸素を取り入れなければならないような状態、考えることをしないように睡眠に入り、目を覚ますとまた、また深い憤りの涙で体力を 消耗してしまうという繰り返し。カナダで以前使っていた薬を手にして、これを飲もうかどうか思案していました。
主人たちが帰宅する頃には、やらなければならない夕飯の支度や、日本語のクラスの準備などやり始めたのですが、予告もなく娘が夕飯を早めに食べて 友達と遊びにいくとか、主人も急に出掛けなくてはならないとか、急き立てられ、慌ただしく夕飯を準備の中、盛りつけていたて夕飯をお皿ごとテーブルから落 とし割ってしまい、その大きな音と同時に抑えきれなかった感情がヒステリックに破裂し、主人と娘の前で泣き狂いました。全く、5年前にカナダの姑たちとの 共同生活を送った時代に起こった症状と同じでした。
言葉では、主人に昨日私の話を聞いてくれなかったからだなど、感情的に思ってもいないことを口走ってしまい、誰かのせいにしようとし、「また同じ ことが起きてる、ママはキチガイだ」と涙しました。娘も主人もしっかり無言で抱いてくれて、私の気が収まるのを待ってくれました。火山噴火の終えた私は、 ボーッとしながら しなくてはいけないことをしてるうちに穏やかになりました。きれいなものや、慕ってくれる物の数だけ数えていればいいのに、その真反対 の力にぼろぼろとなってしまう弱さは一体なんなんでしょうか。私は、傍目も自分でも 明るく天真爛漫的なあどけなさを持っていると思うのですが、こういっ た いわゆる落込みのツボに嵌ってしまうと、それらの明るい自分が偽物ではないのかと疑ってしまいます。
こんなことがあったのに、今は、すっかり平常に戻っています。昨日のパーティでみんなと楽しめたからでしょう。キャンセルせずに開いてよかったで す。あの映画も別れ話の最中には、とても上映なんて出来ないと思っていましたが、「ただ好きでいる」という想いが帰ってきてくれたお陰で 映画の中の夫婦の 私たちが、「お前たちの本当の愛情はこんなに詰まってるよ」と語ってくれた気がしました。
一度起こった物事は留まらないのだから、見送ればいい、穏やかに見送るには、楽しいものと一緒に同化し自分を消し続けるのが一番なのかもしれない・・・
まだまだ これから波紋を受けていかなくてはいけません。大きな波をいっぱい立ててきたのですから・・・・
でも、その受け方を昨日のパーティで教えてもらいました。人の中に溶けこみ楽しむことで・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
瞑想しているとき、一人会話を良くします。瞑想になっていないってことでしょうが・・・へへへ
最近は、こんな事 会話しました。
私;「辛い思いはもういいよ、なんで私はここに来なきゃいけなかったのよ!」
?の声;「おみやげ待ってるから、私たちへのおみやげ待ってるから」
私;「どんなおみやげ?」
?の声;「うん、私たちのティータイムに入れる角砂糖」
私;「角砂糖?」
?の声;「そう、角砂糖。ティーにちょっと入れて楽しむ角砂糖 だから 甘くて、きれいなのがいいの、苦いのやら辛いのは要らないの。たくさん集めてきてね。あなたは、そのためのお使いなんだから」
私がこの世に来たのは、角砂糖を集めるためのお使いかぁ・・・
2011-05-18
「あそぼナイト」やったよ~
先週土曜日の「あそぼナイト・餃子を食べながら見るもう一度観たいアニメ映画」無事終了。結局160個餃子作った。助っ人に一人来てくれたお友達とお喋り しながら、2時半から始めて6時くらいまで掛かった。ポテトサラダとヒーカマという野菜のサラダなども作った。へこたれたので、今度は、数の関係ないカ レーにします。ご飯持参式で・・・
参加者は、20人ほどでした、来ると言って来なかった学生たちのグループもあったので、予定より少なかったな。
人数が揃うまで紙芝居「おむすびころりん」を 無理矢理、日本語と身振り手振りでやって、それから 壁をスクリーンにして、「千と千尋の神隠し」 を上映。映画館みたいになったよ~~~、やっぱり みんなで一緒に大きなスクリーンで見るのは、なんかいい。地区の子供会のようでした。猫も参加して子ど もたちと一緒に絨毯に寝そべっていた。小さい子たちは、スペイン語の字幕を追うのが面倒くさいようで、途中で、眠むそう、始まった時間も遅かったし、次回 は、そういったことも考えよう
チャップリンの映画が いいかな・・・・
その日は、一日餃子作りと準備で、Rちゃんとのお遊びもキャンセル、予定していたマヤの瞑想も出席出来なかった。だけど、大ファンの助っ人のお友達とゆっくりお話ができて嬉しかった。
我が家の娘と旦那は、ちらりと顔出しただけ、私は次の朝まで、静かに おかんむりでした。全く協調性のない奴らです。民族の違いを感じます。??
助っ人の友人の旦那さんなんかは、「家族みんなで応援しに行かなきゃ」なんてまで言ってくれたというのに・・・・
いつもの如く、次の日、旦那は慌てて私の機嫌取り。以前から相談していた絵画のパネル作りをやろうと必要なものを聞きに来ました。私は、結構くたびれていて、その日はのんびりとしたい気分、いつものことながらタイミングが合いません。
民族の違いです。はははは、この思考は、なんかいいなと思います。諦めが尽きやすい。それでいいのです、我が家は。
「期待をしない」この事は大事なのです。
日本語クラスが今週は、びっちり入っていて、夜間のクラスの後は くたびれています。また、ゆっくり写真載せます。
昼間の子どものクラスで、今日はピタゴラスイッチ作りました。夢中になって、日本語どころか言葉を発しませんで、一応日本語なんかやろう、と、マ ジックボールが渦を巻いて落ちるところで、「うず巻」これ今日の勉強!にしました。毎回ですが、何か作って遊びながら日本語覚えさせています。なんかそう いう五感で学ぶのっていいです。娘とよく行った「こどもの城」のことが頭に浮かんできます。
大きな壁に好き勝手に絵の具塗ったり、工作やったり、民族楽器や手作り楽器で演奏会したり、木造ジャングルジムで満喫したり、シュタイナーを意識 した教育方針で運営された劇場付きの本当に、こどもの城 そのものでした。近くの表参道には、絵本のクレヨンハウスもあって、そこの自然食レストランで子 どもと一緒に、絵本を見ながら、食事したりしましたね。贅沢だったな~~~~
そういったものがレオンにも出来たら いいな・・・・やろかな・・・
お父さんたち向けに、居酒屋「あそぼナイト」も、いいな・・・
誰がママさんになるかだけど・・・それはナイトクラブか、アハ
とりあえず、これから少しずつ、我が家の一階のスペースは 成長します。
参加者は、20人ほどでした、来ると言って来なかった学生たちのグループもあったので、予定より少なかったな。
人数が揃うまで紙芝居「おむすびころりん」を 無理矢理、日本語と身振り手振りでやって、それから 壁をスクリーンにして、「千と千尋の神隠し」 を上映。映画館みたいになったよ~~~、やっぱり みんなで一緒に大きなスクリーンで見るのは、なんかいい。地区の子供会のようでした。猫も参加して子ど もたちと一緒に絨毯に寝そべっていた。小さい子たちは、スペイン語の字幕を追うのが面倒くさいようで、途中で、眠むそう、始まった時間も遅かったし、次回 は、そういったことも考えよう
チャップリンの映画が いいかな・・・・
その日は、一日餃子作りと準備で、Rちゃんとのお遊びもキャンセル、予定していたマヤの瞑想も出席出来なかった。だけど、大ファンの助っ人のお友達とゆっくりお話ができて嬉しかった。
我が家の娘と旦那は、ちらりと顔出しただけ、私は次の朝まで、静かに おかんむりでした。全く協調性のない奴らです。民族の違いを感じます。??
助っ人の友人の旦那さんなんかは、「家族みんなで応援しに行かなきゃ」なんてまで言ってくれたというのに・・・・
いつもの如く、次の日、旦那は慌てて私の機嫌取り。以前から相談していた絵画のパネル作りをやろうと必要なものを聞きに来ました。私は、結構くたびれていて、その日はのんびりとしたい気分、いつものことながらタイミングが合いません。
民族の違いです。はははは、この思考は、なんかいいなと思います。諦めが尽きやすい。それでいいのです、我が家は。
「期待をしない」この事は大事なのです。
日本語クラスが今週は、びっちり入っていて、夜間のクラスの後は くたびれています。また、ゆっくり写真載せます。
昼間の子どものクラスで、今日はピタゴラスイッチ作りました。夢中になって、日本語どころか言葉を発しませんで、一応日本語なんかやろう、と、マ ジックボールが渦を巻いて落ちるところで、「うず巻」これ今日の勉強!にしました。毎回ですが、何か作って遊びながら日本語覚えさせています。なんかそう いう五感で学ぶのっていいです。娘とよく行った「こどもの城」のことが頭に浮かんできます。
大きな壁に好き勝手に絵の具塗ったり、工作やったり、民族楽器や手作り楽器で演奏会したり、木造ジャングルジムで満喫したり、シュタイナーを意識 した教育方針で運営された劇場付きの本当に、こどもの城 そのものでした。近くの表参道には、絵本のクレヨンハウスもあって、そこの自然食レストランで子 どもと一緒に、絵本を見ながら、食事したりしましたね。贅沢だったな~~~~
そういったものがレオンにも出来たら いいな・・・・やろかな・・・
お父さんたち向けに、居酒屋「あそぼナイト」も、いいな・・・
誰がママさんになるかだけど・・・それはナイトクラブか、アハ
とりあえず、これから少しずつ、我が家の一階のスペースは 成長します。
2011-05-04
2011-04-30
「それでいいのだ」の金曜日
連休最後の金曜日、朝10時にメキシコ人のRちゃんがお母さんといっしょに来てくれました。Rちゃんは、知的障害で 最近 学校を変えてから、興奮するこ とが多くなって、薬を飲ませるように学校側から言われているそうです。お母さんは私が月一で習字を教えてる方で、そういったお子さんをお持ちだと最近知 り、身体を一緒に動かしながら、何か集中することを身につけるられないものかなとワークやってみようということに成りました。
今日は、その一回目。もう一人、日本語の話せるメキシコ人のお友達も来てくれました。すっかり猫ちゃんが気に入って、猫から離れないRちゃん。我 が家の猫ちゃんの一匹、スパークルは、肝が座ってる猫で、何されても動じなかった。やはり、師匠は違う。頭を三回くらい叩かれていましたが、「なんだコイ ツ」と、思ってる感じでした。Rちゃんの家の猫ちゃんは引っ掻くので、猫の頭を叩く癖が、Rちゃんにあるのだとお母さん。なるほど
私にも何度か、力が余ってギューと押したり、手を強く引っ張ったりしていました。
自分の意志を伝えようとしてるのがよくわかって、逆にいいこったなと思いました。
猫への接し方を私が見せて、床にゴロゴロして、猫とじゃれてみたり、ちょっと落ち着く音楽かけてみたり、Rちゃんが私を真似をし始め、いつの間にか、娘も混じって、みんなで、猫とごろごろ。
カレンダーの表紙の猫の写真を見つけ、みんなに「これこれ」と言葉は出ませんでしたが、教えてくれていました。そのうち眠くなったのか、私の膝枕でウトウト。Rちゃんが、お母さんにバイバイと手を振ったので、みんなで笑いました。
何が出来るかは考えず、楽しい時間を過ごせるアイディアをと 来週は、しいたけスープなどをRちゃんのお母さんといっしょに作ってみます。
私は何も出来ないけど いいじゃん。週一回、変な外人と遊ぶってのも。
お母さんだって、他人がこうやって、中に入ると気晴らしになるんじゃないかな。
私も、娘が自然と仲間に入ってきたことが嬉しかったし、ある意味見直しました。
みんなが帰った後、娘をいっぱい抱きしめちゃいました。
Rちゃんは、娘と同じ13歳、心は4歳のままなのかもしれない。
このワークを始めようと決めた時に思っていたことは、今日 一日で違ったものに成りました。「伝えよう、分かろう、分らせよう、伝え方を教えよう、助けよう」そんなモノは要らないです。次々面白いこと発見して一緒に笑う。
それでいいのだ。
自分でボタン付け、靴紐を結ぶ、そんなこと出来るように務めるより、笑うことに集中してみよう。何か、勝手にこっちが作業してることに興味をもつように仕向けてみよう。その瞬間、これはボランティアでも何でもない事に気付きました。
いわゆる、近所付合いです。心が軽くなり、Rちゃんは、Rちゃんのままでいいとそう思えました。いい子です。大好き。
受け入れて欲しい これは誰もが 一番してほしいことなんだな
これ沢山してあげると 今度は、してあげたくなるものなんだね、不思議と
夕方、主人の英語のクラスに友達がもう一人参加して、私を含めて3人。
もちろん私以外は皆さん良く出来る。私なりに ぼちぼちやる。このリズムなんだか身についてきた。焦らない。これ気持ちいい
へんな思い込みが薄らぐ・・・・・・
それでいいのだ。
今日は、その一回目。もう一人、日本語の話せるメキシコ人のお友達も来てくれました。すっかり猫ちゃんが気に入って、猫から離れないRちゃん。我 が家の猫ちゃんの一匹、スパークルは、肝が座ってる猫で、何されても動じなかった。やはり、師匠は違う。頭を三回くらい叩かれていましたが、「なんだコイ ツ」と、思ってる感じでした。Rちゃんの家の猫ちゃんは引っ掻くので、猫の頭を叩く癖が、Rちゃんにあるのだとお母さん。なるほど
私にも何度か、力が余ってギューと押したり、手を強く引っ張ったりしていました。
自分の意志を伝えようとしてるのがよくわかって、逆にいいこったなと思いました。
猫への接し方を私が見せて、床にゴロゴロして、猫とじゃれてみたり、ちょっと落ち着く音楽かけてみたり、Rちゃんが私を真似をし始め、いつの間にか、娘も混じって、みんなで、猫とごろごろ。
カレンダーの表紙の猫の写真を見つけ、みんなに「これこれ」と言葉は出ませんでしたが、教えてくれていました。そのうち眠くなったのか、私の膝枕でウトウト。Rちゃんが、お母さんにバイバイと手を振ったので、みんなで笑いました。
何が出来るかは考えず、楽しい時間を過ごせるアイディアをと 来週は、しいたけスープなどをRちゃんのお母さんといっしょに作ってみます。
私は何も出来ないけど いいじゃん。週一回、変な外人と遊ぶってのも。
お母さんだって、他人がこうやって、中に入ると気晴らしになるんじゃないかな。
私も、娘が自然と仲間に入ってきたことが嬉しかったし、ある意味見直しました。
みんなが帰った後、娘をいっぱい抱きしめちゃいました。
Rちゃんは、娘と同じ13歳、心は4歳のままなのかもしれない。
このワークを始めようと決めた時に思っていたことは、今日 一日で違ったものに成りました。「伝えよう、分かろう、分らせよう、伝え方を教えよう、助けよう」そんなモノは要らないです。次々面白いこと発見して一緒に笑う。
それでいいのだ。
自分でボタン付け、靴紐を結ぶ、そんなこと出来るように務めるより、笑うことに集中してみよう。何か、勝手にこっちが作業してることに興味をもつように仕向けてみよう。その瞬間、これはボランティアでも何でもない事に気付きました。
いわゆる、近所付合いです。心が軽くなり、Rちゃんは、Rちゃんのままでいいとそう思えました。いい子です。大好き。
受け入れて欲しい これは誰もが 一番してほしいことなんだな
これ沢山してあげると 今度は、してあげたくなるものなんだね、不思議と
夕方、主人の英語のクラスに友達がもう一人参加して、私を含めて3人。
もちろん私以外は皆さん良く出来る。私なりに ぼちぼちやる。このリズムなんだか身についてきた。焦らない。これ気持ちいい
へんな思い込みが薄らぐ・・・・・・
それでいいのだ。
2011-04-28
想像の世界大好き人間のやりかた
きのう、娘は、近所のお友達家族と遊園地のプールに出掛け、旦那と二人切りでした。と言っても主人は、二階でコンピューター、私は一階で絵を描いていてばらばらでしたが。
タイミングよく、日本語学校関係のお友達からお茶のお誘い!何でも日本へ留学した子が一時帰国してきて今から会うとのこと、その人は、以前、私も 学校の授業と個人で教えていた人。どれだけ日本語が上手になってるかなと楽しみに、さっそくセントラルで会いました。旦那が、楽しんできてと お小遣いを くれました。?
夜中に、私の大きなため息(空しいよ~)、が伝わったか?
再開した彼は、日本の京都の大学のこと、アパートでの暮らしぶり、他のラテンアメリカ人との交流の話。たくさん日本語でしゃべってくれました。 やっぱり、日本語上手になっていて、関西弁も披露してくれました。後もう二年は大学にいるそうです。卒業する頃には30歳になる彼、原発、地震の事もあっ て 彼のお母さんは、心配して帰って来いと言ってるそうです。
今は、日本にいた外国人たちが、次々と自国へ帰ってしまって、英語の教師が人手不足らしいです。ふーむ、旦那チャンスかな・・・メキシコより給料良いしな・・・と頭を過ぎりました。
ひどく日本へ帰りたい、今だからこそ という思いと、娘のためには、今は我慢という思いと色々、カナダに帰れないかな・・・そんなことも。でも、今やれることをこなすしかない。彼の話を聞きながら、そんなこと思っていました。
昼近くになって、「今からお母さんに ひじきご飯、作ります」と彼が言うので、カフェを出て、彼のお母さんの営んでるギフトショップまで一緒に行って、ご挨拶。
スパニッシュのダメな私に、観光で、ここにいるの?と言われてしまった。
もう3年近くも住んでるとは、恥ずかしくて言えない・・・もっと、地元の人と交流しなくちゃな・・・
彼とわかれて、お友達のショッピングに付き合った。なんだか、楽しかった。用がない限り、出歩かなくなっていたので、そんな感覚が懐かしい感じがした。
かなり、日差しも強くなり暑くなってきて、そろそろ ギブアップと、お友達の車で家路へ。お友達が、先日のバーベキューで色んなカップルに会えてとっても興味深かったと、独身の彼女の目を通して感じたことを話してくれた。
中でも私たちカップルがいいなと思ったと。
ぎょっ 以外、はっきり言って、あの日は、バーベキューの場所取りの義務感でバリバリにテンパっていた私は、旦那の数々のトロさに爆発していたのですが・・・
友達曰く、ちょっとした会話にも、気の利いた、思いやりがあるというのです。
特に旦那が。そうか見直そう・・・そう思いました。
昨夜の夜中、ふと、娘が大人になり離れた後、主人との二人っきりの老後生活を想像してみて、大きな、そりゃ大きなため息をついてしまいました。創 造性のある会話もなく、日常的な会話もしなくなって、ただ、身の回りの世話を しかめっ面してやってるちっちゃな自分が見えたからです。
主人のいいところは、静かに非難せず観察してくれるところ、そして、過去をすぐ忘れてくれるところ。私が楽しくしてることを心から望んでいるところ。
そう思うと、他の細かな ついて行けない部分は、チャラにしてもいいかな・・・
東京にいた頃、育児で破裂しそうになったとき、旦那に「私の生活は、リアル過ぎるんだ~~~あ」と訴えたことがある。
進歩してないです。リアルだからこそ生活なのに・・・
創造の世界大好き人間には、玄関に投げ込まれたチラシを見て、「お、木曜日は、ここのピザ、セットで60ペソか!」と、可也、エキサイティングしチラシを大事に保管する旦那の姿を見たくないのです。
エキサイトの対象が違うだろと、頭から湯気出ます。
諸事情は、大変なのです我が家は、貯金を叩き込んだメキシコでの不動産投資もうまくいってないし、給料安いし、私の仕事も大してお金にならない し、そん中でも、なんとか創造的な事への土台になることを次から次とやって見ようとしているのですが、なんだか一人相撲に虚しくなります。
というのは昨日まで。
じゃじゃーん
私らしく好きなことやります。 飢え死にしない程度に。
旦那には、ごめん頑張ってと舌を出しながら・・・へへへ
これが「想像の世界大好き人間のやりかた」です。
タイミングよく、日本語学校関係のお友達からお茶のお誘い!何でも日本へ留学した子が一時帰国してきて今から会うとのこと、その人は、以前、私も 学校の授業と個人で教えていた人。どれだけ日本語が上手になってるかなと楽しみに、さっそくセントラルで会いました。旦那が、楽しんできてと お小遣いを くれました。?
夜中に、私の大きなため息(空しいよ~)、が伝わったか?
再開した彼は、日本の京都の大学のこと、アパートでの暮らしぶり、他のラテンアメリカ人との交流の話。たくさん日本語でしゃべってくれました。 やっぱり、日本語上手になっていて、関西弁も披露してくれました。後もう二年は大学にいるそうです。卒業する頃には30歳になる彼、原発、地震の事もあっ て 彼のお母さんは、心配して帰って来いと言ってるそうです。
今は、日本にいた外国人たちが、次々と自国へ帰ってしまって、英語の教師が人手不足らしいです。ふーむ、旦那チャンスかな・・・メキシコより給料良いしな・・・と頭を過ぎりました。
ひどく日本へ帰りたい、今だからこそ という思いと、娘のためには、今は我慢という思いと色々、カナダに帰れないかな・・・そんなことも。でも、今やれることをこなすしかない。彼の話を聞きながら、そんなこと思っていました。
昼近くになって、「今からお母さんに ひじきご飯、作ります」と彼が言うので、カフェを出て、彼のお母さんの営んでるギフトショップまで一緒に行って、ご挨拶。
スパニッシュのダメな私に、観光で、ここにいるの?と言われてしまった。
もう3年近くも住んでるとは、恥ずかしくて言えない・・・もっと、地元の人と交流しなくちゃな・・・
彼とわかれて、お友達のショッピングに付き合った。なんだか、楽しかった。用がない限り、出歩かなくなっていたので、そんな感覚が懐かしい感じがした。
かなり、日差しも強くなり暑くなってきて、そろそろ ギブアップと、お友達の車で家路へ。お友達が、先日のバーベキューで色んなカップルに会えてとっても興味深かったと、独身の彼女の目を通して感じたことを話してくれた。
中でも私たちカップルがいいなと思ったと。
ぎょっ 以外、はっきり言って、あの日は、バーベキューの場所取りの義務感でバリバリにテンパっていた私は、旦那の数々のトロさに爆発していたのですが・・・
友達曰く、ちょっとした会話にも、気の利いた、思いやりがあるというのです。
特に旦那が。そうか見直そう・・・そう思いました。
昨夜の夜中、ふと、娘が大人になり離れた後、主人との二人っきりの老後生活を想像してみて、大きな、そりゃ大きなため息をついてしまいました。創 造性のある会話もなく、日常的な会話もしなくなって、ただ、身の回りの世話を しかめっ面してやってるちっちゃな自分が見えたからです。
主人のいいところは、静かに非難せず観察してくれるところ、そして、過去をすぐ忘れてくれるところ。私が楽しくしてることを心から望んでいるところ。
そう思うと、他の細かな ついて行けない部分は、チャラにしてもいいかな・・・
東京にいた頃、育児で破裂しそうになったとき、旦那に「私の生活は、リアル過ぎるんだ~~~あ」と訴えたことがある。
進歩してないです。リアルだからこそ生活なのに・・・
創造の世界大好き人間には、玄関に投げ込まれたチラシを見て、「お、木曜日は、ここのピザ、セットで60ペソか!」と、可也、エキサイティングしチラシを大事に保管する旦那の姿を見たくないのです。
エキサイトの対象が違うだろと、頭から湯気出ます。
諸事情は、大変なのです我が家は、貯金を叩き込んだメキシコでの不動産投資もうまくいってないし、給料安いし、私の仕事も大してお金にならない し、そん中でも、なんとか創造的な事への土台になることを次から次とやって見ようとしているのですが、なんだか一人相撲に虚しくなります。
というのは昨日まで。
じゃじゃーん
私らしく好きなことやります。 飢え死にしない程度に。
旦那には、ごめん頑張ってと舌を出しながら・・・へへへ
これが「想像の世界大好き人間のやりかた」です。
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